5. 近接場分光を用いた単層二硫化モリブデン の局所的キャリアドープ
5.2. 考察
4 章で考察したモデルを再び導入する。0V におけるPL発光強度の違いの原因として、
以下の二つの可能性を考えた。
(1)各発光サイトのフェルミレベルが異なる。
(2)各発光サイトの発光効率が異なる。
4 章においては(2)発光効率の違いを観測することができたが、測定範囲に存在する微 小発光サイトの数が多いため、(1)フェルミレベルのシフトについては存在しないのか平 均化され埋もれてしまっているのかを判別できなかった、と推察した。
4章における測定範囲は、一辺16μmを80分割した0.2μmだが、レンズの分解能限界 が1μm程度であることからこれ以上の微小な範囲は測定できなかった。対して本実験では 開口幅60nm程度のカンチレバーから浸み出す近接場を用いることで10倍以上の精度で測 定を行うことができ、これにより微小発光サイトの数Nが1/100以下になると考えられる。
このため、局所的なフェルミレベルシフトの影響が 4 章の実験よりも顕著に見られ、
Fig.5-3のように位置によって発光強度の変調にシフトが見られたと思われる。
各測定位置によってピークの最大強度が異なる理由として(2)発光効率の違いの影響も あると考えられる。
次に、4 章の結果と比較して、SNOM においてはホールドーピング側において発光強度 が一度下がった後に再び増大する現象が見られなかった原因について、この現象がイオン 液体によるEDL形成の影響下で引き起こされていることを示唆している。
5.3. 結論と課題
高分解能のSNOMを用いることで、Confocalでは観測できなかった局所的な発光変調を 測定できた。その結果として、単層MoS2の結晶上の異なる位置においてフェルミレベルの シフトが観測された。
局所的なフェルミレベルのシフトは、結晶の格子欠陥以外に、単層MoS2表面に存在する 吸着物、またITOと結晶の接着状況によるショットキー障壁などが原因として挙げられる。
47
格子欠陥に由来するフェルミレベルのシフトのみを抜き出して観測するためにはこれら のノイズを除去する必要があり、このうち吸着物としては大気中の水分が想定され、これ を取り除くためには測定系を外界から隔離して真空下で実験を行うなどの改良が必要であ る。ショットキー障壁については、ITO 基盤の表面の凹凸が特に問題となるため、より均 一な平面をもつ透明導電体としてグラフェンを用いるなどの改良が課題となる。
SNOMによる実験結果においては、EDLにおいて観測された、ホールドーピング側におい て発光の減少ののちに増大するという現象が見られなかった。これはイオン液体による EDL形成がこの現象に関係していることを示唆していると考えられる。
48
6. まとめ
本研究の目的は単層 MoS2 結晶上の局所物性の解明であり、さらにその実現のために MoS2の単層結晶をCVD法を用いて合成し、ITOと電気化学ドーピング法を用いてキャリ アの注入が可能であることを確かめ、測定技術を確立することにあった。
単層MoS2の作成はボート上に粉末MoO3を置き、その上にSi/SiO2基板をかぶせ、500℃
で還元処理を行った後に900℃に熱し、10分間400℃のSulfurガスを吹き込むことで合成 を行った。この方法でおよそ10μm~100μmのMoS2単層結晶を得た。この結果は再現性 の良いものであり、CVD法によるMoS2単層合成手法は確立されたものとみなせる。
作成した単層膜はPMMA溶液を滴下、揮発させた後、KOH水溶液にひたすことで剥離 させ、透明伝導基板であるITO基板に転写した。その後、ラマン分光法とフォトルミネッ センスからこれを評価し、単層であることを確認できた。
ITO 基板にカウンター電極とリファレンス電極を追加しデバイスに加工したのち、これ を 測 定 系 に 組 み 込 み 、 イ オ ン 液 体 と 呼 ば れ る 常 温 で 液 体 の 塩 で あ る TMPA-TFSI
(C8H16F6N2O4S2)に浸し、電圧を変化させながらフォトルミネッセンスの測定を行った。
電子ドーピング側の印可電圧0.5VにおいてMoS2の特有のピークは消失したが、ホール ドーピング側では-0.3V付近で結晶の破壊が見られ、ホール側の再現性は確認できない結果 となった。これはホールドープによって結晶が不安定化しているためと推察される[18]。
さらにこの方法では、印可電圧による発光スペクトルの変調に位置依存性が見られなか った。これは測定範囲(一辺0.2~1μm の正方形エリア)に存在する発光サイト数が多い ために、発光スペクトルが平均化され、局所的な応答を観測できていないためと考えられ、
フェルミレベルシフトによる発光の変調に位置依存性が存在しないのか、観測できていな いだけなのかを判別できなかった。
また、ホールドーピング側へ電圧を印加した際の発光強度の推移の原因について、EDL の形成による屈折率の変調や表面の吸着物などがはがれることによるデドーピングなどが 考えられるが、データ数が少ないので今後の実験においてEDL等の影響を受けない系や再 現性を含めて検証する必要がある。
これらの課題を解決するために、EDL を用いずにキャリアドーピングが可能であり、波 長の分解能限界を超えた範囲を測定可能な近接場分光(SNOM)を用いて観測を行った。
これによって一辺およそ 60nm の範囲に限定して局所光学応答を観測することが可能とな り、印可電圧に対する発光スペクトル変調の位置依存性を確認することができた。
49
SNOM を用いることで、より局所的な光学応答を測定できた。またホールドーピング時 の発光強度の減少と増強についてはSNOMにおいては観測されず、これによってEDLに よる影響であることが示唆された。しかし、この現象の詳細な解明には至っておらず、今 後の実験による検証が必要である。
50