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現在, 高分子材料は幅広い分野において用いられている. 近年, 非石油由来の高分子材料であ るポリ乳酸(PLLA)が, 従来の石油由来材料の代替として期待されている.

高分子材料を実用化する際, 高分子添加剤の使用は必要不可欠である. 本研究では高分子材 料に高分子添加剤を使用した場合において, 特に材料の物性に大きな影響を与える結晶化挙動 に着目し, その結晶化挙動に高分子添加剤が与える影響の詳細な理解を目指し研究を行った.

第2章では, 可塑剤(SAE)がポリ乳酸(PLLA)に与える影響について, 可塑剤添加濃度依存性から

検討を行い, 可塑剤添加により大幅な結晶化加速効果とともに, 結晶化の進行に伴うラメラの 厚化, 結晶の高秩序化が可塑剤添加量の増大とともに顕著になることを明らかにした. これら のことから結晶成長先端における可塑剤分子の排除と, それに伴うメルトマトリクスの可塑剤 濃度上昇という結晶化モデルを提案した.

第3章ではSAEがPLLAに与える影響について, SAEを高濃度添加したPLLAにおける結晶 化温度依存性について検討を行った. その結果, 高温による結晶化では, α 晶が形成される温度

がhomo–PLLAよりも低温側にシフトし, 可塑剤の添加によって結晶型の制御が可能であること

を示した. 一方で, 低温(0–40ºC)の結晶化によって形成された構造は, アモルファスおよび結晶

(α, α’晶)とは異なる中間秩序的な構造であるmeso相と呼ばれる構造を形成することを明らかに した. そして, このmeso 相は結晶と同様の10/3helix 構造を形成するが, 結晶と比較して分子鎖

のhelix 構造のコンフォメーションがわずかに乱れており, さらに分子鎖のパッキングの規則性

が低いことからPLLAのmeso相の構造は, helix構造のコンフォメーションおよびパッキングが 乱れを有することを考察した. さらにそのモルフォロジーには, 約 200 nmのサイズの粒状構造 を形成することを観察した.

第4章では, SAEを高濃度添加したPLLAの低温での結晶化によって形成されるmeso相の形

成メカニズムについて検討を行った. DSC を用いた等温結晶化過程の測定から, 全体結晶化速 度が高温側と低温側にそれぞれピークを持ち, 低温側のピークの温度範囲がmeso相を形成する 温度範囲であることから, meso相の形成が速度論支配であることを示唆した.

フーリエ変換型赤外分光測定(FTIR)および広角X線回折(WAXD)測定においてmeso相の特徴

れていることが確認された.

SAXS測定からmeso相の構造に由来するピークとは異なる低q側の強度が, meso相形成初期 において起こり, その後に高q側のピークが立ち上がることを観測した. また, meso相の形成過 程におけるWAXD及びSAXSプロファイルの強度上昇の関係性を比較すると, SAXSプロファイ ルの強度上昇の方が早く起こることが明らかになった.

このmeso相形成初期におけるSAXSの強度上昇について, スピノーダル分解(SD)型のミクロ 相分離による密度揺らぎに起因したドメインの形成と増加による強度上昇であることを示唆し, そのドメインのRgが約14 nmであることを示した. その後, 時間の経過に伴い, 高q側のピーク 強度が上昇する. このピーク位置から, 最終的に形成される構造(meso相)の相関長は10 nm程度 であり, 高q側のピーク強度上昇がWAXDプロファイルの強度上昇の後に起こる現象であるこ

とから, 約10 nmの相関長はドメイン内に形成されるmeso相の周期構造に由来するものと考察

した.

以上のことから, PLLAのmeso相の形成について, 次に記述するような過程を経る可能性につ いて示した. PLLAのmeso相の形成に先立ち, SD型のミクロ相分離に起因した密度揺らぎによっ て meso 相の前駆体ともいえるドメインが形成され, その数が増加する. その後, そのドメイン 内に乱れた10/3helix構造と規則性の低いパッキングによって構築されるmeso相が10 nm程度の 相関長を有して存在している.

今回, PLLAのmeso相の形成過程のメカニズムについて上述のような構造発展の可能性を示し

たが, 詳細なメカニズム, 特に密度揺らぎ, もしくは可塑剤の濃度揺らぎの発展メカニズムに関 しては理解が不十分であり, 更なる解析と研究が必要と考えられる.

第5章では, PLLAのmeso相に熱的性質について, 昇温過程のFTIR測定を主として用い詳細

な検討を行った. meso相形成試料の昇温測定において, meso相の形成が完了しているのにもかか

わらず, 80ºC 付近においてわずかな吸熱ピークと発熱ピークが連続して観察され, この挙動は

わずかな吸熱ピークは meso相の融解に関連した挙動であり, 発熱ピークはmeso 相の融解の後 のα晶への再結晶化であることを示した. そしてこのことから, meso相の融解とより規則性の高 いα晶への再結晶化による融解–再結晶化による転移挙動であることを明らかにした.

この転移現象について, FTIR測定からhelix構造の形成に起因した結晶化度と分子鎖同士の相 互作用の変化について検討した結果, meso相の融解はhelix構造の融解よりも分子鎖間の相互作 用の低下が先行することが明らかとなり, helix 構造の融解が相互作用の低下に誘発されること を示した. さらにα晶への再結晶化ではhelix構造の形成と分子鎖のパッキングが短時間で完了 することから, 非常に速い転移現象であることを示した.

