第3章では,触媒CVD法を用いて,フラーレンC60及びC70からのSWNT生成を試みた.その 結果,実験条件を最適化し,フラーレンの蒸気圧を注意深く制御することで,フラーレン C60, C70から直径分布の狭い SWNT を生成することに成功した.原料として使用したフラーレンの量 が微量であることから,SWNTの生成量自体は少ないが,アルコールから生成したSWNTと比較 して,生成されたSWNTは細く,直径分布が非常に狭いことがラマン分光分析により確認された.
これまで,フラーレンを原料としてカーボンナノチューブを合成するいくつかの試みが行われて いるが,得られたサンプルの大半は多層カーボンナノチューブ(MWNT)であった.本研究は,CCVD 法の手法を用いてラマン分光法で分析可能な量のSWNTを選択的にフラーレンから生成した初め ての成功例であり,従来の触媒金属微粒子の制御による直径制御法に加えて,原料ガスの側から のSWNTの構造制御の可能性を示すものである.また,共同研究者による分子動力学シミュレー ションから,フラーレン分子の一部または全ての炭素原子がSWNT前駆体のキャップ構造を形成 することが,生成されるSWNTの直径分布の決定に深く関わっていると考察した.
第 4 章では,近赤外蛍光分光法を用いて,アルコール CCVD 法により様々な条件で合成した SWNTサンプルの蛍光測定を行い,生成条件による蛍光スペクトルの変化が,サンプル中のSWNT についてのラマン分光法及び光吸収による分析と定性的に矛盾が無いことを示した.また,触媒 金属として,Coのみを使用するかFe/Coの2元触媒を使用するかの違いによるカイラリティ分布 の変化を調べたが,今回の測定ではそれらの違いは若干の直径分布の違いのみであった.原料ガ スの違いによるカイラリティ分布の比較においては,エタノールを用いたアルコールCCVD法に よるサンプルとメタノールを用いた場合のサンプルでは,直径分布もカイラル角分布も大きく異 なることが分かった.更に,これらの結果を詳しく分析することで,アルコールCCVD法,HiPco 法ともに,直径の細いSWNTに関しては,同程度の直径のSWNT同士で蛍光強度にカイラリティ による偏りがあり,カイラル角がアームチェア型に近いSWNTの蛍光強度が強く,ジグザグ型に 近いSWNTの蛍光強度が弱いことが分かった.これらのカイラリティによる偏りは,直径が太い SWNTに関してはほとんど観測できなかった.この結果に対する解釈として,直径の細いSWNT についてはカイラル角がアームチェア型に近いSWNTが優先的に生成されるという解釈と,直径 が細いジグザグ型に近いSWNTに関してのみ,蛍光の量子収率が劣る可能性があるという2通り
の解釈を示し,それらについて考察した.また,それぞれの蛍光ピークに割り当てられたカイラ ル指数 (n,m) について,n-mを3で割った余りによるグループ分けを行うと,(n-m)mod3=1(n-m を3で割った余りが1になる)のファミリーの蛍光強度が,(n-m)mod3=2(n-mを3で割った余 りが2になる)のファミリーの蛍光強度よりも全体として劣る傾向があることを示した.最後に,
直径の細いSWNTについての蛍光強度のカイラリティによる偏りが,量子収率の違いによるもの ではなくアームチェア型に近いSWNTの優先的な生成の結果であると仮定した場合のカイラリテ ィ制御に向けた指針として,直径が細いSWNTのみの合成もしくは分離を目指すことを提案した.
ことは出来なかった.今後は,実験装置の改良や生成条件の吟味などにより生成量を増やし,吸 光測定や蛍光測定を行うことで,直径だけではなく,フラーレン構造が生成するSWNTのカイラ リティに与える影響についての調査が必要である.
