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語らぬ少女達―「搶親」の小絨と「報復」の小翠

1.序

4.3  語らぬ少女達―「搶親」の小絨と「報復」の小翠

  楊振声の「搶親」はタイトルが示す通り強奪婚の物語である。作品中、重要な展開 として冒頭の居酒屋での会話、趙家前での会話を挙げることができる。まずは居酒屋 での会話を以下に見てみよう。

    辛大は半酔い状態で、杯をテーブルの上に投げつけるとこう言った。「300吊(旧 時の貨幣単位:筆者注)の大金に青いネル綿を4匹(旧時の布の単位)、それであ の娘の母親は、最初は娘をやるって言ったんだ。そしたら周三の恥知らず野郎が、

間に人を立てて父親の方にこう言いやがった。350 吊出すってな。そしたら母親 ときたら、俺に娘との結婚を承諾したことなんかないってきっぱり言い切って、

仲人婆さんが伝え間違ったって居直りやがった。俺様辛大が周三の野郎にまんま と結婚させるかどうか見てやがれ!」

  同じテーブルを囲んでいた10人ほどの体格の良い漁師達は、皆辛大のために義憤 に駆られていた。歳のいった漁師が刻みタバコを咥え、茶色く硬い髭を触りなが ら言った。「やれやれ、俺らの頃は18歳の年頃娘だって20吊に布半匹を越えなか

ったぜ。畜生、俺達にはまだ高いってのか!うちんとこのかかあなんざ、布 4 匹 を使っただけで、金は一銭も出してねえ。今は何でも高くってよ、女も値上がり するってか!」彼は言い終ると、煙管を地面で叩いた。これが茶髭の李三だ。

    「全くだぜ!孫家の娘っ子、あの三口娘な、まだ15だってのに、400吊も要るっ てよ!」この若者はおそらく申し込んで断られたのだろう。

    「今の奴らは皆クラゲが育てたんだよ。骨がねえもんな。ああした畜生めに娘っ 子をかすめ取られてるんだ!」頬髯の男が叫んだ。34

  この後、茶髭の李三が強奪婚を提案したらしい描写が続く。次は漁師達が強奪婚を 実行するために押しかけた趙家前での会話である。

    李三は松明を掲げ、顔を上げると趙二を睨むとこう言った。「俺らが何人いるかは っきり見えるだろう?早く娘を連れて来い」

    「俺の娘はもう周三への嫁入りが決まってるんだ」趙二はきっぱりと言った。

辛大が前に向かって罵った。「馬鹿言え、お前は一人娘を二つの家に嫁入りさせる 約束をしたんだ。金に汚ねえや。お前に教えてやるよ、俺らはやるって言ったら とことんまでやるからな、早くお前の娘を連れて来ねえか。俺らは“強奪婚”をし てやらあ」

    「娘は俺のもんだ。俺が嫁がせたい奴に嫁がせるんだ……」趙二は更に何か言お うとしたが、皆は一声挙げると彼を棒で殴りつけた。

    茶髭が叫んだ。「趙二、今回はおめえが悪いぜ。全てのことに先着順ってもんがあ らあな。今日こっちに OK出して明日はあっちに OKって訳にはいかねえ。早い とこ娘を着替えさえて化粧させろって。俺らが穏やかに友好的に迎えに行くから な。でなけりゃ、俺らは強奪して行くぜ、お前もどうしようもねえだろ」

