背景
DMの発症メカニズムに関して,ゲノムワイド関連解析によりSOD1遺伝子変異 をホモ接合で有することがDMの発症に最も重要であると報告された(3)。これま でに2種類の遺伝子変異(c.118G>A, c.52A>T)が報告されており,それぞれ1ア ミノ酸残基置換(E40K,T18S)が起こり,変異型SOD1蛋白が翻訳される(2,
59)。SOD1蛋白は抗酸化酵素の一種であるが,変異型SOD1蛋白はその酵素活性
が維持されていると報告されている(18)。また,変異型SOD1蛋白は生化学的特 性の変化により凝集体形成が促進されると考えられており(41),免疫組織化学によ りDM症例の脊髄の神経細胞内に抗SOD1抗体陽性の凝集体として観察される(3,
33, 41, 42)。これらのことから,DMは変異型SOD1蛋白の毒性獲得によって起こ
るgain of toxic function diseaseである可能性が高い。
ヒトにおいてSOD1遺伝子変異はALSを引き起こすことが知られている(7,
51)。ヒトの変異型SOD1蛋白もDMと同様に,神経細胞に凝集体を形成すること
や酵素活性を保持していることが明らかとなっている(31, 40, 54)。また,ヒトの 変異型SOD1遺伝子導入マウスではALS様の症状を発現するのに対し,SOD1ノッ クアウトマウスは症状を発現しないことから,ALSは変異型SOD1蛋白に関連した gain of toxic function diseaseであると考えられている(24, 47)。しかし,ALSが 変異型SOD1遺伝子ヘテロ接合体で発症するのに対し,DMではヘテロ接合体での 発症例は極めて稀であり,変異型ホモ接合体を有する個体でもDMを発症する個体 と発症しない個体が存在することが知られている(9, 60)。このことから,DMにお いてはSOD1遺伝子変異以外の要因がその発症に関与する可能性が高い。
miRNAは標的となるmRNAの3’非翻訳領域に結合し,mRNAの翻訳抑制や分
解に働き,遺伝子の発現を制御する。そのため,miRNAは発生(4)や細胞増殖
(5),分化(10),アポトーシス(13)など様々な生命現象に重要な役割を果たし ている。また,miRNAとmRNAの結合は完全相補だけでなく一部相補的な配列で も結合可能であり,一つのmiRNAは数十から数百のmRNAをターゲットにすると 考えられている(22)。この特性から,特定の疾患におけるmiRNAの発現プロファ イルの解析とターゲットmRNA群の機能予測により,疾患病態に対する新たな知見 が得られると期待される。
近年のゲノム解読技術の急速な発達により,多くの生物種の塩基配列情報がデー タベースに蓄積されている。また,蛋白の構造や機能,遺伝子相互作用などのデー タベースの発展も目覚ましい。これらの多様なデータベースを横断的に解析できる ように共通の語彙をつけるプロジェクトが遺伝子オントロジー(gene ontology:
GO)である。GOでは遺伝子情報を生物学的プロセス,細胞の構成要素および分子
機能に大別し,そこから体系的に細かく分類されたGO termがそれぞれの遺伝子に つけられている。このGO termの発現パターンを解析することで,特定の遺伝子群 の作用を検討することができる。このようにin silicoによるバイオインフォマティ クスでは,マイクロアレイなどで得られた大量の遺伝子データから,既存の膨大な 生物学的情報データベースを用いて新たな知見を得ることが可能となる。
第2章では,miRNAの発現異常がDMの病態メカニズムに与える影響を解明す ることを目的として実験を行なった。まず,DM群と対照群の脊髄におけるmiRNA の発現をマイクロアレイにより網羅的に解析し、発現プロファイルを比較した。続 いてin silicoによるGO解析を用いてDM群において発現変動の認められた
miRNA群の機能予測を行なった。そこで検出したmiRNA群の機能に対して,変異
型SOD1プラスミド導入細胞を用いたDMのin vitroモデルおよびDM群の免疫組 織化学により,DMとの関連を評価した。そして,発現変動を認めたmiRNAと変 異型SOD1プラスミドとの共導入により,DM病態の再現性を評価した。
材料および方法
供試動物
