本章では、ソ連解体後のウズベキスタンにおける教育改革を取り上げる。1991 年 8 月 の独立以降、ウズベキスタンでは、4 段階に分けて教育改革を実施してきた。この章で は、まず第 1 節で、教育改革の概要を述べ、改革後の教育制度を各段階にわたって説明 する。そして、つぎの第 2 節では、教育施設の不足や教育費など、ウズベキスタンの教 育が抱える諸問題を提示する。とくに、卒業後の人材に対する社会の受け皿のミスマッ チについて指摘する。また、第 3 節では、教育改革の過程を段階ごとに区分して説明す る。第 4 節では、この教育改革の成果の検証を行う。教育改革によって新たに編成され た教育に国民がアクセスしていなければ、国家的課題の克服にはいたらない。そこで本 節では、就学率の変化と後期中等教育および高等教育段階におけるジェンダー格差につ いて分析し、問題点を示すことにする。また、第 5 節では、教育改革の最重点である後 期中等教育に注目して、その現状と問題点を指摘し、その背景や今後の課題を述べる。
最後に、教育改革の総括的評価を行う。
1. 教育制度の概要
まずはじめに、ウズベキスタンの現行教育制度を紹介する。表 2 は、ウズベキスタン の現行教育制度を表したものである。
1.1 就学前教育(Maktabgacha taʼlim)
ウズベキスタンの就学前教育は、独立当初の教育制度では「就学前育児(Maktabgacha
tarbiya)」と名づけられていたが、1997 年に改正された教育法により「就学前教育
(Maktabgacha taʼlim)」と呼ばれるようになった。
就学前教育は2歳から6、7歳の幼児を対象としており、2歳に達するまでは母親が有 給の育児休暇を取得し、家庭で育てることが一般的である。
独立以降は施設数、在園児数ともに大きく減少している。1990年には施設数は約9,700 であり、それらには約135万人の子供が在園(該当年齢の37%相当)していたが、2007 年には施設数は6,400園、在園児は約57万(該当年齢の19%相当)に落ち込んでいる。
首都タシュケント市に限定すれば50〜60%は就学前施設に通っているが、地方では母親 や祖母が家庭で面倒をみるケースが多い。ウズベキスタンの大家族制や保育料が高いこ とも敬遠される一因であろう[嶺井 2012:14-15]。
年齢 学年 27 21
博士課程(Doktorantura)
高等教育 26 20
25 19
24 18 修士課程(Magistratura)
23 17 22 16
学士課程(Bakalavr) 21 15
20 14 19 13 18 12
義 務 教 育
アカデ ミック・
リセ
職業カレッジ 後期中等教育 17 11
16 10
15 9
中等教育(中学校) 前期中等教育
14 8
13 7
12 6
11 5
10 4
初等教育(小学校) 一般初等教育
9 3
8 2
7 1
3-6 就学前教育(保育園) 就学前教育
(注)高等教育は 2012 年からこの表のように再編された。
(出所)「国家人材養成プログラム」の内容より筆者作成。
1.2 義務教育(Majburiy taʼlim)
「国家人材養成プログラム」の改革ポイントの一つは、日本の高校に相当する学校を 改革し、4-5-3 の 12 年制義務教育を実施することであった。新しいタイプの 3 年制機 関として「アカデミック・リセ」と「職業カレッジ」(日本の職業高校に相当)を制度化
30
31 し、第 9 学年終了後に、全員がいずれかの学校に進学することを義務づけた。
就学年齢基準は、その年の 9 月 1 日時点で 7 歳の者は、同年 9 月 2 日に入学すること になるが、6 歳でも就学前にテストを受け、合格すれば就学することが可能となってい る。
1.3 初等教育(Boshlangʻich taʼlim)
ウズベキスタンの教育制度全体の中で、初等教育の現状はかなり良好である [D.Xojimatova 2006]。初等教育は 7 歳から 10 歳までの 4 年間を対象とした義務教育で あり、1 年 4 学期制で行われる。学校施設不足のため、一部で 2 部制が実施されている。
新学期は 9 月 2 日(9 月 1 日は独立記念日の祝日であるためその翌日)に開始し、翌年 の 5 月 25 日に終わる。各学期末には学校毎に実施する試験がある。不合格科目は夏休み に再試験が行われ、これにも不合格の場合は、進級できず留年となる。4 年間の終わり には、中等課程進学のために実施する卒業試験がある。これも再試験があり、不合格の 場合は卒業できずに留年となる。
1.4 中等教育(Umumiy oʻrta taʼlim)
中等教育は 11 歳から 15 歳までの 5 年間を対象とした義務教育であり、初等教育と同 様に 4 学期制で行われ、各年毎に進級試験があり、卒業試験は地方毎の統一試験である。
中等教育を終えると、学習者が習得した科目と成績が記入された卒業証明書が交付され る。また初等教育機関は単独で設置されている場合もあるが、中等教育機関は必ず初等 教育機関と併設されている。ウズベキスタン共和国国民教育省の統計によると、2011 年 に 75 校の単独の初等学校、9,466 校の初・中等学校がある。
1.5 中等・専門職業教育 (Oʻrta-maxsus, kasb-hunar taʼlimi)
中等・専門職業教育は、新しく導入された 3 年制教育機関の「アカデミック・リセ」
および「職業カレッジ」の 2 種類からなり、アカデミック・リセ 10%、職業カレッジ 90%
の比率で店員が定められている。
アカデミック・リセは基本的に大学進学コースであり、進学しない場合は就職するこ とも可能である。職業カレッジは職業技術学校と中等専門学校を再編成して制度化した 学校であり、就職に必要な職業資格が取得できる学校である。大学進学の道も開かれて いる。
