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第 4 章 吸啜時における舌が乳首に与える力のリアルタイム計測と力分布の推定

4.4 舌隆起部の移動速度の算出

本計測結果より,被験児Aおよび被験児Bにおいては,舌隆起部が舌尖から舌根へ と移動していると推測できるため,最大値に達する時刻差およびセンサ間の距離を用い て舌隆起部の移動速度を算出した。計算式を式(4.2)に示す。なお,𝑣は移動速度,𝑥は 変位(各センサ間の距離),𝑡は各センサにおける最大値に達する時刻の差である。

𝑣 = 𝑥 𝑡

(4.2)

被験児Aおよび被験児Bにおける舌隆起部の移動速度を算出した結果を表4.7 に示 す。被験児Aにおいて,力センサch.3からch.2における移動速度は0.16 ± 0.05 m/s , 力センサch.2からch.1における移動速度は0.16 ± 0.02 m/sであり,ほぼ等速で移動 していることが示された。また,被験児Bにおいては,0.42 ± 0.12 m/s から0.10 ± 0.02 m/sと減速していることが示された。

(a) 被験児A (b) 被験児B

(c) 被験児I (d) 被験児J

図4.11 被験児4名における力の時系列波形

(a) 被験児A (b) 被験児B

(c) 被験児I (d) 被験児J

図4.12 被験児4名における力のリサジュー図形

表4.7 舌隆起部の移動速度の算出結果

ch.3からch.2における 移動速度[m/s]

ch.2からch.1における 移動速度[m/s]

被験児A 0.16 ± 0.05 0.16 ± 0.02

被験児B 0.42 ± 0.12 0.10 ± 0.02

(mean ± S.D.)

4.5 舌が乳首に与える力の方向および力分布の 推定

本計測における被験児 3 名の性別,出生体重,在胎週数,日齢,栄養摂取方法を表 4.8に示す。被験児3名は,規定量のミルクの全量を経口のみで摂取できている乳児で ある。

本計測では,正六角柱の3側面に力センサを縦に2個ずつ配置したsensor5を用いる。

被験児3 名の出力波形を図4.13に,各センサから得られた力の最大値および吸啜周 期を表4.9に示す。力センサch.3およびch.4の値が,他の力センサに比べて大きく出 力された。力波形の周期は0.49 s ~0.75 s であり,1s 間に約2回の吸啜回数が示さ れた。また,同一側面上に配置した力センサ ch.1 と ch.2,ch.3 とch.4,および ch.5 とch.6の出力波形において乳首根元部に配置した力センサ(ch.2,ch.4およびch.6)に 次いで乳首先端部に配置した力センサ(ch.1,ch.3 および ch.5)の順で最大値に達して おり,これは被験児3名に共通していた。

同一側面上に配置した2個の力センサにおいて,乳首先端部に配置した力センサの出 力をx軸に,乳首根元部に配置した力センサの出力をy軸にとってデータをプロットし たリサジュー図形を図 4.14 に示す。なお,負の値が計測されている箇所があるが,こ れは乳児の吸引圧によりセンサの伝達ブロックと人工乳首が離れ,空間が生じたためと 考えられる。被験児Kおよび被験児Lにおいて,楕円状の軌跡が描かれており,同一 側面上に配置した力センサから出力された2つの波形において位相差が確認できた。被 験児Mのch.3およびch.4のリサジュー図形において8の字型に交差しているが,こ れは同時刻で出力の大小が逆転したためである。

表4.8 被験児の情報

性別 出生体重[g] 在胎週数[週] 日齢[日] 栄養摂取方法

被験児K 男児 2840 39 55 経口哺乳

被験児L 女児 3448 40 5 経口哺乳

被験児M 男児 2716 39 3 経口哺乳

(a) 被験児K

(b) 被験児L

(c) 被験児M

図4.13 被験児3名における力の時系列波形

表4.9 被験児3名における力波形の最大値および吸啜周期 (a) 最大値[N]

ch.1 ch.2 ch.3 ch.4 ch.5 ch.6

被験児

K 0.61 ± 0.07 0.42 ± 0.04 2.74 ± 0.12 2.34 ± 0.15 0.05 ± 0.02 0.31 ± 0.02 被験児

L 1.10 ± 0.03 0.55 ± 0.02 2.46 ± 0.05 1.84 ± 0.04 0.27 ± 0.03 0.27 ± 0.03 被験児

M 0.48 ± 0.02 0.27 ± 0.05 2.78 ± 0.11 2.70 ± 0.06 0.83 ± 0.01 0.71 ± 0.02 (mean ± S.D.)

(b) 吸啜周期 [s]

被験児K 0.49 ± 0.02 被験児L 0.67 ± 0.12 被験児M 0.75 ± 0.08

(mean ± S.D.)

(a) 被験児K

(b) 被験児L

(c) 被験児M

図4.14 被験児3名における力のリサジュー図形

被験児3名における乳首表面の力分布を0.05 s 間隔で推定し,マトリックス様に配 置した結果を図4.15~図4.17に示す。被験児Kにおいては,0 s から0.10 s にまず力

センサch.2,ch.4およびch.6に力が与えられ,その後,力センサch.4,ch.3の順に極

めて大きな力が与えられている。これは,吸啜開始時に舌尖で乳首を支え,その後,乳 首下部より主たる力が舌の蠕動様運動によって与えられていると考えられる。被験児L および被験児Mにおいては,力をかけ始める0.10 s から0.20 s を除いて,乳首先端 部に与えられる力が常に強い点が共通して見られた。

