4.実親の代替としての人的ネットワーク――児童養護施設と退所者の困難
前章までの第Ⅰ部では,図2-1の枠組みを用いて,これまでの親子(養育)関係におけ る血縁にかかわる問題を整理し,この枠組みを用いて親子(養育)関係における事象を捉え ることの意義を明らかにした.以降,この枠組みを用いてさまざまな事象を検討し,結論に 導きたい.
第Ⅱ部の始まりである本章では,児童養護施設を検討する.それは児童養護施設における 実践と,施設出身者の経験から,現代社会において,親が子どもにどのような機能を果たし ているのかを捉えることと,血縁者である実親を頼れないということがもたらす問題を捉 えることができると考えるからである.そして,施設退所者が実親を頼れないことによって 遭遇する困難と,その克服の一助となることが期待できる人的ネットワークについて論ず る.本章は,図2-1の第2象限と第3象限,第4象限に該当する.
4-1.実親と暮らせない子どもたち
近代日本の社会的養護の始まりは,戦災孤児の養護からである.現在およそ4万5千人 の児童が社会的養護のもとで生活している93が,その多くが施設養護である.欧米諸国では,
里親による養育が一般的であるが,先述のように日本では里親による養育が進まない.
児童養護施設94には,事情により親と生活することができない子どもが入所している.家 族にかかわるさまざまな要因変化の結果,入所理由は,以前の経済的理由から虐待へとシフ トしており,入所者の半数以上が被虐待経験を持つ95.
現在では,大学のユニバーサル化等,若者の就学期間が延びており,子どもの自立年齢は 次第に高くなっていると思われる.しかし,児童養護施設では,児童は基本的に高校卒業と 同時に退所しなければならない96.また,児童養護施設入所者の大学等進学率は,約1割と
93 厚生労働省2017a: 1.
94 児童福祉法第41条.「児童養護施設は,保護者のない児童(乳児を除く,ただし,安定した生活環境 の確保その他の理由により特に必要のある場合には,乳児を含む.),虐待されている児童その他環境上養 護を要する児童を入所させて,これを養護し,あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援 助を行うことを目的とする施設である.」
95 厚生労働省2017a: 59.
96 児童は基本的に高校卒業と同時に退所しなければならないが,児童福祉法第三十一条により,「都道府 県は,第二十七条第一項第三号の規定により…児童養護施設,……に入所した児童については満二十歳に 達するまで,…児童福祉施設に在所させる措置を採ることができる」とされており,2011年12月に厚生 労働省雇用均等・児童家庭局長より「児童養護施設等及び里親等の措置延長等について」(雇児発1228第 2号)の通知が出され,措置延長を積極的に利用するよう助言している.この通知では,大学等や専門学 校等に進学,就職又は福祉的就労をしたが生活が不安定で継続的な養育を必要とする児童等に活用するこ とができるとされている.また,これまでは中学校卒業後に就職したり,高等学校等を中退したりした児 童は措置解除されるのが通例であったが,「……卒業や就職を理由に安易に措置解除することなく,継続 的な養育を行う必要性の有無により判断すること」とされた.しかし,児童相談所の一時保護所にいる,
児童養護施設等への措置を待機している児童の多さなどの問題から,特に都市部では措置延長が積極的に 利用できない状況にある.
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一般の五分の一程度しかなく,退所と同時に就職する児童が約7割となっている97. 措置期限98による児童養護施設退所者の多くは,実親を頼ることができない.一般に若者 は,自立後,さまざまな困難に遭遇するが,親や家族は,そうした困難を乗り越える上で重 要な人的資源であると考えられる.しかしながら,児童養護施設退所者は,退所後に直面す るさまざまな困難において,身近に気軽に相談できる相手がいないことが多い.これらのこ とから,児童養護施設退所者と一般家庭出身者の「若者の自立」にかかわる条件の格差は,
拡大していると考えられる.
では,実親を頼ることができない児童たちは,どのような困難を抱え,それを克服した,
またはしようとしたのか.そして,児童養護施設は,そのためにどのような支援をしている のだろうか.実親を頼れないという状況がもたらす負の効果は大きい.したがって,児童養 護施設退所者にとって,実親の代わりとなる,さまざまな困難を克服することが期待できる 人的ネットワーク99を形成することが重要であると思われる.しかし,まさに児童養護施設 退所者であるということが,人的ネットワーク形成の困難さを生み出している可能性もあ る.
4-2.親の代替としての人的ネットワーク
これまで,児童養護にかかわる法改正や行政による処遇改善などは進められているが,児 童養護施設のユニット化100,人員不足によるリービングケア(後述)・アフターケアの不足 など,実態が伴っておらず,それを補完するための枠組み作りが整っていない観がある.一 般社会では,宮本みち子がいうように,「親から完全に独立するに至らない期間が長期化し
た」(宮本2012: 61)にもかかわらず,児童養護施設では基本的に高校卒業と同時に自立を
強いられる.現代の日本社会において18歳で親を頼らずに自立をすることは非常に難しく,
社会保障的な支えによって補完されるべきであるが,その対応は十分とはいえない.