DM群は,DMに典型的な臨床症状を呈して岐阜大学附属動物病院に来院した PWC8頭(DM 1 - 8)を用いた。SOD1遺伝子検査で変異型ホモ接合体(A/A)で あり,病理組織学的検査によりDMと診断した。対照群は,神経症状がみられなか ったイヌ7頭(Control 1 - 7)を用いた。SOD1遺伝子検査で野生型(G/G)であ り,病理組織学的検査において脊髄に病変を認めなかった。
脊髄のmiRNAプロファイル解析には死後24時間以内に脊髄組織を採取した個体
を供した。また,miRNAプロファイル解析と脊髄の免疫組織化学は,それぞれDM 群4頭と対照群4頭で実施した。
miRNA抽出および逆転写反応
死後24時間以内に剖検を行い,採取した脊髄組織を直ちにRNA安定化剤
(RNAlater,サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社,Tokyo,
Japan)に浸漬し,4 ºCで一晩インキュベートしたのち,miRNA抽出まで-30 ºCに
て保存した。第12胸髄分節の脊髄組織を横断面方向に約25 mgを切り出し,
miRNA抽出キット(miRNeasy Mini Kit,Qiagen,Hilden,Germany)およびビ ーズ式細胞破砕装置(Micro Smash MS-100R,株式会社トミー精工,Tokyo,
Japan)を用いてトータルRNAを抽出した。6.3 × 108 コピーの合成
Caenorhabditis elegans mir-39(miRNeasy Serum/Plasma Spike-In Control,
Qiagen)をスパイクイン・コントロールとして添加した。抽出したトータルRNA
を分光光度計(BioPhotometer plus,Eppendorf,Hamburg,Germany)で濃度測 定し,500 ngのトータルRNAからcDNA合成キット(miScript II RT Kit,
Qiagen)および PCR装置(TaKaRa Thermal Cycler Dice,タカラバイオ株式会 社,Shiga,Japan)を用いてcDNAを合成した。反応条件はプロトコールの推奨条 件に従って37 ºC,60分間および95 ºC,10秒間とした。
miRNAのqPCRマイクロアレイ
合成した脊髄cDNAから,miRNAアレイプレート(miScript miRNA PCR Array Dog miRNome,Qiagen),qPCRキット(miScript SYBR Green PCR Kit,
Qiagen)およびリアルタイムPCR装置(TaKaRa Thermal Cycler Dice Real Time
System TP800,タカラバイオ株式会社)を用いて相対定量を実施した。qPCRは
1)初期活性化として95 ºC,15分間,2)3ステップ増幅サイクルとして変性94
ºC,15秒間,アニーリング55 ºC,30秒間,エクステンション70 ºC,30秒間を 40サイクルの条件で実施した。ターゲットmiRNAのCt値をcel-miR-39-3pを用 いてプレート間補正を行い,全検出miRNAの平均を用いて標準化することで miRNAの相対定量値を算出した(37)。∆∆Ct法によりDM群のFCが健常群の2 倍以上または半分以下の変動があり,かつMann-WhitneyのU検定でP値0.05以 下のものを脊髄miRNA濃度の有意な上昇または低下と定義した。
遺伝子オントロジー解析
TargetScanデータベースversion 7.1(http://www.targetscan.org/vert_71/)を 用いて,バイオマーカー候補miRNAのターゲット候補mRNAを発現上昇,発現低 下ごとに検索し,context++ scoresが-0.4以下となるものを選出した(49)。選出し たmRNAから重複するmRNAを除外したのち,DAVIDデータベースversion6.8
(https://david.ncifcrf.gov)を用いGO解析を行った。Functional Annotation Tool よりFunctional Annotation Clusteringを実行し,Enrichment Scoreが1.3以上の
クラスターを有意な変動ありとした(27)。
細胞培養および遺伝子導入
