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欧米における報告では、全胞状奇胎の発生頻度は約 1,500 から 2,000 妊娠に 1 例、

部分胞状奇胎は約 700 妊娠に 1 例とされる13)20)。日本を含めたアジアの諸国では欧 米に比べて発生頻度が高く、全胞状奇胎は約 500 妊娠に 1 例、絨毛癌は約 20,000 から 40,000 妊娠に 1 例の割合で発症し11)、全胞状奇胎娩出後に無治療で経過観察 した場合の絨毛癌の発生頻度は約 1%とされる5)

絨毛癌は胞状奇胎以外にも正常妊娠、死産、流産、そして異所性妊娠を先行妊娠 として発症することがわかっている。胞状奇胎の発生率は日本では近年減少傾向に あり、その結果、胞状奇胎以外の妊娠を先行妊娠とする絨毛癌が相対的に増加し、

絨毛癌 4 例のうち 3 例は胞状奇胎以外の妊娠を先行妊娠として続発している5)11)。そ の原因の一つとして、胞状奇胎の胞状化が始まる前に流産と診断されて子宮内容除 去術を施行される結果、無視できない割合の胞状奇胎が看過ごされている可能性が 示唆されている13)22)。Rua

et al

.は自然流産として扱われた 540 例の DNA 解析を行っ た結果、27 例(5%)が部分胞状奇胎、15 例(2.8%)が全胞状奇胎であったことを報告 している12)。本邦においては Fukunaga が、臨床的に診断された部分胞状奇胎はわず か 5%であったと報告している14)。今回の研究期間中に当施設で経験した 65 例の胞 状奇胎のうち 34 例(52.3%)は妊娠早期胞状奇胎であった。超音波断層法と高感度 hCG 測定法が広く普及している先進国では、妊娠早期胞状奇胎は臨床医が日常診 療の中で一般的に遭遇する病態となっている。妊娠早期胞状奇胎の病態を正しく理 解すること、そして流産後に存続絨毛症を除外診断することは、21 世紀における新た な絨毛癌予防対策として重要な意味を持つ。

妊娠早期胞状奇胎は無月経以外の臨床症状を欠き、血中・尿中 hCG 値が異常高 値を示さず、超音波断層法でも典型的な所見を認めないことが多い17)18)。妊娠中期に

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おける全胞状奇胎の典型的な超音波断層法所見は multivesicular pattern、すなわち 子宮腔内に均一に分布する嚢胞を伴う高輝度の組織が充満している像として記載さ れている 23)。妊娠早期胞状奇胎では奇胎絨毛の嚢胞化が始まっていないために典 型的な multivesicular pattern を呈することはなく、高エコーの不規則に肥厚した内膜 様の像が観察されるのみである。週数が進み絨毛の嚢胞化が進行するにつれて小さ な嚢胞が散見されるようになり、やがて典型的な multivesicular pattern を呈するよう になると考えられる(図 20)。

図 20. 胞状奇胎の自然経過

初めは奇胎絨毛の嚢胞化が始まっておらず、不規則に肥厚した内膜様の像が観察される のみである。週数が進み絨毛の嚢胞化が進行するにつれて小さな嚢胞が散見されるように なり、やがて典型的な multivesicular pattern を呈するようになると考えられる。

一部の絨毛 のみが嚢胞化 嚢胞化が

始まっていない

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全胞状奇胎は胎嚢を欠くため、胞状奇胎との診断に達していなくても hCG 定量法と 組み合わせることにより、正常妊娠でないことを診断するのは容易である。しかし自 然流産と妊娠早期胞状奇胎を画像診断のみで鑑別することは困難であり 23)24-27)、組 織学的診断による確認が求められる。

妊娠早期の部分胞状奇胎では、超音波断層法上、絨毛膜には嚢胞様構造はみら れず、胎芽が生存している限り、異常妊娠と診断する決め手に欠ける場合が多い(図 9)。 いっぽう正常妊娠においても妊娠早期胞状奇胎に類似の超音波断層法所見が 認められることがある(図10)。とくに胎嚢や胎芽を有する部分胞状奇胎と正常妊娠と の鑑別は容易ではなく、このような症例が胞状奇胎と過剰診断された場合には無用 の不安や人工流産を招く恐れがある。両者の鑑別診断には経時的な観察により嚢胞 部分が減少、消失すること、血中hCG値の上昇が一過性であることを確認することが 有用であると考えられる。 今回の検討では、胞状奇胎では絨毛は肥厚し嚢胞は増 加し明瞭化するのに対して、正常妊娠にみられる嚢胞は一過性であり、胎児頭殿長 が60mmになるまでに消失した。

妊娠早期胞状奇胎の絨毛はこれまでの本邦における診断基準5)である”短径2mm を超える嚢胞化した絨毛の存在”を満たさず、胞状奇胎と診断することができなかっ た。さらに胞状奇胎か否かの診断だけではなく、続発症の発生頻度が異なる部分胞 状奇胎と全胞状奇胎の鑑別についても従来の診断基準では対応できなくなっていた。

