基本分析
まず,自己観察の有無によるパフォーマンスの評価から考察する.2 つの条件のス コアの平均値の差についてt検定(非等分散の2標本)を行った結果,正答率はp=0.025, 反応時間はp<0.001となり,有意差が見られた.自己観察ありの条件の場合は,自己 観察なしの条件の場合と比べて,反応時間は有意に短かったが(自己観察あり:0.906s; 自己観察なし:0.991s),正答率も有意に下がった(自己観察あり:86.411%;自己観 察なし:91.174%)(表10).
前回の実験データと比べ,身体的動作の導入により,正答の時の反応時間と誤答の 時の反応時間は大きく変わった.前回において,自己観察の有無に関わらず正答の時 に誤答の時と比べ有意に反応時間が短くなった.今回は,正答の時の反応時間の方が 長かった(いずれの場合も,p<0.001).そして前回は自己観察の有無の間に反応時間 の有意差がなかったが,今回の実験においては,自己観察あり条件の場合,反応時間 は有意に短くなった(p<0.001).
さらに誤答のデータを詳しく考察すると,自己観察ありの場合,提示した円の外側 にタッチしたケースが多いことが判明した.これは,視野が変わったことによって,
自己観察あり条件の場合,自己観察なしの場合と比べて,反応スピードが上がったが,
その影響でミスを犯す確率も上がったというマイナスな効果を起こしたものと考え られる.
しかしながら,第1回と第2回のテストを別々に自己観察ありとなしの条件を考察 した結果,このマイナスな効果は習熟によって解消することを確認した(表11).
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表 10自己観察ありとなしの比較 グループ項目正答誤答 t(全回答) 無回答正答率 T-int(T-in) F-int(F-in) T-out t(T-out)F-out t(F-out)トータルt(誤答) AとB
自己観察あり平均642 0.941 28 0.886 19 0.321 16 0.166 64 0.586 0.902 40 86.145% 自己観察なし平均683 1.017 29 1.037 9 0.338 7 0.166 44 0.788 1.001 18 91.640% p(対応あり)0.000 0.002 0.828 0.981 0.001 0.000 0.037 CとD
自己観察あり平均649 0.940 31 0.921 16 0.334 14 0.211 61 0.593 0.911 39 86.677% 自己観察なし平均675 0.998 26 1.016 12 0.358 8 0.241 46 0.751 0.981 24 90.707% p(非等分散)0.031 0.040 0.743 0.656 0.007 0.005 0.085 全 グループ 自己観察あり平均646 0.941 30 0.903 17 0.327 15 0.188 62 0.590 0.906 40 86.411% 自己観察なし平均679 1.008 27 1.027 10 0.348 7 0.204 45 0.770 0.991 21 91.174% p(非等分散)0.001 0.001 0.730 0.699 0.000 0.000 0.025
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次に,考察範囲を円の内側をタッチした(T-inとF-in)場合に絞ると,反応時間に ついては有意差が見られたが,一方で正答率の有意差がなくなった(表12).
表 11 2回のテストにおいて円の外側にタッチした回答数と正答率の変化
テスト 項目 T-out t(T-out) F-out t(F-out) トータル t(誤答) 正答率
第1回
自己観察あり平均 25 0.330 22 0.198 47 0.282 82.344%
自己観察なし平均 11 0.325 8 0.178 19 0.281 89.584%
p(非等分散) 0.011 0.958 0.010 0.517 0.010 0.991 0.030
第2回
自己観察あり平均 10 0.325 8 0.179 18 0.265 90.478%
自己観察なし平均 10 0.370 6 0.229 16 0.321 92.763%
p(非等分散) 0.976 0.595 0.526 0.506 0.772 0.458 0.331
表 12 円の内側にタッチした回答
テスト 項目 t(T-in) t(F-in) t(in) 正答率(in)
第1回
自己観察あり平均 0.947 0.893 0.945 94.870%
自己観察なし平均 1.041 1.050 1.041 95.124%
p(非等分散) 0.001 0.005 0.000 0.842
第2回
自己観察あり平均 0.935 0.913 0.933 95.879%
自己観察なし平均 0.974 1.004 0.975 97.006%
p(非等分散) 0.140 0.082 0.126 0.367
トータル
自己観察あり平均 0.941 0.903 0.939 95.375%
自己観察なし平均 1.008 1.027 1.008 96.065%
p(非等分散) 0.001 0.001 0.000 0.439
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総合的に考えると,身体的動作がある認知的な作業に対して,自己観察の導入によ り初期段階のパフォーマンスが不安定になるマイナスな面があるが,課題に対する習 熟度が上がると,その不安定さはすぐに解消される.意識的な回答(T-inとF-in)に 対して,自己観察を導入することで特に悪い影響が観察されなかった代わりに,初期 段階で反応スピードが有意に上がるポジティブな効果を持つことが示された.
第 1 回と第 2 回のパフォーマンスの変化
次に,実験の順番も考慮に入れ,自己観察の影響を調査する.データを表 13 に示 す.回答の種類(T-inとF-inとT-outとF-out)によってそれぞれの反応時間の変化の 平均値を列挙した(第 2回-第1回).円の内側と外側にタッチした回答(in とout) も分別に統計した.t検定(非等分散)を行う際に,グループAとグループCのデー
タ(p(ac)),そしてグループ BとグループD のデータ(p(bd))をそれぞれ比較する.
