第8章 総合的考察
本研究の目的は、自然体験とスピリチュアリティの醸成との関係について、多面的に検 討することであった。そのために、4つの検討を行った。すなわち、①定量的な研究で使 用することのできる自然体験の多寡を測定する尺度(Survey For Nature & Outdoor Experience 2:SNE2)を作成すること(検討1)。②短期的な自然体験型・合宿形式の授業 において、どのようなアクティビティがより強くスピリチュアリティの醸成と関係したの か、及び、深く心に残った自然体験とその理由を聞くことで、短期的な自然体験で醸成さ れる気分や心理的状態の中に、どのような概念が構成されているのか明らかにすること(検 討2)。③スピリチュアルペインとスピリチュアリティの関連性について検討すること、及 び、短期的な自然体験がスピリチュアルペインに与える影響を検討すること(検討3)。④ スピリチュアルなメッセージを広く一般に発信して活動している著名人が、過去にどのよ うな自然体験を行ってきたかを検討すること、及び、その自然体験が、現在のスピリチュ アルなメッセージを含む活動に、どのように影響を及ぼしているのか検討すること(検討 4)、である。
また、本研究において、スピリチュアリティの定義を定める際、被験者が大学生以上の 日本人であることに鑑み、「日本人の持つスピリチュアリティ概念構造の探索的な分析(和 ら, 2014)」及び、「日本人青年用スピリチュアリティ評定尺度(JYS:Japanese Youth Spirituality Rating Scale; 濁川ら, 2016)」を参考にした。そして、そこで扱われてい るスピリチュアリティの定義「スピリチュアリティとは、人間が、幸福な生(価値ある人 生)を全うするために不可欠なものであり、『他者とのつながり』、『目に見えない大いなる 存在』、『畏敬の念』、『死を超えた希望』、『拠り所のある安心感』、『物質主義からの解放』、
『自己評価』などに重きを置く価値観」を、本研究におけるスピリチュアリティの定義と して使用した。
第1節 本研究で得られた結果の総括
(1)自然体験の多寡を測定する尺度の開発(検討1)
現代の子どもたちにおける自然体験の機会は、減少傾向にある(青少年機構, 2014、内閣 府, 2015)。自然体験の機会が減少することは、子どもにとって積極的な学習をする力が育 ちにくいことにつながる可能性や(伊藤, 2005)、「自然欠乏症候群」という、集中力の 欠如、落ち着きのなさ、キレやすいといった身体的・精神的な不調につながる可能性が指 摘されている(リチャード・ルーブ, 2006)。
我が国において自然体験が重視されるようになったのは、自然体験をはじめとする体験 活動の減少に対する危機感に加え、学校教育において子どもの生きる力が重視されてきた ことと関係している(中教審, 1996、生涯学習審議会, 1999)。
自然体験と教育や健康に関する先行研究を見ると、キャンプは、子どもたちに自然の中 での活発な身体活動の機会や、密接な他者とのコミュニケーションの機会を提供し、その ことが脳機能、特に前頭連合野の抑制機能の発達に寄与する可能性があることを示唆した
(平野ら, 2002)。また、キャンプ経験による子どもの大脳活動の発達と「生きる力」の向 上に関連性を見出すことができ、キャンプ経験は子どもの成長に多様な効果を及ぼすもの であることが示唆された(瀧・平野・寺沢, 2005)。また、青少年機構(2018)によると、
自然体験が豊富な者の方が、「今の自分が好きだ」、「体力には自信がある」といった自 己肯定感が高い傾向にあることや、「家であいさつをすること」、「友達が悪いことをし
ていたら、やめさせること」といった道徳観・正義感も高い傾向にあることが示唆された。
このように、多くの機関・識者によって、自然体験は人の成長や発達などと関係するこ とが示された。しかし、自然体験に関する研究の大部分は定性的であるため、これらの研 究から得られた知見を一般化するには、定量的な研究が必要である(Heintzman, 2009)。
