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無方向性電磁鋼板の磁気特性に及ぼす磁化方向応力の影響

6.1 緒言

一般に,磁性材料は応力による弾性的な変形によってその磁気特性が変化することが知られて いる。このため,回転機の鉄心における種々の磁気特性劣化の原因を定量的に把握して機器性能 の改善につなげるためには,鉄心材料として使用される無方向性電磁鋼板の磁気特性に及ぼす応 力の影響について理解を深めることが重要である。

無方向性電磁鋼板の応力下での磁気特性の評価は,ひとつには,第4章に述べた鉄心の打抜き 加工や第5章で述べたカシメ加工による鉄心磁気特性劣化を定量的に解析・予測する場合に必要 とされる。打抜き加工やカシメ加工を施した鉄心の加工部付近には塑性歪が残留した領域が存在 するとともに,塑性変形部による拘束により弾性歪場が発生することによって磁気特性が劣化す ると考えられる。したがって,打抜き加工やカシメ加工といった電磁鋼板の塑性加工においても,

加工後の鉄心の磁気特性を正確に予測するために,塑性歪だけでなく,弾性歪の影響を理解する ことが重要となる。

加工の影響を取り込んだ回転機鉄心の損失解析を行う場合,鉄心材料の加工端部付近を塑性歪 と弾性歪に応じた領域に区分けし,それぞれの領域の磁気特性を確定し,これらを有限要素法に よる電磁界シミュレーションに適用することで,機器損失の予測精度を向上させることが可能と 考えられる。このような解析では,加工端部付近を塑性歪および弾性歪の量が一定とみなせる微 小な領域で区分し,各領域に応力下での材料特性を対応させる方法をとることができる。

応力下での磁気特性の必要性としては,上記で述べた加工影響部付近の局所的な領域の磁気特 性予測のほかに,鉄心内部のマクロな領域に付与された応力の影響の評価がある。電磁鋼板がモ ータや発電機などの回転機として使用される場合,ステータ(固定子)は回転機本体に十分な強 度で固定されている必要があり,固定のための応力の影響を受けている。これは,ステータとロ ータとの間に作用する電磁気的相互作用を機械的な力に変換する際,ステータはロータが外部に 及ぼす力(モータトルク)の反作用を受け止める必要があるからであり,回転機の最大トルクを 考慮した強度で回転機本体にステータが固定される。このような要請によるステータの固定方法 としては,ボルト固定や焼きばめ・圧入といった方法が一般的である。

ステータ鉄心をボルト固定する場合,鉄心に穴を設け,ボルトを貫通させて鉄心を固定する。

この場合,鉄心がボルトの頭部や機器本体と接する部分では,電磁鋼板はボルト固定のための応 力の影響下にある。通常は,ボルト穴自体が鉄心の磁気回路に及ぼす悪影響を避けるために,鉄 心の外周部に張り出し部を設け,ここにボルト固定のための穴を設けることが多い。このような 方策により,ボルト穴自体の影響は抑えられるものの,ボルト頭部や座金が電磁鋼板に及ぼす応 力は穴部周辺に広がり,鉄心の磁気的特性を劣化させている可能性がある。このようなボルト固 定による応力の主成分は板厚方向であるが,一次近似として板厚方向の応力によって生じる板面 方向の応力成分(特に磁化方向の成分)の影響の評価により,鉄心磁気特性の予測を行うことが

鉄心固定のためにボルト固定と並び一般的に用いられる方法として,「焼きばめ」あるいは「圧 入」といった方法がある。焼きばめでは,円筒状の部材を熱膨張させてからステータ鉄心を挿入 し,その後,固定用の部材を冷却し収縮させてステータを固定する。また,圧入では,固定のた めに所定の寸法差を持たせた部材の中にステータを強制的に挿入する。

これらの方法では,鉄心を外部の部材で締め付けることにより鉄心が固定されるため,鉄心外 周部(コアバック部分)には周方向に圧縮応力が付与されることになり,この部分で著しく磁気 特性が劣化する。モータコアのコアバック部分を図6-1に示すようなリング形状で模擬すると,

焼きばめ代(半径)をδとするとき,内周側の部分の周方向にかかる応力σtは半径rの位置では 以下の式(6.1)となる [1]。式(6.1)の各量は定義を表6-1中に示す。

   



 

 

 

 

 

 

 

 

a a b b 2 b 2 c

2 c 2 b 2 a 2 b a

2 b 2 a b 2 2 a 2 a 2 b

2 b

t 1

E E r r E

r r r

r E

r r r

r r r r

r

b

(6.1)

上記モデルの場合,リング形状の寸法および物性値が表 6-1 とすると,リング状試料内部の周 方向応力は図6-2となる。このように圧縮応力が印加されるコアバック部はその内側から外側に かけて応力分布を有しており,図6-2の例では圧縮応力の周方向成分が52~67 MPaの範囲で変 化している。

実際の回転機鉄心では内周部にティースが存在するため,ティース付け根付近の応力分布は単 純なリング形状試料よりも複雑になっている。また,鉄心外周部は種々の要請により完全な円形 ではない場合も多い。例えば,文献 [2]では分割型鉄心において,鉄心固定の応力の軽減ために 外周部の形状を工夫している。このような,鉄心外周部が完全な円形でない場合はコアバック部 内部の応力はさらに複雑な分布となっていると予想される。

Fig. 6-1. Schematic view of shrink fitting.

