大動脈瘤はひとたび発生すると拡張を続ける傾向があ
る221),257).しかし,大動脈瘤が発生しても,破裂の危険 があるサイズに達しなければ,本来症状がない疾患だけ に,患者の
QOL
に与える影響は少ない.50mm以上の サイズになった動脈瘤は破裂リスクがあり,手術リスク が高い患者以外は外科的治療が優先する.内科的治療は,径が30~50mmの大動脈瘤の拡張をいかに抑えるかと いう点で治療効果を評価する258).しかし,明らかに有 効な治療薬はまだ開発されていない(表21).
①禁煙(Class Ⅰ,Level B)
喫煙は瘤の拡張速度を20~25%増加させるともいわ れており,禁煙で動脈瘤拡大のリスクは低下する215),259)-261). 喫煙者の腹部大動脈瘤破裂あるいは破裂による死亡は,
非喫煙者や禁煙者より高いことが確認されている100),226).
② HMGCoA 還元酵素阻害剤(スタチン)(Class
Ⅱ b,Level B)
スタチンが腹部大動脈瘤の拡大を抑えたとの報告があ るが,まだ,少数の観察研究であり262),263),大規模
RCT
は行われていない.③ アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤(Class
Ⅱ b,Level B)
15,326名の腹部大動脈瘤の検討で,動脈瘤破裂患者の
破裂3から12か月前の
ACE
阻害剤の使用が少なかった こと,βブロッカー,脂質低下剤,アンジオテンシン受 容体拮抗薬(ARB
)の使用は破裂と関連なかったこと から,ACE
阻害剤の瘤破裂予防効果を示唆する報告が あるが242),大規模RCT
はない.④βブロッカー(Class Ⅲ,Level A)
B
ブロッカーで大動脈瘤の拡張を抑えることができる との報告がなされた214).その後,大規模RCT
が行われたが
propranolol
は大動脈瘤の拡張速度を落とすことができなかったばかりか,患者の
QOL
も低下させた240),264).⑤抗生剤治療(Class Ⅱ a,Level B)
動脈硬化の進展メカニズムに感染が関連するとの報告
表 21 腹部大動脈瘤に対する内科的治療 Class Ⅰ Class Ⅱa Class Ⅱb Class Ⅲ 禁煙
(Level B) Doxycyclin
(Level B)
Roxithromycin
(Level B)
スタチン
(Level B)
ACE阻害剤
(Level B)
Propranorol
(Level A)
がある.少数例でのパイロット研究の結果,
Chlamydia Pneumoniae
に有効で,metalloproteinase
の抑制剤である テトラサイクリン系の抗生物質doxycycline
(商品名:ビブラマイシン)が大動脈瘤拡大の抑制に効果があると 報告された265),266).また,マクロライド系抗生物質の
roxithromycin
(商品名:ルリッド)投与が12か月後の 大動脈瘤拡張を抑えたとの報告がある267).しかし,い ずれも大規模RCT
は行われていない.また,日本では 保険適応はない.⑥その他
抗 酸 化 ビ タ ミ ン 類(
a-tocopherol
(vitamin E
) やb-carotene
)は動脈硬化の促進を抑え,大動脈瘤の進展も抑えられる可能性があるとの仮説で,その効果が検討さ れたが,喫煙者の大動脈瘤の破裂を抑制できなかった268).
Ⅴ 外科治療
1 胸部大動脈(参考:ACC/
AHA ガイドライン
59)からの抜 粋,
表22)
1 胸部大動脈外科治療の概観
外科的な胸部大動脈の切除,置換術の歴史は
DeBakey
が同種大動脈(ホモグラフト)を用いて胸部下行大動脈 置換を行った1950年代まで遡り269),その後の数々の手 術手技の改善,人工血管の開発等により,今日では,胸 部大動脈瘤およびStanford A
型大動脈解離の治療のgold
standard
である.胸部大動脈手術のほとんどを占める対象疾患は大動脈解離および真性(非解離性)大動脈瘤で ある.両者の手術には疾患に特異的な点もあるが,解剖 学的には同部位の手術であり,共通するところも多い.
