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翻訳等価性の諸概念

ドキュメント内 2014 年度 博士学位申請論文 (ページ 119-200)

3.1 はじめに

本章では、1960年代以来盛んになってきた多くの翻訳研究のなかで、「等価」がどのように 捉えられてきたのかについて検討する。第1章でも記したが再度略記すると、一般的に翻訳と は異なった二言語間の言語変換であると考えられており、1970年代に入ってから、はじめは多 面的・複層的・多義的な翻訳行為のうち「言語テクスト」の側面(翻訳行為の言語的側面)に 焦点を当てた諸学説が展開された。そしてこれに社会行為性が加味された機能主義や記述的研 究も盛んに議論されている(ピム, 2010[2010], p. 151によると、スコポス理論は等価の対象範囲 を限定したもの、記述的翻訳理論はそれを拡張したものにすぎない、とされる)。これに対し て、全面的に等価概念を否定し批判するのが、主に文化的・イデオロギー的転回を遂げたとさ れている翻訳学の学説群である。これらは翻訳行為の言語的側面から目を社会的・文化的・政 治的コンテクストのほうへ向けた研究を展開するものである。Bassnett & Lefevere (1990)、Cronin (1996)、Snell-Hornby (2006)、Pym, Shlesinger & Jettmarová (2006) などがそれである。これは翻 訳学における「文化理論」と位置づけられ、言語的な等価だけに議論の焦点を当てることを批 判するいわば「等価誤謬論」であると位置づけられる。

以上が翻訳研究における「言語理論」と「文化理論」の大きな潮流であり、後者が前者を敵 視し周縁化するきらいもある (Munday, 2008/2012, pp. 207-208)。ところがこのような学説状況 があるなかで、一部では翻訳学の言語学への回帰の主張 (Vandeweghe, Vandepitte & Van de Velde,

2007) も見られる。確かに言語テクストの産出を本質とする翻訳を研究対象にする学問では、

言語テクストの分析が研究の基底となり、かつ言語学に依拠した分析が、言語テクストと社会 文化的コンテクストとの結節的な役割を果たすことは確かであって (cf. Toury, 1995/2012)、言 語分析への回帰という反動にも正当性はあると言えるだろう。しかしながら、言語学への回帰 を果たしたとしても、もし翻訳学の「言語テクスト」の側面に焦点を当てた諸学説群が拠って 立つ理論装置である言語学自体の認知的、社会・イデオロギー的、あるいは行為論的転回の潮 流に目配りを十分なさないとするならば、言語学へ回帰したとしても議論が空転する虞がある。

そこで、本章でまず、言語テクストを基底に据えた概念である「翻訳等価性」に関する翻訳 学の諸学説がどのようなアプローチないしスタンスを取ってきたかについての大きな潮流を 概観する。そしてさらに本章では翻訳等価性に密接に関連する「直訳と意訳の二項対立図式」

「翻訳等価」「翻訳シフト」「翻訳ストラテジー」「翻訳プロセス」についてこれまでの諸学説

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を分析する。次に第4章では翻訳等価性に対して発展、批判、超越、多様化のアプローチを取 る諸学説を分析する。更に第5章ではこれら翻訳学の諸学説が背後に負っている時代的・社会 文化的なイデオロギーを析出することで、翻訳研究をめぐる言語・翻訳イデオロギーについて 考察し、併せて翻訳実務家が有する言語・翻訳イデオロギーの分析と対照させ、これまでの翻 訳学の諸学説の死角となってきた論点を<等価構築>の観点から複眼的に探究する。

本稿が分析対象として扱う翻訳諸理論の全体的な見取り図(第3章~第5章)

第3章 言語等価論 等価前史、翻訳等価、翻訳シフト、翻訳ストラテジー、翻訳プロセス 第4章 翻訳等価性をめぐる諸アプローチ

社会等価論 テクストタイプ論、目的論、多元システム論、規範論・法則論など 等価誤謬論 ジェンダー論、ポストコロニアル理論など

等価超越論 解釈学、異質性・脱構築・倫理など

等価多様性論 翻訳ジャンルの多様性と役割拡張、研究手法の多様性など 第5章 翻訳等価性をめぐるイデオロギー 記述的翻訳研究、関与的・介入的翻訳研究など

まず、第1章でも触れたが(<<1.4.1)、これまでの翻訳学の諸学説を時間的経緯に沿って略 説したものとして、Newmark (2009) とSnell-Hornby (2006) の2つがある。本稿は、この2つ の時系列的分類を基に、翻訳学で鍵となる諸概念・諸論点の相互連関を踏まえつつ、諸学説の 布置を<等価>概念を基軸にして分類すると、以下のようになる。

