第 4 章 感情・感覚・知覚を表す状態動詞のアスペクト・テンス対立とムード
2. 空間的配置動詞はどのように扱われてきたか
空間的配置動詞とは、「点在する」「散在する」「そびえる」「隣接する」「面する」などの ような、人や物の空間的な存在の様態や、人や物の間の空間的な位置関係を表す動詞である。
従来の研究は、このグループ動詞の語彙・文法的な特徴に対して、体系的な考察を行ったも のはないといってもいい。
まず、語彙体系の記述におけるそれらの動詞の扱いについて、国立国語研究所編(1972)
『動詞の意味・用法の記述的研究』(秀英出版)と国立国語研究所編(2004)『分類語彙表 増 補改訂版』(大日本図書)を取り上げて概観する。
国立国語研究所編(1972)では、上下、左右、内外、東西南北、ある基準点に対する方向 などのような、「方向」を意味特徴とする動詞に関する記述において、空間的配置動詞に触 れている。そのうちの「ある基準点に対する方向」の意味特徴をもつものとして、「隔たる」
「向かう」「面する」などの空間的配置動詞が取り上げられている。しかし、そこでは、こ れらの動詞に関わる「方向性」(たとえば、特定の方向かどうか、正面に向いているかどう か、など)が記述の中心となり、これらの表す空間的な位置関係については、方向性が捨象 されて単なる位置の表現に近づく場合に触れるにとどまる。たとえば、「面する」について、
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例 1 では、正面という方向性がはっきりしているが、例 2 では、方向性が問題にならず、そ のもののおかれている位置を表しているとしている注 1。
(1)馬に面して彳んだ月下の美女の姿を(高野聖 53)
(2)日本海に面した直江津と云う小さい小港だった。(放浪記 252)
また、国立国語研究所編(2004)では、動詞の意味的な範疇について、「抽象的な関係」
「人間活動―精神および行為」「自然物および自然現象」といった項目が設定されており、
空間的配置動詞は、そのうちの「抽象的な関係」に分類されている。「点在する」「散在する」
と「面する」「臨む」「対する」などの空間的配置動詞は、「抽象的な関係」の下位項目の「存 在」「空間」において取り上げられている。これに対して、「隣接する」「そびえる」「林立す る」「貫通する」などの空間的配置動詞は、下位項目の「作用」の中に見られ、空間や存在 に関するものとしては扱われていない。
空間的配置動詞は、むしろ、アスペクトとの関連で言及されることが多い。中でも、金田 一(1950)が、アスペクトの観点による日本語動詞の分類において、「そびえる」を必ずシ テイル形式をとる「第四種動詞」の代表として取り上げたことがよく知られている。ただし、
空間的配置動詞という範疇が取り出されているわけではない。
空間的配置動詞を動詞のグループとして取り上げたのは、おそらく、工藤(1995)が初め てであろう。工藤氏は、アスペクト対立の観点から、日本語動詞を次のように3分類してい る。
(A)外的運動動詞(あたためる、おとす、あがる、あたたまる、うごかす、等)
(B)内的情態動詞(おもう、あきらめる、あきあきする、あじがする、いたむ、等)
(C)静態動詞
(C・1)存在動詞(ある、いる、そんざいする(そんざいしている)、てんざいする(てんざいしてい る)
(C・2)空間的配置動詞(そびえている、ひしめきあっている、めんしている、りんせつしている)
(C・3)関係動詞(あたいする、あたる、あてはまる、そうとうする、等)
(C・4)特性動詞(あますぎる、にあう(にあっている、ありふれている、等)
ここでは、空間的配置動詞は、存在動詞、関係動詞、特性動詞と同様に、アスペクト対立 から解放されている静態動詞に分類されている。なお、存在動詞と空間的配置動詞のアスペ クト的な特徴については、時間のなかに現象したとしても時間的展開がなく、スル―シテイ ルのアスペクト対立が成立しえない、というようなことが指摘されている。この4つのタイ
