本研究では富士通(株)のMaterials Explorer ver.5.0を用いて、古典分子動力学シミュレ ーションを行った。グラフェンのモデルとして、すべての原子座標を変数とした場合と下 層グラフェンの原子座標を固定した場合を考えた。
3.1 固定のない、2層および3層グラフェンのシミュレーション
まず2層の多層グラフェンについて、全ての原子座標を固定しないで計算を行った。
3.1.1 計算モデル
図3.1.1-1に示すような孤立した多層グラフェンを考え、シミュレーションを行った。用
いたパラメータを表3.1.1-1に示す。
(a) (b)
(c)
(d)
図3.1.1-1 (a) 一層グラフェンの構造。𝑎は炭素-炭素結合長、(b) 1枚のグラフェンの図。一
辺が𝐿の菱形のグラフェンを考えた。(c),(d) 2層および3層グラフェンの初期構造。層間の 間隔 (面間) を𝑑とする。
表3.1.1-1 計算の初期パラメータ。2層および3層グラフェンの全原子数nはそれぞれ4352
個、6528個である。ポテンシャルのカットオフ距離を200 Åとして計算した。
層数 積層構造 結合長a (Å) 大きさL (Å) 層間距離d (Å)
2 AA 1.42 79 5
3 AA 1.42 79 5
a
L
31 3.1.2 計算方法
計算条件を以下に示す。
面内の原子間相互作用 :Optimized Tersoff ポテンシャル[15]
層間の相互作用 :12-6 Lennard Jones ポテンシャル 相互作用のカットオフ距離 :200 Å
アンサンブル :NVTアンサンブル 周期境界条件 :使用しない
温度制御法 :速度スケーリング法 積分法 :5次のギア法 積分刻み幅 :0.5 fs
データ出力 :0.05 psごとに座標と速度を出力
温度変化: 2層 300 Kで15 ps保持後8 K/psで500 Kに昇温、その後25 ps保持 3層 300 K, 500 Kで25 ps保持
3.1.3 解析手法
出力されたデータを使って、積層構造、層間距離、c 軸方向の熱膨張率などを計算した。
出力データは以下の二つの方法で解析した。
XRDパターンの計算:
X線回折強度𝐼(𝑄)は、𝑚番目、𝑛番目の原子の形状因子を𝑓𝑚, 𝑓𝑛、𝑚番目と𝑛番目の原子間 距離を𝑟𝑚𝑛= 𝑟𝑚− 𝑟𝑛、散乱ベクトルの大きさを 𝑄とすると、次のデバイの式によって記述さ れる。
𝐼(𝑄) = ∑ ∑ 𝑓𝑚𝑓𝑛sin(𝑄𝑟𝑚𝑛) 𝑄𝑟𝑚𝑛
本研究では、ソフトウェアMaterials Studio (Accelrys Software, Inc) を用いた。
原子座標からの直接計算:
本MDシミュレーションによって得られる原子の座標や速度などの情報は”simファイル”
に出力される。この情報を使い、原子間距離の直接計算を行った。計算には市販ソフトウ ェアの excel を用いた。
32
3.1.4 2層グラフェンの結果
ポテンシャルエネルギーの時間変化を図3.1.4-1に示す。各温度において、ポテンシャル エネルギーがほぼ一定値を示す時刻で、系は熱平衡に達したとみなした。
300 Kおよび500 Kでの最終的な構造を図3.1.4-2に示す。グラフェンが波打っているの
が確認できる。また、多層グラフェンの面に垂直方向の断面図を図3.1.4-3に示す。
XRDパターンの計算:
各温度の最終構造においてXRDパターンの計算を行った。結果を図3.1.4-4に示す。図
3.1.4-4(a)で得られたパターンは、グラフェンのXRD計算結果とよく一致する (布山修士論
文) 。ここで 002ピークは(002)面の面間隔、つまり隣接グラフェン間の層間距離を表すピ ークである (図 3.1.4-4(d)) 。110 ピークはグラフェン面内の(110)面の面間隔𝑑 = 𝑎cos30°、
したがって炭素原子間の結合長𝑎を表すピークである (図3.1.4-4(e)) 。これら002, 110ピ ーク近傍を拡大したものを図3.1.4-4(b), (c)に示す。ピーク位置から、ブラッグの式
𝑑 =2𝜋𝑄
𝑝𝑛 (1)
を用いて面間隔を計算した。ここで、002ピークに対しては𝑛 = 1 、004ピークに対しては 𝑛 = 2である。以下に結果を示す。
