4-1. PKM2によるインスリン分泌制御とL-システインによる可逆的な抑制について
本研究においてはまず、L-システインがPKM2の四量体を減少させることでピルビン酸キ ナーゼ活性を抑制し、高グルコース刺激後の一時的なATP量増加の抑制を介してインスリン 分泌を阻害するということを明らかにすることができた。
特にピルビン酸キナーゼの働きに着目したことから、GSISにおいて細胞内のピルビン酸量 が非常に重要となるということが改めて確かめられたが、L-システインによるピルビン酸産 生抑制と GSIS 抑制には、未解明の点も残っていると考えられる。例えば L-システインは、
シスタチオニン-γ-リアーゼ(CSE)の働きによってピルビン酸と硫化水素を産生することが 知られており(Julian et al., 2002; Yilmaz et al., 2003)、マウス膵島を18時間高グルコース 条件下におくことでCSEの発現量が増加するという報告も存在する(Kaneko et al., 2009)。 このことから、今回の実験系においてもCSEの働きによってL-システインからピルビン酸が 産生された可能性は否定できない。しかし、メタボローム解析の結果から、少なくとも本研 究の実験系においては、CSEによるピルビン酸の産生能よりも、PKM2の活性阻害によるピ ルビン酸の産生抑制の方が大きな影響を与えたということが考えられる。
PKM2 のピルビン酸キナーゼ活性制御という点では、L-システインの添加によって活性型 の四量体が減少するという発見はとても興味深い。L-システインとピルビン酸キナーゼの活 性に関する先行研究は複数存在するが、具体的な阻害メカニズムまで明らかにした文献は確 認できなかった。L-システインによるピルビン酸キナーゼ活性の抑制は、1973年にラットの 腎臓と肝臓で報告されている(Carbonell et al., 1973)が、その活性抑制についてはL型の ピルビン酸キナーゼについてのみ確認されており、M型についての大きな変化は確認されて いなかった。その後、ラットの大脳皮質においてM1型の(Rech et al., 2008)、マウスの腫 瘍細胞(Kȩdryna et al., 1983)やヒトの乳がん細胞においてM2型の(Yilmaz et al., 2003)
活性抑制が確認されており、L-システインを含め数種類のアミノ酸や脂肪酸などにより M2 型の活性が抑制されることがわかっている(Mazurek, 2011)。本研究において、L-システイ ンによるPKM2のピルビン酸キナーゼ活性抑制メカニズムは明らかになったものの、PKM1 の活性抑制については確認できなかった。しかし、異なる細胞種、あるいは異なる L-システ イン濃度ではPKM1に影響を及ぼすという可能性も考えられる。
ここで問題となるのが、なぜL-システインがPKM1に影響を与えず、PKM2特異的に働く のかである。この点については、PKM1とPKM2の大きな違いの一つである、活性制御メカ ニズムの違いという面から議論することで一つの可能性が挙げられる。PKM1は代謝産物等 によるアロステリックな制御を受けず、四量体として常に高いピルビン酸キナーゼ活性をも つとされている。一方で、PKM2も四量体で高いピルビン酸キナーゼ活性をもつものの、そ の活性はフルクトース1, 6-ビスリン酸やL-セリンなどの代謝産物によって正に制御されてお り、二量体や単量体の状態になった場合にはピルビン酸キナーゼ活性が低下する(Mazurek,
2011)。PKM2はこうした制御によって四量体と単量体の間で平衡状態にあるとされており、
そのメカニズムとしては、フルクトース1, 6-ビスリン酸やL-セリン、あるいは人工的なPKM2 の活性化剤がPKM2タンパク質の“ポケット”に入り込むことで四量体化を促進、安定させ るという機構が考えられている(Anastasiou et al., 2012; Chaneton et al., 2012)。L-システ
インは L-セリンと非常に似た構造をもつことから、一つの仮説として、L-システインが L-セ
リンの代わりにPKM2の“ポケット”に入り込むことでL-セリンによる活性化を阻害し、結 果的にPKM2の四量体が減少しているという可能性が考えられる。本研究における結果だけ
では、L-システインがどのように PKM2 の四量体を解離させているのかは判別できないが、
