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本章では、第Ⅱ章と第Ⅲ章で見てきた、自閉症児のこだわり行動と健常児のこだわり行 動に異同について、自我発達の側面から、さらなる検討を加えていく。

1 自閉症児と幼児のこだわり行動の比較検討

自閉症児の「こだわり行動」と幼児期の「こだわり行動」は、一見すると同じようにも 見える。しかしながら、白石(2013)が指摘するように、本質的には全く異なっている1)と言 える。ここでは、定型発達の子どもの「指しゃぶり」や「毛布・ぬいぐるみへの執着」と 自閉症児の「こだわり行動」の違いについて解釈を加えてみたい。

指しゃぶりに関しては、小児科医の先生方が統一見解を公表している2)。指しゃぶりは赤 ちゃんがお母さんのおなかのなかにいるとき、つまり胎児期から始まる行為であり、おっ ぱいを吸うための「吸啜反射」という生理的かつ本能的な働きによる。よって赤ちゃんに とってこれは生命を維持するための大切な行為である。この小さな指を小さな口に運んで いく行為には目と手の協応した働きが求められる。そして、いろいろな物をしゃぶっては、

形や味、性質を学習する場となっている。赤ちゃんにとって、この指しゃぶりは、生命維 持と運動・精神発達に欠かせない特別な意義を持つものである。守屋(2010)の言う生物的自 我や、社会的自我の初期段階と言ってもよい。

人間の幼児は、3~4歳になっても指をしゃぶっている。それは懸命におっぱいを吸って 生きてきたことの名残であって、安心・安堵しているときでもある。それを強制的に辞め させる必要はないし、よほどのことがない限り、歯の成長を妨げる、と心配する必要もな い。実際に、筆者が担任した児童のなかには、小学3~4年生まで指しゃぶりが続いた子も いた。指しゃぶりは、あくまで一過性のもので、成長発達に伴って自然に消えていくもの であろう。また一般に言われているように、「もう赤ちゃんじゃないのだから……」とい う自覚のもとに、やがて、卒業を迎えるものである。

それに対して、自閉症児のこだわり行動は、自然に消えたり、卒業を迎えたりするもの ではない、独特の特性を持つものと考えられる。また、目と手の協応を高めたり、物の性 質に対する認識を高めたりするといった、発達に寄与するような行動でもない。むしろ逆 に、発達を阻害する性格のものである。ここに両者の決定的な違いが存在すると言えるの

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健常児にとって「特別な毛布やぬいぐるみ」は、それを「抱く」、そしてそれに「抱か れる」ことが象徴するように、母親への愛着と母親からの愛情を表している。こうして自 分の内にあるこころと、自分の外にあるこころとが毛布やぬいぐるみを介して、行き来す る。幼児は、毛布やぬいぐるみを扱うことで、母親から離れていても自分の中には愛着 (attachment)という安心があることを確認して、自立はたまた自律へと向かっていけるので ある。つまり、「特別な毛布やぬいぐるみ」は「人と人」、そして「イメージの世界と現 実」をつなぐ「架け橋」の役割を担っているものと考えられる。それゆえ、心理学的用語 としては、「移行対象」と呼ぶこともできる。

それに対して、自閉症児の場合はどうであろうか。移行対象を専門とする学者タスティ ン女史(F.Tustin)は、自閉症児のそれを、「自閉対象」と名付けている。つまり、自閉症児 の「こだわり行動」は、定型発達の子どもが示す「移行対象」とは基本的に異なり、「人 を避ける」または「人を遮る」ための「バリアー(防壁)」であると説明したのである3)。こ れは大きな示唆を孕んでいる。

また、その対象も、指しゃぶりは親指だけとは限らない。赤ちゃんはげんこつや足の指 もしゃぶる。それでも「指しゃぶり」に含まれる対象は、せいぜいこの三つの身体部位だ けであろう。同様に、毛布やぬいぐるみに関しても「ふわふわしていて、触り心地の良い」

物に限られる。さらに、タオル地のよだれかけや衣類も執着の対象に挙げられるが、総じ て多様であるとまでは言えない。

それに対して、ASDのこだわり行動は、驚くほどに多種多様である。白石(2013)は、その 著書のなかで、340ほどのこだわり行動を例示している4)。また、白石(2013)はこだわりに関 する一般(定型発達)の子どもと自閉症児の比較を表4にまとめている5)。筆者によって、一 部加筆されているが、基本的な違いが一目瞭然である。

自閉症児のこだわり行動は、「①変えられない、②やめられない、③切り替えられない」

に代表される大きな特徴に分類できる。そこで、こだわり行動をネガティブな面からだけ で捉えるのではなく、こだわり行動に徹底的に寄り添いながら、本人の成長につなげるな ど、ポジティブな方向に切り替えていく保育や教育の在り方について提案したい。また、

