第5章 『神殿の巻物』とクムラン宗団
5.2 クムラン宗団の文書との類似
5.2.2 終末の神殿
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2 2 דחיב ודמעמ תיב שיא לארשי שיא לוכ תעדל תורשעו םישמחו לא
3 2 ולרוג םוקממ םורי אולו ודמעמ תיבמ שיא לפשי אולו םימלוע תצעל
4 2 קדצ תבשחמו דסח תבהא ו בוט תונעו תמא דחיב ויהי לוכה איכ
5 2 דוס ינבו שדוק תצעב והערל ש י א ימלוע
[空白]ベリアルが支配するすべての日々、毎年彼らはこのようにするように。彼 らの霊に従い最初に祭司たちが規定に次々と加わる。彼らの後にレビ人たちが加わ り、三番目にすべての民が加わり、この規定に次々と千人組、百人組、五十人組、十 人組が加わる。すべてのイスラエル人が、永遠の会議のための神のヤハドにおける人 の適切な立場を知るためである。だが何人も適切な立場から低められたり、またあら かじめ運命づけられた場所から高められたりしてはならない。実にヤハドにおける者 はすべて、真実で、純粋な謙遜、慈しみを愛し、義の思いを隣人に対して持つ者、聖 なる会議における永遠の集会の子らであるから。 (『共同体規 則』1QS II:19-25)
『会衆規定』が未来の規定であるのに対し、ここに書かれているのはこの宗団における 毎年の契約儀式の規定である198。ここにも第一に祭司たち、次にレビ人たち、三番目にす べての民、すなわち千人組、百人組、五十人組、十人組の順で記されている。この順は聖 から俗への流れであり、これまでの席順と同じである。しかも 23 行目にはクムラン宗団 の共同体であるヤハドのメンバーがこの順を必ず守るべきとされている。以上を踏まえる と、『神殿の巻物』が記す会衆のヒエラルキーは、クムラン宗団のそれとよく似ていると 結論できる。
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コブと結んだ契約に従って、すべての日々、私自身のためにそれを確立する。
(『神殿の巻物』第 29 欄 7-10 行)
はじめの部分にある「私の民となり、私は永遠に彼らと共にいる」はエゼキエル書の
「そして彼らは私の民となり、私が彼らの神となる」(エゼ 37:23)と非常に似ている200。 イスラエルの回復を語るエゼキエル書 37 章はクムラン宗団における終末論の中心にあり
201、『神殿の巻物』における引用は、巻物がクムラン宗団の終末論を共有していたことを示 唆する。
終末における神殿の記述は「ヨベル書」にも見られる。「ヨベル書」はクムラン宗団以 前の書と考えられているが、『ダマスコ文書』16:2-3 では権威ある書として引用される。
「ヨベル書」の「364 日太陽暦」などクムラン宗団に影響を与えた書として知られる202。
5 [ דרא רשא דע םלוע דע םילבויה תועובשלו ]
̇ע יתנכשו [
םמ ]
6 [ םימלוע ימלוע לוכב ךאלמ לא רמאיו
27ה ] בית ̇כ ה ̇ל םי נ פ
7 [ דע האירבה תישאר ןמ השומל שא
] ישדקמ הנבי ר
8 [ םימלוע ימלועל םכותב יניעל הוהי האריו
28] ועדיו ל כ
9 [ ינב לכל באו לארשי יהלא יכנא יכ לכ י
] ךלמו בק ̇ע
]השדק ם[ ̇ל]שוריו ןויצ התיהו םימלוע ימלועל ןויצ רהב[ 10
が
[ 私 と
] ら
[ 彼
]
、 き 行 て っ 下 が 私
。 に 遠 永
、 は て い つ に 週 の ル ベ ヨ た ま
[
共]に住み、[すべて永遠に至るまで。そして彼は御前の御使いに言った。][創造 の初めから]私の神殿が建てられるま[で。とモーセに]書かせるために。[それら の中のものが永遠から永遠に至るように。さて、主は]すべての[目の前に現れた。
そして、[彼らすべては知る。実に私はイスラエルの神、ヤ]コブの[すべての子ら の父、]また[シオンの山の]王。[永遠から永遠に至るまで、そしてシオンとエル サ]レ[ムは聖となる。] (「ヨベル書」:26-28 4Q216 Col.4:5-10)
引用の前半部分は『神殿の巻物』の「私は代々限りなく彼らと共に住み、私の栄光によ り、私の神[殿を]聖別する。その上に私の栄光を、私が神殿を創造する祝福の日まで住 まわせる」と内容、文体ともによく似ており、「神自身が創造する終末の神殿」という点 で共通しているのは明らかである。ダヴィド・フルッサルが「ユダヤ人の黙示的終末論の
