MK-3102は、2型糖尿病治療を目的として開発されたヒトDPP-4に対する競合的かつ可逆的阻害
剤である(IC50 = 1.6 nM、Ki = 0.8 nM)。またMK-3102は、標的外分子又はイオンチャネルに活性 を示さない効力及び選択性の高いDPP-4阻害剤(DPP-4についての選択性 ≥60,000倍)である。血 糖降下作用、DPP-4阻害及び活性型GLP-1の増加は、0.03~0.1 mg/kgの低用量を投与したマウス モデルを用いた薬理試験で示されている [2.6.2.2.2 項]。MK-3102の臨床推奨用量は週1回25 mg 投与で、この際のヒトでの曝露量はAUC0-168 hrが23 μM·hr、Cmaxが0.57 μMに相当する。ヒトでは
MK-3102の吸収が速やか(Tmaxは0.5~2時間)で、また長い半減期が週1回の投与を支持する。長
期投与によるラット及びイヌの毒性試験での曝露量と、ヒトに臨床推奨用量を投与した際の曝露 量との比を [表2.6.6: 31] に示した。
表2.6.6: 31 反復投与毒性試験における曝露量及びヒトの曝露量との比較 Species Study
Duration
Dose Levels (mg/kg/day)
AUC0-24 hr
(μM·hr)
AUC0-168 hr
(μM·hr) Exposure Multiplea
Rat 6 month
2 122 854 37
10 534 3738 163
100 (NOAEL) 3650 25550 1111
Dog 9 month
2 92 644 28
10 (NOAEL) 458 3206 139
75 2590 18130 788
a: Exposure multiples are based on a comparison of the preclinical AUC0-168 hr to the therapeutic target AUC0-168 hr of 23 μM•hr at the clinical dose of 25 mg once per week.
曝露比は、総血漿中MK-3102濃度に基づいて比較した。In vitro試験では、タンパク結合(protein binding)は動物種によって異なっていた [2.6.5.6 項]。マウス(CD1)、ラット(SD)、イヌ(Beagle)
アカゲザル、カニクザル、及びヒトの血漿中[3H] MK-3102の平均非結合率は、それぞれ38%、15%、
43%、85%、87%、及び68%であった。全身毒性に対する上記の曝露比は総血漿中濃度を基に算出
したものであるが、中枢神経系関連の評価項目について求めた安全域は、血漿中非結合画分にお ける動物種間差で補正した [2.6.6.9.2 項]。
2.6.6.9.1 反復投与毒性及びがん原性の考察
イヌの9ヵ月間毒性試験では、毒性の標的臓器として胃が特定された。この胃の病理組織学的な
変化は、75 mg/kg/日群でみられたごく軽度から軽度の腺上皮の変性、及びごく軽度から中等度の
腺粘膜の慢性炎症であった。いずれの試験でもラットの胃に変化はみられず、全身曝露量がイヌ の曝露量と比較して高い場合でも認められなかった。しかしながら、rasH2マウスの1ヵ月間用量 設定試験の1500 mg/kg/日群、及びCD1マウスの3ヵ月間用量設定試験の750 mg/kg/日以上の群で、
胃の腺粘膜変性がみられた(臨床推奨用量と比較して2121倍の曝露量)。イヌ及びマウスにみられ た胃の変化は、体重増加量の減少と関連していた。胃の変化の機序は不明であるが、げっ歯類や イヌを用いたシタグリプチン毒性試験で同様の変化が認められなかったため、これらの変化が薬 理作用に起因する可能性は低い。また、イヌの9ヵ月間毒性試験で認められたこれらの変化の無毒
性量10 mg/kg/日は、ヒト曝露量と比較して安全域が139倍であったため、臨床使用での安全性が
裏付けられる。