1.6 高等教育(Oliy taʼlim)
旧ソ連時代の高等教育機関は5年制が主流であり、卒業生には「ディプロマ」(専門
32 家資格)を付与していた。単位制度はなく学位制度も学部段階では一般的でなかった。
それが1997年の教育法により、表2のように、4年と2年の2段階になり、規定の「単 位」を取得した卒業生にディプロマに加えて「学位」を付与するようになった点が大き な変化である。
ウズベキスタンの大学は、すべて国立である。2011年時点で授業料を国家が負担する 無償枠の学生の割合は31.3%に過ぎない[国民教育省報告書 2012]。
モスクワ大学、ウエストミンスター大学、シンガポール・マネジメント大学など、外 国の大学の分校が首都タシュケントにあり人気が高い。すべて国立大学として位置づけ られており、国費無償枠がある。
2. ウズベキスタンの教育の現状と特徴
独立したウズベキスタンでは、新たな国家建設と市場経済へのスムーズな移行による 経済発展が最重要の国家的課題であった。しかも、独立した 1991 年の人口構成をみてみ ると、25 歳未満の若年層の人口全体に占める割合は 60.0%であり、65 歳以上の高齢者層 の人口に占める割合は 4.0%と、非常に若年層に偏った人口構成をしていた13。そのため、
新たな国家建設と経済発展という国家的課題の克服を目指して、この若年層に教育を行 い、人材養成につとめることが、ウズベキスタンにとって重要な課題であった。それと 同時に、ウズベキスタンは 100 以上の民族からなる多民族国家であり[Tyurikov V. 1998: 10]、新たな国家のもとに、多民族で構成される国民を統合していかなければならないと いう課題も抱えていた。
こうした背景のもとに、ウズベキスタンでは、1992年のウズベキスタン共和国憲法の 制定と同年の教育法の制定をきっかけに、ソ連時代の教育面における遺産を再吟味した 上で、継承するものと、改革するものとの峻別が必要になった。したがって、ウズベキ スタンにおける教育改革はこうした背景をもって進められた。
教育政策は市場経済移行後の産業界を支える人材養成の観点から、政府の優先課題と なり、教育費の政府支出はGDPの9%を占めていた。一方で、国民の識字率や初等教育 の就学率は100%近くに達しており、他の途上国と比較して高い水準にあった。
現在の教育政策はウズベキスタン共和国憲法(1992年)、改正教育法(1997年)、及び
「国家人材養成プログラム」(1997年)を基本として推進されている。憲法第41条及び 教育法第4条は、他国の市民や無国籍者も含めた、すべての者の教育への権利の保障を 明記している。生涯学習制度は、就学前教育、普通初等中等教育、中等・専門職業教育、
13 以上のデータは、World BankのデータベースWorld DataBankのHealth Nutrition and Population Statistics より、筆者が算出した。
33 高等教育(学部、博士前期課程)、博士後期課程、資格向上・再教育、成人教育、校外教 育から構成されている。この制度の特徴は、12年制義務教育の導入であり、その実施方 法として、普通教育から職業教育への円滑な移行を保障する、9年制普通教育と3年制 中等専門職業教育を制度化した点にある。
教育改革後の当初は教育分野の予算の多くが職業カレッジを中心とする中等教育に向 けられ、初等教育環境の悪化が顕著となってきたことから、政府は、2004年7月に「学 校教育発展プログラム」(2004-2009年)を策定し、初等教育環境の改善に取り組んだ。
同プログラムにもとづき、全国の学校の実態調査が行われ、学校施設や機材の状態等に 応じた改修・更新等の対策をとることとなっていたが、政府予算ですべてに対応するこ とは困難であり、外国からの資金援助にも頼った。
また、情報通信教育については、カリキュラムにはあるものの、機材不足から多くの 学校で理論のみの授業が行われており、コンピューターがある場合もソ連時代に設置さ れたもので、殆どが故障しており、使用できない状況がみられた。さらに、教師の給与 水準の低さに起因する、モチベーションの低下に伴う教育の質の低下や、都市と地方の 教育レベルの格差の解消も重要な課題である。
普通初等・中等教育はウズベク語、ロシア語、カラカルパク語、カザフ語、タジク語、
キルギス語、トルクメン語の7つの言語で行われているが、それぞれの言語の教科書の 作成や、教師の確保等、中央アジアの他国に比べ、最多数民族の比率が高いとはいえ、
多民族国家であるがゆえの政府の負担も少なくない。
政府は、教育改革のなかでもとくにウズベク語化政策(国民の約 83.5%がウズベク人)
を推進している。学校教育では、ウズベク語に重点が移りつつあるが、都市部ではまだ ロシア語で授業を行う学校も存在する。しかし、大学によっては卒業論文等のロシア語 での提出を認めない大学も出現し、教育のウズベク語化が徐々に進んでいる。
言語教育問題はウズベキスタンにとって重要な課題の一つである。ソ連時代において は、ロシア語が重要な地位を占めていた。現在でも出稼ぎ等の経済的な必要性から、ロ シア語を習得する傾向がみられる。一方、グローバル化に備えるため、子供に就学前か ら英語を学ばせたいという親の要望が高まり、ウズベク語と英語がほぼ同じ割合でテレ ビの子供番組で使用されているというのが最新の状況である。しかし、ウズベキスタン の将来像と考え合わせて、どのような言語政策をとるべきか、慎重な検討が必要であろ う。
ウズベキスタンの教育レベルは、学校施設の新築・改築、教育機材の更新、適性ある 教員の養成・再訓練等の施策により、徐々に向上している。また日本をはじめ各国から の支援で、教育施設・機材の更新や教員の養成も行われている。しかし学校数・教師数 は慢性的に不足しており、教育時間をシフト制(午前と午後の 2 部制)にしている小中