│
│
図
56 SC13915 1:60
/ク
∠ υ
第2章 遺 跡
柱 は SA13130が 兼ねる。基壇高は10cm弱と低 く、東側の基壇縁は素掘の雨落溝で見切 る。基壇 の出は側柱心から
3尺
〔0.89m〕 となる。柱間寸法は、桁行梁行共に11尺 〔3.25m〕、ただ し西 門の東側に廊はなく、西門の中軸か らそれぞれ24尺 〔7.lm〕 の位置に隅の柱 を置 く。南半の桁 行は 7間 、北半の桁行は 9間 に想定される。なおSC13915の基壇造成にともない埋没 したSD
13875の中から軒丸瓦6721Fb(Ⅲ ‑1)が 出上 した。
SC13735
東面築地SA13720の内側 に取 り 付 く廊。SC13915と 中軸 を挟 んで 対称 関係 にあ り、同様の配置 を取 る と想定 される。築地塀の心か ら 西へ11尺 〔3.25m〕 の位置 に並 ぶ 礎石列 と、 これにともなう雨落溝 を検 出 した。礎石列お よび雨落溝 は、東 門 SB13730の 前で途切れ、
南北 に三分 される。
礎石列 は南半で
7基
、北半で6基 を検出 し、 この うち北半の
4基
に礎石が原位置 に遺存す る。礎石 は50cm大 の上面が平坦 な花尚岩質 の 自然石で、南か ら3番
目の礎石 上面 には柱のあた りとみ られる直 径約27cmの円形の痕跡 を残す。礎 石上面の標高はH=64。2m前
後で ある。南半の礎石据付掘形 は直径 90cm〜lm程
度の円形で、北か ら3基
までは20cm大の根石が若千 な が ら残存する。 また、南半の北か ら1番
目と2番
目の礎石据付掘形 と、北半の南か ら5番
目と6番
目 の礎石据付掘形の間には、帯状 に 敷いた瓦片列が残存 し、柱 間に何 らかの閉塞施設 を設けていた可能 性 を示す。雨落溝SD13736は、礎 石列 の心 か ら約1。lm西
に位置 し、東 門の西側では約
13mに
わた り途 切 れている。溝の幅は30〜60cm、深 さは5〜15cmの広 く浅い溝で、
南半では溝内に大量の瓦片 を含 む。
│ │ │ │
盈 V ・ ︲8. 3 ユ ︲
0 3m
図58 SC13735と SA13020 1:60
図57 SC13735 1160
Y‑18,360
│
Y―,8.360
│
▲ 凩
22
遺構各説Y‑18,360
│
0 3m
図
59 SB13730B(1) 1:80
北半の両肩が直線状 を呈す るのに紺 し、南半の両肩 は出入 りのある不整形 な形状 を呈す るが、
側石 の痕跡 は確認で きない。溝底 の標 高 は
H=63.9〜 64.Omの
範囲で、ほぼ水平 を示す。このようにSC137351まSC13915と 類似 した性格 を示 してお り、SC13915と 中軸 を挟 んで対称の 廊 に復元で きる。なおSC13735の基壇造成 に ともない埋没 したSD13726の中か ら軒丸瓦6282E
(Ⅱ ‑2)お よび6282E(■ ‑2〜Ⅲ‑1)が出土 した。
SB13730B
人脚門に改築 した東 門。当初 の東門
SB13730Aの
位置 を踏襲 し、基壇 を四方に拡大す る。基壇土は残存 しない ものの、礎石 据付掘形 と基壇縁 をともなう雨落溝 を良 く残す。礎石据付掘形 は一辺約lmの
方形で、深 さ10cmが残存す る。礎石 はすべて失 われているが、一部の掘形 に根石 を残す。建物規模 は桁行3間 の総長27尺 〔7.98m〕、梁行2間
の総長14尺 〔4。 14m〕 で、桁行 中央間が13尺、他の柱間がすべて7尺
等間の建物 に復元できる。W一
▲ 員
劇∞卜∞一0∽
東西の雨落溝 の うち、西側雨落溝SD137311よ両肩 に側石 が多数残存す る。溝幅は側石の内法で約40cm、 深 さは約10 cmで ある。西肩 は幅20〜40cm、 高 さ15cm程度の小ぶ りな自 然石 を、東門の基壇縁 を兼ねる東肩 は幅50cm、 高 さ20cm程 度のやや大 きめの 自然石 を一列 に並べ る。東西肩共 に側石 の上面 をほぼ水平 に揃 えることか ら、SD13731は往 時の姿 を良好 に留めていると考 えられる。 この場合、基壇高は10 cm程 度、礎石 の高 さは30cm〜 40cmに想定 され る。 これに姑
乱石積基壇
Y‑18,959
0 3m
図
60 SB13730B(2) 1:80
A
常 昏 牲冦看辱 赳Yそ f星
ど 憲∴ユkttτ
資 島善蟹 磐 濠 造,4i銘8
を兼 ね る西肩 には不整形 な出入 りが あ るこ とや、埋 土 の状B′
揮、溝 幅 な どか ら考 えて、西側 雨落溝SD13731と同様 の姿 で あ った と思 われ る。 したが って
SB13730Bの
基壇 規模 は 東西規模約6.8mと な り、基壇 の出は4.5尺 〔1.33m〕 に復元 で きる。基壇 の南北規模 は基壇 の出か ら逆算すれば、36尺〔10.65m〕 となる。なお、東側雨落溝SD13732か ら軒丸瓦 6282G(Ⅲ ‑1)および6133(Ⅳ〜