アルコールCCVD法のサンプルについての蛍光測定においては,今後さらに様々な合成法や合 成条件で合成されたSWNTの蛍光測定を行うとともに,スペクトルのアサインメントや量子収率 の問題についての理論,実験両面からの研究や,測定サンプル作成に伴うパラメータについての 検討を行う必要がある.本研究では,蛍光測定において様々な興味深い結果を得たが,SWNTの 蛍光分光自体が世界でまだ始まったばかりの未熟な技術であり,結果についての完全な理解はで きなかった.今後SWNTの蛍光測定法を,理論,実験両面から洗練されたものにしていく必要が ある.本測定手法によるカイラリティ分布測定と結果の解釈が確実に行えるようになれば,SWNT のカイラリティ制御の実現に大きく近づくことになるだろう.
謝辞
この修士論文の研究を進めていく過程で,大変多くの方々にお世話になりました.特に,指導 教官である東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻の丸山茂夫助教授には,研究に関わる全て において熱心で適切なご指導を頂きましたことを深く感謝致します.また庄司正弘教授には,研 究会において貴重なご意見を頂きました.どうも有り難うございました.もしも私が庄司丸山研 究室に入っていなかったら,特に研究のことなど何も分からなかった私が,博士課程に進学する ほどに研究にのめりこむことは無かったことでしょう.学部から修士課程の研究生活を通じて研 究の楽しさを知ることが出来たのは,先生方の適切なご指導があったからこそのことだと思いま す.井上満助手には,実験室設備の設計や頻繁な実験関連の発注に際して大変お世話になりまし た.また,渡辺誠技官には実験装置に関わる様々なご指導を頂きました.特に第3 章の実験装置 は,渡辺技官のご指導なくしてはありえなかったものです.渡辺美和子秘書には,学会出席の際 の手続きに際して大変お世話になりました.どうも有り難うございました.研究生活に関しては,
学部時代にナノチューブ研究の基礎から教えていただき,現在もお世話になりつづけている河野 さん,研究の楽しさを教えていただいた小島さん,研究室配属当初から,今も共同研究者として お世話になりつづけている千足さんに研究生活の最初に出会えたことは,大変な幸運であったと 思います.また,村上さんにはその研究への情熱と厳しさから多くのものを学ばせて頂いていま す.皆さんどうも有り難うございました.木村博士には,いつも計算機関係の相談に快く乗って いただきました.井上修平博士には,液体窒素の管理について教えていただき,蛍光測定のこと まで常に気を配っていただき大変お世話になりました.崔さんからは,夜昼無く研究に打ち込む 研究に対する姿勢を学びました.渋田さんには,いつも研究についての相談に乗っていただき,
些細な質問にもきちんと耳を傾けて親身になって指導して頂きました.また,計算機関連のトラ ブルの度に,自分の計算機に関する能力不足をサポートして頂きました.手島さん,五十嵐君に も,計算機関連のことでずいぶんお世話になりました.この修士論文の計算機シミュレーション の部分は,渋田さんと五十嵐君の力なくしてはありえなかったものです.皆さんには大変深く感 謝しています.丸山研の同期の小川君,谷口君,庄司研の丹下君,石川君,湯浅君とは,時にわ いわいふざけながら,時には真剣に研究やその他のことについて話し合いました.特に丹下君に は,研究分野が異なるにもかかわらず,様々な研究上の議論を交わし,その独特の洞察力による 指摘は,時にこの修士論文の研究の進展に大いに役立ちました.量子力学ゼミにおける仲間たち との議論は,自らの量子力学に対する理解を大きく前進させてくれました.皆さんと同じ研究室
第4章の実験のパートナーである林田君は,まだ研究室に配属されて間もない4年生にも関わら ず,日曜日にまで実験を行ってくれました.この論文は2人がいなかったら絶対にありえません.
この修士論文の完成にあたって,2人には本当に感謝しています.M1の吉永“隊長”,庄司研究
室のSurapongさん,そして卒業されていった先輩方にも,同じ研究室での研究生活において大変
お世話になりました.どうも有り難うございます.最後に,ラマン分光装置に関してはセキテク ノトロンの須納瀬さん,蛍光分光装置に関しては,Horiba JYの馬場さん,濱上さん,TEM観察 に関しては超高圧電子顕微鏡室の綱川さん,掛川さん,伊藤さん,岩本さんに大変お世話になり ました.皆さんどうも有り難うございました.