健常児のこだわり行動との比較を通して、自閉症児のこだわり行動にも、二つの力動的因 果律をどのような形で適用できるかについて、検討を試みた。

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表4 自閉症児と幼児の「こだわり行動」の比較 一般の子どもの執着

(指しゃぶりや毛布・ぬいぐるみなど)

自閉症児のこだわり行動 (多種多様)

①一過性である ①一過性ではなく、長く持続する

②成長・発達に欠かせない ②発達や人との関係を阻害する

③対象の部位や物は限られる

④自我の「発達」が認められる

③対象は数限りない

④自我の「存在」が認められる

(白石(2012)を基に、筆者が、加筆・修正した)

結果としては、相互補完的な力動的パワーが発達的交代を示しあうことが示唆され、こ のことから「発達とは、過去の支配から離脱して、未来の支配へと移行していくプロセス である」との仮説を立てるに至った6)。健常児のこだわり行動は、変えられる、やめられる、

切り替えができるというように、相反するパワーが力動しあって、響き合ってレゾナンス

(共鳴)を行っているものと考えられる。

2 自我発達上ならびに教育上の問題としてのこだわり行動

生体をめぐる環境には自然的、物理的環境や他者との関係を含む社会的環境などさまざ まなものがある。生物の進化の過程に目をやると、自然的・物理的環境に適合する生物だ けが生き残るという自然淘汰の考えを基礎に、系統発生におけるその形態や機能の変化に ついて今まで説明がなされてきた。こうした進化論的立場からの環境への適合は順応 (adaptation)と呼ばれ、心理学の領域においても適合として用いられる。一方、人が適合しな ければならない環境は自然的、物理的環境ばかりではない。人が集団で社会生活を営む以 上、社会組織や社会制度、さらには組織のなかでの他者との人間関係を含む社会的環境へ の適合も不可欠となる。こうした社会的環境への全人格的反応としての適合を言う場合に は、適応(adjustment)という用語が用いられることが多い。

先述した、守屋(2010)の自我発達の三次元モデルは、「生物的自我(biological self)」、「社 会的自我(social self)」、「時間的自我(temporal self)」であり、「(公理1)心理学の研究対 象としての行動は、特定の個体が特定の環境のなかで示した特定の時点での行動であ」り、

こだわり行動を考える際に重要な示唆を含んでいると考えられる。また、「(公理2)こ の場合の特定の時点は、その過去を含むと同時にその未来を孕んでいる」とも述べられて

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いる。この二つの公理を踏まえて「こだわり行動」を再度、定義づけたい。さらに、守屋(2010) は適応の問題を、「社会への適応すなわち社会的適応は他者によって設けられた基準にど の程度適合しているのかを問題とする。狭義には他者への適応と言っても良く、他者によ って適応がうまくいっているかどうかが評価される。自己への適応すなわち個人的適応は、

適応の主観的側面をさしている。他人がどう見ようと、その人が自分自身で大切だと思う 自分自身の目標を達成することを意味しており、言うなれば目標への適応であり、時間的 適応である」と述べている7)。こだわり行動は、まさに自我発達上の適応の問題であると考 えられ、自我発達の過程を如実に物語っているとも言えるのではないかと考えられるので ある。こだわり行動というものを自我発達上ならびに教育上の問題として本論では、整理 し直してみたいのである。問題行動として捉えられがちである「こだわり行動」は、実は、

自我発達の過程であり、その一つの手がかりになり得るのではないか。こだわり行動を自 我発達から捉えてみると、こだわりの対象が変化していく、また同じものにこだわってい ても、そのこだわりは変容を見せることが健常児の発達においては重要である。その際に、

自閉症児にとっては自我の存在として「こだわり行動」のメカニズムを明らかにできれば いいのではないかと考える。発達は、二軸性を持つものであり、相対するもの同士が響き 合い、育ち合っていくものである。こだわりも、何かしらの力と相まって変容を遂げ、次 第に消失していくものであるとも考えられ、自閉症児の場合は、その力動的パワーや刺激 が少ないのではないかという仮説が成り立つのである。

結果として、相互補完的な力動的パワーが、発達的交代を示し合うことが示唆され、こ のことから発達とは、やはり、「過去の支配から離脱して、未来の支配へと移行していく 過程」である6)。また健常児のこだわり行動を自我発達の過程として捉えてみると、自閉症 児のこだわり行動も自我発達の側面から捉えてみることが可能であることが明らかになっ た。自閉症児のこだわり行動は、いうなれば、相互補完的なパワーの欠損から由来する、

「発達の足踏み」であるものと推察される8)

【註】

1)白石雅一,2013,『自閉症スペクトラムとこだわり行動への対処法』,東京書籍,p.32

2)前川喜平,2006,「指しゃぶりについての考え方」,『日本小児科学会雑誌』,110(4),

pp.611-613

3)タスティン、F.,2005,斉藤久美子監修『自閉症児と小児精神病』,創元社

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