第 9 章 置換の符号について 63
19.6 無限集合 ( 発展 )
定義8.1.1をよく読むと,置換を単射f :Xn→Xnのことと定めている. しかし,置換は逆写像(逆置 換)を持つゆえ全単射である. この点について補足しておこう.
命題 19.6.1. X,Y をともにn点からなる集合とする. 写像f :X→Y において次は同値である:
(1) fは単射である, (2) fは全射である. Proof. X={x1,· · · , xn},Y ={y1,· · · , yn}とおいて証明しよう.
(1)⇒(2): f は単射ゆえ f(x1),· · ·, f(xn)の中に重複はない. もし f が全射でないと仮定すれば, f(x1),· · · , f(xn)のいずれでもないy ∈Y が存在する. このときY はn+ 1個の元 f(x1),· · ·, f(xn), y を含むことになり,これはY がn点集合であることに反する. ゆえにfは全射である.
(2)⇒(1): fを全射とする. もしfが単射でないと仮定すれば,xi ̸=xjかつf(xi) =f(xj)なるi̸=jが 取れる. このときf(x1),· · · , f(xn)のうちf(xi)とf(xj)は等しいゆえ,集合f(X) ={f(x1),· · ·, f(xn)} の点の数はn−1以下となる. f の全射性よりY =f(X)であり, つまりY の元の数はn−1以下であ る. これはY がn点集合であることに反する. ゆえにf は単射である.
本書では「n点からなる集合」の正確な定義には踏み込まずに素朴な立場で論じ,構成する元の個数が ちょうどn個の集合を「n点からなる集合」と定めよう6. この立場において次の命題は,二つの集合の 元の総数が一致することが全単射の存在によって特徴づけられることを述べている:
命題 19.6.2. (1) 集合X, Y がn点からなるとすると,全単射f :X→Y が存在する. (2) Xがn点からなるとし,全単射f :X →Y があればY もn点集合になる.
(3) Y がn点からなるとし,全単射g:X →Y があればXもn点集合になる.
Proof. (1): X, Y がともにn点からなるとすれば, 重複のない表示x1, . . . , xn,y1, . . . , ynを用いてX = {x1,· · · , xn},Y ={y1,· · · , yn}と書ける. このとき,f :X → Y をf(xi) :=yi (i= 1, . . . , n)と定め れば全単射である.
(2): Xはn点からなるゆえ重複のない表示x1, . . . , xnを用いてX={x1,· · · , xn}と書ける. f :X→ Yを全単射とし,yi :=f(xi) (i= 1, . . . , n)とおこう. fの全射性よりY =f(X) ={f(x1),· · · , f(xn)}= {y1,· · · , yn}である. また, fの単射性はy1, . . . , ynの中に重複がないことを意味している. 実際, もし 仮に重複がありyi = yj (i ̸= j)となるならば, f(xi) = f(xj)と単射性よりxi = xj となり, これは x1, . . . , xnに重複がないことに反する. 以上より,Y ={y1,· · · , yn}はn点からなる.
(3): g−1 :Y →Xは全単射であり,f =g−1として(2)を適用すればXはn点集合である.
そこで,集合の元の総数が有限でない場合についても,元の総数が一致するという性質に相当する概念 を次のように定める:
定義 19.6.3. 集合X, Y の間に全単射が存在するとき,XとY は対等である(あるいは濃度が等しい)と いう.
命題 19.6.4. XとY が対等であり,Y とZが対等ならばXとZも対等である.
Proof. 仮定より二つの全単射f :X →Y およびg:Y →Zが存在する. このときg◦f :X→Zは命題 19.5.1(3)より全単射であり,したがってXとZは対等である.
有限集合の場合と異なり,無限集合は自身の真部分集合7と対等になり得る. このことは少なくともガ リレオの時代には既に気づかれていた.
例 19.6.5. 自然数全体Nと正の偶数全体2N = {2n|n ∈ N}は対等である. 実際, f : N → 2Nを
f(x) := 2xと定めればこれは全単射である.
