− 36 − 調査区の東西両側にも石が検出された。東
側は板石から 20 ㎝のところに1個、西側 は 30 ㎝のところで3個みられ、石の大き さはいずれも直径 20 〜 30 ㎝程度である。
これらの石を含めた全長は約4mを測る が、石と板石との関係は不明である。なお、
トレンチから遺物は出土しなかった。
石が検出された地点を江戸時代に描かれ た絵図に照らし合わせると、庭園の東門の 位置する部分に該当する(第2図左)。東 門については、現存する2枚の絵図のうち、
松平の入封初期に描かれたと考えられる御 対面所絵図、および天保2年に描かれた絵 図の両方に表記がみられることから、庭園 の築造当初からこの地点に設けられていた ものと考えられる。庭園に至る通路には溝 が2重に巡り、東門からは「外土手」を通 って大溝に架けられた橋を渡り、内側に設 けられた「内土手敷」を通って内側の溝を 渡り庭園に至る。絵図の表現は、橋は土橋 と考えられる。
今回の調査によって検出した石は、上面
のレベルがほぼ揃っていることや、石の下に基礎となるような遺構がみられないこと、および絵図との 照らし合わせなどから、東門から庭園内にいたるまでの土手上に敷かれていた石である可能性が考えら れる。これを裏付けるものとして、平成 13 年度に実施された宅地造成に伴う立会調査がある。調査地 は本調査地の北側隣接地で、2重に巡る溝の一部が検出されている(小郷 2003、pp.30-32)。この調査 では溝の立ち上がりは確認できなかったため、調査から得られた溝のラインは推定のものである。今回 の調査地点にこの推定ラインを当てはめると(第3図)、石の並ぶ地点は推定ラインで示した土手のラ インより若干西寄りに位置するが、大きくずれるものではなく、今回検出した石が土手上に敷かれたも のであったことを裏付けるものといえる。
eま と め
今回の調査は当初立会によるものであったが、石が表出したことにより急きょその部分をすべて検 出し、遺構を確認するに至った。東門周辺のその他の遺構については不明な点を残すが、石の検出レベ ルからは、江戸期の地表面が現在に比べて低くなっていたことや、庭園の周囲を巡る「大溝」と土手と の位置関係を明らかにすることができたことは一定の成果といえよう。
参考文献
小郷 2003「衆楽園(山北 636-2 番地)−個人住宅建設に伴う立会調査−」『年報 津山弥生の里』第 10 号 津山弥生 の里文化財センター
第3図 トレンチ位置図(S=1:200)
旧 津山 藩 別邸 庭 園︵ 衆 楽 園︶
0 2m H13 調査に基づく 土手の推定ライン
1 2 45
98m 3 1 真砂土 7 暗褐色粘質土 2 礰混褐色土 8 黒褐色土 3 黒褐色土 9 暗褐色粘質土 4 灰色砂 10 砂礫混粘質土 5 橙色粘質土 11 暗灰色粘質土 6 黒褐色粘質土
6 87 9 10 11 97m
2m0
第4図 調査区平面図・断面図(S=1:40)
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① ②
③ ④
⑤ ⑥
⑦ ⑧
1 石検出状況(東から) 2 全景・フェンスの向こうが現在の庭園(東から) 3 全景(西から)
4 全景(北東から) 5 石全景(西から) 6 石全景(東から) 7 石全景(北から) 8 作業風景