第 5 章 アルコールに関わる政策提言
7. 考察
本事件を誘発した原因メカニズムとして,新人事制度の導入により収入が減少したこと で契約社員の間に不満が鬱積していた問題に関して「劣位者に対する無配慮のリスク」,そ してマルハニチログループの経営統合が不徹底でホールディングスが司令塔としての役割 を果たしていなかった問題に関して「企業合併に関する組織不祥事リスク」の 2 類型を抽 出する。
7.1 劣位者に対する無配慮のリスク
樋口晴彦(2012a)は,関西電力美浜原発配管破損事故,関西テレビ「発掘 ! あるある大事 典Ⅱ」捏造事件,JCO 臨界事故の 3 事例の原因メカニズムを分析して「劣位者に対する無配 慮のリスク」を抽出し,「受託企業や組織内の弱小部門などの劣位者に配慮せずに効率性追 求又はコスト削減を進めることが業務内容の質的劣化を引き起こすリスク」と定義した(同 261 頁)。
本事件についても,5. で前述したように,社内での立場が弱い劣位者である契約社員に 対し,人件費の削減を主たる目的として成果主義に基づく新人事制度を導入した結果,収 入の減少に伴って契約社員の間に不満が鬱積していたことが背景となった。したがって,
図1 事件の原因メカニズム
「劣位者に対する無配慮のリスク」が発現した事例と認められる。
本リスクに対する経営実践上の含意として,樋口(2012a)は,「経営者は,劣位者との信 頼関係の構築について行動規範に明記する,劣位者とのコミュニケーションの窓口を複線 化する,劣位者の業務執行状況を調査するなどのリスク管理対策について検討すべき」(同 262 頁)とした。これらの指摘事項は本事件にも符号する(53)。
また,問題の新人事制度に関して,「アクリフーズの 2 工場では,非正規社員に対して,
複雑かつ厳しい能力給制度が導入されていた。グループの司令塔であるマルハニチロ HD は,各工場に現場の給与制度を任せきっているため,経営陣はこの事実を全く把握してい なかった」(日経ビジネス 2014 年 3 月 31 日号「アクリフーズ,犯罪の絡繰③」)とされる。
非正規雇用者の報酬体系のように,劣位者への影響が大きいと予想される制度の変更に関 しては,経営者層を含めて慎重に議論する仕組みを社内に設けるべきである。
7.2 企業合併に関する組織不祥事リスク
樋口(2012c)は,メルシャン循環取引事件について,メルシャン生え抜きの役員が親会 社のキリン・ホールディングスに対して心理的障壁を感じていたため,水産飼料事業部へ の追及が不徹底になったこと及び水産飼料事業部が循環取引を反復したのは,同事業の譲 渡(整理)に対する危機感から業績を偽装しようとしたことを指摘した。
その上で,原因メカニズムの類型として,「企業合併に関する組織不祥事リスク」を抽出 し,「企業合併の関係で監督が不十分になるとともに,相手方に対して自らの問題点を隠蔽 しようとするために,組織不祥事が誘発されるリスク」(同 82 頁)と定義した。ちなみに,
樋口(2011b)が分析したジーエス・ユアサ事件でも,同様の原因メカニズムが観察されて いる。
アクリフーズ事件に関しては,4. で前述したように,マルハニチログループの経営統合 が不徹底であったため,ホールディングスが司令塔としての役割を十分に果たしていな かったことが背景となった。ただし,「相手方に対して自らの問題点を隠蔽」したとは認め られず,前述の定義に完全に合致するものではない。そこで,「企業合併に関する組織不祥 事リスク」の定義を「企業合併の関係で監督が不十分になるとともに,情報流通や意思疎 通に支障が生じるために,組織不祥事が誘発されるリスク」に改定する。
経営実践上の含意として,樋口(2012c)は,「企業合併の前後には監督が弱体化しやすい ことに留意するとともに,「飲み込まれる側」の社員の不安感の解消に努める必要がある」
(同 82 頁)とした。これに追加する形で,社員の不安感の解消に熱心なあまり旧体制の枠組 みを過度に残存させた場合には,効率改善などの企業合併による果実を得られないばかり か,新社内に垣根が形成されて経営の妨げとなる可能性があることに留意すべきである。
おわりに
日本企業の特徴として社員の帰属意識が非常に強いことが,他社との企業合併に対する
(53) このうち劣位者とのコミュニケーションについて,第三者検証委員会(2014a)は,「準社員の不満の声を管理 職が把握しきれていなかった。また,準社員の不満を経営層が吸い上げる仕組みもなかった。従って準社員と 上司や経営層の間で納得感のあるコミュニケーションは取られなかった」(同 25 頁)と指摘した。
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不安感や拒否反応につながりやすい。企業合併の際には,そうした内部摩擦を緩和するた めに,両会社の名称を合体させて新会社の名称としたり,役員や管理職の人事をたすき掛 けにしたり,人事部を 2 系統としたりするなどの措置が実施されることが通例である。そ の意味では,マルハニチロのケースも決して特異なものではない。
