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1980年代の証券犯罪に関する法改正

第 4 章 日本における証券犯罪に関する規定について 第 1 節 証券取引法の制定

第 2 節 1980年代の証券犯罪に関する法改正

――証券犯罪の増加とその対応策

タテホ化学工業株事件の影響で,1987年10月19日,証券取引審議会は,

83) 神山敏雄・斉藤豊治・浅田和茂・松宮孝明編著『新経済刑法入門』(成文堂,2008)178 頁。

84) 竹内昭夫「インサイダー取引規制の強化(上)」商事法務1142号 2 頁。

不公正取引特別部会を増設するという決定を下し,東京大学の証券法専門 家である竹内昭夫教授に座長を担当させた。同月30日から翌1988年月16日 まで,この特別部会は,計七回にわたって審議をし,とりまとめた結果を 親委員会に報告した。その後,証券取引審議会は,1988年 2 月24日に「内 部者取引規制の在り方について」と題する報告書を大蔵大臣に提出した。

その報告書にあるインサイダー取引を規制する理由としては,以下の三つ が挙げられる。すなわち,○

1

タテホ化学工業株事件のようなケースも摘 発されないということでは,法制に欠陥があるのではないかという疑問も 起きてきて当然である。○

2

いわゆる外圧,すなわち,金融・証券市場が 国際化して,東京市場がその非常を高め,時価総額ではニューヨーク取引 所を抜くような状況になってきた。……アメリカでは内部者取引が年間三

〇件,四〇件と摘発されているのに,日本では証券取引法が施行されてか ら四〇年間,摘発された例はゼロである。そこで,日本市場では内部者取 引の取り締まりはやっていない,日本はインサイダー取引天国だ,という ような外国の新聞・雑誌の批判が横行するようになってきた。○

3

ややマ イナーな問題であるが,この内部者取引の規制の強化ということは,業界 にとっても広い意味での関係者にとっても,あまりうれしいことではな い。したがって証取法を改正するといっても,この問題だけの改正を行う ということは容易なことではない。したがって,いずれにせよ抱き合わせ で改正案を提出するほかないと考えていたが,今回は証券先物取引制度の 創設に伴う改正,開示制度に関する改正,証券会社の営業年度に関する改 正といった幾つかの課題がまとまって出てきた。そこで,それらと抱き合 わせでこの問題の改正も実現しようということになったのである85)

その報告書の主要な特徴は,内部者取引の規制に対応し,未然防止体制 と法制の完備に重点を置くことである。その基本的仕組みは以下のような ものである。○

1

内部者取引規制の必要性,詳しく言うと,一つは,適時

85) 竹内昭夫・前掲注(84) 2 ∼ 4 頁。

かつ正確な情報開示を発行会社に強制して,正しい投資判断をなし得るた めの情報を投資家に提供するということである。もう一つは,相場操縦や 内部者取引のような不正あるいは不公正取引を防止して,投資家にとって 安全なマーケットを提供するということ86)。○

2

未然防止体制の完備,す なわち,発行会社,証券取引所,証券会社,金融機関等による防止体制の 建設である。また,○

3

行政監督の強化,○

4

短期売買の報告と差益提供,

5

刑事罰則の整備87),などである。

以上の報告書に基づき,内閣は,1988年 3 月18日に「証券取引法の一部 を改正する法律案」を閣議決定し,同月28日に国会に提出した。国会は当 該改正案を成立させ, 4 月31日に公布した。この改正は,インサイダー取 引犯罪について,初めて犯罪化したものであり,各犯罪の構成要件及び罰 則についても詳細に規定している。

インサイダー取引に関する規定の特徴は,その主体である内部者を基準 として,インサイダー取引を二つの類型に分けていることである。第一 に,会社関係者及び情報受領者によるインサイダー取引行為(旧190条 2 項,現行法166条 2 項) ; 第二に,公開買付者など関係者及び情報受領者 によるインサイダー取引行為(旧190条 3 項,現行法167条)である。しか も,その「重要情報」については,知る主体の身分により異なる基準を設 けている。すなわち,以上の第一の主体が知る重要事実とは,「投資家の 投資判断に及ぼすべき」事実であるべきであり,第二の主体が知る重要事 実とは,「有価証券の価格に対する影響が明確である」事実でなければな らないのである。

ここには,インサイダー取引を明文で犯罪と規定するけれども,その条 文の適用をできる限り制限する意図がはっきり見られる。そこから,日本 の立法者は,過度の規制が証券市場の活力を失わせることを憂慮するた め,極めて慎重な規制態度を採用したこともはっきりわかる。

86) 竹内昭夫「インサイダー取引規制の強化(下)」商事法務1144号 7 頁。

87) 竹内昭夫・前掲注(86) 7 ∼ 8 頁。