5.1 5 章の概要
5.3 生理的指標に基づく作業負担の推定
5.3.1 実験概要
心拍は気温や湿度などの環境負荷や荷重といった外的要因と心理状態や疲労といった内 的要因の両方を含む身体負担のバロメータである.計測が容易であることから,主として 精神的な作業負荷の評価に多く利用されてきた[27].しかしながら前述のように様々な要 素を含む出力であるため,心拍数のみの計測ではどの負荷の影響を計測しているのか判断
120 100 80 60 40 20 0
-200 2 4 6 8 10 12 14 16
Lumbar joint torque [Nm]
time [s]
wτ*
wτ
Fig. 5.4: Estimated lumbar joint torque
Table 5.1: Average of waist joint torque error [Nm] in each motion Name tri1 tri2 tri3 Average of three motions
A 16.7 19.7 11.6 16.0
B 6.3 6.7 6.2 6.4
C 16.1 15.6 16.2 15.9
することは困難である.そこで,心拍数と作業動作の両方を計測することでより高精度な 作業負担の解析が可能になると考えた.北九州にある某製造業の工場において,作業動作 と心拍数を同時に計測する実験を行った.計測された動作を用いて身体的負荷を推定し,
心拍数と求めた身体的負荷との関連を調査した.
今回計測する作業では,背部をひねる姿勢はほとんど現れず,周囲に金属部品や機器が 多いことから地磁気センサへのノイズの影響が懸念された.よって,3.3.1節において説明 した変動相補フィルタを用いて,矢状面内に投影した体幹と下肢の姿勢を計測対象とした.
実験ではATR-Promotions製小型無線多機能センサ(TSND121)を被験者に取り付け
て体幹と下腿の動作を計測し,同時にPolar製スポーツウォッチと心拍計(Polar V800) を用いて心拍数を計測した.また,確認のためにビデオカメラで作業の様子を撮影した.
センサ配置はFig. 5.3.1に示す.被験者は男性1名であり,慣性センサは作業着の下に着 用したコンプレッションウェアに面チャックを用いて設置した.
計測した作業はラインで流れてくる鉄製の部品を研磨し,束ねて積み上げる作業であり,
次の4つの作業に大きく分けることができる.各作業の様子はFig. 5.5に示す.
作業A ラインから流れてきた部品を受け取り,布で磨く 作業B 研磨機を使用して部品の角を研磨する
作業C 研磨が終了した部品を磨く
作業D 束ねた部品を集積場所まで運び,積み上げる
第5章 作業負担の推定 5.3. 生理的指標に基づく作業負担の推定
Work motion A Work motion B Work motion C Work motion D Fig. 5.5: Four parts of working motion
Fig. 5.6: Inertial sensor arrangement Fig. 5.7: Name of each angle A∼Dの一連の作業を1セットとすると,1時間45分の計測時間で26セット分が計測さ れた.
5.3.2 腰部負荷の推定
前節で説明した手法を用いて,計測した動作中の加速度と角速度情報からセンサの傾き を求め,作業者の腰,骨盤,左右股関節,左右膝,左右足首の角度を取得した.さらに,
ビデオカメラで撮影した映像をもとに,手先荷重の情報をモデルに与えた.付加した荷重 は,作業B中の研磨機の重さ2kgと,作業D中の部品の重さ30kgである.
以上の操作により,体幹と下肢の作業動作をデジタルヒューマンモデル上に再現した.
再現された動作について動力学解析を行い,作業中の腰関節トルクを計算した.これを 体幹への作業負荷とする.トルクの計算にはMuscloGraphics社製の筋骨格動力学シミュ レータSIMM(Software for Interactive Musculoskeletal Modeling)と筋骨格モデルを使 用した.
まず,作業動作の計測結果について述べる.求めた動作中の関節角度とビデオカメラで 撮影した作業動作の映像を比較し,動作計測結果の検証を行った.腰,左右膝の屈曲方向 関節角度θl,θkL,θkRの時間変化と,その時刻に対応するビデオカメラの映像を画像とし
Table 5.2: Average of waist joint torque in each work motions Work Work A Work B Work C Work D
Torque [Nm] 65.2 92.4 81.7 138.6
て切り出したものをFig. 5.8に示す.表示した結果は作業AからDまでの1セット分で あり,ビデオの映像から作業A∼Dの判別を行った.図中のθl,θkL,θkRは被験者にとっ ての矢状面内の角度である.各関節角度の定義をFig. 5.3.1に示す.計測した関節角度を SIMMの筋骨格モデルに入力し再現した結果と,撮影した実際の姿勢をFig. 5.10に示す.
上肢の姿勢は計測対象外であるため,一定値を入力している.Fig. 5.10より,動画から 確認される姿勢と計測された関節角度の間に大きな差異は見られず,正しく動作計測が行 えている.次に,取得した動作が腰部に与える負荷を求める.手先荷重の大きさが腰関節 トルクに与える影響を調べるため,手先力の情報を与えた場合,手先力をすべて0とした 場合の2つの条件で腰関節トルクの計算を行った.手先荷重を考慮した腰関節トルク計算 結果をτlb,手先荷重を0とした関節トルクをτl0とおき,Fig. 5.9に示す.動画から目視 で確認した手先荷重WBも同図内に載せている.判別された作業A∼Dの各区間について τlbの値を平均した値をTable 5.2に示す.