その活性阻害が直接的かつ可逆的であり、L-システインを除いた場合やPKM2の活性化剤を 加えた際にPKM2の活性が戻るという点から考えると、上記のような活性制御メカニズムの 存在が示唆できるのではないだろうか。
また、本研究においては、細胞レベルでの灌流系を用いた実験から、L-システインがGSIS の第一相と第二相をともに抑制することを明らかにした。第一相への影響としてまず考えら れたのはL-システインを介した硫化水素の産生によるKATPチャネルやVDCCsの攪乱(Ali et al., 2007; Tang et al., 2013; Yang et al., 2005)であったが、ピルビン酸メチルやDASA-10 を用いた際に GSIS の回復が見られたことから、本実験系においてその可能性は低いと言え た。実際、細胞内の硫化水素量についても検証を行ったが、硫化水素量の増加は確認できな
かった。L-システインの添加時に硫化水素の産生量が増加するかどうかについては議論の余
地が残るが、L-システインを添加する濃度や時間、及び用いる実験系などの条件によって異 なる可能性がある。本研究においても、低グルコース処理と高グルコース刺激時の 1 時間半
のあいだ L-システインを溶液から抜くことで抑制効果が解消されることが確かめられたが、
これは、MIN6 細胞内において L-システイン濃度が速やかに変化することを示唆していると ともに、細胞内におけるL-システインの挙動については慎重な検証が必要であるとも言える。
また、本研究においては、1 mM、または2 mMという濃度でL-システインを添加したが、
これは血中濃度よりも高い濃度であると考えられる。ヒトにおける血中 L-システイン濃度に ついて、報告によって幅があることは先に述べた(1-5.)が、実際に膵β細胞がどの程度の
濃度の L-システインに曝されているのかは明らかにされていない。この点は先行研究におい
ても議論されているが、インスリン分泌の実験系において生理的な物質の影響を調べる場合 に生体における濃度の数倍程度の濃度で実験を行うことから、数mMレベルのL-システイン 濃度であれば、有効濃度と生体の濃度が大きくかけ離れていることはないと示唆されている
(仁木 & 金子, 2006)。L-システインによるGSIS 阻害が生体でも起こりうるのか、また、
生体において膵β細胞がどの程度の量の L-システイン曝露を受けているのかは、今後明らか にされるべき課題であると考えられる。しかし、培養細胞であるMIN6細胞においてだけで なく、マウスの膵島を用いた実験においてもL-システインのPKM2抑制効果が確かめられた
ことから、本研究で明らかにされたこのメカニズムが生体の環境を再現している可能性は高 いのではないかと考えられる。
特に、L-システインの効果が可逆的であるというのは、生体にとって非常に大きな意味を もつと言える。血中の L-システイン濃度増加に伴いインスリン分泌が抑制され、血中 L-シス テイン濃度の低下によってインスリン分泌量が増加するという仕組みが存在するのであれば、
L-システインが血糖値の恒常性維持に関与している可能性も考えられる。更に、L-システイン
の増加が疾患としての側面をもつだけでなく、インスリンの過分泌などを防止する血中イン スリン濃度の調節因子として、疾患を抑えるための役割を担うということも考えられる。例 えばT2Dの初期においては、インスリン抵抗性の増加に伴ってインスリン分泌量が増加する ことが知られているが、それは同時に膵β細胞へのストレス増加にもつながる(Leibiger et al., 2008; Meier & Bonadonna, 2013; Wajchenberg, 2007)。そのため、T2Dにおける血中
L-システイン濃度増加が、インスリンの過分泌による「代償」を抑えるためのメカニズムで
ある可能性も十分に考えられる。本研究で明らかになったL-システインによるPKM2のピル ビン酸キナーゼ活性抑制及び GSIS 抑制が、細胞や生体にとってどのような意義をもつのか は、今後の研究によって更に詳しく解明されることと期待される。
4-2. PKM1によるA-Raf/MEK/ERK経路の活性化とcaspase-9/caspase-3経路の抑 制、小胞体ストレス誘導性アポトーシスの抑制について
本研究では更に、膵β細胞において、PKM1がA-Raf との結合を介してMEK/ERK 経路 の活性化を行い、caspase-9/caspase-3経路を抑制することで、小胞体ストレス誘導性のアポ トーシスを抑制していることを示した。