VI. 薬効薬理に関する項目
2. 薬理作用
(1)作用部位・作用機序
アルツハイマー型認知症ではグルタミン酸神経系の機能異常が関与しており、グルタミン酸受容体のサブタ イプであるNMDA受容体チャネルの過剰な活性化が原因の一つと考えられている。メマンチンはNMDA受 容体チャネル阻害作用により、その機能異常を抑制する。
以下に NMDA受容体チャネルにおける病態時のメマンチン塩酸塩の阻害様式を MK-801#と比較しながら模 式的に示す。
NMDA受容体の病態及び生理的活性化状態におけるメマンチン、Mg2+
及びMK-801の受容体拮抗様式の違い
○:Mg2+ :Memantine ●:MK-801 静止時 アルツハイマー病態時 生理的活性化状態
アルツハイマー病態時:
シナプス間隙の過剰なグルタミン酸により、シナプス後膜電位は−50mVに上昇する。この条件では Mg2+が NMDA 受容体から解離し、細胞内への Ca2+流入が起こり、記憶・学習障害に関わる細胞傷害やシナプティ ックノイズの増大が惹起されるが、メマンチン及びMK-801はNMDA受容体から解離することなく、Ca2+ 流入を抑え、グルタミン酸による細胞傷害やシナプティックノイズを抑制する。
生理的活性化状態:
生理的な神経興奮により一過性に高濃度のグルタミン酸が遊離し、シナプス後膜電位が−20mV程度まで上昇 する。この強い脱分極条件では、メマンチン塩酸塩は受容体から速やかに解離しCa2+流入が起こる。
このとき、神経伝達の長期増強(long-term potentiation:LTP)形成にはNMDA受容体の活性化が必要で あるが、メマンチン塩酸塩は解離しているため影響を及ぼさない。
一方、MK-801はNMDA受容体から解離しないため、LTP形成を妨げる。
以上のように、メマンチン塩酸塩のNMDA受容体拮抗作用における膜電位依存性の強さ及び受容体からの解 離速度は、Mg2+とMK-801の間にあり、この性質によりメマンチン塩酸塩は、病態特異的なNMDA受容体 拮抗作用を示すと考えられる。
また、持続的な NMDA 受容体の活性化により、シナプティックノイズが増大した状態では、LTP のような シナプス可塑性変化を誘導する伝達シグナルがノイズに隠れ、情報が伝わりにくくなる(シグナル/ノイズ比 の低下)。メマンチン塩酸塩はそのシナプティックノイズを解消し、正常なシナプス可塑性変化の誘導を回 復することによって、認知機能改善作用を示すと考えられている(シグナル/ノイズ仮説)。
<シナプティックノイズの上昇時におけるNMDA受容体に対するメマンチン塩酸塩の作用様式(仮説)>11)
メマンチン塩酸塩の結合活性を61種類の受容体に対して検討したところ、NMDA受容体のPCP結合部 位に対しては、10µmol/Lの濃度において91.08%の結合活性を示したが、それ以外の60種類の受容体* に対しては、10µmol/Lの濃度でも50%以上の結合活性を示さなかった。
* NMDA受容体のPCP結合部位以外のリガンド結合部位、AMPA受容体、カイニン酸受容体、及び各種のドパミ ン受容体、エストロゲン受容体、GABA 受容体、アンジオテンシン受容体、ヒスタミン受容体、ムスカリン受容 体、セロトニン受容体など、計60種類の受容体
② NMDA受容体拮抗作用(in vitro)
a.濃度依存性
ラット初代培養海馬神経細胞において、NMDA受容体チャネルの活性化によって生じる電流に対してメ マンチン塩酸塩は膜電位依存性の阻害作用を示し(IC50=1.56±0.09µmol/L)、その作用の発現及び消失 は速やかであった13)。
ラット培養海馬神経細胞のNMDA誘発電流に対する メマンチン塩酸塩の抑制作用
なお、ラット海馬スライスのシナプス伝達の長期増強(記憶・学習の基本モデル)の形成に対して濃度依 存的な抑制作用を示すが、NMDA受容体チャネル阻害作用のIC50値付近ではほとんど影響しなかった14)。
mean±SE n=9(海馬神経細胞9標本)
b.各種アゴニストによる誘発電流に対する作用
メマンチン塩酸塩は、AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methylisoxazole-4-propionic acid)(100µmol/L) 及びGABA(γ-aminobutyric acid)(10µmol/L)誘発電流に対し、30µmol/Lを添加しても抑制作用を 示さなかった。
ラット培養海馬神経細胞のNMDA、AMPA、GABA誘発電流に対する メマンチン塩酸塩の作用
メマンチン塩酸塩を添加前、添加時及びその後の除去時に おける各電流を重ねて図示した。
mean±SE
(n=5)
(n=5) (n=4)
c.膜電位依存性
メマンチン塩酸塩によるNMDA受容体拮抗作用は、膜電位が浅くなるほど抑制率が小さくなる膜電位依 存性を示した。
ラット培養海馬神経細胞におけるNMDA誘発電流に対する メマンチン塩酸塩の抑制作用