作業別の腰部負荷を比較すると,作業B,Cの間は大きな差はない.どれも中腰の状態 の作業であり,手先にかかる荷重も作業Bにおける2kg程度である.作業Aも中腰姿勢 での作業だが,作業の合間に待ち時間が多く,待ち時間の間は直立状態であることが多い ため,作業B,Cよりも負荷が小さくなっている.作業Dの負荷は他の作業に対し40Nm ほど大きな値になっている.これは,30kgの荷重がかかっていることに加え,床に部品を 積み上げているため,腰を深く曲げていることも影響していると考えられる.図のτlbの 値より,作業Dのうち荷重がかかっている状態では,300Nm以上の大きな負荷が腰にか かっていることがわかる.これは直立で待機している状態のτlb平均値が26.7Nm,作業A 全体のτlb平均値が90Nmであることから,直立時の10倍以上,ただ腰を曲げている状態 の3倍以上の負荷がかかっていることとなる.
第5章 作業負担の推定 5.3. 生理的指標に基づく作業負担の推定
Fig. 5.8: Result of work motion measurement with photo of each posture
Fig. 5.9: Waist torqueτlb & τl0 of work motion
Fig. 5.10: Comparison between measured posture and actual posture by photo
第5章 作業負担の推定 5.3. 生理的指標に基づく作業負担の推定
300 250 200 150 100 50 0
120 100 80 60 40 20 0
Lumber Torque [Nm] Heart Rate [bpm]
2180 2280 2380 2480 2580
Time [s]
A B C D A B C D A
Heart Rate
Lumber Torque
Fig. 5.11: Change of heart rate and waist joint torque
5.3.3 心拍数の計測結果と推定した作業負担の比較
前項で求めた腰関節トルクと心拍数の変動のグラフの一部をFig. 5.11に示す.腰部負 荷の変動を見ると,30kgの部品を積み上げる作業Dにおいて大きな負荷が腰にかかって いる.また,作業Aの合間は部品が流れてくるまで待機している直立状態を挟んでおり,
待機中は負荷が低くなっている.作業A∼Cでは同程度の角度に腰を屈曲させているため,
腰関節トルクは100Nm弱でほぼ等しい値となっている.次に心拍数の変動を見ると,作 業Aの間は減衰し,作業Bから上昇を始め,作業Dでピークに達したのちまた作業Aで 減衰するという傾向にあった.作業A∼Cの負荷が同程度であるにも関わらず作業Aのみ で心拍数が減少しているのは,作業Aが負荷の低い待機時間を含むためと考えられる.同 様に作業B∼Dでは待機時間はなく,常に腰に負荷がかかった状態が継続されているため,
心拍数が減少することなく増加を続けている.
各セット別に負荷と心拍数の関連について見ると,その傾向から作業序盤(5セット)・ 中盤(13セット)・終盤(8セット)に分けられた.分割した区域ごとに1セット分の腰関 節トルクと心拍数をFig. 5.12(a),(b),(c)に図示する.まず,Fig. 5.12(a)に示す作業序盤 の6セットでは,作業Aを開始すると心拍数が減少するが,作業の途中から上昇に転じる という傾向にあり,腰関節トルクの変化との関連は見られない.作業中盤(b)の13セット でも,序盤と同様に作業Aの途中で心拍数が減少し,作業Bから上昇に転じ,作業Dで ピークに達するような傾向がみられる.腰関節トルク変化との関連は序盤よりも高く,腰 関節トルクを60秒区間で移動平均した波形に類似した変化傾向がみられた.腰関節トル クを60秒区間で移動平均した値と計測した心拍数の間の相関係数を求めると0.51となり,
弱い相関がみられた.最後に,終盤の7セット(c)では,作業中の心拍数の変動はほとん どみられなかった.また,作業序盤・終盤についても心拍数と60秒区間で移動平均した 関節トルクとの相関係数を求めたが,どちらも0.2以下と相関は見られなかった.
このように,作業負荷と心拍数の関係は,同じ作業負荷でも作業の継続時間によって変 化していた.この変化は,作業の慣れや疲労の蓄積が関係していると推測される.したがっ
A B C D A B C D A B C D
Time [s]
(b)Middle 13 Sets Time [s]
(a)Early 6 Sets
Time [s]
(c)Last 7 Sets
Heart Rate [bpm]
160 140 120 100 60 60 40 20 Moving average(60s) of Lumber Torque Heart Rate
Lumber Torque
Lumber Torque [Nm]
5400 5500 5600 5700
2800 2900 3000 3100
160 140 120 100 60 60 40 20
800 900 1000 1100
160 140 120 100 60 60 40 20
Fig. 5.12: Change of heart rate and waist joint torque of each work set
て心拍数と動作情報の両方を利用することにより,動作からは読み取れないより詳細な身 体負担の推定や,手先荷重など外部負荷のセンサレスな推定が可能になると期待できる.
そのためには,実験室内など環境の再現が可能な空間において,より詳細に作業状況を設 定した検証実験が必要であると考える.
第5章 作業負担の推定 5.4. 自己言語報告と筋電位計測に基づく作業負担の推定