第五章 馬の博物館所蔵「烏彫木漆塗鞍」の模造
第1節 「烏彫木漆塗鞍」概要
品 名:烏彫木漆塗鞍
(からすぼりきうるしぬりくら(所有者の呼称のまま))
員 数: 1 背
所 蔵:馬の博物館(神奈川県横浜市)
時 代:江戸時代 品 質:木製漆塗蒔絵
法 量(組み上げ時):高 255mm 、幅 366mm、奥行 355mm
品質形状
木製黒漆塗に高肉上げでレリーフ状の文様がつけられている鞍で、前輪・後 輪の 外側部分に各一羽の烏文様を配し、内側に烏の翼先が表から回り込んで いる構図となっており、鞍の加飾に烏を用いた大変珍しい意匠である。四緒手 穴の際に金の蒔絵線で縁取りしてあり、前輪・後輪の外側と内側の部分と居木 の表面には、銀平目地が施されている。鞍表面には銘が無いが、前輪の居木先 が組み込まれ見えなくなる箇所に墨で書かれた花押がある(図75)。現存して いる江戸時代の文献資料と考古資料とを照合して、調べたところ、「烏彫木漆
図74烏彫木漆塗鞍
(写真:馬と人を結ぶもの
鞍の世界)
塗鞍」の墨書と江戸時代にある類似ものが見当たらず、製作者の名前を特定す るのには至っていない。
鞍橋は、前輪・後輪に海と磯の段差をつけない(図76)、いわゆる海無鞍で ある。前輪の高さの4分の一が山形の高さとなり、前輪の両肩(山形の隅より 若干下)に二段の手形を設け、二枚居木である。鞍橋の構造には、室町・桃山 時代以降よく見られる水干鞍の形式の特徴があると思われる。馬の博物館の図 録によると制作年代は江戸時代とされる。作者や制作地や素地の種類などにつ いては不明である。
本体調査及び考察
本作品の鞍橋は、室町・桃山時代からよく見られる水干鞍の流れを汲みつつ 幕末まで流行した近世鞍の典型的な形を示している。海無鞍は江戸時代によっ てから、よく見られるようになった鞍の形式であるため、江戸時代の水干鞍で あることと推定できる。「日本馬具大鑑 近世」に、「海無鞍 前輪と後輪の 表面に海と磯の区別がなく、平に仕上げられた鞍という。海有鞍と同じ規格化 された形態をもって、幕末まで造られ続ける」と記載されている 。海無鞍の96 初期作例としては、愛知県の莵足神社が所蔵している唐草螺鈿鞍があげられる が、他にも作例が多数ある。
前輪・後輪は表裏両面とも漆塗りが施され、どのような木材が使われている のか判別しにくい。前輪・後輪の切り組部分と居木の裏面には摺り漆を施して いる。破損部分の下地が出ているところを見ると、前輪・後輪ともに布着せが なく、居木裏の一部と居木先部分のみに麻布を貼っている。居木の裏以外は鞍 全体に黒漆を塗り込み、銀平目粉を蒔いている。四緒手穴の際に金の蒔絵線で 縁取りをしている(図77)。烏の文様は鞍の前輪・後輪の磯と鰐口の部分だけ に施している(図78)。前輪・後輪の磯部分から鰐口に飛んでいる烏をそれぞ
同註72 96
図75花押 図76後輪表面の見られる海無鞍 の形
れ一羽配し、前輪・後輪の裏部分と鰐口にも烏の羽が見られる。烏文様は錆漆 で高上げをして黒漆塗りで仕上げているが、損傷箇所から赤味の強い茶色の錆 下地を付けていることがわかる(図79)。烏の目、口、体、尾など、1本1本 の羽などはさらに高く錆漆で盛り上げ、烏の立体感を出している。体と尾の羽 の細部と口部分には錆び上げ後に刻線と細い黒漆の描線で毛打ちされている(図 80)。
鞍の加飾は、前輪・後輪にそれぞれ一羽飛んでいる烏の意匠表現が特徴的で ある。このような烏を文様として加飾するのは、他の鞍にはほとんど見られな い。実は、烏文様は日本に古くから伝わる意匠の中でも特にめずらしい。現代 では忌み嫌われる鳥であるが、烏は古来、吉兆を示すようである。古代中国で は烏は太陽の象徴とされ、日本にもその思想が 伝わっており、日本神話にお いて神武天皇の東征の際には、八咫烏(3本足のカラス)が熊野国から大和国 に入る道案内をしたという神話がある。その後、八咫烏は導きの神として信仰 されているが、古くより熊野の雑賀党鈴木氏では家紋として八咫烏や烏が使用 されている。
図78鰐口の部分の烏の羽(写真:葉翠馨)
図77四緒手穴の際に金の蒔絵線
図80口の部分の毛打ち(写真:葉翠馨)
図79赤味の強い茶色の錆下地(写真:葉翠馨)
今回調査中、鞍を解体の機会を得、詳細なる採寸を行うことができた。