0. 近代以前の直訳vs. 意訳二項対立図式(等価前史)

1. 言語学的分析の諸学説(言語等価論)

2. 社会コミュニケーション行為性を加味した言語分析の諸学説(社会等価論)

3. 社会文化的コンテクスト中心の翻訳分析の諸学説(等価誤謬論)

4. 翻訳哲学・翻訳思想(等価超越論)

5. 多様な翻訳テクストとコンテクストにおける等価の多様なあり方(等価多様性論)

そして本稿では、上記の 0. は翻訳学の前史の諸説、1. は翻訳行為のうち言語面を照射する諸 学説として本章で、2.~5. は他の側面も考慮した諸学説として次章で扱うという構成にしてい る。

第3章

第4章

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一般的に「等価」(equivalence)は、原文と翻訳とを「同一」ないし「類似」なものとして説 明する概念で、これをめぐり多くの研究者が様々な視点を提示してきた最も意見の対立のある 概念である (Palumbo, 2009, p. 42)。実際、同一の原文に対して翻訳者による解釈はばらつきが あり、さらにそれに基づいた訳文産出もばらつきがある。つまり、原文解釈および訳文産出に おいて二重の不確定性を内包した翻訳不確定性が存在する1。と同時に、翻訳以前に、言語構造 の異なる二言語どうし、全く同じ意味で訳すことは原理的に不可能であることも指摘できる

(翻訳不可能性)。

しかしながら「等価」という概念は「原文の意味と訳文の意味が同じになるように訳すこと」

というある種の努力目標、、、、

を語る言葉でもある(河原, 2013a)。現にチェスタマンは、「等価」と いう概念は翻訳を学び、実践し、研究する上で必要不可欠な概念であり、「等価は間違いなく 翻訳理論の中心的概念である」としているし (Chesterman, 1989, p. 99)、バスネットも翻訳研究 の中心的課題として「等価の諸問題」を扱っており (Bassnett, 2002, pp. 30-36)、翻訳研究から等 価概念を完全に捨て去ることはできない。むしろ、等価概念を措定して初めて、翻訳シフトや 翻訳の目的(skopos)、翻訳ストラテジー(strategy)、多元システム(polysystem)、翻訳規範(norm)

など翻訳学の中心的な諸概念の原理も論じられるのである。更には上記の文化理論群も、等価 概念を批判しつつも、暗黙裡に等価を前提に、等価からの逸脱現象を社会文化的コンテクスト 分析という手法によって解明するという研究方法論ないしイデオロギーを有していることも 指摘できる。

考えてみると、これまでの翻訳学の言語理論も文化理論も、その拠って立つ意味観は本質主 義的であると言える。意味の本質主義とは、意味は客観的で安定しており(つまり、人の外部 ないし内面にア・プリオリに(本質的に)存在し)、翻訳はそれを起点言語から目標言語へ転 移・伝達・転換するという考え方である (Palumbo, 2009, pp. 44-45)。これまでの翻訳学の諸学 説は、等価(equivalence)が「等しい価値」、つまり人が「等しい意味ないし価値」だと意識的 ないし無意識的に見做したものの言表への反映であると捉える構築主義的な方向へと発想の 転換を行っていない。そこで、「等価はある/ない」といった翻訳学の言語理論と文化理論の 対立の構図は、特に文化理論のサイドによって人為的に作出されてきたのである2。また、両者

1 指示の不確定性から翻訳の非決定性原理を導いているクワインとは区別したい (Quine, 1960)。本 稿は言語行為一般にみられる意味の不確定性から、翻訳の不確定性を導出している。

