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総  説

ドキュメント内 日本組織適合性学会誌第21巻1号 (ページ 38-45)

MHC 2014; 21 (1) HLA遺伝子多型からみた日本人集団の混合的起源 重構造仮説(混合モデル)を提唱し,初期の移住集団が

東南アジア系,後期の移住集団が北アジア系と推測し た4)。混合モデルについて検証した初期の研究では,分 子系統学的解析により,日本人集団が東アジア集団,特 に朝鮮人集団と近縁であること,日本の本土集団が縄文 人の遺伝的背景を受け継いでいると考えられるアイヌ・

沖縄集団と弥生人の祖先の遺伝的背景を受け継いでいる と考えられる朝鮮人集団の中間に位置することを示し,

遺伝学的見地から混合モデルが妥当であると論じてい る5)

広範なアジア集団におけるY染色体のハプログルー プの頻度分布を調査した結果,日本人集団で顕著に認め られるハプログループDに属するサブグループD-P37.1 は,チベットで高頻度に認められるサブグループを祖先 型として新たな変異を蓄積したものであった6)。また,

ハプログループO-M122,OP-31が朝鮮集団,東南アジ アに共通することが明らかになった。これらのことから,

縄文人の祖先は北・中央アジア由来,弥生人の祖先は東 南アジア由来という仮説が提示された。さらに,これら ハプログループについて日本地域集団での頻度分布を比 較してみると,沖縄から九州,徳島,青森,北海道(ア イ ヌ ) に わ た っ て,D-P37.1はU字 型 の 曲 線 を,

O-M122,O-P31は逆U字型の曲線を描くことが分かっ

た(図1)。このことは,縄文人由来と推測されるハプ

ログループD-P37.1の頻度は沖縄とアイヌで高く,弥生

人の祖先と縄文人の混合が進んだ本土ではO-M122,

O-P31の頻度が高くなっていることを示している。弥生

人との混合の指標であるO-M122,O-P31がアイヌで認 められなかったことは,弥生時代の渡来人の遺伝的影響 がアイヌにまでは及んでいないことを示唆している。ミ トコンドリアDNA配列に基づく研究でも,ハプログルー プM12がY染色体でのDグループと同様にチベットで 高頻度に認められ,北・中央アジアの寄与を示唆する結 果であった7)。ミトコンドリアDNAの解析結果は,日 本人集団の中で沖縄だけに認められる東南アジア系統の 寄与を指摘する等,より複雑な移住イベントにより現代 日本人集団が形成された可能性について言及している。

ゲノムワイドSNPデータを用いた日本人集団構造の 研究では,本土と沖縄の二つのクラスターが形成され,

本土集団のクラスターの中でも各地域集団によって分布 にわずかながらも偏りが生じていることが明らかにされ た8)。興味深いことに,本土と沖縄クラスターの分化に 最も寄与しているゲノム領域はHLA領域であった8,9)

HLA遺伝子多型から見た日本人集団の祖先の推測 HLA遺伝子多型を用いた日本人の集団遺伝学的研究 は盛んに行われてきた10)。HLA遺伝子多型による分子 系統学的研究は,縄文人の遺伝的背景を強く受け継いで いる沖縄とアイヌ集団が近接しており,本土は朝鮮など の東アジアと沖縄・アイヌの中間に位置するという,尾 本と斎藤の結果5)を裏付けるものであった11,12)。さらに,

東南アジアに広く分布し,沖縄集団に高頻度で認められ るハプロタイプA*24-B*54-DRB1*04:05がアイヌには認 められないことから,沖縄とアイヌの祖先集団が分離し た後,沖縄に東南アジアからの遺伝的流入があったと推 測している11)。また,アイヌ集団がサハリンのニヴフ集 団からの遺伝的流入を受けた可能性も指摘されてい る13)。これらのことから,沖縄とアイヌが分離後に受け た遺伝的流入の差異が,縄文人の遺伝的背景を強く受け 継いでいる集団とされながらも遺伝的距離が比較的遠い 要因ではないかと指摘されている11)

