⑴ ⑬札幌地判平19・ 8 ・31裁判所ウェブサイト
裁判例⑬の事案は次のとおりである。被告人は,Aに対し,殺意をもっ て,両手で同人の頸部を圧迫するなどした(第1行為)後,Aが死亡した と考え,救命しようと同人の胸部を両手で強く叩いたり押したりするなど した(第2行為)ところ,Aは胸部打撲または圧迫による心挫裂により死 亡した。
本判決は,「被害者には,被告人による頸部を圧迫する行為により,死 亡の可能性があるほどの窒息が生じていて,このことは被告人も認識して いたことが認められる」としたうえで,ⓐ「このような事態に直面した行 為者が,救命行為に関する知識も経験も不足しているにもかかわらず,
119番通報などをすれば犯行が発覚することを危惧し,自ら救命行為を行 うことは経験則上あり得る事柄である」とする。そのうえで,ⓑ「心臓マ ッサージに代表される救命行為は,その性質上,知識も経験も不十分な者 が不適切に行えば,むしろ生命の危険を生じさせるといえるのであって,
被告人がなした心臓マッサージ類似の行為も,まさにそのような不適切な ものであった」として,「その結果として,被害者に『胸部打撲又は圧迫 による心挫裂』が生じたのだから,被害者が『胸部打撲又は圧迫による心 挫裂』で死亡したのは,被告人が被害者の頸部を圧迫したという殺人の実 行行為に起因すると評価できる」と判示して,第1行為と被害者の死亡と の間の因果関係を肯定し,殺人罪の成立を認めている。
本件では,第1行為により,被害者には「死亡の可能性があるほどの窒 息」が生じていたが,直接の死因を形成したのは第2行為であるから,寄 与度の観点からは類型Ⓒに当たる。そこで,具体的な因果経過に照らし て,危険の現実化判断を行う必要がある。
そこで,本件の具体的因果経過を見ると,本件における第2行為は,ⓑ
において,「死亡の可能性があるほどの窒息」を生じたAを救命するため の「心臓マッサージ類似」の行為と評価されている。このような救命目的 での行為が,むしろ生命の危険を生じさせるものとなった原因は,「知識 も経験も不十分な者が不適切に」行ったことに求めることが可能である。
本件における救護措置の不適切性は,「知識も経験も不十分な」被告人の 判断で行われた点にあり,これが結果発生に結びついているのである。
そこで,この不適切な救護措置の介在による結果発生が,第1行為の危 険の現実化といえるかが問題となる。ⓐでは,この点について,そのよう な措置が介在することの「経験的通常性」という観点から検討がなされて いる。すなわち,「救命行為に関する知識も経験も不足している者」が自 ら救命行為を行うという生命の危険を生じさせるような行為が介在するこ との経験的通常性が問題とされている。救命に関する知識・経験のない者 が瀕死の状態にある者を目の前にした場合,自ら救命行為をするのではな く,救急車を呼ぶなどの行動に出ることが通常の事態と思われ,その意味 では,自ら救命措置に出ることは異常な介在事情とも評価できそうであ る。しかし,そのような措置に出た主体が行為者自身であること,すなわ ち,第1行為によりAに死亡の可能性があるほどの窒息を生じさせ,か つ,そのことを認識していた者による不適切な措置であることから,本件 では経験的通常性が肯定されている。本件のような不適切な措置に出る主 体が行為者自身である場合に経験的通常性が肯定される根拠は,自ら被害 者を重篤な状態に陥れた者は「119番通報などをすれば犯行が発覚するこ とを危惧」する点にある。すなわち,自らが被害者の傷害を引き起こした 主体であるからこそ,犯行発覚をおそれて適切な措置を選択することがで きず,不適切な救命措置に出ることが動機づけられているのである(84)。
(84) これに対し,高橋・前掲注(8)80頁以下は,第2行為は,危険回避行為で あるのみならず,任意の中止行為と評価された以上,第2行為は,自由な意思 決定で行われたといわざるをえないとして,因果関係を否定すべきとする。
