• 検索結果がありません。

第 4 章  結論

4.3   理論的含意

 本節では、事例分析による発見事項、文献レビューをもとに、統合ケアの意義、統 合ケア政策の役割を明らかにし、そしてモデルを提示する。

178 国、栃木県の補助金はこの事業に対して出ていない。市単独の事業である。

4.3.1  今後の社会

 統合ケア政策の意義、モデルを述べる前に、今後それらが生まれる土壌となる社会、

今後の予想される社会を文献レビューで得た内容を基に提示する。ここでは、地域、

福祉、政策の3つの視点から述べる。

4.3.1.1  地域の視点

かつての田舎社会は、強制的であり侵害的だった。経済成長に伴い、「家族」も大 きく変化した。雇用の流動化などにより、「家族」のみならず、「会社」というコミュ ニティも凝集力を弱めていき、「個人」が独立した存在になった。現在は、既存のコ ミュニティが解体している。新しい社会において必要となるコミュニティは「意志と 心」に基づくものである。新しいコミュニティは、自立的な個人が自発的に創ったり、

参加していくものである。そこは、社会的なアイデンティティを確認し、精神的な安 定をもたらす場となる。

地域社会が高齢者割合の増加という構造変化を遂げている。高齢者の質も変化して いる。会社などの組織で働いた経験をもつ高齢者が次第に多くなってきた。「自分を 生かす」ことが生きる喜びになる高齢者が多い。高齢者個人が持つ役割の多寡によっ て、生きがいは左右される。

4.3.1.2  福祉の視点

問題発生の根源である、地域社会の欠陥に迫る福祉活動が必要とされる。そのため には、福祉施設が地域と結びついて、地域の中核になる。福祉行政が提供する諸制度 は、経済的な効果だけでなく、心理的な効果も望まれる。さらに専門家と住民の融合 体制が必要となる。福祉への情熱がある人々の存在は、素晴らしい地域資源である。

それは、個人のみならず、ボランティア、NPO でもある。今後は、個々の機会平等 がしっかりなされつつ、長期にわたり存続可能な社会が望まれる。さらに、現在失わ れている「老人と子供」を含む多世代が意識的な形で再生されるような試みが求めら れる。

4.3.1.3  政策の視点

今後は個人ならびに非政府組織が富を創造する主役である。「私」と「私」の協力・

連携、つまり個人やNPO・ボランティア同士の連携が主となり、それを補う形で「公

(行政)」が加わる。

社会保障は、解体する多世代コミュニティのもつ機能を再び回復させるように働く ものである。社会保障とは「意識的なコミュニティ」を再構築・支援しようとする制 度と捉える事ができる。今後の社会保障政策は、市場をベースとしつつ、それを補完 する制度、個人を基本的な単位とし、個人と個人の意識的なつながりを支援する制度、

が骨組みである。高齢者に対しては、生きがいにつながる「役割創造・維持・回復・

拡大」が政策の主流になる。

 今後の社会を見ていく上で、重要な切り口・考え方である知識という視点で見た場 合、今後の社会、つまり知識社会は、以下のようになる。

 知識社会における最も重要な勢力は、知識労働者となる。知識の生産的使用への方 法を知っているのは、知識労働者だけである。その社会における組織は、多分野の知 識労働者を集め、彼らの専門知識を共通の目的に向けて動員するための人の集合体で ある。組織においては、あらゆる人間が、自らの目標、貢献、行動について責任を負 う。全員が責任ある意思決定者であり、貢献者である。

4.3.2  統合ケアの意義

 現在では、平均寿命が延び、孫が誕生してから15〜25年後まで祖父母が生存する。

つまり、祖父母と孫が関わり合うことは、平均寿命で考えれば、必然的になってきた。

ただ、かつてのような大家族・3世代家族世帯は少なくなり、核家族が増えつつある。

自然発生的に触れ合う機会は、平均寿命が延びている状態にも関わらず、減少してい ると言える。高齢者も多様化しており、家族関係はさらに、個人の要素を重視する状 態にある。各世代が自立し、自己の存在や意義を自分で探すことが求められている。

 そのような状況における、統合ケアの意義とはどのようなものか。

高齢者と子供という異なった世代間で意識的な交流することによって、高齢者 のもつ活力を生かした社会の活性化が行える。

高齢者が子供と触れ合うことによって、孤独感や不安を防止し、生きがいをも って、自己の意義を確認しながら生活ができる。

今後の社会を担う子供達が、正しく高齢者を理解でき、世代を超えた互いに協 力しあう社会を形成できる。

 長くなった祖父母の平均寿命によって、孫との交流は大きな効果を持つ。これ以外 でも、いくつかの意義がある。幼児の思いやり行動は、与えられた環境の影響を受け て育つ。高齢者と触れ合う環境が、子供の高齢者に対して、思いやりを育てる。また、