そして、自然体験の多寡に関する定量的な研究を行うためには、他の心理指標同様、自然 体験の多寡を測定する尺度の作成が必要である。自然体験の多寡に関する調査として、「青 少年の体験活動等に関する意識調査(青少年機構, 2016)」がある。この調査は、青少年機 構が我が国の青少年の体験活動等の現状を把握するため、平成 18 年度より自然体験や生活 体験等の実施状況や、日々の生活習慣の実態、自立に関する意識等について全国規模の調 査を実施している。しかし、この調査で使用されている尺度は、理論的背景の検討や、妥 当性や信頼性などの統計的な検証を経て作成されているかは明確ではない。したがって、
理論的背景の検討や、妥当性や信頼性などの統計的な検証を経た上で、自然体験の多寡を 測定する尺度を作成することは、重要な課題と言える。そこで、本研究では、奇二・嘉瀬・
濁川(2018)で作成された自然体験の多寡を測定する尺度(Survey For Nature & Outdoor Experience:SNE)の質問に加えて、青少年機構(2016)の調査項目の内容を踏まえた上で、
定量的な研究で使用することのできる自然体験の多寡を測定する尺度(Survey For Nature Experience 2:SNE2)を作成することを目的とした。
研究方法は、都内にある大学に在学する大学生 157 名を対象として、集合調査法による 質問紙調査を無記名制で実施し、因子分析、基礎統計量と信頼性係数の算出、基準関連妥 当性の確認を行なった。分析に使用した指標は4つあり、①自然体験の多寡測定に関する 尺度原項目の構成、②Daily Life Skills Scale for College Students(DLS;島本・石井, 2006 )、 ③ Japanese Youth Spirituality Rating Scale ( JYS ; 濁 川 ら , 2016 )、 ④
Purpose-in-Life-Test(PIL;PIL 研究会, 1993)を使用した。①自然体験の多寡測定に関 する尺度原項目の構成に関しては、「青少年の体験活動等に関する意識調査(小学生用・中 学生用・高校生用・保護者用)」(青少年機構, 2016)に用いられた調査票から、自然体験 の多寡を問う質問としてふさわしい項目を抽出し、自然体験の多寡を測定する尺度(Survey For Nature & Outdoor Experience:SNE、奇二・嘉瀬・濁川, 2018)に加えた。これらの 質問項目を、意味内容に重複が生じず、日本人が生活のなかで体験することのできる自然 体験を網羅できるように研究者間で討議し、全 28 項目を用意し、5件法(1:まったくあ てはまらない~5:よくあてはまる)で回答を求めた。
自然体験の多寡を測定する尺度作成のための質問とした 28 項目について、探索的因子分 析を実施した結果、解釈可能性の高い4因子構造を採用した。さらに、因子負荷量が.35 以 下を示す項目を除いた結果、SNE2 を構成する 22 項目が得られた。質問項目の内容より、第 1因子(6項目)は『恵みを得る自然体験』、第2因子(6項目)は『五感を伴う自然体験』、 第3因子(5項目)は『プリミティヴな自然体験』、第4因子(5項目)は『スポーツ的な 自然体験』と命名した。信頼性の検討において、SNE2 の合計得点および各下位尺度得点を 算出した。その結果、すべての得点間で有意な正の相関が認められた。基準関連妥当性の 確認において、DLS、JYS、PIL と、SNE2 合計得点および各下位尺度得点間における Pearson の積率相関係数を算出した。その結果、すべての得点間で有意な正の相関が認められた。
この4因子構造 22 項目の質問項目を、自然体験の多寡を測る尺度(Survey For Nature &
Outdoor Experience 2:以下「SNE2」とする)とした。
(2)短期的な自然体験における、スピリチュアリティの醸成と関係する可能性のあるア クティビティおよび概念構造の検討(検討2)
