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自動詞 V2 の複合制約

ドキュメント内 アイヌ語の複雑述語の研究 (ページ 55-58)

第 4 章 複雑述語の分析

4.2. 生成文法からのアプローチ

4.2.2. アイヌ語「V1+V2」の複合構造

4.2.2.2. 自動詞 V2 の複合制約

「V1+V2」はV2に入る自動詞が非常に限られている。上記の構造のみを想定するならば、

多くの形容詞的な意味をもつ非対格自動詞がV1に入ることになる。本稿では、同じ非対格

動詞pirka「よくなる」との対照から、tunas「はやくなる」、moyre「おそくなる」が V2 に

入りうる理由を考える。

まず、pirkaの用例であるが、資料調査の範囲ではV2に入って助動詞的にふるまうpirka はみられなかった。一方、補文節構造の複文としては以下の例がみられた。既出の(44)

を(49)として再掲する。

(49) ottena a-ø-tura hi ø-pirka kusu アイヌの旦那 1SG.SBJ-3SG.OBJ-連れる COMP 3.SBJ-良くなる ので アイヌの旦那を連れて行ったのがよかったので(猟に成功した)

アイヌ民族博物館(C0157L01010)

VP

NP V'

V VP

NP V'

V

moyre

iwak-an (1PL)

VP

NP V'

V VP

NP (1SG)

V'

NP V

moyre

a-ø-hosipire okkaypo

nispa

49 ottena a-ø-tura hi ø-pirka

アイヌの旦那を連れて行ったのがよかった(= 44、49)

図6 pirkaの補文節構造

pirkaもtunas、moyreも、ともに非対格動詞として内項に補文的な項を取る点で統語構造

は類似している(cf. 図4、5)。しかし、pirkaと同様に語彙的動詞として現れるさいのtunas、

moyreの人称のふるまいをみるとpirkaとの異なりがみえてくる。すでに(28)(29)でもふ

れたが、(50)(51)として再掲して樹形図を以下に示す。

(50) eytasa e-tunas

あまりに 2SG.SBJ-はやくなる

(2人で米を搗いているとき、一方が早すぎて間に合わない状況で)

あまりにおまえが(搗くのが)はやい

田村(1996:736、本稿(28)再掲)

(51) a-ø-kor okkaypo hoski ø-arpa yak ø-pirka.

1.SBJ-3.OBJ-持つ 青年 先に 2SG.SBJ.IMP-行く なら 3.SBJ-良くなる

ponno moyre-an na

少し おそくなる-1SG.SBJ から

にいさんが先に行ってください、ちょっと私は遅れていくから

千葉大学(2015c_17-2:1609、本稿(29)再掲)

VP

NP V'

V VP

NP

ø-pirka

ottena a-ø-tura (1SG)

CP COMP V' hi

NP V

50

e-tunas moyre-an

おまえが(搗くのが)はやい(= 28、50) 私が(行くのが)おそくなる(=29、51)

図7 語彙的動詞としてのtunas 図8 語彙的動詞としてのmoyre

このように、tunas「はやくなる」とmoyre「おそくなる」は、文脈から補えるイベントの 主体(動作主)を、それぞれの内項に主語としてとることができる(もちろん、補文標識 や転成をともなう名詞句ではないため、あくまで(50)(51)の NP がとるのはV2 の動作 主にあたる名詞句のみである)。

一方で、pirka「よくなる」はイベント全体を補文として3人称で受けることはできるが、

(50)(51)のように、補文内のイベントの動作主を直接 pirka の主語とすることができな い(*pirka-an)。また、pirkaがイベントの主体を主語に受けないという点は次の例からもう かがえる。

(52) e-omkekar yakaye sekor ø-an pe ku-ø-nu

2SG.SBJ-風邪をひく そうだ と 3.SBJ-ある もの 1SG.SBJ-3.OBJ-聞く a p tane ø-pirka ya?

PRF もの もう 3.SBJ-良くなる か

おまえが風邪をひいたようだと私は聞いたけれど、もうよくなったのか

佐藤(2008:52、千歳方言)

(52)は体調をたずねる表現である。補文構造ではないが、「風邪をひく」というイベント の主体(対象)が2人称であることを考えると(50)(51)のように *tane e-pirka ya?「おま えがもうよくなったか(tane もう、e- 2SG.SBJ、pirka 良くなる、ya 疑問)」のような疑問文 であったり、その答えとして *tane ku-pirka.「もうわたしよくなった(tane もう、ku- 1SG.SBJ

pirka よくなる)」という表現が予期されるが、いずれも資料の限りは存在しない表現であ

る。以上のことから、「V1+Vi」の複合条件をまとめると次のようになる。

・助動詞構文「V1+Vi」が成立するには、深層レベルで非対格動詞Viが要求する主語(対 象)と、深層レベルでViが内項としてとるV1補文内の主語が一致する必要がある

VP

NP V'

NP V

e-tunas (2SG)

EVENT おまえが搗く

VP

NP V'

NP V

eci-moyre (2PL)

EVENT おまえたちが行く

51

(31)(34)にもとづいた図 4、図5を修正して再掲する。統語構造の示し方としては不 適切な点もあるが、暫定的な表示とご理解いただきたい。

iwak-an moyre okkaypo nispa a-ø-hosipire moyre 帰る-1PL.SBJ おそくなる 旦那 1SG.SBJ-3SG.OBJ-帰す おそくなる 私たちが帰るのがおそくなる(= 31) 私が若旦那を帰すのがおそくなる(=34)

図9 Vi moyreの統語構造 図10 Vt moyreの統語構造

統語的複合動詞と異なり、V1と V2の形態的な緊密性が低いため、日本語で想定される 主語繰り上げは適用していない。そこで、深層レベルでV2とV1が主語を共有する点を統 語上で示すため、V1のVPのうえにV'を設け、その指定部にV1補文内の主語を繰り上げ

ることでmoyreの統御下における主語NPの共有を表わした。

以上のことから、「V1+Vi」が助動詞構文をなす場合は深層で主語の一致を要求し、これ を満たせない場合には補文標識を用いた複文として表現されると考えられる64

ドキュメント内 アイヌ語の複雑述語の研究 (ページ 55-58)