一方で,次に見るようにすべての無限集合が対等というわけではない. この命題の証明で用いた実数の 連続性の詳細については解析学の本を参照せよ.
6そもそもn点集合なる概念を集合論的な道具立てのみでいかに定義するかを考えると,「集合Xn:={1, . . . , n}との間 に全単射がある集合」と定めるしかない. その意味において命題19.6.2は明らかであり,これはナンセンスな主張である. た だし,この厳密な定義を採用する場合,n点集合とn−1点集合の間に全単射が存在しないことは明らかではなく,別途証明す る必要が生じる.
命題 19.6.6. NとRは対等ではない.
Proof. 全射f :N→Rが存在すると仮定すると矛盾が導けることを示そう. f :N→Rを全射とする. ま ずf(1)を含まない閉区間[a1, b1]を取る(ただしa1< b1). 次に,f(2)を含まない閉区間[a2, b2]⊂[a1, b1] を取る(ただしa2 < b2). 更に, f(3)を含まない区間[a3, b3]⊂[a2, b2]を取る(ただしa3 < b3). この操 作を順次繰り返していくと, 単調増加数列a1 ≤a2 ≤a3 ≤ · · · および単調減少列b1 ≥b2 ≥b2 ≥ · · · を 得る. このとき閉区間の取り方から, 各n ∈Nについてf(n) ∈/ [an, bn]である. 上に有界な単調増加数 列は収束する(実数の連続性)ゆえ数列anは収束し, この極限をa = limn→∞anとする. さて, f の全 射性よりf(n0) = aを満たすn0 ∈Nが存在する. このとき, 各n > n0についてan0 ≤an< bn ≤bn0, つまりan0 ≤an ≤bn0である. したがって, その極限においてもan0 ≤ a≤bn0 が成り立つ. すなわち f(n0) ∈ [an0, bn0]である. ところが, 閉区間[an, bn]の取り方からf(n0) ∈/ [an0, bn0]であり, 矛盾を得 た.
例 19.6.7. 次の事実の証明については,集合論の入門的な本を参照されたい.
(1) ZやQとNは対等である. 無理数全体やC,ユークリッド空間RnはRと対等である.
(2) 集合Xの部分集合をすべて集めた集合をXの冪集合とよび,これをP(X)あるいは2Xとかく. X とP(X)は対等ではない. とくに,X,P(X),P(P(X)),P(P(P(X))),· · · は互いに対等ではない. 以上の事実から, 無限集合の元の総数8は無数の種類があることが分かる. とくに任意の無限集合X
がX = {x1, x2,· · · }と表せるわけではない. もしこのような表示ができるならば写像f : N → Xを
f(n) :=xnと定めればfは全射となる. 更にあらかじめ部分列を取ることでx1, x2,· · · に重複がないよ うにしておけばfは全単射である. すなわちXとNは対等である. いまの議論からR={x1, x2,· · · }と 表せないことが分かる.
8無限集合も含めた文脈において,集合Xを構成する元の総数のことをXの濃度という.
よりみち(無限集合の不思議)
RとRnは対等である. 次元の異なる空間の元の個数が等しいことを読者は不思議に感じるかも しれない. しかし,ここでいう全単射f :R→Rnの存在性は, 代数構造や数列の極限など多くの数 学的構造を無視したうえでの1対1対応があると述べているに過ぎないのである. 例えば線形空間 としての演算を保つ写像に限ればRとRn (n ≥2)の間の1対1対応を作ることはできない(命題 21.2.7). また, 数列の発散・収束性を互いに保つ1対1対応(これを同相写像という)もRとRnの 間には作れないことが知られている(22.1節のコラムを参照). このように,二つの対象を同じとみな す(つまり1対1の対応を与える)といっても,様々な立場があり得る.