奇二・嘉瀬・濁川(2018)によって、短期的な自然体験は人のスピリチュアリティを醸 成する可能性が示唆された。そこで、本検討では具体的にどのような自然体験がスピリチ ュアリティの醸成とより強く関係するのかを明らかにすることを目的とした。
研究方法は、都内にある大学に在学する大学生52名を対象として質問紙調査を行った。
質問紙調査における主な質問は二つあり、一つ目は、スピリチュアリティの醸成と関係す る自然体験を聞く際、田崎ら(2001)、今西(2008)、濁川(2014)の研究において、スピ リチュアリティを構成する概念に「自然に対する畏敬の念」が含まれていることを参考に、
「このキャンプにおいて、自然に対する畏敬の念を感じましたか?」という質問をした。
そして、その質問に対して「はい」「いいえ」で答えてもらい、「はい」と答えた者はその 体験について回数を限らずに自由に記述してもらった。その後、その報告内容をテキスト 化し、KJ法により分析することで、畏敬の念を感じた自然体験を概念化することとした。
二つ目の質問は、短期的な自然体験は人のスピリチュアリティの醸成に影響を及ぼす(奇 二・嘉瀬・濁川, 2018)という前提のもと、深く心に残った自然体験とは何か、およびそ の理由を内省報告形式で報告してもらった。その後、その報告内容をテキスト化し、KJ 法 により分析することで、短期的な自然体験で醸成される気分や心理的状態の中に、どのよ うな概念が構成されているのかを検討した。
自然体験型・合宿形式の授業を行った場所は、福島県南西部と新潟県にまたがり、越後 山脈と三国山脈の一部からなる自然豊かな越後三山只見国定公園内であった。
まず、一つ目の質問「このキャンプにおいて、自然に対する畏敬の念を感じましたか?」
という質問に「はい」と答えた被験者の内省報告を、KJ法により概念化の作業を試みた。
その結果、回答数の多い順に、【星空を観察した体験】(24人)、【イワナを捕まえて殺して 食べた体験】(15人)、【身の危険を感じた体験】(12人)、【野生生物を身近に感じた体験】
(11人)、【万年雪トレッキング体験】(11人)、【五感で自然を感じた体験】(10人)、【自然の 仕組みに感動した体験】(8人)、【野外での瞑想体験】(6人)、【台風の力強さを感じた体験】
(4人)、【焚き火体験】(1人)という10の項目が導き出された。
この質問によって、最も回答数が多かったのが、『星空を観察した体験』(24 人)であっ た。しかし、雨天時には星空観察を行うことができない。そこで、室内において、人工的 な星空観察ができるプラネタリウムに注目し、プラネタリウムが、人の気分やスピリチュ アリティにどのような影響を与えるのか捕捉的検討を行なった。プラネタリウムを体験し た人の、プログラム前後での気分(POMS)の変化を検討するため、プログラム前後で対応 のあるt検定を行った。その結果、プログラム前と比較してプログラム後には、POMS の下 位尺度である「疲労―無気力」の得点が有意に低くなっていたことが認められた。しかし、
TMD、怒り―敵意、混乱―当惑、抑うつ―落ち込み、緊張―不安、活気―活動、友好の得点 からは有意な差が検出できなかった。加えて、プログラム前後でのスピリチュアリティ、
生きがい感、精神的健康に関わる心理指標の変化を検討するため、プログラム前後で対応 のあるt検定を行った。その結果、JYS の得点は有意に高くなっていた。さらに、GHQ12 の 得点は有意に低くなっていた。これらの結果から、プログラム前と比較して、プログラム 後には、スピリチュアリティと精神的健康度に関わる指標がポジティブな方向へ変化した ことが示唆された。POMS において、ポジティブな気分や状態が高まることが認められなか ったことから、なぜプラネタリウム体験をした被験者の気分状態が変化しにくかったのか 原因を探ると、プログラム前、被験者の POMS の平均値がすでに低いことが認められた。つ まり、被験者はプログラム前にすでにネガティブな気分状態が低かったため、プログラム 後に有意な差が検出できないことが推察できた。しかし、プラネタリウム体験後、学生か ら、気持ちがよかった、感動したという感想を多く聞くことができた。そこで、後日あら