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1.カンボジア人の「居場所」とは (1)「居場所」の一般概念

広辞苑によると「居場所」の一般的な意味は、居るところ、また、座るところのこ とであり、自分が存在する場所のことである。また、自分の持っている能力を最も発 揮できる分野を指すこともある。この他にも、「居場所」に関しては様々な定義がなさ れている。例えば、心理学の藤竹は、自分の能力や資質を社会的に発揮することがで き、自分が他人によって必要とされる「社会的居場所」、安心しほっとすることができ、

自分が自分であることを取り戻すことのできる「人間的居場所」、群集の中で匿名的な 状況になることで、自分を取り戻すことのできる「匿名的居場所」の 3 種類を挙げて いる[藤竹2000:47-57]。また安齋は、自己発揮する場としての居場所と、逃げ場として の居場所の2種類を挙げている[安齋2003:33-37]。こうした藤竹や安齋の「居場所」研 究は、個人の心理的側面からの意味付けを行っている。

人々は、自らが生きやすさを感じることができる環境、ありのままの姿や、自分ら しさを表現できる場所に「居心地が良い」と感じ、その場所に拠点を置くことを決め る。その場所に居ると(そこに帰ると)安らぎを覚えたり、ほっとすることができる。

この意味での居場所は、藤竹が述べている「人間的居場所」であると同時に、安齋が 述べている「(何か起きたときに自分が安心して戻ることができる)シェルター(逃げ 場)」としての役割を果たしているとも考えられる。

また、自分が他者との関係性の中で「自分自身の存在価値」を認めるという点は、

「アイデンティティ」の定義にも同様に見られる。アイデンティティは、自己同一性、

自分らしさ、あるいは自分の存在確認として、いつでも安心立命できる精神的居場所 や生きがい・死にがいのありかを確認したいという内的欲求であり[田中2008:52]、こ のアイデンティティと居場所双方の構築は、人々が心豊かに内面の充実を図って生き ていく上でとても重要である。

それでは、カンボジアにおける「居場所」や「アイデンティティ」を構築しうる要 素には一体どのようなものが考えられるであろうか。地域社会学の田中は、カンボジ アを含むアジア地域社会の特徴を、多様性・重層性・開放性が複合する「多元的価値

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の共生社会」であるとし、人々は、ある特定の民族や組織集団、国家だけを特別視せ ず、みな平等・同列・同価値を持つものとして捉える精神を堅持してきたと述べてい

る[田中2008:51]。個々の多様性を認めつつ、他者との枠を超えて、「他者性」や「公共

性」を志向するコミュニティ原理(お互い様、みんなのもの、おもいやりの心、相互 扶助、互恵の原理など)によって、緩やかな横の繋がりを大切にする社会としてまと まってきた[田中 2008:ⅲ,64]とも指摘している。これがアジア地域社会における心的 共同性の価値理念として認識されており、カンボジア社会においても、このコミュニ ティ原理に基づく相互扶助、隣人との助け合い、愛し合い、親和性があり、地域の支 え合いや人と人との付き合いを大切にする傾向が見られる。

(2)相互扶助慣行を中心とした農村の精神

デルヴェール(Delvert)は、カンボジア農村に相互扶助慣行は存在するものの、家の 建築や祭事準備での協同、農繁期における労働力の交換など、いずれも何らかの目的 に特化したもの、もしくは期間限定のものであり、日常的に人々の生活を支え合う性 格を持たないことを指摘している[デルヴェール2002:233-234]。また、フリング(Frings) は、カンボジアの農民は常に自己の利益を考え、例え親族であってもそこから何らか の利益を得ようとし、個人主義的であるとも述べている[Frings 1994:50]。しかしその 一方で、カンボジアの農村社会は親族の繋がりがその基盤であるという議論も存在す る。レジャーウッド(Ledgerwood)は、村の人々は食糧の分け合いや金銭の貸し借り、労 働支援など様々な方法で助け合っていると述べた上で[Ledgerwood 1998:139]、村落内 の住民の結びつきを理解する唯一の方法は、親族の繋がりをたどることであると述べ ている[Ibid.140]。筆者がシェムリアップ近郊の農村を訪れた際も、家の建築、田植 えや稲刈りでの労働交換、家畜の監視や溜池の建設などで村人による協同作業が行わ れており、相互扶助的慣行が頻繁に見られた。特に、農繁期は労働交換による協同作 業が必須であると住民たちは述べていた。

一方で、オベセン(Ovesen)が述べるように、農村における伝統的な自助システム がポル・ポト政権時代によって破壊された[Ovesen1996:66-67]という主張も存在するが、

それをレジャーウッド(Ledegerwood)は「深刻な誤りである」[Ledgerwood 1998:139]と し、カンボジア農村には強い自助グループのようなものはないものの、親族を中心と する繋がりの中で様々な相互扶助が行われていることを示している[Ibid.140-141]。

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これを物語るかのように、農村住民たちは異口同音に「村には助け合いの精神がある」