注 1 用例は国立国語研究所編 1972 から引用しているが、下線は筆者による。
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プのうち、存在動詞、特性動詞、関係動詞は、時間的限定性の観点からの述語の意味的なタ イプに対応するが、空間的配置動詞のみがそうした扱いを受けていない。
奥田(1992)では、動詞の構文的な機能やテンス、アスペクト、ムード、ヴォイスなどの 文法的なカテゴリーの特徴に照応して、動詞の語彙的な意味を次のように分類している注 2。
Ⅰ 人間の肉体的な動詞(あける、わかす、うつす、にぎる、ゆく、のる、すわる、等)
Ⅱ 心理的な活動(みる、おもう、はなす、ちかう、しらべる、まつ、まう、等)
Ⅲ 変化(われる、かわく、こげる、さく、しぬ、はやめる、等)
Ⅳ 状態(なごむ、ふるえる、よろこぶ、にぎわう、こむ、等)
Ⅴ 自然現象(ふる、ふく、ふぶく、ながれる、まわる、等)
Ⅵ やりもらい活動(やる、あげる、ゆずる、もらう、いただく、もつ、所有する、等)
Ⅶ 人間的な接触(あう、であう、会見する、等)
Ⅷ 社会的な活動(はたらく、つとめる、せめる、入院する、雇用する、ほろぼす、等)
Ⅸ 特性,関係,存在
(1)特性(すぐれている、ひねこびている、ふとっている、くぼんでいる、等)
(2)関係(にている、ちがう、ことなる、あたる、ひかえている、そびえている、ならんでいる、むか いあっている、へだたっている、かけはなれている、面している、接している、意味する、あたい する、さす(さししめす))
(3)存在(ある、いる、存在する)
ここでは、「そびえている」「面している」などの空間的配置動詞は、《特性》を表す「す ぐれている」「ばかげている」などと区別されているのだが、「似ている」「違う」などと同 様に、《関係》を表すものとされている。なお、これらの動詞の文法的な性質については、
終止位置に使われるとき、継続相しかなく、アスペクト対立が成り立たない、といったこと も指摘されている。
以上の先行研究では、空間的配置動詞に対して、文法的な特徴の決め手としての語彙的な 意味のレベルから捉えている。一方、運動動詞のシテイル形式の表す意味、すなわちアスペ クト的な現象のレベルから、空間的な存在や位置関係を表すものについて触れた研究も見ら れる。 つまり、次に挙げる研究では、空間的な存在や位置関係を表すものは、意味的なカ テゴリーとして取り立てられていないのである。
高橋(1985・2003)では、述語に使われて、運動性を失った移動性の動詞(例 3、4)と 変化動詞(例 5、6)の継続相形式の派生的な意味の一つとして、空間的な配置を指摘して いる注 3。
注 2 下位類と単語例に関しては、空間的配置動詞に関連する項目は先行研究のままに挙げ、それ以外の項目 は下位類を省略して上位類と代表的な単語のみを示すことにする。以下同様。
注 3 用例は高橋 1985 によるが、下線は筆者による。
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(3)海底を何条ものリップルマーク(波状痕)がはしっている。(日本 12)
(4)そこから階段が二階にある家族たちの居間や寝室にのぼっている。(帰郷 21)
(5)鉱脈は途中の断層できれていた。(厚物 22)
(6)河口は三角形にひらいている。(日本 120)
このように、空間的配置動詞は、アスペクト対立のないものとして、存在、特性、関係を 表す動詞と同列に論じられたり、運動動詞のシテイル形式の派生的な用法に言及するところ で触れられたりすることが多く、空間的配置動詞を動詞のタイプとして取り出して、その語 彙的・文法的な特徴に関する包括的な記述を行ったものはないといってもいい。
以下では、現実の世界に存在する空間的な配置の類型を考えることから出発し、空間的配 置動詞の語彙的・文法的な性質を概観する。