HLAアレルやハプロタイプの集団間での共有は,集 団の移動や混合を推測するための強力なツールとなりう る10)。日本人本土集団のHLAハプロタイプの大部分は 朝鮮集団にも存在することが報告されている14–16)。これ は弥生人の祖先集団が朝鮮半島から移住してきたであろ

1 日本地域集団におけるY染色体ハプログループの頻度。

Y染色体ハプログループの頻度を九州からの距離に従ってプ ロットした。データはHammerら6)の論文の表1と図5を参照 して作成した。論文中に九州およびアイヌの都市名が記載され ていなかったため便宜的に福岡および日高として距離を算出し た。

HLA遺伝子多型からみた日本人集団の混合的起源 MHC 2014; 21 (1)

うことを考えれば,自然な現象であると思われる。それ では,朝鮮半島からの遺伝的流入以前の日本人祖先集団 について,HLA遺伝子多型から考察することは可能だ ろうか。

日本人集団の祖先集団を推測するHLA領域の遺伝的痕跡 著者らは,日本の10地域(北海道,東北,関東,北陸,

東海,近畿,中国,四国,九州,沖縄)から収集した約 2,000検体のHLA遺伝子型多型情報(HLA-A,B,C,

DRB1,DPB1)を用いて,地域集団間の分化や集団構造 について解析を行った17)。我々は,主成分分析における principal component score(PCS)を用いて,集団構造化 に寄与するHLAアレルやハプロタイプを同定するアプ

ローチを行った。この手法は,各HLAアレルについて のPCSが標準化頻度ベクトルを固有ベクトルへ投影し たものとして求められる性質を利用することで,集団の 複雑な構造化を特徴づける遺伝的マーカーを効率よく同 定できる。

日本の10地域集団の解析結果,本土と沖縄の間で HLAアレル頻度分布に大きな分化が認められ,PCSで 同定したHLAアレルとハプロタイプに着目したところ,

i)沖縄で頻度が低く,本土で頻度の高いアレルは,互 いに強い連鎖不平衡にあり,長いハプロタイプとして保 存されている(図2のCL3とCL4)。一方,ii)沖縄で 頻度が高く,本土で頻度が低いアレルで構成されるハプ ロタイプでは,連鎖不平衡が崩れ,断片化されたハプロ

2 日本人地域集団の構造化に寄与するHLAアレル間の連鎖不平衡係数(D′)。文献17より引用。

MHC 2014; 21 (1) HLA遺伝子多型からみた日本人集団の混合的起源 タイプとして存在していることが分かった(図2の

CL1)。図2のCL2に属するHLAアレルは中程度の連 鎖不平衡を維持しており,沖縄で最も頻度の高いハプロ タイプA*24:02-C*01:02-B*54:01-DRB1*04:05-DPB1*05:01 を構成している。アレル間の連鎖不平衡は,世代を経る に従って組換えが生じ,崩れてゆくものであるから,i)

のアレルから構成されるハプロタイプは世代として新し く,ii)のアレルから構成されるハプロタイプは世代と して古いことが推測される。さらに,i)のハプロタイ プ(A*24:02-C*12:02-B*52:01-DRB1*15:02-DPB1*09:01 およびA*33:03-C*14:03-B*44:03-DRB1*13:02-DPB1*04:01)

は,日本と朝鮮だけに存在することから,弥生時代に朝 鮮半島からもたらされ,日本本土で急速に増加したもの と推察される。CL1に属するA*02:06やB*35:01はアイ ヌでも頻度が高いことから縄文人から受け継がれたアレ ルと考えられる。

ハ プ ロ タ イ プ A*33:03-C*14:03-B*44:03-DRB1*13:02-DPB1*04:01を構成するアレルの中で特にDPB1*04:01 への正の選択が指摘されている18)。直感的には,水稲耕 作文化を伝えた朝鮮半島からの移住民はコミュニティに おいて優位性を持ち,その結果として日本人集団の中で 朝鮮半島からの移住民の子孫が急速に増加したとも考え られる。社会的にアドバンテージを持つ集団が先住民集 団と混合する条件下での自然選択という複雑な現象を考 える上で,この知見はたいへん興味深い。

