⑴ 分析結果まとめ
本研究では、日本におけるビジネスインキュ ベーション施設の成果決定要因について、IM等 の支援従事者の支援スキルと、外部とのネット ワーク構築に着目した分析を行った。成果指標と 入居企業の満足度との関連性を分析し、基本モデ ルを提示した上で、都市と地方における差異の検 討を行った。統計的な手法による本研究の分析結 果から明らかになったこと、示唆されることを以 下に示す。
1 )基本モデルでは、支援従事者の経営支援(全 般)や公的支援に関わる支援スキルが、オフィ ス環境、IM支援、イベント・セミナーに対する 企業の満足度に繋がり、会社設立や卒業企業に関 わる成果が生まれていく支援パスが示された。
2 )都市モデルでは、経営支援全般に関わる支援 スキル、中小企業診断士や経営コンサルタント との連携、プレインキュベーションの設置、こ れらが、満足度としてIM支援への評価と繋が り、成果指標として、地元定着率に反映されて いく支援パスが示された。
3 )都市においては、IMによるサポートが入居 企業から評価されているが、弱みとして、会社 設立や卒業企業に関わる成果に繋がっていない ことが示唆される。
4 )地方モデルでは、経営支援全般と公的支援に 関わる支援スキル、メディアとの連携、プレイン
キュベーションの設置や施設の新しさ、支援従 事者の常駐度合い、これらが、オフィス環境や 受付秘書サービス、セキュリティの満足度に繋 がり、卒業企業や生存率に関わる成果に繋がっ ていく道筋が示された。
5 )地方においては、成果に繋がる道筋が複数示 されているが、満足度指標としては、施設のハー ド面に関わるものが軸となっている。現状では、
IMによるサポートが入居企業側に十分に認識 されていない可能性がある。
⑵ 支援活動に関する実践的含意
インキュベーション施設の成果は、本研究で取 り上げた支援スキルやネットワーク構築といった
「内部」の要因だけでなく、インキュベーション 施設を取り巻く人材や組織に関わるシステム要 因、国内外の市場環境、地域の経済動向や風土と いった外的な要因にも大きく左右される。ある支 援を行えば成果が上がるという方程式は存在しな いが、本研究によって示された、現状で成果が生 み出されている支援パスから、都市及び地方にお いて欠けている要因や道筋を分析することで、よ り成果を上げる方策を検討することができると考 えられる。また、現状での道筋を強化することも 一つの有効な方策と考えられる。
都市においては、IMによるサポートは評価さ れているが、インキュベーション施設のビジネス 支援機能全体をさらに高めることが考えられる。
例えば、成果への支援パスとして現状では繋がっ ていないことが示唆された、イベントやセミナー の内容を充実させる。入居企業がどのようなテー マのセミナーや交流イベントを求めているのかヒ アリングを行い、支援ニーズに応えていくことが 考えられるだろう。また、入居企業の経営課題に 対してサポートできる中小企業診断士や経営コン サルタントとの連携をさらに強化し、入居企業の 課題解決や成長のための定期的な経営会議を行う
ことも考えられるだろう。
地方においては、IMによるサポートが十分に 認識されていない。そうであれば、ビジネス支援 のフロントに立つIMの役割をより明確にし、提 供できる支援内容を企業にサービスやプログラム として「届ける」姿勢が求められるだろう。IM 自身の支援スキルを高めること、支援スキルの高 いIMを配置することも、企業からの信頼度や施 設の認知度向上に繋がる。また、現状で十分に達 成できていないことが示唆される企業とのコミュ ニケーションを高めることも考えられる。強化策 として、メディアとの連携を深めて、地域におけ る創業支援の拠点としての認知度をさらに高める ことも考えられる。メディアでの露出が増えるこ とによって、入居希望者が増えることも期待でき るだろう。インキュベーション施設にとって、
「次」の起業家を呼び込むことは極めて重要な活動 である。
⑶ 本研究の限界と今後の研究課題
日本では、インキュベーション施設における支 援活動と成果の検証はほとんど行われていないた め、本研究では、都市と地方において、同一モデル で分析を行うことに主眼を置いた。以上の研究の 趣旨から、探索的なアプローチを用いたが、方法 論としていくつか課題を抱えている。まず本研究 で用いた満足度指標や一部の説明変数は、カテゴ リー変数であり、今後の研究ではロジスティック 分析を含めた分析フレームワークを構築すること が求められる。また、本研究の分析過程では、支 援スキルとネットワーク構築について主成分分析 を行ったが、合成変数化によって、重要な情報が ふるい落とされてしまった可能性もある。重回帰 分析にも当てはまるが、正・負の符号を含めた分 析結果の解釈には慎重な姿勢が求められる。
インキュベーション施設の成果指標について、
本研究では、成果全体の広がりと関係性を把握す
べく、入居企業の満足度指標を代理変数として用 いたが、この点も再検討が必要である。基本モデル では、外部とのネットワーク構築に関する満足度 と生存率(推計)とが負の相関、地方モデルでは、
受発注先の紹介に関する満足度と退去企業数とが 正の相関となった。これらの結果は、入居企業の 満足度を高めることが、必ずしも施設の成果に繋 がる訳でないことを示唆している。また、本研究 では、分析過程における欠損値処理等から、サン プル数(N)が大幅に減少をしてしまった。分析 に耐えうるデータセットをいかに構築するのかを 含め、より分析に適したフレームワークの構築も 今後の研究課題である。
また、都市モデルと地方モデルの分析結果の差 異について、インキュベーション施設に関わる研 究視角という点でも改めて検討する必要がある。
例えば、成果の代理変数であるIM支援について、
基本モデルでは、成長企業割合と会社設立支援数 が有意な相関となった。しかし、都市モデルでは、
IM支援は成長企業割合、会社設立支援数のいず れにも有意な相関は見られず、また、地方モデル では、IM支援は成果との相関は見られなかった。
これらの結果は、都市と地方の違いを示すと同時 に、インキュベーション施設を対象とした研究に おいては、画一的なモデルでは分析ができない(現 状把握が十分にできない)ことも示唆している。
今後は、研究視角という点で、例えば、設置年や 設置目的、入居対象、施設の規模や立地面等から も分析を行う必要があるだろう。
最後に、本研究では、支援従事者の雇用形態や 雇用条件、人事評価の方法、運営機関と設置機関 と関係、成果指標の把握と公開等、インキュベー ション施設の運営やガバナンスに関わる分析を十 分に行うことができなかった。基本モデルでの分 析結果が示すように、稼働年数の長いインキュ ベーション施設であっても、現状では、支援ノウ ハウが施設の運営機関に蓄積されていない可能性
がある。支援活動を担うインキュベーション・マ ネジャー等の支援従事者も、専門人材、雇用者と して様々な要因に左右されることが考えられ、こ れらのガバナンス要因が支援活動による成果に何 らかの影響を及ぼしている可能性がある。新規創 業に関わる市場環境は日々刻々と変化しており、
支援活動もこれに追いついていかなければならな い。現状把握や経年変化の検証を行い、より効果 的な支援手法やプログラムの提案のためにも、新
たな質問票調査を実施し、これらの研究課題に応 えていきたい。
<謝辞>
本研究のデータとして使用した運営機関調査と 入居企業調査には、インキュベーション施設の関係 者、ならびに入居企業の方々から数多くのご回答 をいただいた。ご協力に改めて御礼申し上げたい。