グループA(あり→なし)の差分とグループC(あり→あり)の差分に t検定(非 等分散)を行った結果,正答率には有意差が見られなかったが,正答時(t(T-in))と円 の内側にタッチした時(t(in)),全回答の反応時間(t(全回答))に有意差が認められた
(それぞれのp値は0.002,0.004と0.011).それぞれの平均値を比べた結果,グルー プ A の第 2 回のテストの主な反応時間の指標は長くなった代わりに,自己観察を続 けたグループCの反応時間は短くなった.
表 13 2回のテストにおいてパフォーマンスの変化値(第2回 - 第1回)
グループ t(T-in) t(F-in) t(in) t(T-out) t(F-out) t(out) t(誤答) t(全回答) 正答率
A 0.041 0.118 0.044 -0.134 -0.078 -0.118 0.141 0.088 12.383%
B -0.111 -0.185 -0.113 -0.168 -0.080 -0.155 -0.263 -0.111 1.393%
C -0.043 0.000 -0.042 0.093 0.066 0.073 0.045 -0.022 5.499%
D -0.045 0.015 -0.043 0.288 0.156 0.246 0.131 -0.029 3.350%
p(ac) 0.002 0.230 0.004 0.018 0.067 0.017 0.373 0.011 0.122 p(bd) 0.001 0.002 0.001 0.017 0.092 0.010 0.000 0.000 0.339
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グループB(なし→あり)の差分とグループ D(なし→なし)の差分に t検定(非 等分散)を行った結果も自己観察を行うことで反応時間が短縮する傾向を示した.第 2回のテストで初めて自己観察を行ったグループBの反応時間の減分は,一切自己観 察をしなかったグループDと比べて,有意に多かった(p<0.001).
以上の分析から,身体的動作がある認知的な作業に対して,自己観察の導入による 反応時間の短縮は習熟の効果より強いことが判明した.
正答率の予測と実際の差分
最後に毎回のテストの終わりに被験者が予測した正答率と実際のパフォーマンス の差分を考察する.データの概要は表14に示す.
全体的に,自己観察ありのテスト後の予測値と実際のパフォーマンスの差分は自己 観察なしの条件と比べて有意に小さかった(p=0.018).これは,自己観察の導入によ り被験者の自覚水準が上がったと考えられる.グループに分けて考察した場合,Aグ ループと B グループの自己観察の有無の間に差分の有意差が見られなかったが
(p=0.165),CグループとDグループと比べた場合,有意差が見られた(p=0.038).これ
は,自己観察の有無を交えて実験した場合,互いに自覚のレベルを影響すると考えら れる.
表 14 予測した正答率とパフォーマンスの比較
グループ 項目 自己観察 あり なし AとB 予測と実際の差分 5.333% 7.453%
p(対応あり) 0.165
CとD 予測と実際の差分 4.989% 12.395%
p(非等分散) 0.038
全 グループ
予測と実際の差分 5.161% 9.924%
p(非等分散) 0.018
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まとめ
前回の実験において身体的動作を伴わない認知的な作業に対し,自己観察がもたら すパフォーマンスへの有益な効果が見られなかった.今回の追加実験では,身体的動 作がある認知的な作業に対して,自己観察がもたらすパフォーマンスへの効果を調査 した.本実験の結果からは,身体的動作がある認知的な作業に対して,反応時間が有 意に短くなったが,それと伴い正答率の向上については確認ができず,むしろ初期段 階のパフォーマンスを不安定にさせる影響が示唆された.これに対して,被験者の自 己予測の差分が興味深い.音声ストループ課題に比べて,自分の正答率を予測するの はさらに自覚意識を要求される.自己観察の導入により,予測した正答率が有意に実 際のパフォーマンスに近くなったことから,音声ストループ課題に対して,複雑な認 知的な作業の方がより自己観察の効果を発揮できることが示唆された.
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おわりに
先行研究において自己観察は身体的動作を伴う課題に正の影響があることが示さ れてきた.これに対し,本研究では,認知的な作業に対して,自己観察を導入し,そ の効果を調査した.2 回の実験において,身体的動作の有無により自己観察の効果を 調査した結果,反応時間の安定化と短縮が有益な方向に変化したことを確認したが,
いずれも正答率の向上については確認できなかった.しかしながら,さらなる複雑な 認知的課題に対して,自己観察の効果を発揮する傾向が観察された.
謝辞
本研究を行うにあたり,主指導教員の西本一志教授には研究の意義から具体的な手 法,文章校正まで研究のあらゆる場面で丁寧にご指導いただき,研究の進め方,考え 方を学ばせていただきました.心より感謝申し上げます.また高島健太郎助教,研究 室メンバーの皆様とゼミや日ごろの談話の場において議論を重ねられたことで自身 の研究目的や実施する実験について考察を深めることができました.ありがとうござ いました.
また,Aaron Swartz氏とAlexandra Elbakyan氏に最大の敬意を表する.