第 4 章 数値計算の結果と考察 27
4.2 F p の時間およびプランク定数依存性
4.2.1 計算結果
上で定義したFpについて、エノン写像のパラメータがa= 15.0とa= 6.0の時の時間 発展を数値計算を行った。その結果が以下のグラフである。
図4.5:a= 15.0の時のlog|logFp|のlogℏ依存性。引いてある直線は傾き1/3。
図4.6:a= 6.0の時のlog|logFp|のlogℏ依存性。引いてある直線は傾き1/3。
変化が見られない。この現象についての考察は次節で行う。
4.2.2 考察
まずTomsovicらの論文でも主張されているlog|logFp|vs.logℏのグラフでの傾きにつ いて考察する。
火点
ℏ Q P
P0
−P0
Q0
Q=αP2
図4.7: 火点(qf, pf)が原点になるように平行移動した座標(Q, P) = (q−qf, p−pf)で、
多様体が囲む面積がℏになるような運動量座標がP =P0。
ある一つの火点(qf, pf)の近傍について多様体が二次関数Q=αP2は原点をある火点 に取った座標)で近似できるとすると、それとQ=Q0=αP02(= const)の囲む面積がℏに
なる時 ∫ P0
−P0
αP02−αP2dP =ℏ (4.1)
を解いてP0 = (3ℏ/4α)1/3となる。初期値集合ををI0と置くと、写像Haによる像In= HanI0について、火点近傍の面積がℏになるような領域を囲む部分集合をBnとする。こ
の時、B0 =Ha−nBnが初期状態に置ける破綻領域であるが、今、各火点の近傍が二次関数 で近似できるという仮定を置いているため、多様体を引き戻した際のB0の長さはP0に 比例する。火点によって折れ曲がり方(α)は異なるが、どのようなαであってもその和 はP0に、つまりℏ1/3に比例している。Fpはこれを除いた割合なのでFp = 1−Aℏ1/3こ こでAℏ1/3 ≪1のとき、1−Aℏ1/3 ≈exp(−Aℏ1/3)(=Fp)となり、
Fp= exp(−Aℏ1/3)⇒logFp =−Aℏ1/3 ⇒log|logFp|= 1
3logℏ+ logA (4.2) が導かれる。以上により図4.5、4.6に1/3の傾きが現れる。
次にFpの時間依存性について考察を行う。時間ステップに伴い、位相空間内の多様体 に発生する火点は倍々で増えていく、つまり火点に付随する破綻領域の個数も倍々で増え ていく。また、発生する破綻領域の長さは同タイプの火点についてはおおよそ同程度であ る。つまりその長さの合計は倍々で増えていく。しかし、時間ステップとともに、多様体 の全長も倍々に引き延ばされているので、それらの破綻領域の”多様体に全体おける割合” は、火点の種類が増えない限り、ほとんど一定である。この考察をもとに位相空間の様子 (図4.8、4.9)とFpのグラフを比較しながら見てみると、
(1) a= 15.0ときにはt= 2→3の時に火点の種類が増えていて
(2) a= 6.0ときにはt= 2→3と4→5の時に火点の種類が増えており Fpのグラフをみると同じタイミングでのみ量がシフトしている。
つまり、十分にカオスが強く、エノン写像が馬蹄形写像と対応していると見なせる時に はこの指標で見る限り、半古典論は火点の種類が増えない限りいつまででも有効であるこ とになる。一方、馬蹄条件を十分に満たしているパラメータ以外では、一般に火点の発生 は上のタイプ分けには当てはまらず、位相空間上様々な領域に新たな種類の火点が発生す る。そのため、付随する半古典論破綻領域の増大は止まらず、半古典論は、馬蹄条件を十 分満たすようなパラメータに比べて速く破綻することが予想される。最終的には一般の場 合についての議論が必要であるが、まずは理想的にカオスが発生する場合での議論を確立 することが肝要である。そのため、以降の計算では特に言及されない限り、観察している 時間ステップ内ではタイプ1と2の火点しか現れないようなパラメータ(例えばa≥15.0)