V)が
、東側 の基壇縁 石抜取 痕跡か ら軒平瓦6663C(Ⅱ ‑2)が出土 した。│
第2章 遺 跡
SF14360B
拡 幅 した兵部省へ通 じる道路。
SD14362(南
側)と SD14361(北
狽1)を 両側溝 とす る。溝幅は 共 に40〜50cm、5〜
10cmの深 さが残存す る。溝 間の距離 は心 々で約1lm、 位置 を東門SB13730B
の南北基壇縁 とほぼ揃 える。北側溝SD14361の東端 は、SF14350の 西側溝SD14351を改修 してL字
形 に接続す る。南側溝SD14362の東端 はSX144251こ破壊 されているが、SD143511こ接続す る 位置 まで延 びることが確認で きる。溝の西端 は共 にSB13730Bの
東側雨落溝 と接続す る。したが ってSF14360Bは、東 門の改築 にともない門の基壇規模 にあわせて
SF14360Aを
拡幅 し、同時 に SF14350と の接続部 も大 きく改修 した もの と推定で きる。なお、南側溝SD14362の西端 付近 か ら軒丸瓦
6282G(Ⅲ ‑1)が
出土 した。SF14370B
拡 幅 した式部省へ通 じる道路。
SD14372(南
側)とSD14371(北
側)を両側溝 とす る。溝 の幅は共 に30〜40cm、 深 さ5 cm弱が残存す る。残存状況 は
SF14360Bと
比 してやや悪いが、北側溝SD14371が
SF14350の東側溝 SD14352とL字
形 に接続す る様子 を確認で きる。溝 の規模や位置 か らみて も、SF14360Bと
同様の性格 に考 えて矛盾 はない。SF14350B
拡 幅 した壬生門か ら朝集殿 院南 門に至 る宮 内道路。SF14360B o SF14370B以南 の側溝 を
SD 9489(東
側)とSD9477(西
側)に
付 け替える。溝 の幅 は共 に約40cm、 深い ところで10cm弱残存 す る。溝 間の距離 は心 々で約32m、 壬生門の東西規模 よ リー回 り大 きい。南端 は南面大垣 の北 側雨 落溝 とL字
形 に接続 し、北端 は南面大垣心 か ら北へ25m付
近で削平 によ り途切 れてい る。SF14350の拡幅 とSF14360。 SF14370の 拡幅 を同時期 に考 えれば、遺構 の検 出状況か ら北端 は SF14360B・ SF14370Bの南側溝 に
T字
形 に接続 していた と想定 される。SF14360。 SF14370以北 に拡 幅の痕跡 は確認で きない。したがってSF14350Bは、兵部省・式部省の前面道路SF14360。 SF14370の 改修 に ともなって、
SF14360。 SF14370以南 を東西 にそれぞれお よそ25.5尺 〔7.54m〕 ずつ拡幅 した と推 定で きる。
2‑2‑2‐
3 仮設 の遺構 SB14120
兵 部省 と朝集殿 院の間、第一次整地土上 で検 出 した掘 立柱建物。東北 隅部 分 の柱 穴
4基
を確 認 した に とどま り、大部分 は調 査 区外へ延 び る。東西方 向A
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│
Y‑18、 405
0 3m
図
61 SB14120 1:80
2‑2 遺構各説
て抜 き取 られている。第一次整 地土上 にあ る こ とか ら
I‑3期
の建物 と考 え られ るが、周辺 にI‑3期
に属 す る顕著 な建 造物 は確 認で きない。SB14380・ SB14381・ SB14390・ SB14391
壬生 門 と朝集殿院の間、壬生門心 を対称 に配 される東西棟 の掘立柱建物。古墳時代の包含層上面で検 出 した。同規模の
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は16尺=13.3大尺 〔4.73m〕 である。この うち西側の
2棟
を南か らSB14380。 SB14381、 東側 の2棟
を南か らSB14390。 SB14391と する。建物の規模 は、桁行が総長約23.6m、 梁行が総長約4.7m、 SB14390の 東北隅 とSB14391の東半 は調査 区外へ延びる。柱 間寸法 は桁行が
8間
の10尺 〔2.96m〕 等間、梁行が2間
の8尺
等 間だが、SB14380の西妻 のみ3間等 間 とす る。 これ と対称 の位 置 にある SB14390の 西妻 の柱 穴 は、
SX
14460。 SX14461に破壊 されるが、同 じく
3間
等間に推定で きることか ら、この部分 に扉 日等の 柱 関装置が設け られていた可能性 も考 え られる。柱掘形 は直径30cm程度 と比較的小 さ く、直径畳
│lx̲ぜ,四5H‑640