東京工業大学
関本 博
1.現時点で作成する日本の原子力ロードマップ 化学工学会ではエネルギー部会および次世代エネル ギー社会検討委員会が中心となって 2005 年より 5 年ご とに日本のエネルギー技術ロードマップを提案してきて いる。本年度はそれを英文で作成し,Future Energy Systems Based on Feasible Technologies Beyond 2030,
Springer,として電子出版する(現在校正段階)。この ロードマップの目指すところは,地球温暖化の防止であ り,温室効果ガスの削減である。
私は依頼を受け,原子力の部分を執筆した。ところが 全ての原子炉が運転停止していて,しかも脱原発の意見 が国民の過半数を占める状況にある。このようなことか ら,内容は今まで国が作成してきたようなものとはかな り異なるものになってしまった。
また書いていて,日本の原子力開発の問題点が色々と 出てきた。しかし,日本人以外の読者が多いと考えら れ,これらの問題点の多くはふれないか,さらりと流す だけのものにしてしまった。その中には,日本の原子力 学会の会員に読んでもらいたいことが多々あった。
これらのことから,このロードマップが従来の形を逸 脱してしまった内容,及び書いていて出てきた日本の原 子力の問題点とおもわれることについて,ページに収ま る範囲で本欄に書かせていただくことにした。
2.世界の原子力ロードマップ
OECD の IEA と NEA は世界全体のエネルギーに関 する技術予想を発表している。それによると地球平均温 度の上昇を 2 度以下に抑えるには,2050 年に原子力発電 を 900GWe 程度にまで増やす必要があるとしている。
ところで,現在 OECD 諸国で使われている原子力は 全部で 300GWe になるが,この量は 2050 年でもほとん ど変らないとしている。ということは,現在 100GWe 程 度しか使っていないその他の国の原子力を 600GWe 程 度にまで増やすことになる。特に現在無視できる程度の 中国の使用が 200GWe 程度にまでなる。
日本の寄与は,例え福島事故前の 50GWe まで復活で きたとしても,残念ながら,この程度では地球温暖化に 与える影響は無視されるレベルである。日本の原子力専 門家が,地球温暖化阻止を本当に実現しょうとするのな
ら,自国の原子力以上に開発途上国の原子力利用への寄 与に力を入れるべきだと考えられる。これは原子力ニー ズが大きく不足する日本の原子力産業界にとって,ビジ ネスチャンスと考えることもできる。
3.開発途上国における原子力ニーズ
開発途上国のニーズとは,具体的にどのようなもので あろうか。4 半世紀ほど前,インドネシアを訪問したと き,彼らは軽水炉建設を考えていた。しかし安全性が大 きな問題となり未だに建てられていない。インドネシア の原子力専門家の多くは小型炉に関心があり,私にも問 い合わせがかなりあった。しかし彼らが望む実証された 小型炉はどこにも無く,満足してもらえる回答を与えら れなかった。最近では,より安全だということで,高温 ガス炉に最も力が入れられている。他の開発途上国でも 似たような傾向がみられる。
即ち,これらの国の多くでは,現在先進国で使用され ている原子炉に比べ,格段に安全で簡単で容易に運転管 理ができるものが望まれている。福島事故をみて,事故 時に周辺住民が避難する必要のないことも要求される。
また単独で使用される場合,出力変更の容易な原子炉が 望まれる。小型炉はこのような要求を満たすには適して いるが,スケールデメリットがある。
4.中国とロシア
OECD の原子力ロードマップを見ると,これから中国 やロシアの寄与が重要になることが示されている。これ は単に原子炉を建設するというだけでなく,より優れた 原子炉の開発がこれらの国で行われていくことを意味し ている。
中国は,今はまだ既成の原子炉を建てているだけに見 えるが,日本以上に新しい原子炉に挑戦している。高温 ガス炉の開発を始めたときには,米欧日に大きく遅れて いた。しかし今では先頭を走っている。中国は自国に大 きなマーケットを持っているので,またたくまに原子力 先進国になるであろう。
ロシアの原子力に関しても,その基礎技術の広さは日 本を大きく凌駕している。私事で恐縮であるが,4 半世 紀前,私は高速炉の小型化を検討していて,中性子の閉
55-56̲vol57̲11-M̲談話室̲PK.smd Page 2 15/10/08 16:22 v2.01 じ込め性能に優れた鉛ビスマスを冷却材に用いることを
提案した。これに対してロシアは熱中性子炉に対してで はあるが,すでに鉛ビスマスを冷却材として使う技術を マスターしていて開発を開始し,今では世界初の鉛ビス マス冷却高速炉の建設を開始できる状態にある。
5.アメリカの頑張り
近年になって,アメリカにおいては DOE の援助を受 けて,いくつかの小型炉の開発が積極的に推進されてい る。どのような原子炉が開発されているか具体的なイ メージを持っていただくため,これらのなかでも特徴的 な NuScale について少し説明させていただく。