t= 2 t= 3
t= 4 t= 5
図4.8: a = 15.0のt= 2∼5の時の多様体と火点の様子。2→ 3でタイプ2が現れ、それ 以外では新たなタイプの火点は現れていない。
t= 2 t= 3
t= 4 t= 5
t= 6 t= 7
図4.9:a= 6.0のt= 2∼7の時の多様体と火点の様子。2→3でタイプ2が現れ、4→5 でタイプ3の火点が現れている。その後はそれぞれのタイプが倍分岐している。
論じるのに適当であるかは明らかではない。ここでは、位置表示の半古典プロパゲータ
⟨qn|Uˆn|q0⟩= ( i
2πℏ
)1/2∑
Γ
[ ∂2
∂qn∂q0
SΓ(qn, q0) ]1/2
eiSΓ(qn,q0)/ℏ (4.3) およびそのフーリエ変換で与えられる運動量表示の半古典プロパゲータ
⟨pn|Uˆn|p0⟩= ( i
2πℏ
)1/2∑
Γ
[ ∂2
∂pn∂p0SΓ(pn, p0) ]1/2
eiSΓ(pn,p0)/ℏ (4.4) に対する半古典近似の有効性を、それに対応した指標をもって検討する。
4.3.1 座標表示の半古典有効領域
位相空間上で定義した半古典近似破綻領域を位置座標方向に射影した領域を位置座標表 示の半古典近似破綻領域とし、多様体を観察している枠の座標軸上の範囲を全体として、
そこから破綻領域を除いたものを位置座標表示の半古典近似有効領域とする。
ℏ
q
q = q
f位置座標表示の 破綻領域
図4.10:位相空間上の半古典近似破綻領域(位相空間上の赤色の領域)と位置座標表示の
半古典近似破綻領域(座標軸上の赤色の区間)。
エノン写像のパラメータa= 20.0の下で、固定したℏに対し、時間発展に伴う半古典 有効領域の変化の様子を計算した。位置座標表示の半古典有効領域の時間変化の様子を位 相空間上の多様体とともに表したものが図4.11である。観察している枠内での枠の位置 座標長に対する半古典有効領域の割合をVqとして、いくつかのℏについて、その時間変 化をプロットした(図4.12)。どのℏでもある程度の時刻から急激に減速し、その後、ほ とんど飽和している。また。その時刻はℏ小さくすると後ろにずれていく。
t= 2 t= 3
t= 4 t= 5
図4.11: a= 20.0のt= 2 ∼5の時の多様体と破綻領域(赤色)とその位置座標射影(位置 座標軸上の赤色)。位置座標軸に平行に描かれている帯のうち青色の部分が本節で定義し た半古典有効領域。
図4.12:a= 20.0のときのlog|logVq|の時間依存性。t= 2→3のジャンプはタイプ2が 増えたことによるもの。プロットの色の違いはℏの違い。
4.3.2 運動量表示の半古典有効領域
位置座標表示と同様に運動量表示の意味での火点近傍について同様の計算をした。その 結果、運動量表示でも定性的には同様な結果が現れた。このことから、今観察している量 に現れている現象は少なくとも本研究で使用している写像系においては表示によらず起こ るものであることがわかる。次節での考察は座標表示によるものに限るが、運動量表示で も同様の機構であると推察される。
t= 2 t= 3
t= 4 t= 5
図4.13: a = 20.0のt= 2∼5の時の多様体と破綻領域(赤線)とその運動量座標射影。t= 2 での折れ曲がりは運動量方向については火点でないためカウントされない。
図4.14:運動量表示の半古典有効領域の時間変化。位置座標表示と同様にある時刻で速度 が急激に落ちほとんど飽和する。
4.3.3 考察
座標表示の半古典近似の破綻領域は、多様体の折れ曲がりによって発生する破綻領域を 射影した区間の和集合によるものであるが、その長さはℏに、固定したℏの中では火点 のタイプの曲率に依存する(同タイプのものの曲率はあまり変わらない)。位相空間上の 多様体の形状や図4.11を見る限り、位置座標表示の破綻領域は、タイプ1よりもタイプ 2の火点によるもののほうが大きく、有効領域の時間的推移に主に寄与しているのはタイ プ1の火点ではなくタイプ2の火点であると考えられるため、以下ではタイプ2の火点に ついての考察を行う。ただし寄与が小さいだけでタイプ1でも同様の考察が行うことがで きる。
