ここまで、科学の変容として、軍事化、制度化、技術化、商業化の 4つについて述べてきた。科学は技術によって社会に橋渡しされてい くため、社会に直接的な影響を与えるので、特に技術化についてもう 少し詳しく解説していこう。
科学の知見が技術に応用される状況はいっそう加速している。しか し、それは本当の技術的合理性の上に立っているのだろうか。また、
技術化の進展によって社会に何がもたらされたのだろうか。現代の科 学・技術文明を分析するためには、科学の技術化によって、技術の本 質と社会的使用との間にどのような乖離が生じているかを深く吟味す る必要があるだろう。
7.1 「技術的合理性」とはなんだろうか?
科学の原理や法則は1つだが、技術によって人工物化する方式はい くつかある。そのうちから、どういう根拠である方式が選ばれるのだ ろうか。たとえば、ビデオテープをめぐって、VHS方式とベータ方式 が熾烈な戦いを繰り広げた時期があった。ソニーはベータ方式、松下 他の企業は VHS 方式で商品開発していた。一説によれば、技術的に はベータ方式のほうが優れていたらしいが、互換性がなかったため、
現在はすべてVHS方式になっている。VHS方式が勝ったのは、ビデ オで観られる映画の数が多かったからだと言われている。つまり、
VHS陣営は映画会社と連携し、映画のビデオ化を進め、技術より周辺 のソフトでVHS方式が選択されやすい戦略をとったのである。
あるいは、パソコンのキーボードのアルファベットの並び方、いわ
ゆるQWERT 方式も歴史的背景がある。約130 年前にタイプライタ
ーが発明されたとき、アルファベットの並び方はどうだったか。これ にはいろいろ俗説があるが、私が信じていた説はこうだ。昔のタイプ ライターは、指でタッチすると(ピアノの鍵盤のように)ヘッドが持ち
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上がって紙にあたり印字される方式だった。あまり速く打ちすぎると ヘッドが絡みあってしまうので、速く打てない並び方にしたという(し かし、その後の研究によって、偶然説が優勢になっている)。もっと合 理的な並び方があるはずだが、合理的な並び方に改良して商品化して もあまり売れない。それは人間の慣性として、一度学習し習得した方 式は変えにくいという面があるからのようだ。そこで、結局現在も
QWERT方式が踏襲されている。これは、人間の慣性が技術を選んで
いる例だ。
また、原子炉の場合、沸騰水型、加圧水型、黒鉛型など、さまざま な方式があるが、現在は、沸騰水型と加圧水型の2つが主流になって いる。その理由は、この2つが原子力潜水艦に搭載されていたからと されている。すなわち、軍事産業が莫大な投資をして大型化した結果 でもあり、本当にそれらがいい方式がどうかは明白ではない。
さらに技術の選ばれ方は、偶然などが左右する場合も多い。たとえ ば、次世代DVDについて、HDD方式とブルーレイ方式の戦いは、ど うやらブルーレイの勝利で決着したようだ。HDD は主として東芝が 推進し、ブルーレイはソニーと松下が組んで製品化を進めた。ソニー は先のビデオテープで撤退した教訓から、ソニーエンタープライズと いう企業をつくり、ソフトを豊富に用意した上でマーケティングを行 なうという戦略をとり、今度は勝利をおさめている。
テレビについても、ブラウン管、液晶、プラズマ、有機ELなどさ まざまな方式で商品化されているし、携帯電話はいまや過剰なほどの 多機能を競いあい、技術的には差別化できない状況にある。こういう 状況の中で、人々が商品を選択する基準は、安い、手軽、効率、多機 能、安全性、省エネルギー、環境に優しい、デザイン、国家の投資、
人間の慣性、ソフトの充実度、政治力学、耐用年数、流行、省資源な ど、さまざまありうる。もちろん、安価であることは技術的合理性に かなっているが、劣悪な素材で耐用期間も短ければ合理的であるとは 言えない。あるいは、省電力を売り物にした商品でも、生産に多量の エネルギーを消費していれば、エコ商品とは言えない。このように、
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さまざまな要素が複雑に絡んでいるから、1つの基準だけでは選択で きない。われわれは商品を選択する際、自分なりの技術的合理性の尺 度をもつ必要がある。すなわち、本来の技術的合理性とは何かを意識 しながら、社会における技術リテラシーを鍛えることが大切だ。
現在、社会には非常に多くの製品が氾濫しているが、いくつかのパ ターンに分類することができる。そのうち、新幹線(鉄道)、原子炉、
タンカー、ダム、橋梁、高速道路、ゴミ焼却場など、いわゆる公共物 は、長期に使用することが大前提だから、いったんある方式が確立し てしまうと、たとえ技術的に不合理な点があっても変更するのは困難 である。変更するには巨大投資が必要だからだ。それに対して市民が 決定に参画することは重要な問題だが、実際には、国の政策や企業の 論理で決定されてしまうため、ほとんど関与できない。