    「奪え!奪え!奪え!」皆が一斉に声を上げて叫び、松明が激しく揺れた。

    「やめろ!」趙二はしばらく考え込んでこう言った。「かみさんと相談させてから にしてくれ」そして趙二は壁から下りた。

  結婚の当事者であるはずの少女小絨は、最後の方になってようやく登場する。

趙二の娘小絨は丁度16になったばかりだった。戸外の叫び声を聞いた時には、恐 ろしくて布団の中に潜っていたが、後で父親が簎を持って出て行ったと知ると、

又も恐ろしさに震えた。更にその後、自分を強奪婚に来たのだと知ると、震えは 止んだもののただ泣くばかりだった。

  ラストの一文「3 日経ち、小絨の顔にも笑顔が見られるようになった。辛大はこう して結婚したのだった。」があるため、結果的にこの物語が悲劇でも不幸話でもなく、

一応のハッピーエンドであることが示されるが、少女小絨の存在感のなさは突出して いる。

  他方「報復」では地の文が多く、会話は少ない。セリフが最も多く最も長いのは、

物語で重要な役割を果たす高二・劉五・小翠ではなく、漁師達に信頼されているらし い年長の李大である。例えば李大は、酔っ払った高二が目を覚ました後、持っていた 金に血が付いていたことについて、次のように説明する。

    茶髭の李大は高二から煙管を受け取ると、タバコを吸いながら、自分の短く太い 髭を触りつつこう言った。「お前、あの日、持ってた金に血が付いてたって言った よな?何の血かわかったか?」

    高二は首を振った。

    「まあ、お前にゃ無理だろうな!」茶髭の李大は歯を剥き出しにして得意気に笑 った。「お前あの日、店を出たら羅小黒に遇っただろう?」

    「それは俺もはっきり憶えてる」高二は頷いた。

    「お前は龍王廟の前で劉五にも会ってるんだ」李大はゆっくりと言った。

    小翠は手の中の粽用の米を足元にばらまいてしまい、慌てて足で押さえた。

    「何だって?」高二は跳び上がった。眼の中で怒りの火が燃えている。「あの野郎 だったのか!」

    「焦んなって」李大は言った。「焦ったって碌なことがねえぜ。俺は、劉五が廟の 前でお前に遇い、酔っ払ってるお前を支えようとしたって言おうとしたんだ。お 前な、あいつ今では良いヤツになったんだ!お前がカネを振り回したから、あい つは廟の門のところに隠れた。そしたらお前が寝ちまったもんだから、あいつは 心配でそこに座ってお前を見てたんだ。なんだ、信じねえってのか?まあ、話は これからよ、聴いてな。しばらくして羅小黒の野郎がコソ泥しに来やがった。悪 人は目が速いよな、小黒はお前がそこで寝てるって知って、近付いて金を盗んで 行こうとしたんだ。そしたらどうしたと思う?劉五が飛び出して行って、後ろか ら小黒のヤツを捉まえた。あいつら 2 人はごろごろ転がった。小黒は死んでもそ

の金を放そうとしない。でも劉五に血が出るまで滅茶苦茶に殴られて、やっと手 を放して逃げてったんだ」

  そして李大は劉五が朝まで高二を見守っていたことを告げる。それを聴いた高二は しばらく考えた後、妻の小翠に「俺達今日、劉五を端午の節句のお祝いに来てもらう ってのはどうだ?」と尋ねる。小翠は顔を紅くして答えることができずにいるが、李 大が「それが良い」と言ったことで、劉五が高家を訪ね、2 人が和解し、物語は大団 円へと向かう。

  さて、少女小翠のセリフは、冒頭で婚約者高二のことを冷やかす仲間に言い返した

「貧乏人の減らず口!」のたった一言のみである。地の文には、小翠が怒り狂う高二 に対して「犬に仕える猫のように怯え畏まっていた」、高二と劉五が嵐から生還したこ とについて「彼ら 2 人が生き返ったことが、嬉しくて笑いたかったが笑えなかった。

彼女はさっさと隠れてしまった」、生還後、高二に対し「彼はどうしてこんなに良い人 になったのかしら?」、和解に訪れた劉五が挨拶をしても「彼女は一言も発せず、すぐ にさっと鍋の横に走って行き、俯いたまま料理をしていた」、最後に夫高二と劉五が仲 良く酒を飲む様を見て「彼女も微笑を禁じ得なかった」といったように、小翠の心理 描写やそれに近い描写はある。しかし、彼女は口を開いて自分の意見や感情を表明す ることはない。