2 例えばノードもスネル=ホーンビーも自らの機能主義に対する否定項として等価概念を批判し、

特にコラーの概念(<<3.3.1)と対立させている (Nord, 1988, pp. 23, 25-26; Snell-Hornby, 1986, p. 15;

1988, p. 22)。しかし、これは等価を狭く本質主義的に捉え、直訳を想定して議論を展開しているに

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を補完的・融合的にとらえようとする主張もあるが(Tymoczko, 2002; Crisafulli, 2002; Chesterman, 2002など)、この見解も言語による等価構築自体がそもそも社会的な営為、つまり社会的・文 化的・歴史的・イデオロギー的な一回的・個別的な行為であることを直視していない。

この点、2.4でも論及したがピム(2010[2010])は「等価」を「自然的等価」と「方向的等価」

に下位区分した。「自然的等価」(翻訳行為以前に言語間・文化間に既に存在する起点テクスト

=目標テクスト間の同等の価値)という概念は、意味が静的・客観的に存在し、それを起点言 語で生成したものが起点テクストであり、目標言語で生成したものが目標テクストであって、

両者には同等の価値が翻訳行為以前に存在するとするものである。また「方向的等価」(ある 方向で翻訳した際に作出される非対称的な等価)という概念は、翻訳者が複数の翻訳方略の中 から1つを選択し、通常、直訳志向か意訳志向かの二項対立図式から選択する、というもので ある。ところがこの方向的等価の議論も、意味の不確定性や解釈の無限更新性を見据えた等価 に関する構築主義的な見方ができていないため、結局は静的・本質主義的な意味観に基づいた 翻訳プロセスに立脚した翻訳観で等価を分析しているのである。また、自然的等価は語用論的 コンテクストを捨象した意味論的体系、コードの体系に関わる概念であり、他方、方向的等価 は翻訳の行われるコンテクストとの関係、語用論的要因を考慮した等価概念であるという、言 語学上極めてシンプルな峻別が可能であるにもかかわらず、パラダイム3の違いであると説明し すぎず、後述するようにコラーの等価モデルは機能主義そのものとも言える。

3 パラダイムに関しては、野家(1998)が簡潔、かつ要を得た形でまとめている。パラダイム

(paradigm)はクーン(T. S. Kuhn)の科学論を支える最重要語で、もともとはギリシア語で「範型」

や「モデル」を意味した。下ってはラテン語など語学学習における語形活用の「模範例」を意味す る。クーンが依拠したのは後者の語義であり、彼はパラダイムを「一定の期間、研究者の共同体に モデルとなる問題や解決法を与える一般に認められた科学的業績」と定義している。つまり、現場 の科学研究を先導する具体的指針のことである。個別の専門分野はパラダイムを確立することによ って、「科学」として認められる。したがって、パラダイムを放棄することは、科学研究を止めるこ とに等しい。クーンは科学の歴史を、知識の蓄積による連続的進歩の過程としてではなく、パラダ イムの交代による断続的転換の過程として捉え直した。そのため、クーンの科学観には「パラダイ ム論」という呼称が与えられている。しかし、クーン自身がパラダイムを「世界観」と同一視する など意味の拡散に一役買ったため、マスターマン(M. Masterman)はその曖昧さを批判し、パラダ イムに21種類の異なる用法があることを指摘した。クーンはそれを受けて、パラダイムを「専門母 型」(註:disciplinary matrixの訳語)と言い換えたが、この用語はまったく流通しなかった。晩年の クーンはパラダイムを「解釈学的基底」や「辞書」という概念によって表現し、その内容を解釈学 的考察や意味論的分析を通じて分節化することを試みている。他方、パラダイムはクーンの意図を 越えて「物の見方」や「考え方の枠組み」を意味する一般語として使われ始め、現在にいたってい る(野家, 1998, p. 305)。

このようにクーンは『科学革命の構造』の初版に対する、特にカール・ポパーやマーガレット・

マスターマンからの批判を受け、専門母型なる概念を打ち出し、これに記号的一般化、パラダイム の形而上的部分、価値、見本例という重要な4つの要素があるとし、とくにこの見本例を重んじた

ドキュメント内 2014 年度 博士学位申請論文 (ページ 119-200)

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