時間方向の成長を考察すると、タイムステップに対して火点は倍分岐していく(そのよ うな条件を満足するような,十分強いカオスが発生するパラメータを設定している)が、
ある一つのタイプの火点が分岐していく様子を多様体の時間発展とともに考え、分岐した
火点を特定するために、図4.15のように2進法記号に対応した番号をつける。
0
00 01
000 001 010 011
図4.15:タイムステップに対しての火点(緑色)の分岐の様子と各火点の番号付け。どのタ
イプも発生後は、火点の個数が時間とともに倍に増えていくため同様の番号付けを行うこ とが出来る。
この時、n回分岐後に一番右の位のみ異なる二つの火点、つまり同じ火点から分岐した 二つの火点を(n回)分岐ペアと呼び(この時、注目しているタイプの火点は全部で2n個 存在し、n回分岐ペアは2n−1個存在する)、n回分岐ペア間の距離の全てのペアでの平均 をlc=lc(n)とする(nはあるタイプの火点が発生した時刻を0とした時の時間)。なぜ、分 岐ペア間の距離のみを考えるかというと、他のペアの点との距離よりも分岐ペア間の距離 のほうが短く、以下の考察により、破綻領域の成長に真っ先に影響がで出るのは分岐ペア においてだからである。lcを計算すると図4.16のようになる。片対数グラフでプロット が傾き負の直線に乗っているため火点の分岐幅lcは
loglc∼ −βt+γ ⇒ lc∼e−βt (4.5) となり、時間とともに指数関数的に小さくなっていく(ただしβは系のパラメータに依る、
数値計算によって得られる値)。
図4.16:loglcの時間変化。ただしlcは初期状態q = 0をパラメータa= 20.0のエノン写 像で時間発展させた時に発生するタイプ2の火点についての平均。
ℏを固定した時、タイプ2の火点近傍の半古典論破綻領域の位置座標方向の長さlℏは、
図4.7などからlℏ =αP02 ∼ℏ2/3つまり、ℏによって決まる。この時、時間発展を進めて いくとある時間を境に以下のような二つの状況が順に発生する。
lℏ
lℏ lℏ
lc
bifurcation
lℏ
lℏ lℏ
lc
bifurcation
図4.17: タイムステップに対しての火点(緑色)とそれに付随する半古典近似破綻領域(赤
色)の分岐の様子。図左:(1)lc> lℏ図右。:(2)lc< lℏ
(1)lc> lℏ
(固定したℏについての)破綻領域も火点の倍分岐に伴って倍々で増えていく。(各 火点での破綻領域の増加分)=lℏ。
(2)lc< lℏ
分岐した火点間の距離が侵害領域の長さを超えないようなタイムステップに入ると、
位置座標(または運動量座標)への射影に関して侵害領域の重複が起こるためその成 長速度は著しく低下し、以降、分岐による火点間の距離はステップごとに短くなっ ていく。(各火点での破綻領域の増加分)=lc。
以上により(2)のタイムスケールに入った後、破綻領域は毎ステップごとにlcに比例する 速度でしか成長せず、lcは指数関数的に小さくなっていくため、全体の成長速度も減少し ていく。実際の数値計算の結果は上の考察をよく再現している。 また、上の考察は分岐 ペアの破綻領域が重複し始める時刻を境にした考察であるが、他のペアの火点とも2重3 重に重なる時、毎ステップごとの破綻領域の成長はlcよりも小さくなり、その速度はさ らに遅くなる。 ここでlℏ =αP02 ∼ℏ2/3より、ℏ→0の極限で破綻領域はゼロに近づき、
半古典近似が破綻するのは火点上のみとなる。このとき座標表示で半古典近似が破綻する か否かは、火点が座標軸に関して、観測している区間について稠密であるか否かによる。
本論文ではこのことに関しての力学系の観点からの解析は行っていないが、これがcritical なものであるとすればさらに研究する必要がある。