A: QV-4077(左舟状立方骨),B−E:QV-4084(右舟状立方骨).
9.
① 最大長の近位端幅,骨体最小幅,遠位端幅に対する比(付表9;GL/Bp,GL/BD,GL/Bd):最大長を計測できる
QV-4045+M-076では,最大長の,近位端幅,遠位端幅そして骨体最小幅に対する比はどれをとっても,現生ヘラジカよ
りかなり小さい.最大長を計測できないQV-4047,M-077, M-079でも,若いと推定される個体も含め,残存部から 推定される最大長の各部分の内外幅に対する比が現生ヘラジカにおけるより小さく,より頑丈な印象を受ける.一 方,QV-4046, M-078, M-080 の3点の骨体は細長く,現生ヘラジカとほぼ同じ概観を示す.② 近位面観:近位関節面の輪郭(図42;A,B):近位面観における上腕骨との関節面の輪郭は,QV-4045+M-076では,
外側より内側で前後に厚く,内外に長い長卵形で前外側角以外は丸い(1a).一方,現生ヘラジカでは全体として角 張っており,前内側と後外側の角では特に角張り(1b),前者は明らかに現生ヘラジカとは区別される.Breda(2005)
は,M. giganteusの近位関節面の近位面観での輪郭は丸く,ヘラジカ類では角張るとしているので,
QV-4045+M-076
はヤベオオツノジカの橈骨と考えられる.M-079の近位関節面の輪郭もQV-4045+M-076のそれに近い形態をもち,前内側のみはやや角張るが,現生ヘラジカ ほど著しくなく,これもヤベオオツノジカの橈骨に同定されるであろう.尺骨の癒合状態から,QV-4045+M-076は 成体の橈骨で,M-079は若い個体の橈骨であることが明らかであり,これら2点の間の形態の違いは,年齢差による
図42.ヤベオオツノジカとヘラジカ(現生標本)
の𣓤骨の比較.
A,C:S. yabei(QV-4045+M-076:左橈骨).E,
G,I,K:S. yabei(M-077:右橈骨を反転).B,
D,J,L:A. alces(大澤−A, 右𣓤骨を反転).F,
H:A. alces(NMRV−50; 右𣓤骨を反転).図中の 番号は本文と付表28の番号に対応する.
Fig. 42. Comparison between the radii of Sinomegaceros yabei and those of extant Alces alces.
A and C: S. yabei (QV-4045+M-076: left radius), E, G, I and K: S. yabei (M-077: right radius, inverted). B, D, J and L: A. alces (Osawa-A: right radius, inverted). F and H: A. alces (NMRV-50: right radius, inverted). The numbers in the figures correspond to those in the text and Appendix Table 28.
ものである可能性がある.
③ 近位面観:尺骨の外側鈎状突起に対応する切れ込み(図42;A,B):近位関節面の後縁に見られる尺骨の外側鈎状 突起(lateral coronoid process)に対応する切れ込みについて,Breda(2005)は,ヘラジカ類ではその内側の縁が近 位関節面の溝に平行で,遠位の縁は外側に斜めに開き(2b),
Celvalces属ではヘラジカより大きく切れ込むとし, M.
giganteusでは切れ込みは小さく内・外側の縁は平行でありヘラジカ類と異なるとしている.
ところが筆者らが観察した標本の内
QV-4045+M-076,QV-4047そして M-079では,切れ込みの内側の関節面は後外
側を向くため,縁は前外側−後内側に伸び(2a),M. giganteusともヘラジカ類とも異なる.さらに,切れ込みの外 側部の関節面は,後側を向いてその近位縁は内外を向き,近位面観では切れ込みは全体として約135°の角度で開き,やはりM. giganteus,ヘラジカ類とは大きく異なる.この部分の形質はヤベオオツノジカを特徴付けるものであろう.
なお筆者らの観察では,現生ヘラジカの切れ込み内側の縁は
Breda
(2005)が述べているように前後に伸びるが,外 側の縁は,わずかな変異はあるものの最深部(最内側)では前内側−後外側に伸び,外側の縁の残りの大部分はほ ぼ内外に伸びており,外側の縁の伸びの方向に限ればQV-4045+M-076やQV-4047と大きな差はないと思われる.
