第 2 章 2.4 節で既に述べたが,これまでの高度感性情報再生を目的とした研究によっ て,高度感性情報再生のためには,[仮説1]振動の精密な時間精度による音像定位と [仮説2]瞬時エネルギー放出によるエネルギー集中を満足することが重要であるとい う仮説(第 2 章 2.5 節参照)が立てられている.本研究では,仮説1と仮説2の両方 を満足した音を, 品格 という評価語で表す. 品格 は,高度感性情報を表すキ ー評価語である, 空気感 と 力強さ を,共に満足した評価語である.
本研究では, 品格 再生を目的としてバランス伝送回路に注目し,バランス伝送回 路はアンバランス伝送回路との音質の比較評価実験により,バランス伝送回路の特徴 を心理物理学的に明らかにした.その結果, 空気感 , 透明感 再生は良いが 力強 さ 再生が悪いという評価結果結果が得られた.そして,バランス伝送回路において,
空気感 , 透明感 と 力強さ というそれぞれの音質の再生に関係の強い物理要 因を明らかにした.
その結果,バランス伝送回路において, 空気感 と 力強さ の両方を再生し, 品 格 までも再生し得るバランス伝送回路が実現できることを明らかにした.そして, 品 格 までも再生し得るバランス伝送回路では,高度感性情報の総合評価も良くなった.
この結果により,本研究で得られた結果も仮説どおりである.したがって,本研究結 果は仮説を実証する一例であると考えられる.
3.8 まとめ
本研究では,高度感性情報再生のために望ましい伝送回路を求めることを目的とし て,バランス伝送回路とアンバランス伝送回路の特徴を明らかにするための研究を行 った.
はじめに,音質上の特徴を明らかにするために,アンバランス伝送回路とバランス 伝送回路の音質の比較評価実験を行った.その結果,バランス伝送回路では 透明感 が優れるが, 力強さ が不足するという実験結果が得られた.そして,この実験結果 を基に,バランス伝送回路の得失について,高度感性情報再生という観点から心理物 理学的に検証した.その結果,バランス伝送回路のコモン・モード・ノイズを抑制す るという特長が 透明感 の良さと関係しているのではないかという考察に至り,コ モン・モード・ノイズと音質の関係について検証した.この検証より,コモン・モー ド・ノイズを抑制することによって, 空気感 , 透明感 の再生を良くすることがで きるということが明らかになった.
次に,バランス伝送回路において 力強さ が不足する原因について検証を行った.
これにより, 力強さ 再生には,十分な電流供給によるスピーカー駆動能力が必要で あることが明らかなった.具体的には,トランスを用いたバランス伝送回路では,ト ランスが受動素子であることや,トランスに生じる浮遊容量の問題などにより, 力強 さ が再生されないことが明らかなった.更に,電子バランス回路において,出力段 のトランジスタを並列接続することにより,バランス伝送回路において 力強さ 再 生が可能になることも明らかにした.
これらの実験結果を全て考慮したバランス伝送回路を実現した結果, 空気感 と 力 強さ の両方を再生し, 品格 を再生し得るバランス伝送回路を実現することが出来 た.
第 4 章
高度感性情報再生とCD盤
4.1 はしがき
これまで,高度感性情報再生に関する研究は,オーディオ装置の評価用音源に含ま れる情報を原音であると考え,それを歪みなく高忠実に伝送し,再生することを目的 に進められてきた.その中で,オーディオ装置の評価用音源(CD盤)の選定は,次 に示すような主観的な考え方の基で行われてきた.
(1)なるべく録音状態が推測しやすいもの
(2)演奏者の感情が込められているもの
(3)聴取者に感動を呼び起こすもの
この評価評価用音源について,第 3 章における 高度感性情報再生とバランス伝送回 路 に関する研究を進める中で,CD盤による音質は製造国や製造会社が異なると,
高度感性情報の再生が,(特に 力強さ 再生において)大きく異なることを経験した.
このことから,評価用音源であるCD盤を製造工程から見直し,研究を行った.
近年,コンパクト・ディスク(CD)は最も一般的な音楽の記録媒体となっている.
CDはディジタルメディアであるため,理論的にはディスクの製造条件などによって,
記録されているデータが変化するということは起こり得ない.このような特長から,
CDは一般に普及してきた.しかし,1982 年に初めて発売されて以来,同じ録音でも デ ィ ス ク の 材 質 等 の 製 造 条 件 に よ っ て 音 質 が 異 な る と い う こ と が 問 題 に さ れ て き た
[24].それでは,なぜCD盤は製造条件に依存して音質が変わる,という現象が生じ るのであろうか?
本研究のきっかけとなったのは,オーディオ装置の評価用音源であるCD盤に関す
る,次のような経験である.高度感性情報再生の良い初盤があり,それを製造したス タンパーから,新たに 1000 枚を製造した.当初は,新たに製造したCDに盤ついても,
高度感性情報再生が良いはずであると考えていた.しかし,新たに製造したCD盤は,
全く高度感性情報が再生されないことを経験した.
そこで,本報告では高度感性情報再生という観点から,CD盤に着目した.そして,
ディスクの製造条件と高度感性情報再生との関係を明らかにすることを目的とし,い くつかの実験・考察を行った.