002ピークの面間隔𝑑002
300K 1.500±0.025 Å−1, d002=4.189±0.070 Å 500K 1.500±0.025 Å−1, d002=4.189±0.070 Å 110ピークの面間隔𝑑110
300K 5.075±0.025 Å−1, d110=1.238±0.006 Å, a=1.430±0.007 Å 500K 5.070±0.025 Å−1, d110=1.239±0.006 Å, a=1.431±0.007 Å
原子座標から直接計算:
図3.1.4-2の1層目のグラフェンに注目し、赤色の部分 (図3.1.4-5) の240個の原子の座
標から結合長の平均値を求めた。その結果、300 K では 1.4410±0.0011 Å, 500 K では
1.4415±0.0016 Åになった。結合長は温度に比例するとみなしうるので、
𝛼 =𝛿𝑎 𝛿𝑇
1
𝑎300K (2)
と書ける。式(2)を用いて面内熱膨張率を計算すると1.735×10-6 K-1程度となり、ほとんど 温度依存しないと考えられる。
XRD計算および座標平均によって得られた結合長を表3.1.4-1にまとめる。
33
表3.1.4-1 XRD、座標平均によって得られた結合長。
計算方法 XRD (300 K)
XRD (500 K)
座標平均 (300 K)
座標平均 (500 K) 結合長 (Å) 1.430±0.007 1.431±0.007 1.4410±0.0011 1.4415±0.0016
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(a) (b)
(c) (d)
図3.1.4-1 2層グラフェンのシミュレーションのタイムチャート。(a) ポテンシャルエネル
ギーの時間変化、(b) 温度の時間変化。(c), (d) 300 Kおよび500 Kのポテンシャルエネル ギーの時間変化。
-5.54 -5.53 -5.52 -5.51 -5.5
0 10 20 30 40 50 60 70 Potential Energy (10-15J)
Time (ps)
-5.54 -5.53 -5.52 -5.51 -5.5
0 2 4 6 8 10 12 14
Time (ps)
300 K
Potential Energy (10-15 J)
250 300 350 400 450 500 550
0 10 20 30 40 50 60 70
T (K)
Time (ps)
-5.53 -5.52 -5.51 -5.5 -5.49
35 40 45 50 55 60 65 70 Potential Energy (10-15J)
Time (ps)
500 K
35
図3.1.4-2 (a) 300 K (計算を始めて15 ps後) 、(b) 500 K (計算を始めて65 ps後) の2層グ ラフェンの構造。
(a) (b)
(c)
図3.1.4-3 300 Kおよび500 Kにおける2層グラフェンの構造断面。(c)は、(a)および(b)の
グレー部分のA方向およびB方向からの断面。
B 方向 A 方向
初期構造
A 方向 B 方向
300 K ( 計算から 15 ps 後 )
A 方向 B 方向
500 K (65 ps 後 )
A 方向 B 方向
300 K ( 計算から 15 ps 後 ) 500 K (65 ps 後 )
36
(a)
(b) (c)
(d)
(e)
図3.1.4-4 (a) 300 Kおよび500 Kにおける2層グラフェンのXRDパターン。(b),(c) 002, 110 ピーク近傍の拡大図。(d) (002)面を表した図、(e) (110)面を表した図。a1,a2は基本並進ベク トルである。
d
110a
10 1 2 3 4 5 6 7
Intensity
Q
(1/Å)500 K 300 K
002
110
1 1.2 1.4 1.6 1.8 2 2.2
Intensity
Q (1/Å)
500 K 300 K 002
4.8 4.9 5 5.1 5.2 5.3 5.4
Intensity
Q (1/Å) 500 K
300 K 110