と述べ、相互扶助こそが農村の良さであり価値であるという意見も多い。彼らが言う

「相互扶助」は、親族や友人間、同じ居住地域内で行われることが多く、金銭の貸し 借りや冠婚葬祭における協同作業など、普段の生活のあらゆる場面で、他を思いやる 気持ち、気遣いや面倒見の良さを実感することができる。カンボジア人、特に農村住 民の相互扶助慣行について、現在の研究は充分に行われているとは言い難いため、一 概にそれらを一括りに定義づけることはできない。しかし、筆者は彼らとの交流を図 る中で、彼らの相互扶助慣行にはある基準が存在するものと考えている。それは、「以 前助けてもらったから、今回は自分が助ける」や、「いつも子供の面倒を見てくれるか ら、そのお返しにお礼をする」などというような、あくまでも「お返し」としての相 互扶助がなされるような一面も見られた。「お返し」としての相互扶助ではあるが、「相 手が自分に尽くしてくれたからこそ、今度は自分が相手を助ける」という一連の流れ がしっかり彼らの中に根付いていることは、デルヴェールやフリングが述べるような、

弱い互助機能や彼らが個人主義的であるという議論を見つめ直すきっかけになると考 えられる。また、この「お互い様」に思いやり助け合うというコミュニティ原理―「農 村の精神」―が息づいていることが、彼らの居場所とアイデンティティを構築する上 で重要な役割を果たしており、農村に留まる人々は、このような相互扶助慣行をベー スとした農村地域社会に価値や生きやすさを見出していると考えられる。

(3)カンボジア人の内発的発展と「居場所」の構築

ここでは、先述した農村での相互扶助慣行を中心とした地域社会が、カンボジア農 村住民の居場所を構築するという議論に加え、カンボジア人が農村でOFBに携わる際 に、どのような労働・心的環境が彼らのモチベーションを高め、内発的発展を促しう るのかを、ハードとソフトの両面から検討し、OFBを行う上で重要なポイントを提示 する。OFBの事業展開をするにあたって、農村社会に生きる人々がどのような人との 付き合い方を実践し、他者との関わりを構築する上でどのようなことに重点を置き、

価値観を持っているのか、そして、何にやりがいや生きがいを見出しているかという 彼らの心の拠点や背景を理解することはとても重要である。特にシェムリアップ州農 村部でOFBを行う際は、異なる価値観を持つ外国人が農村地域に出入りする可能性も 高い。その上、外部者によるOFBのスタートアップの整備が必要とされる場合も考慮

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し、現地住民の働きやすさ、働く喜びや充足感をどこで感じるのかなど、通常組織運 営でないがしろにされがちな人々の内面を探る必要があると考える。

まずは、彼らが働く上で重要視している制度、ルール、待遇などを中心に検討する。

1 つ目は安定した給与の確保である。国が定める最低賃金はもちろん、経験値に見合 う給与でなければ、彼らはより高収入が得られる職に移ってしまう可能性が高い。給 与を絶えず引き上げることだけが彼らを農村に留まらせる唯一の手段とは思わない。

しかし、国連ミレニアム開発目標(MDGs)で定められているような最低限の暮らしの 確保ができ、かつ、彼らが自分の人生を歩む上で選択肢が持てる、そしてその選び取 った選択を実現できるような教育や様々な経験を身に着けることができる環境と収入 を確保することは、彼らが長期的に働ける環境づくりとして、とても重要だと考える。

2 つ目に、事業に携わる人々が家族や親族と近い環境で仕事ができることである。幼 い子供や看病が必要な家族がいる場合、彼らの面倒を見ることができる距離に労働場 所があることはとても重要である。また、自分が病気がちになった場合や、親族に不 慮の病や事故があった場合も、心置きなく休みが取れる環境、そして休んだ分の業務 量や業務内容が後日きちんと明確になっており、職場に復帰しやすい体制が必要であ る。3 つ目に、彼らにとって様々な学びがある職場環境が重要である。特に、農村ビ ジネスで外国人をマーケットにする場合、英語を中心とした語学の習得は必要である。

また、基本的な読み書き・計算能力を身に着けることは、ビジネスの円滑な運営のた めにも重要である。学校を小学校・中学校レベルで終えた人々も少なくない農村では、

仕事をして給料を稼ぐ場が、労働環境としてのみならず、教育の現場として機能する ことがとても大切である。実際に筆者が携わっていた日系NGOが運営する工房でも、

保健衛生、農業教育の他、貯蓄の重要性を学ぶ機会を設けたり、給食の実施などを行 い、生きていく上で重要になる様々な学びや知識のインプットが職場に散りばめられ ていた。このような学びを通して彼らの内面の成長を促す施策は、彼らのモチベーシ ョンを大いに高める可能性があるといえよう。4 つ目に、扱う商材やサービスにカン ボジアの伝統や暮らしが根付いていることである。カンボジアの人々は自国のものや サービスに自信が持てず、他国のほうが優れているという見方をしがちである。彼ら の身の回りに存在する「何気ない日常」を商品化し(それが本物の農村の暮らしを体 現しているのかどうかという議論はこの場ではしないが)、それが多くの人々に認め られるようになれば、自分の地域からでも価値のあるものを生み出すことができると

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