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第五章 戦後ドイツにおける間接正犯論――第六次刑法改正前まで

第二部 終章

一 第二部では、19世紀末にライヒ裁判所の裁判例を通して現れた目的なき・身分なき 故意ある道具の問題を巡り、20世紀以降の立法と学説がどのように議論してきたのか詳ら かにしてきた。以下では、総括を記しておく。

二 20世紀初頭に始まった立法活動では、当初ライヒ裁判所の主観説が支持されていた こともあり、故意ある道具の問題は真摯に受け止められていなかった。むしろ、立法者の 関心事は、直接行為者の責任能力・故意についての背後者の錯誤の問題を共犯者の可罰性 の独立(つまり、極端従属性の放棄)によって解決することであった。その中でも1919年草案 は、関与者における錯誤の問題を明文規定で解決しようと試みたものの、間接正犯や教唆 犯の定義と論理的整合性がとれなかった。そこで、(錯誤問題を念頭に)間接正犯も教唆犯も

「発起者」に纏めようというオーストリー対案を受けて作成されたラートブルフ草案およ び1925年草案は、共犯の可罰性の独立を規定することで従来の間接正犯を狭義の共犯に 解消しようと試みた。このような立法動向を背景に、間接正犯を消極的・否定的に捉えた ツィンマールやブルンスの見解が登場したのである。しかし、このような理解は1936年 草案では採用されなかった。つまり、共犯の可罰性の独立を規定する(つまり、共犯の従属性 を緩和する)としても、その論理必然的な結果として間接正犯が消滅するわけではないとい うことが立法者の側でも認識されたと解されよう(子細に見れば、既に1927年草案も間接正犯の 概念の全面的な否定は控えていた)。

三 他方、諸学説の動向に関しては、1920年代まで正犯論の主戦場は正犯基準(主観説 vs.

客観説)であった。当時の議論の中では、間接正犯の根拠を中断論・遡及禁止論に求めるこ

との賛否に対応し、故意ある道具の利用を間接正犯の一事例と認めるかどうかの論争が繰 り広げられていた。故意ある道具を認めない学説が苦心した、各則構成要件の特色に鑑み た解決策は示唆に富むものであったが、いずれも問題を抱えていた。例えば、目的なき故 意ある道具の事例において背後者を横領罪の正犯、直接行為者をその幇助とするベーリン グらの解決は、直接行為者の奪取行為の不法を把握できなかった。他方で、故意ある道具 の利用を間接正犯の一事例として認める立場が、歴史的淵源に忠実な間接正犯論とは決別 し、新たな根拠づけを提示したという概念拡張の趨勢は、拡張的正犯論の誕生の契機とな ったと見られる(ヘークラーに対するE. シュミットの批判を見よ)。

四 その後、草案の議論を背景にして共犯規定の意味を問い直したツィンマールによって 正犯概念の議論がもたらされ、構成要件を限縮的に解釈する見解と拡張的に解釈する見解 が対置された。この頃から正犯論の主戦場は、正犯基準から正犯概念へとシフトしていく こととなる。上述の通り、ツィンマールとブルンスも立法動向における議論と対応する形 で、共犯の従属性を緩和することで間接正犯を教唆犯に解消しようと試みた。しかし、故 意ある道具の問題を十分説得的に処理することはできなかった。例えば、直接行為者は目 的・身分を備えず、不法構成要件を完全に充足せずとも、背後者の有する目的・身分によ

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って埋め合わされると主張したブルンスの見解によれば、もはや真正身分犯の身分は正犯 の一身専属的なメルクマールではなく、単なる客観的な一事実に解消されてしまう。この 点は、ブルンスに影響を受けた佐伯博士の見解に対しても指摘される871。もっとも、ブル ンスもツィンマールも「物理的自手実行=正犯」と理解したから間接正犯を否定したわけ ではない。また、それ以前の限縮的正犯論の言う「自手実行」も、教唆犯規定の解釈から 導出される中断論・遡及禁止論の手を借りて規範的に理解されていた。それゆえ、管見の 限りでは、「物理的自手実行=正犯」という言明をこの時代の論者の中に見出しえない。

五 これに対して、1930年前後に共犯規定の一つの解釈のあり方として現れた拡張的正 犯概念は、等価説もしくは重要性説を前提に、犯罪結果と因果関係を持つ者は本来正犯で あるが、共犯規定に該当する限りで共犯となり、それに該当しない場合は原則に戻って正 犯であると捉えることで、故意ある道具の問題や故意正犯の背後の過失正犯の問題を巧み に解決したかに見えた。しかし、真正身分犯や自手犯の場合に共犯規定を刑罰拡張事由と 解さねばならない点で一貫性を欠いており、通説化には至らなかった。少なくとも故意犯 の領域では限縮的正犯論を維持すべきだと考えられたように見受けられる。

六 その後、1930年の終わりにヴェルツェルによって展開された目的的行為論は、故意 作為犯と過失・不作為は既に構成要件の段階で区別されるべきであるとすることによっ て、それまでの自然主義的な体系と決別した。それに対応する形で、故意作為犯とそれ以 外とで正犯概念を二元化し、前者の領域にのみ(目的的行為支配という基準による)正犯と共犯 の区別を認めた。

