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4-1 本博士論文研究の成果

4-1-1 本博士論文研究のまとめ

児童期から青年期にかけて,約 10-20%の一般児童生徒が臨床的に有意な抑うつ症状 を示すことが明らかになってきた。子どもの抑うつ症状は,不登校や学業不振,家族 や仲間との関係がうまく築けないなどの広範な適応上の問題と関連する。さらに,治 療を受けない場合には長期間にわたって症状が持続したり,成人期以降にうつ病を発 生するリスクが高まることなどもわかってきている。そのため,早期支援の観点から,

児童期の抑うつと心理社会的要因についての実証的なアセスメント研究に基づき,効 果的な支援方法を構築することが喫緊の課題となっている。抑うつと心理社会的要因 との関連を明らかにする際には,子どもの個人内の要因だけでなく子どもと社会的環 境要因との相互作用のあり方を具体的に検討することが重要である。このような背景 から,本博士論文研究では,対人・行動的アプローチに基づき,小学校において児童 の抑うつと社会的相互作用の関連について行動アセスメントを行い,社会的環境にア プローチする介入計画を構築することを主要な目的とした。この目的を果たすために 実施した5つの実証研究の結果からは,①児童の抑うつ症状は対人関係要因と密接に 関連していること(研究1, 3),②抑うつのある児童は,仲間との社会的相互作用のプロ セスにおいて社会的な正の強化を受けにくいこと(研究2),③社会的相互作用において 仲間による正の強化の増加を図る支援は,児童の抑うつ症状を低減させる可能性があ ること(研究4, 5)が示された。これらの結果は,抑うつの対人・行動モデルを概ね支持 するとともに,いくつかの新しい知見を示すものであった。以下では,個々の実証研 究についての成果を具体的に述べたい。

4-1-2 行動アセスメント研究における成果

ここでは,本博士論文研究における研究 1から研究3までの行動アセスメント研究

における成果とその意義を検討することとする。

研究1では,児童の抑うつ症状と仲間関係の関連を明らかにすることを目的に調査 を行った。その結果,児童の抑うつ症状はソシオメトリック評定による仲間からの受 入れ度と親しい友人数との間に負の相関関係を示した。また,臨床基準値を超える抑 うつ症状を示した児童はそうでない児童と比べて,親しい友人が有意に少ないことが 明らかになった。これまで,児童の抑うつと仲間関係の問題との関連は,欧米を中心 とした海外のアセスメント研究によって報告されており,日本ではほとんど検討され てこなかった。研究1の結果より,日本の児童を対象とした場合でも抑うつ症状と仲 間関係の乏しさが関連していることを確認することができた。さらに,仲間関係のア セスメントにおいてソシオメトリックテストを用いることで,児童の仲間関係につい ての主観的評価だけではなく,仲間からの評価も反映させた査定を行った。このよう な仲間からの情報を取り入れたアセスメントからも,抑うつと仲間関係の問題との関 連が示されたことから,抑うつを示す児童が対人関係をネガティブに認識しているだ けでなく,実際の生活の中での仲間との相互作用に困難さがある可能性が示唆された といえる。

研究 1の結果を受けて研究2では,抑うつ症状を示す児童の仲間との社会的相互作 用を行動観察法によって検討し,対人行動の特徴と相互作用プロセスを明らかにする ことを目的とした。その結果,抑うつを示す児童はそうでない児童と比較して,学校 の休憩時間に孤立することが多く,仲間との相互作用が少ないことが明らかになった。

また,グループの問題解決課題場面の相互作用プロセスを逐次分析によって調べた結 果,抑うつを示す児童は孤立・引っ込み思案行動を多く示し,仲間とのポジティブな 行動の相互交換が少ないことが示された。これらの結果から,抑うつを示す児童は学 校の中で孤立することが多く,仲間との楽しい交流が少ないことが明らかになった。

学校環境において,抑うつを示す児童は社会的な正の強化を受けにくいということが 示唆されたことになる。学校場面における児童の行動観察研究によって,抑うつの対 人・行動モデルを支持する結果が得られたことは一つの成果である。