このように,本件では,経験的通常性の枠組みを用いつつ,行為者の心理 状態に着目して,行為者自身の介在行為を介した危険の現実化を肯定して いる。そして,これは,第1行為と第2行為の心理的結びつきの密接性を 検討する作業にほかならない。
⑵ ⑭神戸地判平26・ 8 ・22LEX/DB25504730
裁判例⑭では,被告人が,Aに対し,多数回にわたり,足蹴りなどの暴 行を加え(第1行為),同人に硬膜下血腫,全身打撲等の傷害を負わせた ところ,Aは意識低下の状態に陥り,吐いた物を気道に詰まらせ,吐物誤 えんにより窒息死したという事案について,被告人の暴行後,被告人およ び第三者Bが,Aに心臓マッサージを行っており(第2行為),Aは,暴 行を受けた後の心臓マッサージによりおう吐し,そのおう吐物を吐き出す ことができず,吐物誤えんにより死亡した可能性があることから,第1行 為とAの死亡結果との間の因果関係が問題となった。本判決は,次のよ うに判示して,被告人に傷害致死罪の成立を認めている。
Ⅰ「意識が十分に保たれている健康な成人女性であれば,たとえおう吐 しても,咳漱反射により吐物を吐き出すことができるはずであるから,被 害者が吐物を吐き出せずに窒息したのは,吐き出すことができないほど意 識が低下していたことが原因と考えられる」。本件において,Ⅱ被告人は,
「被害者の全身に対して殴る蹴る等の暴行を,約2時間にわたって加え続 けたというのであり,それによって被害者の意識が低下したことが認めら れる。そして,その後,前記のとおり,被告人又はBのマッサージによ り被害者がおう吐し,そのおう吐物を誤えんして死亡した可能性がある が,そもそも,被告人やBが被害者に心臓マッサージをすることになっ たのは,被告人の暴行により,被害者が仰向けに倒れたまま呼びかけにも 応えず,意識が低下した状態になったためであって,このような状況で被 告人や第三者がマッサージすること自体が不自然,不相当な行為であった とは言えず,一般的にも想定外の行為ではない」。「心臓マッサージは,上
記のとおり,被告人の暴行によって誘発されたものである以上,なお,被 告人の暴行によって被害者が死亡したと評価することができる。」
本件では,Ⅰ第1行為により生じた意識低下状態の結果への寄与度,Ⅱ 意識低下状態の被害者に行為者または第三者が心臓マッサージをすること が「不自然,不相当」でないことを根拠に,第1行為と死亡結果との因果 関係を肯定している。本件は,介在行為の主体が行為者だけでなく,第三 者Bも心臓マッサージに出ている点で,裁判例⑬と異なる。本判決は,Ⅱ 介在行為の主体が行為者自身か第三者かにかかわらず,意識低下状態の者 に対して心臓マッサージをすることは「不自然,不相当」ではないと判断 しているが,本件で,第三者Bがどのような人物であったのかは,判決文 からは明らかでない。Bが被害者の家族であるなど,被害者と親密な関係 にある場合には,仮に心臓マッサージの知識・経験がない者であったとし ても,意識低下に陥った被害者を見て,何とか助けたいとの気持ちから,
不適切な措置を動機づけられることもあるだろう。これに対して,Bが事 故現場に偶然居合わせた者であった場合には,Bが医療従事者であるなど 救命行為の知識・経験があるといった事情がない限り,Bによる心臓マッ サージは異常な事態ということもできそうであるし,偶然居合わせた者が 第1行為に動機づけられて救命行為に出たとまでいえるかは疑わしい。そ うすると,Bがどのような人物であるかを認定することなく,また,行為 者自身の行為と第三者の行為を区別せずに,「被告人や第三者がマッサー ジすること自体が不自然,不相当な行為であったとは言え」ないとした本 判決は,事実の摘示が不十分であり,介在行為の主体を抽象化したうえで の経験的通常性判断に終始している点で不当であるともいえそうである。
もっとも,本件では,Ⅰ寄与度の判断が,因果関係を肯定するうえでの 決定的なポイントであった可能性がある。判決文からは必ずしも明らかで ないが,Aが意識低下状態に陥っていたことからすると,第1行為によっ て生じた傷害はそれ自体でAを死亡させるほどのものであった可能性が 高い。また,Aの死因は吐物誤嚥による窒息死であり,嘔吐の原因は介在