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この章では、まずファンサブという特殊な字幕を分析する意義と、日本のドラマの選定 理由について述べる。次いで、データの収集方法、表記方法、分析方法を説明する。

4.1 分析対象

本研究では、日本のドラマにつけられたファンサブを分析対象とする。この節では、ま ずファンサブとは何か、それを研究する意義はどこにあるのかについて述べる。さらに、

字幕を分析する日本ドラマについて説明する。

4.1.1 ファンサブ

ファンサブ(fansub)とはfan-subtitledの略で、メディアを通じて積極的に討論を参 加したり、イベントに参加したりする熱狂的なファンが自発的に制作する新奇な字幕付き の作品、あるいはその字幕を指す(Jenkins 1992、González 2007)。このようなファン サブが存在する理由は、まず公式字幕のない作品が多く、あったとしてもそのレベルが低 いという不満があるためである(Massidda 2015: 36)。

また、公式字幕の翻訳者とは違い、台本が手に入らないのが普通であり、その場合には 台詞をすべて自分で聞き取るしかない。したがって、ファンサブの質は翻訳者の実力によっ て大きく変わることになる(Massidda 2015: 4)。

さらに、当然のことながらファンサブは外部審査を受けない。公式に公開された映画や ドラマなどは審査によって不適切なシーンや発言を削除されることがあるが、ファンサブ では一切の削除なしですべてのシーンが見られる。オリジナルに対する忠誠こそがファン サブの神髄である(Massidda 2015: 41)。

もちろん、ファンサブは海賊版である。「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ 条約」や「万国著作権条約」に加盟している国であれば、ファンサブ活動は著作権の侵害 に当たり、違法行為となる。両条約に加盟している中国でも外国の映像作品を審査なしに インターネットで公開するのは禁じられている。しかし、中国でもアメリカでもファンサ ブがなくなったわけではない。すべてではないにしろ、多くのファンサブの運営者は、自 分の活動がファンの裾野を広げてきたという自負もあるし、活動が非営利的であれば許さ

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れるはずだと信じている。実際、著作権の管理者も逸失利益がなければ、黙認してきたと いう実態もある。De Konsikは自身のブログ3にこう書いている。

[…], fans who produce their own versions of mass-media texts—fan films and videos, fan fiction, fan art and icons, music remixes and mash-ups, and game mods, for example—take comfort and refuge in one rule of thumb: as long as they do not sell their works, they will be safe from legal persecution. Conventional wisdom holds that companies and individuals that own the copyrights to mass-media texts will not sue fan producers, as long as the fans do not make money from their works (…).

(De Konsik 2014)

Condry(2010)はファンサブ制作者の熱意を「ダークエネルギーDark Energy」と呼 び、市場やメディア、デジタル時代の自由と関連させつつ論じている。

さらに、ファンサブが視聴覚翻訳に影響を与える側面から、Massiddaはこう述べてい る。

These unofficial producers have been reshaping the paradigms of the world media scenario – particularly as far as commercial television narratives are concerned – building up a force of amateur experts, that, in the case of Italy, could be regarded as a challenge to audiovisual translation practices.

(Massidda 2015: 37)

このように、ファンサブ自体は違法であったとしても、それを論じることまで自粛すべ きではない。著名な学術誌4でもしばしばファンサブをテーマとする論文が掲載されている ことからも明らかなように、ファンサブ研究は翻訳論においても盛んとなりつつある。

ファンサブには公式字幕にはない幾つかの顕著な特徴があり、プロの字幕制作者にも影 響を与えつつある。Dwyer(2012)は次のように書いている。

3 http://spreadablemedia.org/essays/kosnik/(2018年4月20日アクセス)

4 例えば、John Benjamins社のBabelやTarget、Routledge社のThe Translator、Language and

Intercultural Communicationなど。

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Often deploying a creative array of colours, fonts and styles, ‘foreignizing’

textual strategies, and the unusual device of translator notes or glosses, anime fansubbing can certainly present a markedly different look and feel to professional, mainstream audiovisual translation (AVT). These distinctive characteristics have led many to conclude that fansubbing offers valuable lessons for professionals, not least in providing a vision of how to preserve creativity and authenticity in the face of technological change and the demands of a decentralized global mediasphere.

(Dwyer 2012: 218-219)

ファンサブでは制作者が字幕のすべてを支配している。色やフォントだけではなく、字 幕の出し入れのタイミングまで自分で制御できる(Massidda 2015: 12)。ファンサブは オリジナルに忠実なだけではなく、独自性や創造性を発揮する場ともなっているのである。

本研究がテレビドラマのファンサブを分析対象とする理由はそれだけではない。ここで の目的が自然な生活会話によって(イン)ポライトネス表現を考察することにあるが、映 画に比べて、作品数、放映時間数ともにテレビドラマが圧倒的に多いからである5。しかし、

日本のドラマが中国でテレビ放送されることはほとんどなく、公式字幕は存在したとして も、その翻訳は様々な事情によって忠実度が下がってしまうことが多い。そのため、この 論文はファンサブを分析することにしたのである。

次に問題となるのは、どのファンサブを選ぶかであるが、中国のファンサブの中で、規 模が最も大きく、評価も高いことから「人人影视字幕组」というファンサブから、デー タを収集して考察する。