図4.15 被験児Kにおける力分布

図4.16 被験児Lにおける力分布

図4.17 被験児Mにおける力分布

4.6 考察

舌-人工乳首接触力計測システムを用いて乳児に対して計測実験を行った結果,すべ ての力センサから出力信号の波形が観測され,経口哺乳が確立した乳児においては舌の 隆起が舌尖部から舌根部へ移動していると考えられる蠕動様運動を示す信号波形が観 測された。一方,経口哺乳が確立していない乳児においては,波形の立ち上がりが乳首 先端部に次いで乳首根元部の順であったことから,舌の隆起は舌根部から舌尖部へ移動 していると考えられる。このように,経口哺乳が確立した乳児と確立していない乳児で,

吸啜時における舌運動に異なる点があることを見出した。また,計測例すべてにおいて,

乳首根元部より乳首先端部に配置した力センサからの出力最大値が大きく,吸啜周期は 1 s 間に2回程度であることが示された。

また,舌の蠕動様運動は乳首表面上においてどのように移動しているかを明らかにす るため力の中心位置の推定を行った結果,被験児Eにおける日齢37日と日齢94日に 異なる点があることを見出した。経管栄養を併用している日齢37日においては,力の 値に変動はあるが,中心位置は常に乳首の先端部にあった。対して,経口哺乳が確立し た日齢94日においては力の値が変動するに従って,中心位置は乳首の根元部から乳首 の先端部に移動している。すなわち,94 日において被験児は舌尖部から舌根部へ作用 点を移動させ吸啜を行っていたと考えられる。また,0.4 s 間の中心位置の軌跡長は,

日齢37日では1.46 ± 0.26 mm,日齢94日では9.02 ± 0.77 mmとなり,舌が蠕動様運 動を行っていたと考えられる日齢94日の方が長い結果となった。また,経管栄養を併 用している被験児 F の中心位置の軌跡は,乳首の先端部から乳首の中央部へと移動し ていた。軌跡長は8.86 ± 0.66 mmと比較的長いが,乳首根元部への移動がみられない ため,舌尖部に力が十分作用していないと考えられる。経管栄養を併用している被験児 Hの中心位置の軌跡は,被験児Eの日齢94日の結果と同様に乳首の根元部から乳首の 先端部に移動しているが,乳首根元部に配置した力センサ(ch.2 および ch.4)の波形 より乳首先端部に配置した力センサ(ch.1およびch.3)の波形の位相が早いことから,

舌根部から舌尖部へ作用点を移動させ吸啜を行っていると考えられる。経口哺乳が確立 した乳児における推定結果は,吸啜時における口腔内視認観測した従来の報告[7] -[15] と 同様であり,さらに簡便に計測可能である本手法の有効性が示された。

これまでの計測結果より,経口哺乳が確立した乳児において,乳首根元部から乳首先 端部の順に力が与えられており,舌の隆起が舌尖部から舌根部へと移動していると推測 できるため,舌隆起部の移動速度を算出した。その結果,各力センサ間における移動速 度は,ほぼ等速で移動しているケースと等速でないケースがみられ,個人差があること が示された。この結果は,舌隆起部がどのように移動するかを詳細に計測した結果であ り,超音波断層法を用いて同時計測することにより新たに舌の動きの解明も期待できる。

さらに,舌が人工乳首に与える力方向の検討を行うため,正六角柱に力センサを配置 したセンサユニットを用いて,立体的に計測を行い,力分布を推定した。その結果,被 験児3名において,乳首下部からの力を捉えるセンサch.3およびch.4からの最大出力 値が,他の力センサに比べて極めて大きかった。また,同一側面上に配置した2個の力 センサの出力に時間差が確認でき,乳首の根元部に配置したセンサに次いで先端部に配 置したセンサの順で最大値に達していた。これは,正六角柱の3つの側面すべてにおい て,舌の蠕動様運動を立体的に捉えた結果であると考えられる。すべての被験児におい て,力センサch.4およびch.3に与えられる力が極めて大きいことから,吸啜において 主となる力は乳首下部から与えられていることが明らかとなった。

4.7 結語

本章では,吸啜時における舌が乳首に与える力のリアルタイム計測と力分布の推定に ついて述べた。すなわち,力センサを任意に配置できるセンサユニットを内蔵した人工 乳首を用い,経口哺乳が確立した乳児および確立していない乳児において,舌が人工乳 児に与える力を計測し,吸啜時において舌がどのように移動しているかを推定した。以 下に本章で得られた結果を要約する。

1) 力センサの配置場所が異なる 4 種類のセンサユニットを内蔵した人工乳首を用

いて,舌が乳首に与える力を計測した結果,経口哺乳が確立した乳児において は舌の蠕動様運動のためと考えられる位相の異なる信号波形の観測に成功した。

2) 計測例すべてにおいて,乳首根元部に配置した力センサと比較して乳首先端部 に配置した力センサからの最大出力値が大きく,1 s 間に約2回の吸啜回数が示 された。これは,従来の研究報告の結果[47] ,[48] と一致する。

3) 吸啜時における力の中心位置を推定した結果,経口哺乳が確立した際の舌の動 きは口腔内視認観測した従来研究の報告[7] -[15] と同様であった。さらに,軌跡長 を推定した結果,成長に伴う変化がみられた。

4) 舌の隆起が乳首の根元部から先端部に向かって移動していると推測できた乳児 において,舌隆起部の移動速度を算出し,個人によって速度の変化に違いがあ ることを示した。

5) 正六角柱に力センサを配置したセンサユニットを用いて,立体的に計測を行い,

力の方向および力分布を推定し,吸啜において主となる力は乳首下部から与え られることを示した。

6) 経口哺乳が確立した乳児においては,乳首根元部に配置した力センサから乳首 先端部の順に出力波形が立ち上がっているが,経口哺乳が確立していない乳児 においては,乳首先端部から立ち上がっており,力のかけ始める順序が異なっ ていることが示された。

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