メマンチン塩酸塩添加時のNMDA誘発電流値(●)は、メマンチン塩酸塩添加10~11秒後に記録された電流値の平均を示す。対 照電流値(○)は、メマンチン塩酸塩の添加前と除去と共に+70mV で5秒間脱分極を与えたのちにそれぞれ記録されるNMDA 誘発電流値の平均を示す。
2) シナプス可塑性障害に対する作用
①長期増強(long-term potentiation:LTP)形成障害抑制作用(in vitro)
細胞外Mg2+濃度を低下させることによって内因性グルタミン酸を介してNMDA受容体を持続的に活性 化するとLTP形成が障害されるが、メマンチン塩酸塩は1及び10µmol/Lの濃度でこれを抑制すること が示された。LTPの大きさは、テタヌス刺激30~60分後の集合興奮性シナプス後電位(field excitatory postsynaptic potential:fEPSP)スロープを定常値のfEPSPスロープに対する変化率で表示した15)。
ラット海馬スライスにおける低濃度Mg2+に誘発されたLTP形成障害に対する メマンチン塩酸塩とMK-801の作用
aCSF:人工脳脊髄液(溶媒対照)
用いたスライスの数: aCSF群(n=6);メマンチン塩酸塩群1µmol/L(n=6)、10µmol/L(n=6)、30µmol/L(n=7)
MK-801群0.01µmol/L(n=6)、0.1µmol/L(n=6)、1µmol/L(n=7)。
**p<0.005、***p<0.001 vs aCSF群(Student-Newman-Keuls test)
mean±SE
② NMDA誘発学習障害抑制作用
ラット腹腔内へのNMDAの投与により惹起された、神経細胞傷害に基づかない受動的回避学習障害を抑 制した16)。
NMDA誘発受動的回避学習障害に対するメマンチン塩酸塩の作用
なお、正常ラットにメマンチン塩酸塩の高用量(腹腔内 10mg/kg)を投与した場合、受動的回避学習を 障害したとの報告がある17)。
3) 神経細胞傷害に対する作用
①グルタミン酸誘発神経細胞傷害に対する作用(in vitro)
ラット初代培養大脳皮質神経細胞において、メマンチン塩酸塩(0.1~100µmol/L:グルタミン酸添加時 に同時添加)はグルタミン酸誘発細胞傷害を濃度依存的に抑制した(IC50=1.66±0.36µmol/L)。メマン チン塩酸塩はグルタミン酸による細胞傷害に対して保護作用を有することが示された。
ラット培養大脳皮質神経細胞のグルタミン酸誘発細胞傷害に対する メマンチン塩酸塩の抑制作用
② Aβ25-35とグルタミン酸の併用により誘発される神経細胞傷害に対する作用(in vitro)
ラット初代培養大脳皮質神経細胞において、Aβ25-35(1µmol/L)及びグルタミン酸(50µmol/L)はそれ ぞれ単独では神経細胞傷害を惹起することはなかったが、Aβ25-35添加2日後にグルタミン酸を添加する と、グルタミン酸添加の1日後に顕著な傷害が惹起された。
この神経細胞傷害に対して、メマンチン塩酸塩(0.1~3µmol/L)は、グルタミン酸添加直前に添加する ことで濃度依存的な抑制作用を示し(IC50=0.13µmol/L)、0.3µmol/L 以上の濃度において有意な保護作 用が認められた。
Aβ25-35及びグルタミン酸添加によって惹起される大脳皮質神経細胞傷害に対する
メマンチン塩酸塩の作用
添加物質 濃度
(µmol/L)
吸光度の差
(OD570nm-OD650nm)
平均値±標準誤差
生存率
(%)
溶媒 – 0.48±0.03 100
Aβ25-35(1µmol/L) – 0.46±0.04 94
グルタミン酸(50µmol/L) – 0.43±0.03 83
Aβ25-35+グルタミン酸 – 0.20±0.01## 0
0.1 0.32±0.03 41
n=6, mean±SD
ことにより、溶媒投与群でみられた、獲得試行における逃避潜時の延長を短縮し(以下 A 図)、探査試 行における回数の減少を抑制する傾向を示した(以下B図)。また神経細胞傷害のマーカーであるPTBBS
(peripheral type benzodiazepine binding site)レベルの増加に対しては抑制作用を示した(以下C表)。
一方、正常ラットの空間認知機能には影響しなかった18)。
Aβ1-40及びイボテン酸海馬内注入ラットの 水迷路学習障害に及ぼすメマンチン塩酸塩の作用
Aβ1-40及びイボテン酸海馬内注入によって惹起される
神経細胞傷害(PTBBSレベルの増加)に対するメマンチン塩酸塩の作用 (C)
群 例数 PTBBSレベル(%偽手術群)
偽手術 10 100
溶媒(生理食塩液) 12 312.9±19.9* メマンチン塩酸塩(10mg/kg/日) 12 215.7±21.4*,# メマンチン塩酸塩(20mg/kg/日) 12 196.5±21.1*,#
mean±SE
mean±SE