次の事案は、第3及び第6不開示事由に基づき、身上調査に関する情報の一 部を不開示とすることを認めた2008年のYelder v. United States DOD事件連 邦地裁判決440)である。
原告のグロリア・イェルダー(Gloria Yelder)氏は、国防調査局(Defense Security Service)に勤務していたものの、1998年8月に自らの機密情報にア クセスする適性認定を取り消され、その結果として解雇されことから、自らの 雇用に関する記録につき、自己情報の開示請求を行った441)。
被告らは、原告に、機密情報にアクセスする適性を確認するための定期的再 調査(Periodic Reinvestigation)結果等の大部分を開示した。ただし、①1頁 にわたる複数の性的関係を示す写真(intimate photographs)を被写体が誰で あるかを識別できないように第6不開示事由に基づき不開示とし、②原告が提 起した別の訴訟における、政府の秘匿された立場を調停人に送付した手紙につ いて、第3不開示事由に基づき不開示と決定している。原告は、2007年9月に、
この不開示決定に対する司法判断を求めて提訴した442)。
裁判所は、①の性的関係を示す写真は、氏名や住所といったプライバシー 情報よりも、プライバシーに対する不当な侵害を明白に引き起こすものであ り、これを開示することによる公的利益があるとの主張もないことから、被告 による第6不開示事由に基づく不開示を認めている。また、②の手紙について は、合衆国法典5編552条(b)項(3)号により、裁判外紛争解決手続における コミュニケーションに関する情報秘匿特権を連邦地裁規則により定めることが 認められており、この条項が第3不開示事由に該当することから、この手紙も 当該情報秘匿特権により保護されるとして、司法行政局(Executive Office for U.S. Attorneys)による不開示決定を認めている。以上から、裁判所は、被告
らによる正式な事実審理を経ないでなされる略式判決を求める申立てを認め、
原告の請求を棄却している443)。
X わが国の情報公開法制・秘密保全法制への示唆
本稿では、情報自由法における不開示事由と適用対象外記録に関する規定が、
国家安全保障や公共の安全等にかかわる情報に、どのように適用されているの かを検討してきた。ここでは、これまでの検討内容のうち参考になる諸点につ いて、わが国の「行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年5月 14日法律第42号)」(以下、「行政機関情報公開法」という。)及び「行政機関の保 有する情報の公開に関する法律等の一部を改正する法律案(第177回国会閣法 第60号)」(以下、「改正法案」という。)との比較検討をしていきたい444)。
A 国家機密の不開示
情報自由法の第1不開示事由では、大統領令に基づき、国防又は外交上の利 益について適正に機密指定された情報を不開示情報としており、情報公開法制 と機密情報との関係が明らかにされている。この点、わが国では秘密保全法制 が確立していないことから、機密(秘密)情報と不開示情報との関係が明確化 されていない。
筆者は、米国のように(法形式は異なるものの)、秘密保全法を制定した上で、
行政機関情報公開法を改正し、秘密保全法に基づき適正に機密指定された情報 を不開示情報と規定するべきであると考える。そして、秘密保全法に基づいて 機密指定された情報は、本誌前号で紹介した米国の大統領令13526号のように、
明確な手続きの下で、機密解除がなされるべきである。
秘密保全法の整備に対しては445)、反対意見も多く見受けられる446)。これに 対して、筆者は、行政機関の広範な裁量により行われている秘密の指定と管理 に対して、国会による立法(秘密保全法)により、民主的な統制をかける必要 があると考える447)。わが国では、現在、行政機関がどのような規則や基準に より秘密の指定と管理を行っているのか、その基本的な枠組みすら明らかにさ れていない。このような法の欠缺を放置すれば、本来は機密解除されるべき情 報が、長期にわたって秘匿されるといった事態を防ぐことができない448)。 秘密保全法制の整備にあたっては、わが国の憲法の下で、情報公開と機密保
全のバランス、人的クリアランス制度(適性評価制度)における手続的保障と 人権への配慮、機密漏えいに関する刑事罰の均衡、国会による民主統制、さら には、報道の自由への配慮等が必要である。この点、米国の秘密保全制度は、