一方,何の化粧もない単なる集合に限った場合,無限集合の間の1対1対応はどこまで理解されて いるのだろうか. 実は,実数の無限部分集合の大きさにどれくらいの種類があるかという基本的な問 題ですら容易に理解されるものではなく, これは集合論の創始者であるカントールを生涯悩ませ続 けた問題でもあった. すなわち,NともRとも対等でない実数の部分集合X⊂Rは存在するかとい う問いである. このようなXは存在しないという立場を連続体仮説といい,連続体仮説(あるいはそ の否定)の証明に彼は長い年月を費やしたが, いずれも証明することはできなかった. 現在では, 連 続体仮説およびその否定のいずれも集合論の公理系からは導けないことが分かっており, これ以上 この問題について論じるならば,我々は連続体仮説とその否定のどちらか一方を公理として選択す る必要に迫られることになる.
連続体仮説は微積分学とも無縁ではない. 逐次積分(累次積分)の順序の入れ替え:
∫ b
a
∫ d
c
f(x, y)dxdy=
∫ d
c
∫ b
a
f(x, y)dydx.
について,上の等式が成立するためのfの条件を解析学では与えている. 一方,上の等式が成立しな い関数の例が存在するかという問題は授業ではあまり扱わないことが多い. 実は,この存在・非存在 性も集合論の公理系からは導かれないこと, そして連続体仮説からは等号不成立の例が導けること が知られている.
集合論の公理系から導かれる不思議な事実についても述べておこう. それは,R3の原点を中心と する半径1の球体を有限個の集合に分割し, これらを回転と並行移動によって上手く配置しなおす と半径2の球体になるという定理である(バナッハ・タルスキーの逆理). 一見するとこれは体積概 念と矛盾するように思えるが,体積が定義できないような複雑な集合に分割させることで,このよう な構成を実現させている.
以上,無限集合の奥深さを示す例の一端をかけ足ながら取り上げた.
第 20 章 線形写像
線形代数学で扱う線形写像には二つの性格がある. 一つは,分析すべき対象であり,そこには諸科学分 野において現れる個々の具体的な線形写像をいかに理解するかが念頭にある. これこそが線形代数学の 主題であるといってもよい. そしてもう一つは, 一般のベクトル空間V の言葉をユークリッド空間の言 葉に翻訳するために与える対応(線形同型)のことである. 後者は前者を分析するための道具といえる. 本章ではこれら二つの区別をせず,線形写像の定義から共通して得られる一般論を展開し,これらを区別 した各論は次章以降に論じる.
ところで,線形写像の多くは行列によって表現され,以降では行列と標準ベクトルeiの間の積に関す る次の性質
Aei=Aの第i列目
を断りなく用いる(本章では例20.2.4で用いた). 上式を頭の片隅に留めておいてもらいたい.
20.1 線形写像の基本的性質
1節で述べた通り,線形写像とは比例関数の一般化に相当する概念である.
定義 20.1.1. 線形空間U から線形空間V への写像f :U → V が次の性質(i)および(ii)を満たすとき, fを線形写像(linear map)あるいは線形作用素(linear operator)という:
(i) すべてのx,y∈Uに対して,f(x+y) =f(x) +f(y), (ii) すべてのx∈U およびr ∈Rについて,f(rx) =rf(x).
【補足】 作用素と写像は同義語である. 一般に,関数や集合,数列などを代入する写像のことを作用素と呼ぶこと が多い.
上の性質(i), (ii)は線形性と呼ばれる. 部分空間になるための条件がまとめられたように,線形性は次
の性質(iii)にまとめられる:
線形性(iii) すべてのx,y∈V およびa, b∈Rについて,f(ax+by) =af(x) +bf(y).
実際, (iii)においてa=b= 1とした場合が(i)であり,a=r,b= 0とした場合が(ii)である. また, (i)と (ii)を用いて(iii)は次のように導かれる: f(ax+by) =f(ax) +f(by) =af(x) +bf(y). 以上より,条 件「(i)かつ(ii)」と条件(iii)は同値である. 以降,線形性の確認を(iii)によって判定することとしよう. 例 20.1.2. (m, n)-行列Aに対して写像TA:Rn →RmをTA(x) :=Axと定めれば,これは線形写像で
ある. 実際,線形性(iii)は次のようにして確かめられる.
TA(ax+by) =A(ax+by) =A(ax) +A(by) =a(Ax) +b(Ay) =aTA(x) +bTA(y).
