• 検索結果がありません。

大統領選挙その後の動向 2.1.

2016年の大統領選挙は共和党候補のドナルド・トランプ氏と民主党候補のヒラリー・クリントン 氏との間で争われた。物議を醸す発言を繰り返し、当初は泡沫候補とみなされていたトランプ氏が 同年11月8日に実施された大統領選挙でクリントン氏を押さえて勝利した。

選挙期間中、農業政策について具体的な発言は少なかったが、農業に影響を及ぼす可能性のある 政策としては、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱や北米自由貿易協定(NAFTA) の再交渉、移民の規制、バイオ燃料の使用義務制度(RFS)の支持、環境規制の緩和、相続税の廃 止・農業者の税負担軽減などがある115

選挙期間中、トランプ氏は元農業州の知事や元USDA職員、アグリビジネス企業幹部等70名によ って構成される農業政策諮問パネルを設置し、バイオ燃料政策への支持や環境規制の廃止などを訴 えていた116。これらの政策は農業団体から支持を得る一方で、TPPからの撤退やNAFTA再交渉、移 民規制は米国農業界にとって不利益となりうる政策である。米国は農産物の輸出大国であり、中国 を含む他国との貿易関係の見直しによって負の影響を受ける可能性があり、また、労働力を移民に 依存する構造からトランプ氏の移民規制が厳格に適用されると、労働力不足になるおそれがある117

第115回議会において議論される税制改革と次期農業法について、ファーム・ビューロー(AFB) のシニアディレクターのDavid Salmonsen氏は、2017年1月27日、国境調整税を含む税制改革の中 身を精査中で、税制改革は農家にとって有益になりうるとしつつも、AFBとして賛成・反対の立場 の最終決定には至っていないとの見解を表明した118。他方、税制改革をメキシコとの国境壁建設と 結びつけることは問題を複雑にさせると批判している。とうもろこし精製協会会長のJohn Bode氏は、

1月31日、税制改革が、輸出が重要な食糧・農業業界にとって有利になるかどうかを注視するとコ メントした119

USDAの人事では、大統領就任式直前の2017年1月19日、USDA長官ポストにSonny Perdue氏が 指名された120。氏は、ジョージア州の元知事で、2016年11月にトランプ氏と会談がもたれていた。

Perdue氏は、上院議員でトランプ氏を支持していたとされるDavid Perdue氏のいとこである。

Perdue氏の指名にいたるまで、USDA長官の候補として、テキサス州のHenry Bonilla元下院議員や

元農業委員のSusan Combs氏、Elsa Murano元テキサスA&M大学学長、元カリフォルニア州副知事の

Abel Maldonado氏が取沙汰されていた。トランプ氏は、これらの候補者たちと12月末に会談し、そ

の中でフードスタンププログラムの改革と農業規制の緩和の意向を示したと報道された121

議会選挙結果と次期農業法への影響 2.2.

同日に実施された連邦議会議員選挙では、上下院とも共和党が制した。下院の議席数は共和党が 241、民主党が194、上院の議席数は共和党が52、民主党が46となっている。結果、2019年以降が 対象となる次期農業法の審議は上下院とも共和党が多数派を占める状況で実施される公算が高く、

上下院とも共和党の多数派が占める中で次期農業法が成立すれば、1954年以来はじめてのこととな る122。一般的に共和党のほうが財政規律を重視する傾向があり、したがって、次期農業法の審議に 際しても予算問題が大きな影響を及ぼす可能性がある。また、共和党の選挙綱領には、SNAPのUSDA 管轄からの切り離しと、オバマ政権下で縮小されたSNAP受給者の労働従事要件の復活が含まれて いるが、米国農業法は低所得者向けのSNAPによって都市議員の支持を獲得し、農業補助金と福祉 予算を同時に成立させる仕組みとなっていることから、両者を切り離しが実現すると次期農業法の

115 平澤明彦「米国の大統領・議会選挙結果と農業」『調査と情報』(農林中金総合研究所)第58号、4頁、2017年。

116 “Trump’s Ag secretary search tests his support from farmers,” POLITICO, 24 December, 2016.

117 “Trump to Nominate Sonny Perdue as Agriculture Secretary,” Bloomberg, 19 January, 2017.

118 “ Ag industry examining GOP tax plan; Soybean group pushing for more trade funding in Farm Bill,” Inside U.S.

Trade, 31 January, 2017.

119 Ibid.

120 “Trump to Nominate Sonny Perdue as Agriculture Secretary,” Bloomberg, 19 January, 2017.

121 “Trump’s Ag secretary search tests his support from farmers,” POLITICO, 24 December, 2016; “ Trump meets with candidates for agriculture secretary,” The Associated Press, 31 December, 2016.