本研究は,そのような対策が行き過ぎて実務面の融合が不徹底となることが,組織不祥 事を誘発する可能性があることを明らかにした点で,日本における企業合併の慣行に警鐘 を鳴らしたものである。
今後の日本では,企業の再編やグローバル化の進展により企業合併がさらに活発化する ことが予想される。企業合併の負の側面を如何に予防あるいは解消していくかについて,
研究をさらに進めていく必要があると思量する。
本研究に当たっては,事実関係の調査に当たってマルハニチロのご協力をいただいた。
この場を借りて同社に心からの謝意を申し上げる。さらに,こうした研究への協力は,心 ならずも組織不祥事を起こしてしまった企業の説明責任であるとの見解が世間に浸透して いくことを願ってやまない。
< 参考文献 >
植村振作・河村宏・辻万千子(2006) 『農薬毒性の事典 第 3 版』三省堂 小野正博・樋口晴彦他(2007) 『警察政策論』立花書房
神奈川芳行・赤羽学・今村知明・長谷川専・山口健太郎・鬼武一夫・高谷幸・山本茂貴(2014)
「食品汚染防止に関するチェックリストを基礎とした食品防御対策のためのガイドライ ンの検討」『日本公衆衛生雑誌』61(2), 100-109 頁
前橋地裁平成 26 年 8 月 8 日判決(平成 26 年(わ)第 140 号,第 165 号)
厚生労働省(2013) 『食品防御対策ガイドライン(食品製造工場向け) 平成25年度改訂版』
(財)食品産業センター(2009) 『平成 21 年度「食品産業構造調査(第 1 回)」食品業界にお けるフードディフェンスへの取組状況等調査』
第三者検証委員会(2014a) 『中間報告』
第三者検証委員会(2014b) 『最終報告』
農林水産省(2014) 『食品への意図的な毒物等の混入の未然防止等に関する検討会報告書』
樋口晴彦(2011a) 「組織不祥事の原因メカニズムの分析 ―18 事例に関する三分類・因 果表示法を用いた分析と原因の類型化―」『CUC Policy Studies Review』30 号 , 13-24 頁 樋口晴彦(2011b) 「ジーエス・ユアサ循環取引事件」『捜査研究』60(2), 86-95 頁
樋口晴彦(2012a) 『組織不祥事研究 ―組織不祥事を引き起こす潜在的原因の解明―』白 桃書房
樋口晴彦(2012b) 『組織の失敗学』中央労働災害防止協会
樋口晴彦(2012c) 「メルシャン循環取引事件の事例研究」『千葉商大論叢』50(1), 71-83 頁 守島基博(2004) 「成果主義は企業を活性化するか」『日本労働研究雑誌』No.525, 34-37 頁
(2015.1.22 受稿,2015.2.13 受理)
- Abstract -
Study of the Pesticide Contamination Case in Aqli Foods Corporation
The study pointed out two latent causes of the risk management failures: defects in the monitoring system and no response to the alarming minor cases, based upon the wishful thinking in the food industry.
Additionally it showed four latent causes of the crisis management failures: absence of department with overall responsibility, lack of knowledge in quality assurance departments, poor preparation of crisis management system, and lack of education and training related to crisis management.
The study extracted two typical mechanisms to induce organizational misconducts from the case. The first is the risk of no concern for the inferior, which led to the merit salary system causing dissatisfaction of contract employees. The second is the risk of corporate merger, which led to poor performance of Maruha Nichiro Holdings, the command headquarters of the group.