  中国の長い伝統の中で、そもそも女性は意見を表明することを求められてはこなか った。意見を表明する言葉とは所謂「外=公」の言葉であり、それは男性のものであ ったのだ。無論、女性達も家の内では言葉を発していたが、それは所詮「内=私」の 言葉に過ぎず、その意味では女性は意見を表明する言葉を持っていなかったと言って 良いだろう。35

  このように言葉を与えられなかった 2 人の少女は、婚姻の当事者でありながら、畢 竟当事者たり得ていない。「搶親」の小絨は恐怖で泣くか、作品のラストで笑うかしか 感情表明が許されず、また元々最後にほんの少し登場するのみである。「報復」の小翠 は登場シーンこそ多いものの、怯えたり、笑いたくても笑えなかったり、精々微笑む ばかりである。

5.結―女性本人「不在」の婚姻史 

  楊振声が強奪婚をモチーフに 2 つの作品を書いた意図は不明だが、強奪婚そのもの は楊振声の勝手な想像ではなく、故郷の漁村で見られた事例であったのではないだろ

うか。少なくとも清末・民国期に“搶親”の例が複数あったことは、4.2で確認した 通りである。

  楊振声の「搶親」「報復」の二作品において登場人物の漁師達が活き活きと描かれて いる点からは、3に挙げた「強直で豪快奔放な性格」「正直で善良な優れた品性」との 評価の妥当性を指摘できる。それと同時に、貧しい漁師の男が結婚したいと思った少 女と“搶親”によって結婚に漕ぎ着けるという物語からは、楊振声が“搶親”という婚姻 形式を決して不道徳で野蛮なだけの行為であるとは見なしていなかったこともわかる。

つまり、もう一方の「売買婚と武力での強奪婚といった漁村の立ち後れた風習」、「そ うした風習を造り上げた原因はまさに貧困」にあるという指摘は当たっていない。

  貧しい漁師の強奪婚を描いた「搶親」において、主人公たる辛大と仲間の漁師達の 結束は、娘の結婚に対してがめつい趙二と対照的である。ここからは貧しくても自力 で生活する者達の力強さへの賛美と金銭を至上とするあり方への批判を読み取れるが、

更には娘の結婚を親が決めることへの抵抗の姿勢も見出せる。言わば伝統的な「旧式 結婚」の否定である。楊振声自身は伝統的な「旧式結婚」であったため、親が婚姻と その相手を子に強いるという非人道的なあり方を、創作を通して批判したとも言える だろう。

もう一つの「報復」は、強奪婚を機に敵同士になった男達が最後には和解する過程 を描いている。貧しい高二の求婚が斥けられ、小翠の親は娘に金のある劉五に嫁がせ ようとし、結果高二が“搶親”を決行という下りは「搶親」に共通するが、その先は高 二と劉五の返報の繰り返しとなる。高二と劉五の和解は、「敵が変じて友となる物語」

として一種のハッピーエンドととらえられるのかもしれないが、では小翠はどうなの だろうか。高二に嫁ぐつもりでいたのに劉五に嫁ぐことになり、結局は高二に“搶親”

されるという不安定な結婚。山中で劉五に暴行を受けたことによる肉体的精神的苦痛。

夫高二の凶暴化への怯え。これらはまるで語られることはなく、最後に小翠は和解し て今後は兄弟のように付き合おうと言い合う高二と劉五を見て微笑むが、夫と和解し たからと言って自分に暴行を加えた男を彼女自身が許せるのかという問題については 言及されていない。この小翠の語りの欠如は、彼女自身の不在を意味してはいないだ ろうか。つまり、「報復」において強奪婚は単なる発端に過ぎず、小翠も発端の一因子 に過ぎない。「報復」はあくまで男の物語、野蛮な方法をとってまで意志を貫き、敵が 助け合って最終的には友となる男同士の物語なのである。

1で見たように、婚姻文化においても文学においてもパラダイムシフトが進んでい た1930年代に、楊振声は「搶親」と「報復」に“搶親”という乱暴ではあるが意志的な

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