図6-1 焼きばめの模式図

rb rc

ra

r

t

Inner part (corresponding to

stator core)

Outer part (corresponding to

motor housing) Before

shrink fitting

After shrink fitting

rb rc

ra

r

t

Inner part (corresponding to

stator core)

Outer part (corresponding to

motor housing) Before

shrink fitting

After shrink fitting

以上のように,回転機の磁気特性を正確に予測するためには,電磁鋼板の応力下での磁気特性 を明らかにし,電磁界解析などのシミュレーション計算に適用することが重要といえる。そこで,

本章に述べた研究では,まず応力下での磁気特性の評価方法を開発し,この方法を用いて応力に よる無方向性電磁鋼板の磁気特性の変化について検討を行った。ここでは電磁鋼板の磁気特性に 強く影響する磁化方向(励磁方向)の応力の影響を研究の対象とした。加工端部付近の残留応力 やボルト固定の応力をはじめ,焼きばめ・圧入に起因する応力などいずれも磁化方向以外の方向 の応力成分を有しているが,一次近似的には磁化方向の応力成分のみを考えることで鉄心の磁気 特性の概略を推定可能と考え,磁化方向の一軸応力の影響を調査した。

回転機内部の鉄心に作用する各種応力の影響を考慮し,精度の高い機器特性の予測を行うため には,鉄心材料の応力下の磁気特性を有限要素法計算などに精度よく取り込む必用がある。しか しながら,応力による磁気特性の変化は材料毎に異なるため,特定の材料での測定値を異なる材 料に適用することはできず,個々の鉄心材料で応力下の磁気特性を測定する必要が生じる。この

Fig.6-2. Distribution of stress in circumferential direction in inner part.

図6-2 内側のリング状試料内部の周方向応力の分布

-80 -70 -60 -50 -40 -30 -20 -10 0

30 32 34 36 38 40

Location in radial direction, r(mm) Stress in circumferential direction, t(MPa)

-80 -70 -60 -50 -40 -30 -20 -10 0

-80 -70 -60 -50 -40 -30 -20 -10 0

30 32 34 36 38 40

Location in radial direction, r(mm) Stress in circumferential direction, t(MPa)

Table 6-1. Specifications of inner and outer parts 表6-1 内側および外側部材の緒元

Parts Material Specification

Inner part Electrical Young's modulus Ea (GPa) 204

(Stator core) steel Poisson ratio na 0.29

Outer part Aluminum Young's modulus Eb (GPa) 70.3

(Housing) alloy Poisson ratio nb 0.36

Dimensions after srink fitting ra (mm) 30

rb (mm) 40

rc (mm) 50

Difference of radius in srink fitting  (mm) 0.05

ような個別的対応の必要性は,機器特性の迅速な予測の要請に反するものである。これに対し,

材料の基礎的因子(成分,結晶粒径,集合組織など)から応力下での磁気特性を統一的に予測す ることができれば,使用される個々の材料で磁気特性の変化を測定することなく機器特性の予測 を行うことが可能となる。また,材料の基礎的因子に基づいた応力下磁気特性の統一的な理解は,

鉄心材料そのものの開発にも寄与しうる。

このような要請から,本章に述べた研究では,種々の電磁鋼板の応力下での磁気特性を調査し,

材料の基礎的因子の影響の解明を試みた。さらに,応力が電磁鋼板の磁気特性に影響を及ぼす機 構を明らかにするため,応力および磁界下での磁区観察を行い,材料内部で生じている微視的な 磁気的挙動を明らかにした。また,磁界強度が高い条件で磁歪の測定を行い,磁歪と応力による 磁気特性の変化の原因について考察した。

以下では6.2節に磁化方向の応力下での磁気特性の測定方法の開発について示し,6.3節では この方法で測定した応力下での磁気特性,および磁区観察,磁歪測定の結果を述べ,6.4節で材 料の基礎的因子が応力下の磁気特性に及ぼす影響の機構について考察する。

なお,以下の議論では「応力」を単位面積当たりの力(単位MPa)とし,「力」および「荷重」

の呼称は力の総量(単位N)に対して使用した。力および応力の方向は引張側を正,圧縮側を負 とした。ただし,試料の座屈防止のための面圧については絶対値を用いた。また,磁界の印加方 向と一致させた試料の長手方向を「L方向」「LD」,試料の短辺方向を「T方向」「TD」,板厚方 向を「N方向」「ND」と称した。

6.2 応力下での磁気特性の測定方法の開発 6.2.1 開発の目的

回転機鉄心の磁気特性に及ぼす応力下の影響を予測するため,鉄心材料の磁気特性を応力下で 評価する必要があり,種々の測定方法が提案されている [3] - [8]。表6-2に応力下での種々の磁 気測定方法の比較を示す。これらの中で,単板試料を使用し,座屈を防止するために押え板によ って鋼板の板面に垂直な圧力をかけた状態で,励磁方向に圧縮応力をかけながら磁気測定を行う 方法は,その簡便性から広く用いられている [5] - [8]。ただし,この方法では,押え板と試料鋼 板の間の摩擦力により,外部から印加した力が減じることが予想される。

本節では押え板による摩擦力が L 方向の応力を付与した条件での磁気特性評価に及ぼす影響 に関して詳細な検討を行い,摩擦力の影響を補正する方法を提案した [9]。

6.2.2 実験・解析の方法

(i) 面圧影響の実験的評価 図6-3に応力下での磁気測定に用いる単板磁気試験器(SST)を 示す。この装置は試料の励磁方向である長手方向(L方向)に応力をかけながら磁気測定を行う 機能を有する。SSTの形式は縦型ダブルヨーク式とし,励磁コイルの電流値から有効磁界の強度 を算定し,電力計法により鉄損を計測した。圧縮応力付与による座屈を防止するため,図6-3中