122 平澤「米国の大統領・議会選挙結果と農業」5頁。

56 審議は大きく難航することが予想される123

TPPからの離脱 2.3.

2017年1月23日、トランプ大統領はTPPから撤退する大統領令に署名した124。大統領選挙期間 中より、トランプ大統領と民主党候補のであったヒラリー氏はともにTPPに否定的な立場であった ため、米国でのTPP批准は難航が予想されていたが、トランプ大統領は1月20日に大統領に就任し てすぐに公約であったTPPからの撤退を決断した。

TPPを政権のレガシーにすることを目指していたオバマ大統領は、11月の大統領選挙から自身が 退任する 2017年1月までのレームダック会期中での審議・承認を目指していた。ヒラリー氏につ いては、TPPへの反対は選挙対策であり大統領当選後にはTPP支持に回帰するとの期待もあったが、

共和党候補であったトランプ氏は党大会でもTPPは米国の製造業を破壊するものであり、労働者を 害する貿易協定には決して署名しないと明確に反対していた125

仮にレームダック会期で審議されるにしても、批准には共和党の協力が欠かせないが、共和党は、

①生物製剤のデータ保護期間が米国法の12年より短いこと、②投資家と国家との紛争解決(ISDS) でたばこの規制措置が適用除外になっていること、③電子商取引に関して、外資系企業に対するコ ンピュータ関連設備(データセンターやサーバーなど)の自国設置の強要をしてはならないという 規定が金融サービスについては例外とされていることを問題視していた。共和党内でもケビン・ブ レイディ(Kevin Brady)下院歳入委員会委員長が、アジア太平洋地域での米国の影響力の確保・拡 大という地政学的理由および成長地域であるアジアへの米国からの輸出促進になるという経済的 な理由によりレームダック会期中でTPPが批准される可能性が残されていると発言したが126、一方 で、ミッチ・マコーネル(Mitch McConnell, Jr.)上院院内総務は2016年中にTPPの批准投票はされ ないとの見解を示していたし127、ポール・ライアン(Paul Ryan, Jr.)下院議長は2016年10月7日 のインタビューでレームダック会期では可決に必要な票が集まらないので採決はしない」と述べて いたなど128、レームダック期間中の批准も難航が予想されていた。

結局、レームダック会期中でもTPPは批准されなかった。それでも、トランプ氏の大統領就任ま では希望を込めた楽観的な分析もみられた。Inside US Trade誌によると、TPPの名称や中身について は修正される必要があるものの、トランプ氏は中国に対して強硬な姿勢をとっており、戦略的な意 味においてTPPは中国に対抗する上で有効な手段とされるため、トランプ氏がTPPを支持する可能 性が残されているとの分析もあった129。対中国強硬政策を優先するのであれば、TPPを反故にする のはトランプ政権にとって利益にならないことから、TPPはトランプ政権の対中政策上有効なカー ドになりえるものであった。

上院の農業委員会委員長のPat Roberts(共和党、カンザス州)は、中国の農産物輸出が進み、米 国農産物の輸出を強化しなければならない状況では、TPPは米国農業に利益をもたらすと主張した。

上院財政委員会委員長のOrrin Hatch(共和党、ユタ州)も自由貿易協定は米国にとって利益になる として、トランプ政権の反TPP姿勢の再考を促していた130

このように大統領選挙後もトランプ氏の翻意に期待する分析もあったが、上述のとおり 1 月 23 日にトランプ大統領はTPP からの離脱を決定し、今後のFTA交渉は二国間交渉に場を移そうとし ている。

TPP以外の貿易政策について、トランプ氏は通商代表部(USTR)代表に、レーガン政権でUSTR 次席代表を務めた経験がある弁護士のライトハイザー(Robert Lighthizer)氏を指名した。この起用

123 平澤「米国の大統領・議会選挙結果と農業」5頁。

124 “Trump signs executive orders on federal hiring freeze, TPP withdrawal and global abortion policy,” The Washington Post, 23 January, 2017.

125 「トランプ氏、反TPP明言 「米産業を壊滅」 国益を優先」『日本経済新聞』2016723日(朝刊)

126 Robert J. Samuelson, “Will the TPP rise from the dead?,” The Washington Post, 28 September, 2016.

127 “McConnell Says Current TPP Deal Will Not Be Voted On This Year,” Inside US Trade, Aug 28, 2016.

128 Edmund Kozak, “Ryan Rules Out Lame-Duck TPP,” PoliZette, 7 October, 2016.

129 “ TPP action unlikely in ‘17, but a ‘rebranded’ deal seen as possible in future,” Inside U.S. Trade, Vol.35, No.1, January 6, 2017

130 “Finance members meet with USTR pick; Hatch pledges to push for TPP,” Inside U.S. Trade’s World Trade Online, 13 January, 2017.