一般的には,経済的に自立するまでは親の支援によって生活における問題や不安がフォ ローされているが,高校卒業後に退所した児童の多くはその親を頼ることができない.した がって,彼らは実親という血縁者以外の人的ネットワークを構築することが必要とされる.
そこで本節では,その補完の一端を担うことが期待できる人的ネットワ―ク(友人,児童
97 厚生労働省2016a: 4.
98 児童は基本的に高校卒業と同時に退所しなければならないが,児童福祉法第三十一条により,「都道府 県は,第二十七条第一項第三号の規定により……児童養護施設,……に入所した児童については満二十歳 に達するまで,…児童福祉施設に在所させる措置を採ることができる.」とされている.
99 本稿では,人的ネットワークを友人や相談相手などの信頼できる人間関係と定義する.家族などの人 的資源には,経済的支援も含まれるが,家庭復帰できない児童養護施設退所者は親からの経済的支援を期 待できない.友人関係などは,パーソナルネットワークとして捉えられるが,パーソナルネットワーク は,「特定の個人がとり結ぶ人と人との関係に限定ないし特定化している」(森岡編 2000: 5)ため,団体 や組織が含まれない.社会関係資本(Coleman 1988=2006: 214-8)では,「恩義と期待」,「情報チャンネ ル」,「社会規範」の三つの形態として捉えているが,本稿における人的ネットワークには,その一つであ る「恩義と期待」は必ずしも含まれていない.支援する側は,当事者がその資源を利用することによっ て,状況の改善がはかれればそれでよいのである.
100 児童6~8人と職員3人位を1ユニットとし,施設内で小規模グル―プケアを行う.
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養護施設,当事者支援団体)に着目し,当事者の視点からその効果を検討する.
4-2-1.友人
友人は,一緒に遊んだり,相談にのってもらったり,若者にとって重要な人的ネットワー クであると考えられる.一般的に若者は,それぞれのライフイベントにおいて新たな友人関 係を形成する機会がある.しかし,児童養護施設への入所経験は,後述するように,他者か ら中傷されることもあることなどからスティグマとなりやすく,退所後に学校や職場で新 しい人的ネットワークを形成することを困難にする可能性がある.また,退所者の大学等へ の進学率は低く,中小企業に就職した場合には,同年代と知り合う機会も少ないと推測でき る.そのため,自分の出自を知った上で形成された小・中学校,高等学校等の友人のような,
施設入所時からの友人関係を継続することが重要となるのではないだろうか.
特に,退所後に家庭復帰できなかった場合は,実親を相談相手にできる可能性が低く,施 設入所時のように気軽に相談できる職員が近くにいるわけではない.職場などで上司やそ れにかわる相談相手が見つかればよいが,そうでなければ友人が最初に頼れる人となる.
4-2-2.ネットワークとしての児童養護施設
児童福祉法第41条に「児童養護施設は,……退所した者に対する相談その他の自立のた めの援助を行うことを目的とする施設とする.」と明記されている.宮本がいうように,「ポ スト工業化の時代に入ると,高学歴化と晩婚化とが相まって成人期への移行のプロセスが 長期化し,……学校にいる期間が長くなり,社会に出た後も未婚状態が続き,親から完全に 独立するに至らない期間が長期化した」(宮本 2012: 61)ことからも,高校卒業と同時に自 立を強いられることに困難がともなうことは容易に理解できる.
したがって,児童養護施設におけるリービングケアやアフターケアが,児童の退所後に大 きな影響を与えることになる.リービングケアは,退所後の生活を想定し,自立の準備をす るためのものであり,冠婚葬祭におけるマナーや銀行口座の開設などの一般常識を学んだ り,自立プログラム用の部屋で炊事を含めた一人暮らしのシミュレーションなどを行った りする.アフターケアの具体的な内容としては,職場や居宅訪問,トラブル発生時の解決指 導,結婚・出産・育児等に関する相談等多岐にわたるが,これらは,退所者と施設職員の信 頼関係が継続していることを前提に成り立つものである(長谷川・堀場編2007: 135).
退所者が実親をあてにできない時に,児童養護施設は,いつでも相談できる重要な人的 ネットワークであると考えられる.
4-2-3. 当事者支援団体
当事者支援団体とは,児童養護施設や里親など,社会的養護を経験した人たちの支援など をしている団体である.現在,「CAP センター・JAPAN」「ひ・まわり」「日向ぼっこ」
「LIBERAL FAMILIAR」「白ひげ」「COLORS」「ZIRITSU」などの団体があり,当初は