このようなmeso–α晶転移FTIR測定を用いた相互作用の強度の変化という観点から観測した

例は本研究が初であり, 結晶型の同定や結晶化および融解現象について相互作用の強度, 言い 換えればパッキングの規則性から定量的な観察が可能であることを示すことができたと考えら れる. また, このように乱れた10/3helix構造や分子鎖のパッキングを有するmeso相が昇温によ ってより安定なα 晶へと転移することは, meso相が結晶よりも熱的に不安定であることをより 直接的に示している.

本研究の結果から, 今後高い需要が見込まれる非石油由来の高分子材料であるPLLAに, 添加 剤として可塑剤(SAE)を加えた場合の結晶化挙動に与える影響に関する基礎的な知見が得られ たと考えられる. 可塑剤の添加によって, 結晶化速度だけではなく結晶型およびラメラ構造に も影響を与えることを明らかにしたことは, 結晶構造(結晶型およびラメラ構造)が高分子材料の 力学・熱物性に大きな影響を与える一つのパラメータであることから, 材料特性の制御のための 重要な知見になると考えられる. さらに重要なことは, 高分子の結晶化過程における可塑剤の 振る舞いを観察できたことである. PLLAとSAEは結晶化以前の溶融状態では, 均一な一相の状 態であるが, PLLAの結晶化の開始によってSAEの一部がPLLAのラメラ間非晶領域に取り込ま

れていき, SAEの大部分は結晶成長の先端へと押し戻されることになる. 結晶化過程における可

塑剤のこのような振る舞いによって, PLLAの結晶化に誘起されたPLLAと可塑剤とのナノレベ ルでの相分離がおこり, メルトマトリックス中の可塑剤濃度, 特に結晶成長先端での可塑剤濃 度上昇というメカニズムとなる. そのため, 可塑剤を添加した場合の結晶化過程においてその 濃度が結晶の進行によって変化する. これは, 可塑剤添加高分子の成形条件の予測という観点 から非常に重要な情報となり得るといえる.

本研究において明らかになったこれらの成果は, 添加剤を加えた場合の高分子材料の特性に ついて, 結晶化という観点から制御を行う際の指標となり, 生産性や材料物性の改善における 材料設計の思想の一つとして, 工業的な新たな知見になることに加えて, 高分子の結晶化挙動 の解明という問題において, 可塑剤添加系の高分子材料の結晶化メカニズムの解明のための学 術的な新たな思想・知見となることを期待する。

関連論文1

“高分子の結晶化における可塑剤添加効果”

小井土俊介, 河井貴彦, 黒田真一, 西田幸次, 金谷利治, 加藤誠, 黒瀬隆, 中島毅彦 次世代ポリオレフィン総合研究, 5, 107 (2011).

(第2章)

関連論文2

“Mesomorphic Phase Formation of Plasticized Poly(L-lactic acid)”

S. Koido, T. Kawai, S. Kuroda, K. Nishida, T. Kanaya, M. Kato, T. Kurose and K. Nakajima Journal of Applied Polymer Science, DOI: 10.1002/APP.39762 (2013) (オンライン掲載)

Journal of Applied Polymer Science Vol.131, 4 (2014)(1月)「掲載決定」)

(第3章, 第5章)

学会発表

S. Koido, T. Kawai, T. Iwasaki, S. Kuroda, K. Nishida, T. Kanaya; “Crystallization Behavior of Plasticized Poly(L-lactic acid)”, 21st IUPAC International Conference on Chemical Thermodynamics, Thukuba, Japan (2010).

小井土俊介, 河井貴彦, 西田幸次, 金谷利治, 加藤誠, 岡本浩孝, 臼杵有光, 中島毅彦, 黒瀬隆;

“ポリ乳酸の結晶化に及ぼす可塑剤添加効果 2 ”, 第59回高分子学会年次大会, 横浜 (2010).

小井土俊介, 河井貴彦, 西田幸次, 金谷利治, 加藤誠, 岡本浩孝, 中島毅彦, 黒瀬隆; “可塑剤添加 したポリ(L-乳酸)の結晶化挙動”, 平成22年度繊維学会年次大会, 東京 (2010).

S. Koido, T. Kawai, T. Iwasaki, S. Kuroda, K. Nishida, T. Kanaya; “Crystallization Behavior of Plasticized Poly(L-lactic acid)”, ICA3M, Dalian, China (2010).

小井土俊介, 岩崎隆行, 河井貴彦, 黒田真一, 西田幸次, 金谷利治; “ポリ乳酸/可塑剤系の結晶化 と熱的性質”, マテリアルライフ学会研究会第15回春期研究発表会, 東京 (2011).

小井土俊介, 岩崎隆行, 河井貴彦, 黒田真一, 西田幸次, 金谷利治; “可塑剤添加ポリ乳酸の熱的 性質”, 第60回高分子学会年次大会, 大阪 (2011).

小井土俊介, 岩崎隆行, 河井貴彦, 黒田真一, 西田幸次, 金谷利治; “可塑剤添加ポリ乳酸におい て形成される中間秩序構造とその熱的性質”, 第47回熱測定討論会, 群馬 (2011).

小井土俊介, 岩崎隆行, 河井貴彦, 黒田真一, 西田幸次, 金谷利治; “高分子結晶化に及ぼす可塑 剤添加効果”, 第6回次世代ポリオレフィン総合研究会, 東京 (2011).

S. Koido, T. Kawai, T. Iwasaki, S. Kuroda, K. Nishida, T. Kanaya; “Effect of Plasticizer on the Crystallization of Poly(L-lactic acid)”, ICA3M, Seoul, Korea (2011).

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