病理組織学的変化を伴わない肝重量の軽度な増加が、75 mg/kg/日を投与したイヌの9ヵ月間毒 性試験でみられた。同様に、500 mg/kg/日を投与したラット2週間毒性試験、並びに100 mg/kg/日 を投与したラット3及び6ヵ月間毒性試験で、肝重量の増加がみられた。また、ラットの2週間毒性 試験(500 mg/kg/日)では、他の変化として甲状腺重量の増加及び甲状腺濾胞細胞の肥大がみら れた。この甲状腺及び肝臓の変化は、肝ミクロソームの酵素誘導が主な原因であり、これによっ て代償的に甲状腺が影響を受けたものと考えられた [資料4.3: 325] [資料4.3: 326]。肝臓の遺伝子 発現プロファイルをラット7日間忍容性試験で検討した。MK-3102は複数の肝チトクロム P450
(CYP)遺伝子であるCYP2a、CYP2b、CYP2c、及びCYP3aなどの遺伝子発現を増加させた。甲
状腺及び肝臓にみられた変化は適応反応であることから、これらの毒性学的意義は低いと考えら れた。培養したヒト肝細胞を用いたin vitro試験において、MK-3102は20µMの濃度までCYP3A4、
CYP2B6、又はCYP1A2を誘導しなかった。
マウス及びラットの2年間がん原性試験では、MK-3102を1、5、又は20 mg/kg/日の用量で投与 して発がん性を検討した。マウスのがん原性試験では、25 mgを投与したヒトの曝露量(AUC0-168 hr) の約103倍まで発がん性は認められなかった。また、ラットの2年間がん原性試験では、投薬群の 雄で甲状腺の傍濾胞細胞腺腫の発生率が同時対照群に比べ数値的に増加していた。しかしながら、
この腫瘍の発生率は当該施設での対照群の背景データの範囲内であり、検定の多重性調整を行っ た後の増加傾向は統計学的に有意でなかった。高用量である20 mg/kg/日を投与した際の曝露量
(AUC0-168 hr)は、25 mgを投与したヒトの曝露量(AUC0-168 hr)の約325倍であった。
2.6.6.9.2 中枢神経に対する安全性に関する考察
MK-3102が脳移行性であると考えられる理由は、1)高い膜透過性を示すこと、2)P-gpの基質
ではないこと、3)定量的全身オートラジオグラフィ(QWBA)試験でラットの中枢神経系で検 出されたこと、である。脳内のDPP-4分布に関するデータは少ないが、組織学的手法によって、
マウス、ラット、ブタの髄膜、脳室周囲器官、複数の脳領域におけるDPP-4の発現が文献的に報 告されており、またマイクロダイセクション法により採取しホモジナイズした脳組織で認められ た酵素活性からも推測されている [資料4.3: 306] [資料4.3: 307] [資料4.3: 308] [資料4.3: 309]。
Merck Research Laboratoriesで実施した [3H] (DPP-4阻害剤)のオートラジオグラフ ィ試験では、DPP-4の発現はマウス、ラット、及びアカゲザルの髄膜に限定していることが示さ れている(イヌでは尾状核及び被殻に認められた)。全体的に、脳内のDPP-4レベルは、腎臓や肺 などの他の組織内のレベルと比較してはるかに低い [資料4.3: 310] [資料4.3: 311] [資料4.3: 312]。 ヒトでは、成人脳内(主に脳毛細血管及び脈絡叢の上衣細胞)の発現は胎児脳内の発現と比較し て少ない [資料4.3: 313]。さらに、Merck Research LaboratoriesでDPP-4に対するモノクローナル抗 体を用いて実施した免疫組織化学試験では、DPP-4の脳内発現は成人の髄膜に限定されることが 示された。
DPP-4活性が欠損したF344ラット亜系を、野生型亜系と比較したところ、健康状態、神経及び
運動機能、学習及び記憶、感覚能力に関して2つの系統で差がないことが示された [資料4.3: 314]。
同試験で、DPP-4欠損ラットは、社会的相互作用(social interaction)及び受動的回避試験で、ス トレス様反応の減少を示した。DPP-4-/-ノックアウトマウスを用いた試験では、これらのマウス