200 Y. Yadin (ed.), The Temple Scroll, vol. 2, 128.
201 『エゼキエル書』月本昭男訳、岩波書店、1999 年、224-225 頁。
202『死海文書大百科』102-103頁。
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中には、終末の日々に神自身が『新しく永遠の神殿』を建造するという思想が見られる」
と指摘しているように203、終末の神殿は終末論における大きなポイントであり、『神殿の巻 物』がクムラン宗団とその終末論を共有していることは、「ヨベル書」のこの箇所を通じ ても示されていると言える。
最後に、ワイズが引用した 4Q174 の終末の神殿についても見ておこう。
2
[ םיטפוש יתיוצ ]
רשא תיבה האוה לארשי ימע ל ע [
הנבי ] ל [ או ] רשאכ םימיה תירח א ב
רפסב בותכ 3 [ השמ שדקמ ] כ הוהי ][
אובי ̇אול רשא תיבה האוה ד ̇ע ו ̇ם לוע ךולמי הוהי הכידי וננ ו
המש 4 ] [ [
דע ] םלו ע ינו מ עו יבאומו
רזממו ןבו רכנ רגו דע םלוע איכ
ישודק םש
従 に 書 の
] セ ー モ
[
]
。 た し 命 任 を ち た 師 士
[ に 上 の ル エ ラ ス イ 民 が 我 は
] 私
[
って終わりの日々に[彼が]彼のために[建てる] これこそが神殿。主よあなたの 手が定めた[聖所]。主は永遠から永遠に治められる。これこそが神殿。そこにはこ の者らは決して来ない[ ] アンモン人、モアブ人、不倫の子、外国人、寄留 者は。永遠から、永遠に。なぜなら、そこには我が聖なる方が居ますから。
(「4Q174」(4Q Florilegium))
「ヨベル書」、4Q174、及び『神殿の巻物』第 29 欄 7-10 行にも「終末の神殿」が神自身 の手によって建造されると記されている。これは現代のキリスト教においても信じられて いる終末論に描写される神殿と同様である(黙 21:22)。これは『神殿の巻物』において、
詳細に言及される神殿で使用される器具や建物が「終末の神殿」を指すとするワイズの主 張の矛盾点を浮き彫りにする。『神殿の巻物』に言及される神殿は巻物の著者/編纂者が 理想とし、人が建造する神殿であったとしても神自身が創造する「終末の神殿」ではあり えないからである。また、『神殿の巻物』をサドカイ派の著作であるとするシフマンも、
マルティネスと同様『神殿の巻物』第 29 欄 7-10 行の神殿を終末の神殿であると認めてい る204。
203 D. Flusser, Judaism of The Second Temple Period. vol. 1, Qumran and Apoclypticism, A. Yadin (trans.), Grand Rapids: Eerdmans, 2007, 207.
204 Martínez, “The Temple Scroll and the New Jerusalem,” 439; Schiffman, The Courtyards of the House of the Lord, XXI.
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5.2.3. 『新しいエルサレム文書』
『新しいエルサレム文書』(The New Jerusalem)と通称される文書は第 1、第 2、第 4、
第 5、第 11 洞窟から発見された7片の写本断片からなり、アラム語のみで記されている。
エマヌエル・トーヴは第 11 洞窟について、『神殿の巻物』も発見されていることは「他の 洞窟の内容より宗団的であることを反映する」と述べている205。『新しいエルサレム文書』
には終末のエルサレムの建設計画が記されている206。多くのクムラン文書に見られるよう に、聖都エルサレムが清く保たれ、近い将来、神殿が立て直されることに関心がある。町 の描写は明らかにエゼキエル書 40-48 章からヒントを得ており、ヨハネの黙示録 21 章に も反映されている伝承をもつことはクムラン宗団との近さを示しているが207、クムラン宗 団特有の二元論や運命論がないことも指摘されている208。しかし、アラム語で書かれてい ることから、パレスチナ起源の黙示文学であり、神殿とその祭儀に特に関心を持つ者によ って書かれたと考えられる。その著者こそクムラン宗団の先駆者であり、宗団を形成した 黙示的祭司グループだったのではないか209。
『新しいエルサレム文書』における町の描写や著者の関心は『神殿の巻物』に対応して いるとされる210。以下、ラビ文献、ヨセフスの著作、『新しいエルサレム文書』と『神
殿の巻物』を比較しながら、「門の名称」「レビ人による犠牲祭儀」「建造物の一致」
「神殿の庭」の四点について、その相違点と類似点を見ていく。