子供は、高齢者に見守られながら、多くの人間との関係を保ちながら育つ。高齢者は、

子供達の行動に対して、ほめたり、喜んだりもする。

 統合ケアによる具体的な効果として、次のようなものが挙げられる。

高齢者と子供が一緒に過ごすことによって、高齢者に笑顔や声がでる。

痴呆の高齢者が、自分もここに仕事に来ているという気持ちを抱いて、施設に 来る。

高齢者は、子供達からたくさんのエネルギーをもらう。

高齢者の頭と心と体が、働くようになる。

乳幼児が施設にいることによって、普段、話しをしない高齢者も話すようにな る。

幼い頃から高齢者に肌で接する。

一緒に童謡などを歌うことで、高齢者が生き生きする。

子供がわがままを言ったり、暴れたりすることに対して、高齢者がしつけをす る。

4.3.3  統合ケア政策の役割

 本研究における統合ケア政策は、小学校区に1つの小規模施設を運営し、そこで統

合ケアが行われる事に目的がある。以下に、この政策の果たす役割を述べる。

① 市民に対する意識的なコミュニティの提供

 地域にある施設を中心として、高齢者、子供の利用者、障害者、また地域のボラン ティアが集まり、そこには意識的なコミュニティができている。主体性のある市民に 対して、事業の補助を行政が行う。それにより、住民参加が進み、結果として、住民 ボランティアの意向と利用者側のニーズを合致させる事が、可能になる。

② 利用しやすい小学校区に1つの小規模施設の提供・設置

 小学校区に小規模施設を設置する事により、住民のより身近な場所に福祉施設、憩 いの場所を提供できる。これによって、継続的なサービス提供を、利用者は各自利用 しやすい場所で受ける事ができる。また、小学校区に1つある各施設に対して行政側 が制約を求めない場合、各施設には施設主の思い、利用者の思いを象徴した特色がで る。その事は、利用者側には選択肢の増加につながり、サービスの多様性を生み出す。

③ 高齢者と子供の交流機会の提供

 同じ場所に、両者が利用者として参加する事は多くの場合、望ましい。この政策に より、現在、薄れつつある高齢者と子供のふれあいの場を意識的に生み出す事ができ ている。これこそが、地域のあるべき姿と言える。

④ 既存施設・既存組織の活用

 これは、宅老所として活動を行っていた組織にさらに役割を求めることになるが、

介護保険により、施設を離れざるを得ない利用者を考える施設主の思いも救う事がで きる。さらに、小規模多機能施設として宅老所を運営していた組織には、虚弱な高齢 者に対する接し方、ノウハウが蓄積されている。また、既存施設の活用を考えた場合、

小学校の空き教室の利用も、事業を行う上での選択肢になる。

⑤ 地域の「カリスマ」の取り込み、新たな「カリスマ」の育成

 小規模施設の場合、ボランティア・NPO を問わず、運営を「カリスマ」に多く依 存している。事例で扱った今市市の場合、平木、加藤、三上のような地域で活動して いる世話役的な人、強い思いを持ったカリスマを事業に取り込む事で、事業を開始す る事ができたと言えよう。彼女達の培ったノウハウは、この事業を遂行する上でも多 いに役に立つ。小規模施設において、彼女達は暗黙知を多分に持った知識労働者であ る。この事業を通して、地域に必要な人材、つまり地域のカリスマを吸収でき、新た

なカリスマが生まれる場が作られた事になる。

 ただし、本政策にもいくつかの課題が生じる。②の場合、施設主に自主的に参加し てもらうために、施設の場所を地理的に小学校区の中心に置く事は難しい。③に関し ては、事例の中で扱った「ひなたぼっこ」の中地の話にもあるように、少なからず子 供が嫌いな高齢者がいるという事である。また、「あかね」の加藤が述べているのよ うに、高齢者の身近に子供がいると、高齢者にうっとうしさが生じる場合もある。

④で既存施設として空き教室の利用に関して述べている。この場合、世代間交流を主 たる目的として設置した場合、理想的な交流の形が可能となるかもしれない。しかし、

改築・設置するために事業費が、民家を改造する以上にかかる事態も想定される179。 そして、総じて事業を開始する段階では、行政が経済的・技術的補助を行う場合もあ るという事は述べなくてはならない。

4.3.4  カリスマ

 小規模施設を設立し運営する場合、ボランティア、NPO を問わず個人である「カ リスマ」に依存している場合が多い。それは、事例に出てきた「このゆびとーまれ」

の惣万、地域と一緒に長年活動してきたクリスチャンである三上、熱い思いをもって 私費を投じた渡辺、そして「ひばり」の平木や「あかね」の加藤のように県の事業に よって、活動を開始した者もいる。ただ、共通している事は、彼女達が地域住民を巻 き込むことができたという事、そして成長し続けている専門家であるという事である。

彼女達は、地域住民をスタッフとして、または利用者として巻き込むことができた。

そして求められる協力関係を自分達のできる範囲で、徐々に構築している。その中心 にいる彼女達を表現するならば、「強い思い」を持つ者である。先行研究によれば、

179 全国初の空き教室(余裕教室)を使用した高齢者福祉施設を設置したのは、京都府宇治市立小 倉小学校。そこを例として、岩井(1994)が事業自体について詳細に論じており、塚本(1996)

がそこで行われている世代間交流の現状に関して説明している。ただ、空き教室を高齢者福祉施 設として使用する場合には、事業費以外にも様々なコストがかかる。学校は本来、児童・生徒の 学習施設であり、設計上はその他の目的で使用することが想定されていない。そのために、サー ビス用車両の駐車スペースの問題、避難路の確保、消防法の問題など、新たなコスト負担が生じ る可能性がある(白石 1999)。

関連したドキュメント