④ 近位部 近位・前面観:外側側幅靱帯の付着部(図42;A,B,C,D):QV-4045+M-076で見られる,近位関節面の 外側端より大きく外側に突出した外側側幅靱帯(lateral collateral ligament)の付着部(3a)は,
M. giganteusの橈骨で
も共通しており,一方,現生ヘラジカを含めヘラジカ類ではこの付着部は外側へ突出せず,近位面観ではわずかし か見えない(3b)(Peiffer, 1999; Breda, 2005).また,QV-4047, M-079そしてM-082では,近位部が完全に保存されて
いるわけではないが,骨体近位部の外側縁の曲がり方から,QV-4045+M-076と同様の形態が推定される.⑤ 骨体近位部 前・内側面観:橈骨粗面の位置(図42;C,D):Peiffer (1999)とBreda(2005)はヘラジカ類の橈骨 粗面(radial tuberosity)は丸く近位骨端から3〜4cm離れているのに対し,M. giganteusでは粗面はより長く,より近 位に位置していると述べている. QV-4045+M-076とM-079の橈骨粗面は近位骨端に接しており,その形は前外側が 円弧で後内側は直線に近い半円形ないしは
D字形で,遠近に長くM. giganteus
に類似する(4a).なお,筆者らの観 察では,現生ヘラジカの橈骨粗面と近位関節面内側端との間隔は,20〜25mmであった(4b).また,M-078ではこ の間隔は約10mmで,現生ヘラジカにおける平均的な値より小さい.⑥ 骨体中央部 前面観:内側部(図42;C,
D, E, F)
:Breda(2005)によれば,M. giganteusの骨体の内側縁は鋭い稜 になり内側に突出するのに対し,ヘラジカ類では稜にならないとされている.QV-4045+M-076,QV-4047,M-077, M-079の4点の橈骨において,骨体中央やや近位で骨体の内側縁は他の部分より前後にやや薄くなり(5a),前面観
では内側に膨らみ(5a´),M. giganteusほど著しくはないが似た傾向が認められ,現生ヘラジカの𣓤骨の形態とは異
なることが明らかである.一方,QV-4046, M-078, M-080の骨体の内側縁は,わずかに凸湾するかほぼ真っ直ぐで,その水平断面は丸く,現生ヘラジカの橈骨の形態(5b,
5b´)とよく一致しており,ヤベオオツノジカの橈骨におけ
るような内側への膨らみや前後に薄くなる部分は見られない.⑦ 骨体中央部 外側面観・横断面:前外側縁と外側面(図42;G,H):次項でも述べるように,Breda (2005)は,ヘ ラジカ類では腱溝(tendon groove)を挟む2本の稜の内,外側のものは,骨体の近位部まで続くとした.ただし筆者 らの観察では,ヤベオオツノジカの成体のものと同様に,途中やや低くなる部分を挟む.さらにBreda (2005)では ふれられていないが,現生ヘラジカでは,この稜が骨体中央部において前外側に張り出して,前面と外側面を明瞭 に画する前外側縁となり,外側面は外側よりやや後を向くやや膨らんだ面となる(6b).一方,QV-4045+M-076,
QV-4047,M-077, M-079の4点の橈骨では,腱溝を挟む2本の稜の内,外側の稜が中断部分を挟んで骨体中央付近ま
で伸びる場合でも,稜の前外側への張り出しはごく弱く(6a),骨体中央部では前面と外側面は連続的で,付近の 水平断面は丸い.すなわち,これら4点はヘラジカの橈骨とは容易に識別され,ヤベオオツノジカの𣓤骨に同定され る.これに対しQV-4046, M-078, M-080の骨体中央部の前外側は,頂部は丸いがよく張り出した稜となり,外側面は 前面とは明瞭に画されて外側やや後を向き,先に述べた現生ヘラジカと同じ特徴をもつ.⑧ 骨体遠位部 前面観:腱溝を挟む稜(図42;C,D,K,L):骨体遠位部の前面にある腱溝を挟む2本の稜について,
Breda
(2005)は,M. giganteusでは短く鋭いが,ヘラジカ類では丸いが長く外側の稜は骨体の近位部に達すると述べ
ている(7b).今回,観察したQV-4045+M-076と
M-077ではこれらの稜の頂部は鋭く尖っており(7a),明らかに現
生ヘラジカとは異なる.ただし前項で述べたように,QV-4045+M-076とM-077では,外側の稜はいったん不明瞭に なるが,骨体中央部では粗面を伴うごく低い高まりとなって前外側を走る.QV-4047とM-079では,少なくとも残 されている範囲の稜の頂部は丸いが,長さは前2者より短く骨体中央へ続く高まりは見られず,やはり現生ヘラジカ の𣓤骨とは異なる.以上の観察結果に基づき4点はいずれもヤベオオツノジカの橈骨と考えてよいだろう.そして,これら4点の間に見られた,腱溝を挟む稜の鋭さと長さの違いは,年齢による差と考えられる.
⑨ 遠位端 遠位面観:舟状骨との関節面(図42;C,D,K,L):QV-4045+M-076とM-077では舟状骨との関節面の前 縁が強く凹み,前面観でもこの関節面が現生ヘラジカ(8b)より広く見える(8a).この特徴は,M. giganteusにお
いても見られることから(Breda, 2005),両者はヤベオオツノジカの𣓤骨と考えられる.