上で定めた写像TAは今後頻繁に現れるゆえ忘れないこと. なお,ユークリッド空間の間の線形写像は 必ずTAの形で書ける(命題21.3.4). とくに写像f :R→Rのうちで線形写像となるものは, (1,1)-行列 A= [a]を用いて表される比例関数TA(x) =axのみである.
例 20.1.3. すべてのベクトルを零ベクトル0V ∈V にうつす定置写像f =0V :U →V は線形写像であ る. 実際,f(ax+by) =0V =a0V +b0V =af(x) +bf(y). このような線形写像は自明な線形写像と呼 ばれる.
練習 20.1.4. 次の写像は線形写像ではない. 具体的な元を代入することにより,線形性(i), (ii)のいずれ も満たされないことを確認せよ.
(1) 写像f :R→Rをf(x) =x2と定めれば,これは線形写像ではない. (2) 行列式を与える写像det :Mn(R)→Rは線形写像でない.
ユークリッド空間以外の線形空間における線形写像の例は本章の最後に述べるとして, しばらくは線 形性から導かれる一般論を展開しよう.
命題 20.1.5. 線形写像f :U →V において0U の行き先は0V である. すなわちf(0U) =0V. Proof. 各ベクトルを0倍すると零ベクトルになることを用いると,f(0U) =f(0·0U) = 0·f(0U) =0V.
線形性(iii)は更に次のような有限和の形に一般化できる1.
命題 20.1.6. f :U →V が線形性を満たすならば次も満たす: 線形性(iii)’ 各uk∈U,rk∈R (k= 1,· · · , ℓ)について, f
( ℓ
∑
k=1
rkuk )
=
∑ℓ k=1
rkf(uk).
Proof. 和の個数ℓに関する帰納法で示す. ℓ= 1の場合は線形性の性質(ii)に他ならない. 和の個数がℓ のときに等式が成立すると仮定し,和の個数がℓ+ 1の場合について示そう.
f (ℓ+1
∑
k=1
rkuk )
=f (( ℓ
∑
k=1
rkuk )
+rℓ+1uℓ+1 )
=f ( ℓ
∑
k=1
rkuk )
+f(rℓ+1uℓ+1) (線形性(i))
=
∑ℓ k=1
rkf(uk) +rℓ+1f(uℓ+1) (帰納法の仮定と線形性(ii))
=
∑ℓ+1 k=1
rkf(uk).
線形性(iii)’は,線形写像が線形関係を保存することを述べている:
命題 20.1.7. f :U →V を線形写像とし,u1,· · ·,un∈U とする.
(1) x∈U がu1,· · ·,unの線形結合で書けるならば,f(x)はf(u1),· · · , f(un)の線形結合で書ける. (すなわち,x∈ ⟨u1,· · ·,un⟩ =⇒ f(x)∈ ⟨f(u1),· · · , f(un)⟩.)
(2) ∑n
i=1aiui=0U =⇒ ∑n
i=1aif(ui) =0V.
(3) f(u1),· · ·, f(un)が線形独立ならばu1,· · · ,unも線形独立である. (4) u1,· · · ,unが線形従属ならばf(u1),· · ·, f(un)も線形従属である. Proof. (1): この主張は線形性(iii)’の言い換えにすぎない. 実際,x=∑n
i=1aiuiと書けるならばf(x) = f(∑n
i=1aiui) =∑n
i=1aif(ui)であり,f(x)はf(u1),· · · , f(un)の線形結合で書ける. (2): x=0Uに対して(1)の証明と同等の計算をすればよい.
(3): 線形関係∑n
i=1aiui =0Uを仮定すれば(2)より∑n
i=1aif(ui) =0V である. 組f(u1),· · ·, f(un) の線形独立性よりa1 =· · ·=an= 0. つまりu1,· · · ,unは線形独立である.
(4): これは(3)の対偶にほかならない.
1命題12.3.1と同様の議論を行っている. 行列式を先に扱う都合上,我々は線形性よりも複雑な多重線形性を先に論じてい