さらに相互作用プロセスの検討から,抑うつを示す児童に顕著にみられた孤立・引

っ込み思案行動は,仲間同士が会話をしている状況で起こりやすく,それによって仲 間の攻撃的な応答が起こりにくくなるという機能的関係が示された。その一方で,仲 間の向社会的行動による働きかけに対しては,抑うつを示す児童の孤立・引っ込み思 案行動は起こりにくく,向社会的行動で応答することが多いという機能的関係もみら れた。これらの結果は,これまで明らかになっていなかったいくつかの問いに対して の示唆を与えるものである。まず一点目は,抑うつのある児童にみられる対人関係の 困難さがなぜ維持されるのかという問いである。これに対して本研究の結果は,抑う つのある児童に顕著にみられる孤立・引っ込み思案行動が,社会的相互作用の中で仲 間の攻撃行動を抑制するという対人的なコミュニケーション機能を持つ可能性を示し た。そのため,抑うつのある児童の孤立・引っ込み思案行動は即時的には負の強化に よって維持されるが,同時に仲間との楽しいやり取りが生じる機会を失うことで,さ らに孤立を強めてしまうのかもしれない。二点目は,抑うつを示す児童と仲間との間 に適応的な相互作用が展開されるためには,どのような条件が必要となるかという問 いである。この問いに対して,本研究の結果からは,抑うつを示す児童に対して仲間 からの向社会的行動による働きかけを増やすことができれば,適応的な相互作用が展 開していく可能性が高まるのではないかと考えられる。抑うつを示す児童の対人行動 の機能的アセスメントは,これまでほとんど行われておらず今後も詳細な検討が必要 であるが,これらの結果は臨床的な有用性の高い知見であるといえる。研究2の課題 としては,児童の抑うつと社会的相互作用との時間的関係が明らかになっていない点 があげられた。ここで得られた知見は,抑うつ傾向の高い児童の社会的相互作用を調 べたものであり,これらの要因間の同時点の相関関係を示したものである。社会的相 互作用を含む対人関係要因が,抑うつ症状を高めるリスク要因であるどうかを調べる ためには,縦断的な研究デザインによる検討が必要となる。

そこで研究3では,児童の抑うつ症状と対人関係要因の関連を前向き研究によって 検討した。対人関係要因については,対人ストレッサー,コーピングスキル,ソーシ ャルサポート,仲間関係を取り上げた。その結果,第一時点の抑うつ症状を統制した 上で,撤退型コーピング,母親サポート,および対人ストレッサーとコーピングスキ

ルの交互作用が9か月後の抑うつ症状を有意に予測することが明らかになった。対人 ストレッサーとコーピングの交互作用では,家庭ストレッサーが高い場合に,撤退型 コーピングが高い児童は後の抑うつ症状の増加が顕著であることが明らかになった。

また,友人ストレッサーが低い場合では,従事型コーピングをよく用いる児童ほど後 の抑うつが低く,反対に友人ストレッサーが高い場合には,従事型コーピングは後の 抑うつの悪化を予測するという結果が得られた。

研究 3の成果の一つとして,縦断的研究によって子どもの対人関係要因が抑うつ症 状の変動を予測することを実証した点があげられる。このことによって,児童の対人 関係要因に対する介入が,抑うつの改善や予防につながる可能性が示された。対人関 係要因については,これまで本博士論文研究で焦点をあててきた仲間関係の要因に加 えて,母親のサポートや家庭生活におけるストレッサーといった家族関係の要因も関 連することが明らかになった。児童の抑うつと社会的プロセスを検討するうえで,家 族や仲間といった多様な文脈を考慮することの必要性が示された。また,本研究では 重要性が指摘されているにもかかわらず,これまでほとんど検討されてこなかったコ ーピングスキルと対人ストレッサーの交互作用が後の抑うつを予測することが明らか になった。ここでも,子どものスキルだけでなく,社会的文脈の要因をふまえて抑う つとの関連を明らかにしていくことの重要性が示されたといえる。これらのことから,

本研究によって抑うつの対人・行動モデルを支持する実証的なデータが示されたと同 時に,児童の抑うつに対する介入計画の構築において,社会的相互作用を中心とした 対人関係要因へのアプローチが必要であるという根拠が得られた。

以上の行動アセスメント研究から,児童の抑うつと対人的文脈における社会的相互 作用との関連が実証的に示された。これまでに行われてきた児童の抑うつに関する先 行研究では,子どものスキルや認知的要因といった個人内の要因に焦点があてられる ことが比較的多く,社会的環境要因との相互作用については十分に明らかになってい なかった。本研究によって,子どもと社会的環境との相互作用においても抑うつに関 連する明確な特徴があることがわかった。特に社会的相互作用の検討については,行 動観察と行動データの逐次分析によって相互作用プロセスが具体的に明らかになった。

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