連邦憲法における人権規定や適正手続保障の下で、連邦議会における立法や、
上下院の情報特別委員会によるインテリジェンス機関に対する民主統制等に加 え、多くの訴訟やマスコミによる批判と監視を経てきているので、わが国での 立法を行う上で参考になる。
なお、わが国でこの問題を考えるときに、外国のインテリジェンス機関やテ ロ組織の存在や、高度の外交・防衛機密を秘匿する必要性を無視して、「知る 権利」をはじめとした人権論の枠組みの中だけで議論するのは適切ではなかろ う449)。国会議員、司法関係者、報道関係者並びに研究者は、現実に存在する リスクを踏まえた上で、秘密保全法制のあり方を検討すべきであると考える。
B 「知る権利」について
米国の情報自由法における不開示事由は、情報公開の利益よりも、政府によ って不開示とされる利益や必要が上回る場合があることが、立法により認めら れていることを端的に示している。この点からも、「知る権利」が絶対的な権 利でないことは明らかである。
また、米国の情報自由法における情報開示請求権は、あくまでも法律上の権 利であって、連邦憲法上、「知る権利」が認められているわけではなく、同法 が連邦憲法上の「知る権利」を確立したわけでもない。かつて、学説として黙 示的に政府の情報を「知る権利」が認められるとする主張がみられたにとどま っている(脚注2参照)。
この点につき、わが国の改正法案の第1条では、「国民の知る権利を保障し、」
という文言が目的条項の中に挿入されている。しかし、「知る権利」の内容と 範疇は必ずしも確定されているわけではない。このため、少なくとも「知る権利」
と、行政機関情報公開法における不開示情報及び秘密保全法における特別(管 理)秘密の指定との関係を国会で議論した後に、この文言の追加を行うべきか どうかを判断すべきであると考える。
C 「覆審的審査」の意味と不開示事由の立証責任
本稿では、米国の情報公開訴訟おける「覆審的審査」が、その本来的な意味
から離れ、行政機関による不開示事由の主張が適正になされているか否かにつ いて、行政機関が提出した記録等に基づいて独自の判断を行うことを意味する ことを説明した。また、判例法では、特に第1不開示事由(国家機密指定)の 記録に関する不開示決定については、行政機関による判断が高く尊重されてい ることを明らかにした450)。なお、不開示事由に関する立証責任は、原則とし て被告である行政機関にある。
わが国の行政機関情報公開法では、秘密保全法制がないことから、国家機密 に関する不開示条項がない。したがって、情報自由法の第1不開示事由と直接 的に比較できる条文はない。しかし、具体的に不開示とされる内容の情報が大 きく重なっているのは、①行政機関情報公開法5条3号において国の安全が害 されるおそれや、他国等との信頼関係が損なわれるおそれがあると行政機関の 長が認めることにつき相当の理由がある情報、及び、②同法5条4号において、
公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その 他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認 めることにつき相当の理由がある情報である。
この5条3号及び4号において、これらの情報につき、「行政機関の長が認 めることにつき相当の理由がある情報」と規定されているのは、覆審的審査を 行わず、行政機関の専門性と政策的判断に基づく裁量を尊重し、裁判所はこの 合理性の審査にとどめることを明確にしたものである451)。この点は、情報自由 法の第1不開示事由の判例法とおおよそ一致していると言える452)。
ただし、これらの規定に基づく不開示の立証責任については、判例の多くは 被告にあるとするものの、一部には原告に立証責任を課すものがある。この問 題に対しては、行政機関情報公開法において、不開示事由に関する立証責任 を、米国と同様に、原則として被告に課す旨の規定を設けるべきであると考える453)。 このように、被告に対して不開示事由に関する立証責任を課しても、改正法案 のようにヴォーン・インデックスとインカメラ審理を導入すれば、被告にとっ ても、さほど大きな負担にはならないと思われる。
なお、改正法案では、5条3号及び4号における「相当の理由」という文言 を「十分な理由」という文言に置き換えている。この改正については、現行規 定よりも厳格な判断基準を行うために、刑事訴訟法における通常逮捕の要件
(199条1項の「相当の理由」)と緊急逮捕の要件(210条1項の「十分な理由」)と の対比を参考にして改正したとされているが454)、果たして意図した効果を反