これが2011年に「絨毛性疾患取扱い規約」が改定された重要な理由の一つである。

絨毛性疾患取扱い規約改訂第3版では、胞状奇胎における絨毛の嚢胞化は妊娠 早期には短径2mmを越えないことがあることを述べた上で、診断は肉眼所見ではなく、

病理組織学的検討に基づくこととし、診断困難例では免疫組織化学的検討や遺伝子 解析を併用することが勧められている1)。事実、今回我々が検討した症例の中にも頻 度は少ないとはいえ病理組織学的検討によっても診断困難例が存在した。また免疫

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組織化学的検討や遺伝子解析は未だ日常診療では一般的ではない。さらに不全流 産のように病理組織学的に検討すべき検体が失われている症例では病理組織学的 検討に頼らない方法で存続絨毛症を早期発見する必要がある。このような理由から、

広く臨床応用されている絨毛細胞のマーカーであるhCGを用いた管理方針を検討す るのが妥当と考えられたが、現在汎用されているカットオフ値0.5 mIU/ml のhCG高感 度測定法における流産後のhCG減衰曲線は報告されていなかったため、まず胞状奇 胎以外の妊娠について流産後のhCG値を検討することとした。

医学的適応で流産手術を行い、組織学的検査により胞状奇胎が否定された症例

(流産群. n=24)では、術後日数を経るにしたがい血中hCG値は漸減し、流産後初回 の月経が発来するまでの平均日数は39日±16日で、術前の血中hCG値と流産後に はじめて月経が発来するまでの日数にはわずかに正の相関がみられた。血中hCG値 がカットオフ値以下になるまでの術後日数の中央値は60日(20-118日)で、24例全て が術後120日以内にカットオフ値未満となった。術前の血中hCG値と血中hCG値が陰 性化する日数に相関があるか否かについては、過去の低感度測定法による報告で は一定の結論が得られていなかった28)-31)が、今回の検討では相関はみられなかった

(図14)。

Aral

et al

.は流産症例44例について術後の血中hCG値の推移を検討し、術前の平 均血中hCG値が48,342mIU/mlで、流産手術後に血中hCGが10mIU/ml未満に低下す るまでの日数が30日と報告している30)。またSteier

et al

.は人工流産36例および自然 流産35例を対象に検討し流産手術後に血中hCGが10mIU/ml未満に低下するまでの 日数が、各々16-60日(中央値30日)と9-35日(中央値19日)であったと報告している

28)。さらにMarrs

et al

.は13例の流産症例を検討し、第1三半期で流産手術を行った症 例において、術後の血中hCGが2mIU/mlまで低下する日数は37.5±6.4日29)との結果 を示した。

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今回の検討では、現在本邦で標準的に使用されているカットオフ値0.5mIU/mlの高 感度血中hCG測定法を用いている。今回の対象において、仮にカットオフ値10mIU/ml とすると中央値は35日、2mIU/mlでは中央値55日となり、過去の報告と同様の結果と なる。カットオフ値が0.5mIU/mlに下がった結果、hCG陰性化までの日数は過去の報 告32)の倍近い日数となることが明らかとなった。

妊娠早期胞状奇胎の術前血中hCG 値は流産群に対して高値であったが、hCG 値 の分布は広く、流産群と妊娠早期胞状奇胎群を鑑別するカットオフ値を設定すること はできなかった。経過順調な妊娠早期胞状奇胎の hCG 減衰曲線はこれまでの報告5)

と同様に流産群における経過と類似していた。過去の報告によれば、胞状奇胎娩出 後の経過順調型では娩出後約 20 週で血中 hCG 値がカットオフ値以下になる8)とされ ており、今回検討した経過順調な妊娠早期胞状奇胎の血中hCG 値の推移は、従来 の経過順調型に矛盾しない経過であった。

今回我々が検討した妊娠早期胞状奇胎の 25%に存続絨毛症が続発した。このこと は、胞状奇胎を早期発見しても存続絨毛症は回避されないことを示唆している。存続 絨毛症を続発した妊娠早期胞状奇胎症例を後方視的に検討したが、超音波断層法 所見では存続絨毛症の続発を予測することはできなかった。存続絨毛症群における 術前の血中 hCG 値は比較的高値を示し(図 19)、術前の血中 hCG 値が 100 万 mIU/ml を超えた 2 症例はいずれも存続絨毛症に進展した。ただし、術前の血中 hCG 値が 10 万 mIU/ml 未満の症例もまた存続絨毛症を続発する場合があり、存続絨毛症 を経過順調群と鑑別するカットオフ値を設定することはできなかった。

経過順調群における術後血中 hCG 値は月経が発来する毎に順調に低下し、流産 群と同様に 3 回目の月経が発来した後にカットオフ値未満に低下したのに対し、存続 絨毛症群の全例で術後 4 週目の血中 hCG 値は 25mIU/ml 以上であった。Wolfberg

et

al

.は 1,029 例の全胞状奇胎を対象に血中 hCG 値と存続絨毛症のリスクを検討し、奇

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