FLAGをカルボキシル基末端に融合したイヌSOD1 cDNA(野生型:WT-SOD1-FLAG,変異型:E40K-SOD1-FLAG)をEcoRV/Xhol部位に導入したpcDNA3を 用いて培養細胞への遺伝子導入を行った。また,ユビキチンの導入にはヘマグルチ ニン(hemagglutinin:HA)をカルボキシル基末端に融合したユビキチンcDNA
(Ub-HA)をEcoRV/Xhol部位に導入したpcDNA3を使用した。合成miRNA
(miRNA Mimic,Qiagen)は脊髄のmiRNAマイクロアレイにて発現上昇を認め たmiRNAを用いた。
ヒト胎児由来腎臓細胞293(Human Embryonic Kidney cells 293:HEK293A)
を6穴細胞培養用プレート(TrueLine Cell Culture Plates,日本ジェネティクス株 式会社,Tokyo,Japan)または13 mm径丸カバーガラス(松浪硝子工業,
Osaka,Japan)を設置した24穴細胞培養用プレート(TrueLine Cell Culture Plates)の各ウェルに播種し,10 %牛胎仔血清を含むダルベッコ改変イーグル培地
(Dulbecco’s modified Eagle’s medium:DMEM,ナカライテスク,Kyoto,
Japan)中で,37 °C,5 % CO2環境下で一晩培養した。細胞の接着を確認後,遺伝
子導入試薬(Attractene Transfection Reagent,Qiagen)を用い,製品プロトコー ルに従って6穴細胞培養用プレートの細胞に対しては1.2 µg/well,24穴細胞培養用 プレートの細胞に対しては0.4 µg/wellのプラスミドおよび合成miRNAを最終濃度 5 nMとなるよう細胞に導入した。48時間培養後,免疫沈降または免疫細胞化学に 用いた。プロテアソーム阻害には,遺伝子導入24時間後にラクタシスチン(バイオ リンクス株式会社,Kanagawa,Japan)を最終濃度10 µMとなるように添加し た。
免疫沈降
6穴細胞培養用プレートで培養したプラスミド導入HEK293A細胞をPBSで洗浄 後,セルスクレーパーで回収し,4 °C,100 × g,5分間遠心し,細胞ペレットを分 離した。プロテアーゼ阻害剤(cOmplete Mini,Roche,Basel,Switzerland)加 TNG-Tバッファー(50 mM Tris-HCl pH 7.4,150 mM NaCl,10 % glycerol,1 %
Triton-X)を添加し,氷上で30分間溶解した後,超音波破砕機(Bioruptor,コス
モバイオ株式会社,Tokyo,Japan)を用いて細胞ライセートを作製した。蛋白質定 量キット(Bradford Protein Assay Kit,タカラバイオ株式会社,Shiga,Japan)
と分光光度計(BioPhotometer plus,Eppendorf,Hamburg,Germany)を用いた ブラッドフォード法により蛋白濃度を測定し,一部をinputサンプルとして-30 °C で保存した。細胞ライセート150 µgにビーズ付加抗FLAG抗体(ANTI-FLAG M2 Affinity Gel,Merck KGaA,Darmstadt,Germany)を20 µl添加し,4 °Cで一 晩インキュベートすることによりSOD1-FLAGとそれに結合した蛋白のみを免疫沈 降した。免疫沈降物をRIPAバッファー(50 mM Tris-HCl pH 7.4,150 mM NaCl,1 % Nonidet P-40,0.25 %ドデシル硫酸ナトリウムSodium dodecyl sulfate:SDS)により5回洗浄し,4 % SDSサンプルバッファーを加え,95 °Cで 5分間加熱した。4 °C,10,000 × g,10分間遠心分離し,上清を回収することによ り,SOD1-FLAG蛋白とそれに結合している蛋白を抽出した。
ウエスタンブロット
蛋白抽出液8 µl/laneをSDSポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動を実施し た。泳動したゲルからポリフッ化ビニリデンメンブレン(Immobilon-P,Merck KGaA,Darmstadt,Germany)にブロッティング装置(Trans-Blot