⑩ 遠位端 遠位・内側面観:舟状骨との関節面と月状骨との関節面の間の稜(図42;K,L,I,J):Breda (2005)は,
M. giganteusではこの稜が遠位面観で骨の後縁に対し直角であり,ヘラジカ類では斜めで内側縁に達することを両者
の違いとしてあげている.しかし,筆者らが観察した,QV-4045+M-076とM-077では,この稜は骨の後縁に対し約45°で交わり(9a),現生ヘラジカではこの角度は約30°で(9b),2標本はこの形質においては,M. giganteusともヘ
ラジカ類とも異なる.またBreda (2005)は,M. giganteusの稜は骨端線に届かないのに対し,ヘラジカ類では届くとしている.
QV-4045+M-076と M-077ではこの稜と骨端線との間は大きく括れて繋がっておらず(10a),現生ヘラジカの形態(10b)
と異なり,M. giganteusに類似することは明らかである.
⑪ 遠位端 遠位面観:月状骨との関節面の後内側縁(図42;K,L):遠位面観で,QV-4045+M-076と
M-077の月状骨
との関節面の後内側縁は,舟状骨との関節面と月状骨との関節面の間の稜と70〜80°で交わる(11a).これに対し,現生ヘラジカの橈骨では,月状骨との関節面の後内側縁は,内側では次第に後へ曲がり,舟状骨との関節面と月状 骨との関節面の間の稜とはきわめて小さな角度となって,遠位面の後内側端付近で合流し(11b),両者の違いは明 瞭である.
以上に述べた形態の違いに基づき,QV-4045+
M-076,QV-4047,M-077,M-079,M-082の5点は,ヤベオオツノジカ
の𣓤骨に,QV-4046, M-078, M-080の3点はヘラジカの𣓤骨に同定される.なお,Breda (2005)では,M. giganteus の近位 関節面の溝には深い孔があるのに対し,ヘラジカ類にはこのような孔は見られないこと,近位面観において,尺骨との 内側関節面が,M. giganteusではほとんど見えないが,ヘラジカ類ではよく見えることを両者の違いとしてあげている.しかし筆者らの観察では,現生ヘラジカでも近位関節面の溝には深い孔が見られる場合があること,他の形質からヤベ オオツノジカと同定されるQV-4045+M-076の近位面観において,尺骨との内側関節面が見えることから,これらの形質 は,ヤベオオツノジカとヘラジカの識別点とはならないと考える.さらに,Scott (1885)はヘラジカ類では橈骨と尺骨 が遠位部のみで癒合するのに対し,M. giganteusでは骨全体の2/3で癒合するとしているが,現生ヘラジカの中にも骨体 が癒合する場合があり(NMRV-50)この形質も識別点とはならない.
10.尺骨(Ulna)
① 外側鈎状突起の内側関節面の向き(図43;A,
B)
:QV-4050, QV-4298, QV-4299,M-075の外側鈎状突起(lateral coronoid process)の内側関節面は前内側を向く
が(1a),M-074のそれは現生ヘラジカと同じく内側を向いている(1b).こ の関節面は,𣓤骨の近位端後縁に見られる切れ込み内側の関節面に対してお り,前4点の関節面はヤベオオツノジカの𣓤骨にみられる切れ込みの形(図42;2a)に,後者の関節面は現生ヘラジカのそれ(図42;2b)に対応してい
る.Breda (2005)は関節面の向きについてはふれておらず,
M. giganteusではヘラ
ジカ類より外側鈎状突起が薄いと述べている.本報告で記載した尺骨の保存 状態が不良なため,ヤベオオツノジカと現生ヘラジカの間で外側鈎状突起の 厚さを比較することは難しいが,前述した𣓤骨の近位端後縁の尺骨外側鈎状 突起に対応した切れ込みの形態からは,Breda (2005)の結論とは逆に,ヤベ オオツノジカの尺骨の外側鈎状突起の方が現生ヘラジカのそれより厚いと言 えるであろう.② 外側鈎状突起の内側関節面と上腕骨滑車との関節面のなす角(図43;A,
B)
:QV-4050ではほぼ直角に交わるが(2a),M-074そして現生ヘラジカでは約45
°で交わる(2b).
11.舟状骨(Scaphoid)
① 矢状長/最大長(付表10;GSL/GL):M-108の最大長に対する矢状長の値は,
現生ヘラジカのそれに比べて明らかに大きい.
② 内・外側面観:背側縁の膨らみ(図44;A,C):M-108の背側縁と掌側縁は それぞれ背側と掌側へよく膨らむ(1a)のに対し,現生ヘラジカの舟状骨で は,掌側縁は同様に膨らむが,背側縁はほとんど膨らまずほぼ真っ直ぐであ る(1b).
図43.ヤベオオツノジカとヘラジカ
(現生標本)の尺骨の比較.
A:S. yabei(QV-4050:左尺骨),B:
A. alces(大澤−A:右尺骨を反転).
図中の番号は本文と付表29の番号に 対応する.
Fig. 43. Comparison between the ulna of Sinomegaceros yabei and that of extant Alces alces.
A: S. yabei (QV-4050: left ulna), B: A.
alces (Osawa-A: right ulna, inverted). The numbers in the figures correspond to those in the text and Appendix Table 29.