我々は,朝鮮半島からの移住以前の祖先集団について 推論を行うため,日本の10地域集団に韓国を加えた主 成分分析を行い(図3A),PCSプロットを用いて日本地 域集団と韓国の分化に寄与するHLAアレル(A*24:02,

C*03:04,C*07:02,B*40:02,DRB1*09:01)を同定した(図 3B)。同定されたアレルのうちA*24:02-C*03:04-B*40:02 がハプロタイプを構成していることから,データベース 検索により当該ハプロタイプを有する集団を特定した。

その結果,台湾の蘭嶼島のヤミ族,アリューシャン列島 のアレウト族,アラスカのユピック族,北アメリカンイ ンディアンおよび中央アメリカンインディアン(メキシ コ先住民のタラウマラ族)に分布していることが分かっ た。このハプロタイプでエンコードされる血清学レベル のハプロタイプA24-Cw10-B61は,シベリア,モンゴル,

バイカル湖でも認められることが分かった(図4)。つ まり,上記ハプロタイプは,東・北アジアから,シベリ

ア,アリューシャン列島を通って,北アメリカから中央 アメリカへと移住していった祖先集団の移住ルートを示 す遺伝的な痕跡であると推察される17)

東アジア人集団の起源は完全に解明されていない。ゲ ノムワイドSNPデータを用いた研究では,東南アジア からの単一の移住ルートが支持されている19)。一方,中 央アジア経路と東南アジア経路の両方から移住してきた 祖先人類が東アジア人集団の祖となったとする pincer model も提唱されており20,21),現在のアジア人集団にお けるHLAアレル頻度分布は pincer model に適合する ものであるという報告がある22)。シベリアに人類が到達 したのが,約4万5千年から4万年前であり,ベーリン グ海峡を渡り新世界へと人類が移住したのは約1万5千 年前と考えられている23)。グリーンランドの永久凍土に 保存された頭髪の全ゲノムシーケンシングにより,新世 界に渡った人類はヨーロッパ系ではなくアジア系である ことが明らかにされている24)。最新の研究では,最初に アジアから新世界に移住した集団 first American が北 アメリカから南アメリカへと移住を続け現在のアメリカ 先住民の礎となり,さらに後続の二つの移住集団が北極 のエスキモーやカナダのナ・デネ語族に影響を及ぼした と推測されている25)。これらの知見は我々の結果と一致 しており,我々が朝鮮半島からの遺伝的流入以前の日本 人集団を特徴づけるHLAハプロタイプとして検出した A*24:02-C*03:04-B*40:02は,アジアを起源として旧世 界から新世界へと first American によって伝えられた 遺伝的痕跡ではないかと推察される17)

日本人が中国や朝鮮半島では見出されないハプロタイ プA*24:02-C*03:04-B*40:02を有していることは,日本 人が有史以前に北アジア系集団と共通祖先を有していた ことを示唆している。また,弥生時代に朝鮮半島から流 入したと推測されるハプロタイプを有することを併せて 考えると,HLA遺伝子多型の観点からも日本人集団の 混合的起源説は妥当なものと推察される。さらに,

A*24:02-C*12:02-B*52:01-DRB1*15:02-DPB1*09:01お よ びA*33:03-C*14:03-B*44:03-DRB1*13:02-DPB1*04:01ほ どではないものの,ある程度の連鎖不平衡を維持してい るハプロタイプ

A*24:02-C*01:02-B*54:01-DRB1*04:05-DPB1*05:01の存在は,弥生時代における朝鮮半島から

の移住よりも古い時代に大きな移住イベントがあったこ とを示唆している。

ドキュメント内 日本組織適合性学会誌第21巻1号 (ページ 38-45)

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