はDPP-4欠損にもかかわらず正常に発育することが示された [資料4.3: 315] [資料4.3: 316]。分子
機序は不明であるが、複数の公表論文で、DPP-4-/-ノックアウトマウスにおける行動の差、例え ば、侵害刺激回避のための潜時短縮 [資料4.3: 311]や、自発運動能試験における抗うつ様行動 [資 料4.3: 317]が報告されている。
現在まで、脳内の DPP-4に起因する明確な生理機能は認められていない。MK-3102の毒性試験 において、本薬が中枢作用性ではないことが支持されており、臨床的に到達し得る、あるいはそ れを大幅に超える曝露量で、有害な中枢神経系又は行動に対する影響の懸念もないことが示され ている。また、MK-3102はDPP-4に対する選択性が高く、in vitroでイオンチャネルに対する顕著 な作用も、神経伝達物質系に関連する標的外分子に対する活性も示されなかった。MK-3102を投 与したラット、イヌ、及びサルの毒性試験で認められた神経行動学的変化を、以下に示した。一 般的に神経行動学的変化はCmaxで引き起こされるため、曝露量の比較にはCmax(AUCではなく)
を用いた。さらに、脳内の薬物濃度は一般的に血漿遊離分画と関連しているため、下記に示した 曝露量の比較は血漿中の非結合画分における動物種間差で補正している。
ラットの2週間毒性試験では、試験1日に実施したFOBで高用量(500 mg/kg)のみに神経行動 学的な変化がみられた。これらの変化は、概して自発運動の低下及び活動性の低下を示すもので、
筋弛緩、正向反射の減弱、眼瞼閉鎖、歩行失調、及び区画移動回数の減少であった。ラットの 500 mg/kgでのCmaxは464 µMであり、これはヒトに25 mgを投与したときのCmax(0.57 µM)の 約800倍であった。血漿遊離分画の動物種間差(ラットの非結合率は15%、ヒトの非結合率は68%)
で補正すると、曝露量は180倍であった。ラットのFOBによる身体依存性試験(1ヵ月間反復投与)
において、100 mg/kg/日を投与したラットにはFOBにおける変化は認められなかった。ラットの 静脈内自己投与試験では、乱用の可能性は認められなかった。さらに、ラットを用いた出生前及 び出生後の発生毒性試験では、F1世代に行動の変化は認められなかった。以上、ラットを用いた 毒性試験での神経行動学的変化は、ヒト曝露量と比較して曝露量が高い用量(500 mg/kg)に限ら れることが示された。
イヌの反復投与毒性試験のいずれにおいても、試験を行った最高用量(75 mg/kg/日)まで MK-3102による神経行動学的変化は認められなかった。イヌの75 mg/kg/日でのCmaxは190 µMで あり、これはヒトに25 mgを投与したときのCmax(0.57 µM)の約330倍であった。血漿遊離分画 の動物種間差(イヌの非結合率は43%、ヒトの非結合率は68%)で補正すると、曝露量は209倍で あった。なお、イヌの単回経口投与薬理試験(TT # -1015)[2.6.2.4.7 項] において、90 mg/kg
(Cmax = 286 µM)を投与した1例に活動性低下がみられた。
カニクイザルの3ヵ月間毒性試験では、最高用量(9 mg/kg/日、Cmax = 12 µM)で神経行動学的 変化は認められず、安全域は21倍であった。同様に、サルの経口投与忍容性試験においても、
30 mg/kg/日(Cmax = 54 µM、安全域 = 95倍)の用量まで変化は認められなかった。しかしながら、
同試験では、さらに300 mg/kg/日を2日間投与した後に神経行動学的変化(傾眠、活動性低下、及 び歩行失調)がみられた。300 mg/kg/日でのCmaxは282 µMであり、ヒトのCmax(0.57 µM)を十 分に上回った(495倍)。MK-3102の非結合率はヒト(68%)とカニクイザル(87%)で同程度で あったことから、非結合分画の動物種間差での補正は不要であった。