第 4 章 結晶構造および分子構造
4.3 結果および考察
4.3.1 結合距離
Table 8 に示されるとおり、クマリン環にフラン環を縮合させた場合、芳香環の結合
距離はあまり変化しない[1]。また、Table 8に見られる結合距離は、一般的な芳香環炭 素間の結合距離1.39 Å [37]と近い値を示している。一方、7-アミノクマリン化合物の場 合には、結合bとeは他の結合に比べ短くなっている。これは、7位をアミノ基で置換 することにより、基底状態でクマリン環がキノイド構造を帯びることによるものと考え られる。すなわち、Fig. 10でbで示される極限構造が、基底状態においても若干寄与し ていることがわかる。
クマリン環と化合物内の他の環が縮合している結合は他の結合よりも長くなってい る。例えば、インドリン-クマリン縮合体(Type 2-3)および 1,2,3,4-テトラヒドロキノ リン-クマリン縮合体(Type 2-4)における結合c、カルバゾール-クマリン縮合体(Type
3-1および3-2)における結合cまたはd、ジュロリジン-クマリン縮合体(Type 3-3)に
おける結合cとdは、それぞれの化合物の他の結合に比べて長い。これらの結合は、完 全にはクマリン環のπ電子共役系に含まれていないと考えることができる。
クマリン環 7 位の炭素に結合したN 原子上の孤立電子対とクマリン環のπ電子共役 系との相互作用の大きさは、Fig. 27においてαで示されるC=O 2重結合と、βで示され るC-N結合の長さから考察することができる。結合αおよびβの長さをまとめてTable 9に示した。
O R
N O
R'
α
β’ β
Fig. 27 Designation of bond length
Table 9 The Observed Results for 7-Aminocoumarins Group 4-Methylcoumarins
α β Reference
1 1.218(2) 1.369(2) - - 48
1.208(2) 1.365(2) 1.445(2) 1.449(2) 1.210(2) 1.366(2) 1.443(2) 1.437(2)
Type 2-2 7 1.212(2) 1.413(2) 1.388(2) 1.388(2) 52 Type 2-3 10 1.216(2) 1.372(2) 1.452(3)
-Type 2-4 11 1.221(2) 1.362(3) 1.450(3) - 54
1.228(3) 1.377(3) 1.388(3) -1.221(3) 1.374(3) 1.391(3)
-Type 3-2 14 1.222(3) 1.372(3) 1.386(3) - 57
Type 3-3 16 1.221(7) 1.375(6) 1.452(7) 1.450(7) 62
Group 4-Trifluoromethylcoumarins
α β Reference
2 1.216(2) 1.356(3) - - 42
1.206(3) 1.361(3) 1.444(4) 1.443(4) 45 1.203(4) 1.362(3) 1.448(4) 1.444(4) 46 Type 2-2 8 1.208(2) 1.410(2) 1.386(2) 1.389(1) 53
1.202(2) 1.368(2) 1.439(3) 1.452(3)
1.199(2) 1.370(2) 1.441(2) 1.445(3) 63 1.202(2) 1.368(2) 1.451(3) 1.451(3)
17 Type 3-3
β
Type 1
4
Type 3-1 12 56
β
Type 1 3
50
Bond length are given in Å. Designation of bond length is shown in Fig. 27.
結合αの長さは、すべての化合物についてほぼ同じであった。TD-DFT計算によって 求められるエタノール中での結合αの長さも実測値とほぼ一致している。7-アミノクマ リン化合物では、結合αの長さは4位および7位の置換基の影響を受けないと考えられ る。
結合βの長さについては、Type 2-2以外の化合物はほぼ同じであった。化合物3, 4, 10, 11, 16および17(Type 1, 2-3, 2-4 および3-3)においては、結合β’の長さもほぼ同じで あった。これらの化合物の結合βおよびβ’の長さは、p-N,N-ジメチルアミノベンゾニト リルならびに 4-N,N-ジメチルアミノ-2,3,5,6-テトラフルオロベンゾニトリルとほぼ同程 度である(結合β長:結合β’長):p-N,N-ジメチルアミノベンゾニトリル(1.366(2) Å:
1.477(2), 1.450(2) Å)または(1.356(5) Å:1.459(6), 1.436(5) Å)[67];4-N,N-ジメチルア ミノ-2,3,5,6-テトラフルオロベンゾニトリル(1.352(4) Å:1.469(4), 1.457(4) Å)[68]。す なわち、これら 6 つの化合物の N 原子上の孤立電子対とクマリン環π電子共役系との 相互作用の大きさはほぼ同程度であり、ジメチルアミノベンゾニトリル化合物の N 原 子上の孤立電子対とベンゼン環π電子共役系との相互作用の大きさと同程度であると 考えられる。
化合物12および14(Type 3-1および3-2:カルバゾール-クマリン縮合体)の結合β の長さは、化合物3, 4, 10, 11, 16および17と同程度である。一方、結合β’の長さはこれ らの化合物より短く、化合物12および14では、結合βの長さと結合β’の長さがほぼ同 じであった。また、化合物7および8(Type 2-2:ピロリル基置換クマリン)において は、結合 β の長さが他の化合物よりも長いという結果であった。すなわち、化合物 12 および14では、7位に置換されたN原子上の孤立電子対はクマリン環とカルバゾール 環の双方と同程度相互作用していると考えられる。また、化合物7および8では、7位 に置換された N 原子上の孤立電子対はクマリン環のπ電子共役系よりもピロール環と 相互作用していると考えられる。
以上から、N原子上の孤立電子対とクマリン環のπ電子共役系との相互作用の大きさ は、Type1など≧Type3-1および3-2>Type2-2の順に小さくなっていると考えられ、一 方、クマリン環のπ電子共役系は、Type3-1 および3-2>Type1など>Type2-2の順に小 さくなっていると考えられる。3章で示したとおり(Table 3参照)、蛍光量子収率は、
Type1>Type3-1 および 3-2>Type2-2 の順に小さくなっている。つまり、蛍光量子収率
と N 原子上の孤立電子対のクマリン環のπ電子共役系との相互作用の大きさには相関 関係が認められるが、蛍光量子収率とクマリン環のπ電子共役系の広がりとの間には相 関関係は認められないと考える。
TD-DFT 計算によって求められるエタノール中での HOMO の形状においても、ピロ
リル基置換クマリン (Type 2-2) においては、7 位に置換されたN原子上の孤立電子対 はクマリン環のπ電子共役よりもピロール環と相互作用していると考えられる。また、
カルバゾール-クマリン縮合体の7位に置換されたN原子上の孤立電子対はクマリン環 とカルバゾール環の双方と相互作用していると考えることができる(Fig. 28)。
化合物7 化合物12
Fig. 28 化合物7および12のHOMO