以下の項では,まず部位別の基本的な手術および補助 手段について真性大動脈瘤の手術を中心に「Ⅴ
-1-2
胸部 大動脈の基本的な術式と補助手段」で述べ,「Ⅴ-1-3
大 動脈解離」では,急性,慢性大動脈解離の外科的管理の 特異的な点を加えた.「Ⅴ-1-4
大動脈解離,真性大動脈 瘤の外科治療の成績」で,近年の外科治療の成績につい て概観した.2 胸部大動脈の基本的な術式と補助手段
①大動脈基部・上行大動脈置換 1)標準的手術術式
大動脈基部,上行大動脈瘤に対する手術術式は,瘤化 の範囲,大動脈弁の状態,
Valsalva
洞の状態,瘤の病理(結 合織疾患,炎症性疾患,解離等)等を考慮し決定される.まず基部の手術は,機械弁ないしは生体弁を用いた弁 付グラフト(
Bentall
手術),同種大動脈(ホモグラフト),異種大動脈,自己肺動脈弁(
Ross
手術),等弁置換を基 本とする術式と自己弁を温存する術式(aortic valve sparing surgery; AVS
)に大別される.弁付グラフトによる
Bentall
手術が標準手術とされるが,大動脈弁輪膿瘍を伴う重症感染性心内膜炎等に対しては,ホモグラフト,
異種大動脈,自己肺動脈等の生体材料が選択される270). 2010年に報告されたホモグラフト置換と
Ross
手術間の ランダム化比較試験では,ホモグラフト群の長期成績が やや不良であったが(Class
Ⅰb
,AHCPR
によるエビデ ンスレベル,表23,以下同),ともに有用な術式と結論 づけられている271).最近注目されているAVS
について は後述する.大動脈基部の拡大や解離,炎症,感染等の基部の異常 がない場合には,上行大動脈置換術単独の対象となる.
大動脈弁の性状により弁置換を併施する場合もあるが,
sino-tubular junction
の拡大に伴う大動脈閉鎖不全の場合 には,中枢側吻合においてsino-tubular junction
縫縮を併 施することにより,ある程度大動脈弁閉鎖不全が制御で きる272).解離による急性大動脈弁閉鎖不全に対する交 連部吊り上げについては大動脈解離の項で述べる.ハイ リスクの真性上行大動脈瘤患者に対する上行大動脈ラッ ピングは一選択肢ではあるが,遠隔成績に関するデータ は少なく一般的ではない273),274).遠位側吻合に関しては,大動脈解離の場合,多くの外 科医が大動脈遮断を用いない
open distal anastomosis
法275) が用いられることが多いが,真性瘤においては大動脈遮 断下に施行される.ただし,腕頭動脈より近位での大動 脈遮断が危険ないしは不可能と考えられる場合には,本 法が選択される.2)冠状動脈の再建法
(1)冠状動脈周囲の大動脈壁を直接人工血管に吻合する
Bentall
原法(2)冠状動脈口を
Carrel patch
にして人工血管に縫い付 けるButton Bentall
法(3)一本の小口径人工血管を介在させて両冠状動脈を再
建する
Cabrol
法(4)短い小口径人工血管を介在させる
Piehler
法 等がある.Bentall
原法は出血のコントロールが難しくwrapping
を要した時代の術式で,吻合部仮性瘤も発生しやすい.
Cabrol
法では人工血管閉塞のリスクがあり276), したがって,Button Bentall
法が近年では一般的である.なお,再手術,炎症等で冠状動脈の授動が危険ないし不 可能な場合には人工血管を介在させる
Piehler
法が有効 である277),278).基部置換術,大動脈弁置換術の場合の人 工弁の選択については弁膜症のガイドラインに譲る.3)自己弁温存大動脈基部置換術(AVS)
最近注目されている
AVS
は,Yacoub
のremodeling
法279) とDavid
のreimplantation
法280)に大分される.各々長所,短所を有するが,後者は弁輪固定が可能で大動脈弁閉鎖 不全の制御がしやすく,出血も少ないことから一般的に 広く用いられている.2000年代に入り長期耐久性の点
で
Valsalva
洞機能の重要性が提唱され,専用にデザインされた人工血管の開発281)や術式の改良282)-284),さらには 重度の基部解離を伴った急性
A
型解離に対する応用285), 表 22 2010 ACCF/AHA/AATS/ACR/ASA/SCA/SCAI/SIR/STS/SVM Guidelines59)からの関連事項の抜粋1)大動脈基部・上行大動脈置換 Class Ⅰ
1. 有意な大動脈基部の拡大のない高齢者や,若年者であっても基部拡大が軽度であれば,上行大動脈置換と大動脈弁置換が推 奨される(Level C).