NuScale の格納容器は極めてコンパクトで細長く,中 には炉心,蒸気発生器,加圧器が入った圧力容器が収め られている。炉心は自然循環で冷却される。全体は工場 生産され,トラックやバージで原子炉サイトまで輸送さ れる。プラントは複数の格納容器を水プールに設置した 構造になっている。説明は省略するが,従来の原子炉に 比べて格段に安全な原子炉になっているとされる。
大学にいたものとして書かざるを得ないのは,この炉 はオレゴン州立大学で開発された MASLWR から生ま れたということである。1999 年,DOE による公募型研 究プログラム NERI に採択された。軽水炉の技術を基に していて,実用化が容易であるということで,2007 年に は商用化のための新会社が設立され,名前も NuScale と されて本格的な開発が開始された。今では建設会社や運 転会社も決まり,NRC ライセンスの取得活動が続いて いる。最初はアメリカに建てる計画であるが,将来は海 外に展開することを考えている。
6.日本の小型炉
日本では,大型軽水炉が市場を独占しており,小型炉 のニーズは無いと言わざるを得ない。たとえ一部の企業 が使えるかどうか検討を始めたとしても,周りに知れる と問題にされるので,秘密にするのが実情である。また 原子炉の地元対策に取り組む人たちの中には,軽水炉よ り安全な原子炉があるということが広く伝わると困ると いう考えもあるようである。
アメリカなどの積極的な動きに,日本は太刀打ちでき そうにない。しかし昔はそうではなかった。4 半世紀前,
日本でも小型炉の国際会議(SR/TIT)が開催された。ここ では,多数の炉型にわたって時代を先取りする特徴的な 炉型が,日本から多数提案された。また米国 NERI が推 進されたとき,日本においても革新的な原子力研究が多 額の資金援助を受け,目覚ましい進展があった。しかし,
その後,資金の多くがもんじゅ再開等にまわされ,援助 がほとんど得られなくなり,活動は止まってしまった。
過去の小型炉の活動が盛んだった頃を振り返ると,革
新的な炉には一見子供のようでかつ強靭な精神をもった 人たちがいて,活気あふれる研究開発がなされていた。
彼らは組織の枠にとらわれず,自由奔放に活動している ように見えた。今このような人がいないように見える が,ぜひ現れてほしい。かつて東工大で「世界の持続的 発展を支える革新的原子力」というタイトルで 21 世紀 COE プログラムをおこなったことがある。このときの モットーは「自由な発想と全体を見通す目」であった。今 こそこのモットーが実践されるべきときであろう。
7.日本への期待
地球温暖化に寄与するレベルにまで小型炉を導入する には,大量に導入する必要がある。この場合,大型炉に 競合できる経済性が必要となる。これには工場での大量 生産が必須となる。多くの発注を得る必要がある。ただ し,一旦小型炉の経済性が大型炉に追いついたなら,そ の後は小型炉が市場を席巻するであろう。しかし例えそ のような状況がきても,大量生産に適した基数は膨大 で,マーケットはごく少数のメーカーによって抑えられ ると考えられる。この中に入るのは容易ではない。
日本は原子力に関する多くの優れた人材と技術を育て てきており,すでに述べたように小型炉に関しても過去 にかなりの研究をしてきた。困難ではあるが,日本には ぜひこの原子力の歴史的な転換点で頑張ってほしい。
ここで書いたのは,日本で原子力を研究してきたもの が,ロードマップを作成していて考えたことである。
もっと高い立場で考えたなら,目的は地球温暖化の防止 であり,温室効果ガスの放出削減である。アメリカや中 国,ロシアなどの貢献により,すぐれた原子炉が開発さ れ,それによってこの問題が解決されるとしたら,日本 の貢献が小さくても,それはそれで結構なことかもしれ ない。
しかし,日本の原子力に関する実力を考えるなら,斬 新な小型炉の実用化といったことがなされてよいと考え る。それが,諸外国の期待に沿うことになると考えるか らである。ただし,外国で出来上がった炉を日本で少し 改良して作ってみるのとは違い,具体的なものは自分で 模索して見つけねばならない。トップが小型炉をやると いっただけで,うまくいくようなものではない。自由な 発想と全体を見通す目を持ったユニークで才能ある人が 何人も出てくる必要がある。私は,日本はそれが可能で あると信じており,期待している。
なお,ここでは経済性と安全性・使い勝手に絞って議 論した。原子力を利用する場合,資源,廃棄物,核拡散・
核防護などの検討も忘れてはならない。これらについて は別の機会に書かせていただければと思っている。
(2015 年 8 月 20 日 記)
( 56 ) 日本原子力学会誌,Vol.57,No.11 (2015)
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