57

に対して、全国牛乳生産者連合(NMPF)は、米国の乳製品の海外市場拡大とそれに伴う米国内の 雇用創出に資するとして賛意を表している 131。EUとの間で交渉が進められていた大西洋横断貿易 投資パートナーシップ協定(Transatlantic Trade and Investment Partnership: TTIP)に対するトランプ 大統領の態度は不明確であるが、TTIP交渉が進展するか否かは、TTIPが多国間FTAとみなされるか、

それとも事実上の二国間FTAとみなされるかによるとの見方がある。国家通商会議(National Trade

Council)委員長のナヴァロ氏(Peter Navarro)は、TTIPは多国間FTAとみなしており、そうであれ

ばトランプ大統領は多国間FTAに否定的であることからTTIP交渉が進展する見込みは小さくなる が、ある政府高官は、TTIPは米国とEUとの間の二者間のFTAとみなしうるので、そうなれば二国間 FTAに積極的なトランプ大統領の支持が得られるとする132。ただし、2017年はオランダ、フランス、

ドイツで選挙が控えているため、EU側がTTIP交渉を進められる状況にないともいえる133。 トランプ氏の政策に対する主要農業団体の評価

2.4.

現地調査にて、トランプ氏の政策について主要農業団体および有識者にヒアリングを実施した。

以下、その内容をまとめる。

(1) 農業政策に対する評価

Perdue氏の指名については、ヒアリングを実施したすべての農業団体が支持している。氏は農業

州であるジョージア州の州知事経験を持つため農業政策への理解が深いとみなされており、その意 味で彼の指名は驚きではなく、他の閣僚候補は議会での承認が難航する可能性があるが、Perdue氏 は就任が否決されるような事態は発生しないだろうとのコメントが聞かれた。Perdue氏の指名が大 統領就任式の直前まで延びた理由としては、先に指名された他の閣僚候補は女性やマイノリティが 少なく多様性に欠けていたため、最後の枠として残ったUSDA長官のポストでバランスをとろうと 多くの候補者を模索した可能性があるとの指摘があった。

移民政策については、農業団体は一様に反対であった。とうもろこしのように生産現場では機械 化が進み移民に労働力を依存しない農産品であっても、加工段階や供給先である畜産業界では多く の移民が働いているため、直接移民労働力に頼らない業界も移民規制には反対の立場である。すで に移民規制をめぐっては、連邦裁判所がトランプ政権の移民入国制限に関する大統領令の一時的な 差し止めを命令するなど大きな混乱が発生している。今後も移民規制が導入されるようであれば、

議会の動向も重要であることから、農業団体の中には、移民規制に反対の議員に働きかけたり、公 聴会の場で移民の必要性を訴えるなどの対策をとるとする団体もあった。移民規制が取り上げられ る場の一つとして下院司法委員会があるが、Steve King議員のような司法委員会に所属する農業州 出身議員に働きかけたり、司法委員会以外でもカリフォルニア州選出のDianne Feinsteinやフロリダ

州のMarco Rubioといった農業州出身議員を啓蒙するなど議会全体に働きかけて、移民規制に対抗

する準備を進めていくとしている。

移民規制にはヒアリングをしたすべての農業団体が反対であったが、RFSのようなバイオ燃料規 制や環境規制の緩和についてはトランプ氏の政策を支持する団体が多かった。

(2) TPP離脱に対する評価

交渉中の段階からTPPに懸念を表明していたファーマーズユニオン(NFU)を除くと、ヒアリン グをしたすべての農業団体は TPP 撤退を予測された結末としつつも農業界にとってマイナスの決 定だったと評している。

NFU は、そもそも TPP は為替操作が盛り込まれず労働基準、環境基準の規定も不十分であり、

政府の自律的な規制を妨げる一方で多国籍企業や大企業だけが利益を得る「投資家と国家の紛争解 決」(ISDS)にも反対という立場であったことから、TPP 撤退は合理的であったと評価している。

自由貿易交渉は今後二国間交渉に重点が置かれると予想されるが、多国間 FTA であっても二国間

131 “ US dairy industry gives thumbs up to USTR selection,” Agra Europe, 5 January, 2017.

132 “ Official: White House position on TTIP up in the air until Lighthizer is confirmed,” Inside U.S. Trade’s World Trade Online, 10 March, 2017.

133 “ Official: White House position on TTIP up in the air until Lighthizer is confirmed,” Inside U.S. Trade’s World Trade Online, 10 March, 2017.

関連したドキュメント