2. Marfan症候群,Loeys-Dietz症候群,Ehlers-Danlos症候群,Valsalva洞を含めた大動脈基部拡大を呈する症例などに対しては,
可能であればDavid reimplantation変法が,不可能であれば人工弁付き人工血管を用いた大動脈基部置換(Bentall手術)が推 奨される(Level B).
2)弓部大動脈置換 Class Ⅰ
1. 上行および弓部大動脈の修復術において,Strokeおよび高次機能障害の防止対策が極めて重要である(Level B).
Class Ⅱa
1. 近位大動脈弓部を含む大動脈瘤に対して,右腋窩動脈灌流と低体温循環停止下の部分弓部置換が望ましい(Level B).
2. 大動脈弓部全域におよぶ大動脈瘤,大動脈弓部の拡大を伴う慢性大動脈解離,近位下行大動脈を含む遠位弓部大動脈瘤に対 しては,エレファントトランク法を併用した全弓部大動脈置換が望ましい(Level B).
3. 上行および弓部大動脈病変の修復術において脳障害を最小限度にするためには,施設ごとの経験に基づく超低体温循環停止 下の選択的順行性脳灌流もしくは逆行性脳灌流の併用が望ましい(Level B).
4. 上行もしくは弓部大動脈病変に対する治療において,有意な冠動脈病変を有する症例に対してはCABG同時手術が望ましい
(Level C).
Class Ⅲ
1. 上行および弓部大動脈病変の修復術において,脳保護の観点から,周術期の脳の高温は推奨されない(Level B).
3)胸部下行・胸腹部大動脈置換 Class Ⅰ
1. 脊髄障害のハイリスク症例に対する外科および血管内治療において,脊髄保護の観点から脳脊髄液ドレナージが推奨される
(Level B).
2. 臓器虚血もしくは腹部分枝高度狭窄を伴う胸腹部大動脈瘤症例に対しては,追加の分枝バイパスが推奨される(Level B).
Class Ⅱa
1. MEPもしくはSEPモニタリングは,外科および血管内治療の両方において推奨される(Level B).
2. 脊髄障害のハイリスク症例に対する外科および血管内治療において,脊髄保護の観点から,施設ごとの経験に基づく中枢側 血圧管理もしくは遠位側灌流などによる脊髄灌流圧の適正化が望ましい(Level B).
3. 下行大動脈に対する外科治療において,脊髄保護の観点から中等度低体温が望ましい(Level B).
Class Ⅱb
1. 下行大動脈病変に対する外科もしくは血管内治療において,有意な冠動脈病変を有する症例に対して,冠動脈血行再建の優 位性は立証されていない(Level B).
2. 脊髄障害のハイリスク症例に対する外科および血管内治療において,脊髄障害の防止のため,遠位側灌流,硬膜外冷却,大 量ステロイド療法,マニトール,パパベリン,代謝抑制麻酔薬,等の補助療法が用いられる(Level B).
3. MEPもしくはSEPモニタリングは,脊髄虚血発生の感知や肋間動脈の再建の有用な指標として用いられる(Level B).
4. 下行大動脈外科治療において,術前の輸液負荷や術中のマニトールの投与は腎保護の点で望ましい可能性がある(Level C).
5. 腎動脈までおよび胸腹部大動脈修復術において,冷却クリスタロイド液もしくは血液灌流による腎保護が望ましい(Level B).
Class Ⅲ
1. 下行大動脈修復術において,腎保護の目的のためにフロセミド利尿剤,マニトール,ドパミンなどは投与されるべきではな い(Level B).
表 23 エビデンスレベルの分類(AHCPR 1993)
Ⅰa システマティックレビュー/メタアナリシス
Ⅰb ランダム化比較試験
Ⅱa 非ランダム化比較試験
Ⅱb その他の準実験的研究
Ⅲ 非実験的記述的研究(比較研究,相関研究,症例対象 研究など)
Ⅳ 専門家委員会や権威者の意見