3 研究 2: 気化室内液滴蒸発現象の解明
3.2 蒸発モデルの構築
3.2.3 熱モデル
ここでは気化室内の熱収支を考えたい.簡単のために以下の仮定を置く.
物体は気化室・液滴・水蒸気の三体のみを考え,その代表温度はそれぞれ,𝑇W, 𝑇L, 𝑇Vとして熱量 を考える.
温度の二次元分布は無視し,高さ方向の一次元温度分布のみを考える.
気化室への外部からの入熱はヒーター投入電力とする.
気化室―液滴の熱移動は液体―固体壁間熱伝達のみを考える.
液滴―水蒸気間の熱移動は潜熱のみを考える.熱伝達は潜熱に比べて小さくなるので無視する.
この時の重力方向と温度,熱移動の関係を図 3-4に示した.図内における,液滴の熱量を𝑄L,気化 室の熱量を𝑄VCとすると,それぞれにおける熱の保存式が以下のようになる.
𝑑𝑄L
𝑑𝑡 = 𝑞VC−L𝐴L− 𝛥vap𝐻𝑚̇ev (29)
𝑑𝑄VC
𝑑𝑡 = 𝑊H− 𝑞VC−L𝐴L (30)
𝑃 VC : VC Pressure
𝑆 L : Surface Area 𝑚̇
𝑚̇ ev : Evaporation mass Vaporization Chamber
𝑃 sat : Saturation Pressure
𝑇 w : Water Temperature Water droplet
Nozzle
𝐶 t : Conductance
35
なお,𝑞VC−Lは気化室―液滴間の熱流束で,𝛥vap𝐻は水の蒸発潜熱を表す.ここでALは液滴と気化 室の接触面積であり,液滴が半球であるという仮定の下では,
𝐴L=1
2(3𝑀√𝜋 4𝜌L
)
2
3 (31)
と表すことができる.
図 3-4 モデル化後の重力方向と温度の関係と,各物質間の熱移動
なお,水の熱量変化は,水の質量𝑀(𝑡),比熱比𝑐wとして 𝑑𝑄L
𝑑𝑡 = 𝑐w 𝑑
𝑑𝑡{𝑀(𝑡)𝑇L} (32)
とあらわせ,アルミ製気化室の熱量変化は,気化室の質量𝑀VC,比熱比𝑐Alとして 𝑑𝑄VC
𝑑𝑡 = 𝑐Al𝑀VC𝑑𝑇L
𝑑𝑡 (33)
とあらわせる.
Vapor
VC wall Liquid z
Heater T
𝑑𝑄
𝐿𝑑𝑡
𝑑𝑄
𝑑𝑡
Tv
Tev TL Tw
𝑊
𝐻𝑞
−𝐿𝐴
L𝛥
vap𝐻𝑚̇
ev36
気化室内壁―液滴間の熱流束について考えるために,沸騰のメカニズムについて考える90,91.ま ず,熱平衡時の液体の圧力𝑃𝑙,気泡の圧力𝑃bと表面張力𝛤の関係は,液滴が半径𝑟の球形であるとす ると,
𝑃𝑏− 𝑃𝑙= 2𝛤/𝑟 (34)
とあらわせる.ここで,クラウジウス・クライペロンの式を用いると,蒸気泡の半径𝑟は,蒸気の比 体積𝑣v,温度𝑇bと液体の比体積𝑣l,温度𝑇lを用いて,
𝑟 = 2𝛤(𝑣v− 𝑣𝐿)𝑇b
𝛥vap𝐻(𝑇𝐿− 𝑇v) (35)
と書くことができる.ここで,𝑇𝐿− 𝑇vを過熱度と呼び,これが気泡の成長を決定するパラメーター となる.通常沸騰は電熱面表面のくぼみに鹵獲された気泡が成長することで起こる.この時の気体 の球状界面半径がくぼみの円弧半径を下回った時に気体はくぼみを離れ,沸騰を起こす.
沸騰の周波数と気泡の半径には関係があり,液体の密度を𝜌L,気体の密度を𝜌vとすれば
𝑓 = 1
𝑟𝜋(1 + 𝑄̇
𝜌v𝛥vap𝐻𝑤) 𝑤 (36)
𝑤 = [𝑟𝑔(𝜌L− 𝜌v)
2(𝜌L+ 𝜌v) + 2𝛤 𝑟(𝜌L+ 𝜌v)]
1/2
≈ (𝑟𝑔 2 + 2𝛤
𝑟𝜌L)
1/2
(37) と近似的に表すことができることが知られている91.
以上より20℃の場合の各物性値を用いて,沸騰を開始する気泡の大きさと,その時の過熱度,沸騰
周期を図 3-5に示した.
図 3-5 沸騰時の気泡の大きさと沸騰周期,過熱度
なお,気化室内の沸騰状況は,バルク液体が飽和温度と近い,飽和沸騰状態であると考えられる.
さらに,噴射直後は流動沸騰,噴射後の時間経過時にはプール沸騰に分類される状態になっている
0.00001 0.0001 0.001 0.01 0.1 1
0 0.5 1 1.5 2 2.5
0 200 400 600 800 1000
Temperature/K
Period /s
Bubble radius /mm
Time/s Tl-Tb /K
37
と考えられる.沸騰様式については,実際の蒸発状況を目視によって確認し,それに応じた熱伝達 式を立てるものとする.