もう1つのタイプは、クルマ、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、クーラー など、10年に1回くらいのペースで買い換える商品群だ。これらにつ いては、消費者は非常によく考えて選択するから、技術的合理性もか なり追求されている。さらに、時計、携帯電話、パソコン、(CD・DVD)
プレイヤーなど、5年に1回の割合で頻繁にデザイン更新する商品群 がある(最近では、携帯電話はもっとモデルチェンジの期間が短いが)。
これほど頻繁になると、消費者の選択と企業の戦略が拮抗し、同機能 で安くするか、同価格で高機能にするなどの経済的合理性の訴求で、
消費者の買換え需要を喚起させている。それ以外では、クリップ、フ ォーク、ボールペン、ライターなどこまめに使う道具は、何種類も競 合し、いまだに特許がとられており、新しいデザインが次々に開発さ れている。こうした商品は、大きな投資をかけずに開発できるから、
どんどん新しいデザインや工夫の商品が生産されることになる。
このように、数十年から数年まで買換えサイクルが異なるものごと に、企業は技術的合理性の考え方を変え、消費者の合理的行動基準を 考えながら商品開発しているはずだ。逆に、消費者の立場としてどう いうものを選ぶか常に意識する必要がある。
67 7.2 技術化が加速されていること
われわれは、技術の中身をよく理解できないまま、加速化の波の中 に巻き込まれてしまっている。特に、コンピュータ、携帯電話、GPS など情報技術の加速状況は著しく、われわれは技術に従属した生き方 を迫られている。まさに「発明は必要の母」と言うべき状態で、発明 によって必要が生じさせられている。
また、道徳を技術によって代行させる側面も生じている。たとえば、
音楽ホールなどのように携帯電話の電源を切るべきところでも、その マナーを守らない人がいるため、電波を遮断する設計にして、物理的 に携帯電話を使えなくしている。これは一見いいことのようだが、本 来のマナーは薄れていく。トイレの自動水洗も便利だが、自分で水を 流すという習慣が薄れていく。ことほどさように、モラルやマナーま で技術に代行させていいものかどうか疑問がある。
技術によっていろいろなことが可能になるが、本来は、人間が法律 や道徳によってコントロールしてきたものまで技術に代行させるよう になる時代が到来しつつある。技術と社会の相乗関係がそうさせてい るとも言える。
7.3 非効率で高価な製品
科学の技術化の問題点は、逆に非効率で高価な製品が多いことも招 来している。本来は技術の進展によって、もっと価格が低下してもい いはずのものが、いまだに研究投資が不十分なために、高価なままに なっているものがあるからだ。さらに、たとえ可能であっても、市場 規模が大きくないために技術化が十分ではない分野もある。最近は傾 向が変わりつつあるが、多くの製品の設計コンセプトは、20代の健常 な男性を標準ターゲットにしており、そこから外れる商品やサービス は採算性が低いため割高にならざるをえない。福祉分野などはその代 表だ。
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高齢化社会の現在でこそ、ハンディキャップのある人や高齢者向き の製品(介護ベッド、車椅子など)の開発が進んできたが、それでも まだ価格が高い。車椅子についてもまだ研究不足で、ちょっとした段 差でも動かなくなる。今後は、しだいに高齢者向けの市場が大きくな ってくるから、価格も下がってくることが期待されるが、現時点では まだ高い。常にコストとベネフィットが基準になるから、ある程度の 市場規模にならない限り安くならないわけだ。
あるいは、廃棄物処理施設も集中的に燃やすために、巨大な大きさ の施設と高額の建設費用がかかる。生ゴミ処理機など廃棄物処理のた めの製品も、まだ安くはない。というのも、本来の工学の目的は生産 力の向上のためで、これまでは生産のための技術が優先され、廃棄や 処理のための技術は後回しになってきたからだ。しかし、実際には必 ず廃棄物は生じるから、最近は見直しも進み、廃棄物から新たな使い 道を発見し、捨てずに再利用する方式も生まれている。たとえばバイ オエタノールは、これまではトウモロコシや大豆の実を原料にしてい たが、最近はイネやサトウキビなどの茎を材料にする技術も開発され、
それによって廃棄していた材料から新しいエネルギーを取り出すこと が可能になった。
その意味では、これまで無頓着に廃棄していたものの中にも、有効 にリサイクルや再利用できる資源があることにしだいに気がつきはじ めている。ただし、ここで注意しなければならないのは、リサイクル がすべていいかどうかということだ。リサイクルによって素材を有効 に使うことは大切だが、エネルギー的にはマイナスになる場合もある。
たとえばアルミニウムは、ボーキサイトから精製するために非常に大 きな電力を必要とするから、そのリサイクルは非常に重要で、現在日 本では、70%くらいアルミニウムのリサイクルが進んでいるという。
しかし紙のリサイクルの場合、木材のチップから新規に紙をつくる 方法と、古紙から再生紙をつくる方法とでは、前者のほうがエネルギ ー効率も紙の質もよい。ところが今やリサイクルした再生紙のほうが 商品イメージがよいため、新しい紙を再生紙と偽って販売したという