2003年に誕生した「人人影视字幕组」は、当初は「YYeTs字幕组」(YYは中国語“人人”

を表し、eTsは英語のEnglish TV Showsの略である)と呼ばれ、2007年に「人人影视」

に名称を変更した6。YYファンサブは「共有、学習、進歩」を旨として、外国ドラマや大 学公開講座を翻訳している。日本語字幕の場合、メンバーは上級日本語能力(日本語能力

5 ちなみに、2006年から2016年にかけて、日本映画は中国において28作品が上映された。そ のうち、アニメが17作品、ファンタジー映画が7作品、日常生活が舞台の映画はわずかに4作 品のみである。

6Wikipedia (https://zh.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E4%BA%BA%E5%BD%B1%E8%A7%86)

(2015/12/16アクセス)

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試験N1で150以上(満点180点)取っている)を要求され、良質な字幕を制作すること を目指している7

4.1.2 日本のテレビドラマ作品

本研究では、『ナオミとカナコ』8、『お義父さんと呼ばせて』9、『戦う!書店ガール』10

『結婚しない』11および『家族ノカタチ』12を分析の資料とした。この五つのドラマを選ん だ理由は以下のとおりである。

 台詞がごく普通である。家庭や会社および学校での一般的な日常会話が多い。

 人間関係が多様で、親子や上司と部下、先生と生徒、仲間など力関係が明確である。

 (イン)ポライトネス表現が現れる可能性が高い衝突の場面が豊富である。

以下、五つのドラマのあらすじと人物関係について簡単に紹介する。

① 『ナオミとカナコ』

主人公の小田直美は大学時代からの親友服部加奈子を DV 夫の服部達郎から救うため、

中国人女社長李朱美の言葉に従って、達郎を殺しても捕まらない完璧な犯罪計画を練り、

加奈子と実行する。その後、達郎の姉である服部陽子などにより犯行は露見していく。

② 『お義父さんと呼ばせて』

中堅商社で働く大道寺保 51歳は付き合っていた28 歳年下の花澤美蘭に結婚を申し込 むが、大道寺保と同じ年で、大企業の役員である美蘭の父花澤紀一郎に当然反対されてし まう。なんとか結婚を認めてもらおうと努力を惜しまない保に対し、完璧だと思っていた 自分の家族に次々と問題が生じることに悩む紀一郎。この二人がいつしか心を通わせ、壊 れた家族を再生していく姿を描くコメディ。

7 ZiMuZu http://www.zimuzu.tv/announcement/58 (2015/12/16アクセス)

8 DVD版『ナオミとカナコ』(フジテレビジョン、2016、収録時間は会計558分)

9 DVD版『お義父さんと呼ばせて』(関西テレビ放送、2016、収録時間は会計423分)

10 DVD版『戦う!書店ガール』(関西テレビ放送、2015、収録時間は会計415分)

11 DVD版『結婚しない』(フジテレビジョン、2013、収録時間は会計516分)

12 DVD版『家族ノカタチ』(TBS、2016、収録時間は会計492分)

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③ 『戦う!書店ガール』

性格の全く違う本屋店長であるアラフォーの西岡理子とコネ入社のお嬢様店員小幡亜紀 の二人が、書店の閉店危機を背景に、仕事や恋愛に奮闘する姿を描く。

④ 『結婚しない』

いつかは結婚したいと思っているのになかなか「結婚できない」田中千春と、仕事のた めに「結婚しない」ことを選択したと思っている桐島春子、その二人と関わっていくこと になる「結婚をする余裕がない」工藤純平、それぞれの生き方や友情、恋愛模様を描く。

⑤ 『家族ノカタチ』

文具メーカー勤務で独身生活を楽しむ39 歳の永里大介が、後妻を探すために上京して きた父親との騒動や、大手商社に勤務する 32 歳の「再婚しない」熊谷葉菜子との独身バ トルを描くホームコメーディ。

4.2 データの収集と表記方法

上記の五本のドラマから収集した(イン)ポライトネス表現を持つ用例は、全部で1024 例あり、そのうち、ポライトネス表現が912例、インポライトネス表現が112例である。

例文を挙げる際に、まず台詞の場面を説明し、話し手と聞き手間の距離および関係を示 したうえで、日本語の台詞と中国語字幕を提示する。中国語字幕には筆者による日本語の 直訳を付加する。日本語の台詞は「 」、中国語字幕は“ ”で囲んだうえで、中国語字幕 の対応日本語は( )でくくる。最後にそれぞれの例文の出典を、発話が現れる時間とと もに記す。

本研究の例文の説明において扱う表記方法は以下のとおりである。

・ 「原文」:日本語の台詞。

・ “訳文”:中国語の字幕。

・ 「話し手」:ドラマの中で本研究の分析対象となる台詞を言っている登場人物。

・ 「聞き手」:その台詞が向けられている登場人物。

・ P:会話参加者の力。そのうち、話し手の力はPs、聞き手の力はPhと表記する。

Ps>Ph ならば、話し手の方が上位にあることを示す。Ps=Ph ならば対等である。

・ D:話し手と聞き手間の社会的・心理的距離。「大」「小」で親疎関係を表す。

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