目的的行為論の論者の多くは、目的なき・身分なき故意ある道具においても背後者の行 為支配を認めようと苦心した。しかし、自律的な意思決定を為す直接行為者が介在するに もかかわらず、その他の間接正犯の事例と同様、背後者に行為支配が認めることは難し い。また、行為者の特別義務の違反と事象経過の掌握を混同している点で、行為支配とい う正犯基準では捉えきれない犯罪類型が存在することを示しており、ロクシンの義務犯論 が登場する契機となった。

七 最後に、戦後の議論ではロクシンによって鋳造された義務犯論、そしてそれを継受し 発展させたヤコブスの義務犯論によって、身分なき故意ある道具の事例に新たな解決策が もたらされた。戦前の論者の中でも、例えばフランクは賄賂の要求罪に関しては背後者が 直接正犯になることを認めていたが、それと遡及禁止論との関係は明らかにされていなか った。この点で、他人の組織化領域を侵害しないよう配慮すべきというネガティブな義務 が問題となる組織化管轄(つまり、レンツィコフスキーの自律性原理に対応する)領域に間接正犯論 を限定し、制度的管轄に基づき、身分なき故意ある道具を利用する背後者は直接正犯であ ると解することの意義が認められよう。その限りで、犯罪類型(各則構成要件)の特色に鑑み れば、一元的な正犯原理を定立するが困難であるということを示唆していると言えよう。

871 佐伯・共犯理論の源流115頁参照。

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他方で、目的なき故意ある道具の問題は、第六次刑法改正を通して第三者領得目的が窃 盗罪および横領罪に追加されたことで共犯の成立が可能となり、もはや間接正犯論の問題 ではなくなった。しかし、重要なのはそれ以前の学説の議論である。すなわち、目的なき 故意ある道具の事例において直接故意者も背後者に渡すという「自由な利用処分」をした と解するロクシンと異なり、ヤコブスとシュタインは領得(zueignen)を排除(enteingen)と利

用処分(aneignen)に区別した。この点、ヤコブスは直接行為者が背後者の利用処分意思を認

識していればよいとすることで、窃盗正犯とその教唆犯の成立を説明した。つまり、領得 目的が関与者の誰かに存すれば、それによって窃盗罪の法益侵害の客観的危険性が基礎づ けられると解する限りで、一身専属的なメルクマールである身分との相違が見出されるの である。

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結語

本稿の第一部では間接正犯の淵源を明らかにすべく、19世紀のドイツ刑法学の議論を、

また第二部では20世紀初頭から第六次刑法改正に至るまでの、目的なき・身分なき故意 ある道具の問題を巡る議論を考察していきた。以下では、本稿の結語を記しておくことと する。

(一) 間接正犯の淵源と故意ある道具の問題

知的発起者概念が間接正犯と教唆犯に分化したという間接正犯論の淵源は「近代刑法学 の必然的所産」というよりも、直接行為者の意思決定の自由(現代的に言えば、自由答責原理、

自律性原理)を理論的要因とするものであった872。また、間接正犯は処罰の間隙を埋め合わ せるための彌縫策として誕生したわけではないということも歴史的考察から明らかとなっ た。

むしろ、彌縫策の性格が強く現れるのは、目的なき・身分なき故意ある道具の事例にお いて間接正犯の成立を認める場合である。というのも、この事例で目的・身分を欠く直接 行為者は自由答責的である以上、歴史的淵源に忠実な間接正犯論ではカバーしきれないに もかかわらず、刑事政策的・理論的に受け入れ難い関与者の不処罰という帰結を回避する ため、無理に「故意ある道具を利用する間接正犯」という法形象を打ち立てたからであ る。もっとも、このような問題が生じた原因は、間接正犯と教唆犯の本来的な区別に対す る異論でもあったが、目的犯・身分犯といった構成要件の特殊性でもあった。つまり、あ らゆる犯罪類型にとって共通の、一元的な正犯原理を打ち立てることの限界が示唆されて いたと考えられるのである。

(二) 間接正犯概念と限縮的正犯論、形式的客観説の関係

このような目的なき・身分なき故意ある道具の問題を巡って、間接正犯の基礎づけとし ての中断論(もしくは遡及禁止論)に関する議論や、共犯規定を刑罰拡張事由と解するのかそれ とも刑罰縮小事由と解するのかという正犯概念の問題が展開され、さらには支配犯と義務 犯の区別論が登場したということが、歴史的考察から明らかとなったであろう。

ところで、間接正犯概念は、限縮的正犯論および形式的客観説と相容れないものではな かった。確かに佐伯博士らは、限縮的正犯論を支持し、正犯の要件を物理的な自手実行に

872 もっとも、この帰結との関係で、正当行為を利用する間接正犯という事例群が何を契機にいつ登場し たのかということが問題となろう。おそらく共犯の従属性の緩和が議論された以降であろうと思われる が、この点についての研究は別の機会に譲る。さしあたり、1920年代以降の文献につき、vgl. Hegler, FS-R. Schmidt. S. 51 ff.; Mezger, ZStW 52, S. 529 ff.; Less, JZ 1951, S. 550;Herzberg, Mittelbare Täterschaft.