前章では,2011東北津波による気仙沼湾での地形変動実績に対して高橋モデル 8)を適用し,再 現性の評価を行った.この結果,狭窄部での侵食や湾奥での堆積など定性的には再現できている ものの,湾全体の変動分布は再現性にやや劣る結果となった.加えて,土砂移動量は,実績に比 して過小評価となり,湾全体の土砂移動傾向においても実績の堆積卓越傾向とは逆の侵食卓越傾 向を示すなど,改善すべき課題が多い結果となった.なお,これらの課題は,高橋らによる1960 チリ津波の再現計算 8)においても同様に示されていることから,狭窄部の侵食など限定的な範囲 での再現が高橋モデルの適用限界と考えられる.
一方で,前章において津波来襲時の物理諸元の時系列変化を詳細に分析することで,飽和浮遊 砂濃度が支配的に寄与していることや浮遊砂濃度の移流現象に微細な振動が生じている可能性が あるなど,改善の糸口に繋がる課題も数点確認できた.また,これらの課題は,例えば前者であ れば,飽和浮遊砂濃度の評価方法に起因した課題,すなわち物理的側面を有した課題であり,後 者であれば,数値計算の解法に起因した課題,すなわち,数学的側面を有した課題であるなど,
課題の特性も多様であるといえる.
本章では,本研究の中核を成す津波移動床モデルの高度化について検討している.ここで,本 研究で高度化を図る津波移動床モデルは,実務面への適用を視野に入れ,浅水理論を前提に少数 のパラメータで構築されている高橋モデルの基本概念を踏襲することとした.このため,前章で 確認できた高橋モデルの多用な課題の特性を考慮に入れ,多角的な視点から種々のアプローチを 行い高橋モデルの高度化を図ることとした.
5-1 再現性向上の検討方針
高橋モデルの高度化方法は,現時点で有する多様な課題の特性を踏まえ,次の 3 つの視点に 分類した.1つ目は,高橋モデルの構造や構成因子の評価方法等に大きな問題がないことを前提 に,メッシュの種類やサイズ等の計算条件や粒径等の外的要因に着目した改良である.また,2 つ目は,先述した浮遊砂濃度の振動を引き起こす可能性のある数値計算の差分解法,すなわち 数学的な側面に着目した改良であり,津波土砂移動の物理的特性に基づく本質的な改良とは,
やや異なった視点からのアプローチである.また,最後の 3 つ目は,高橋モデルの本質的な改 良と位置づけ,津波土砂移動に影響を及ぼす因子(以下:支配的因子)を抽出した上で,その 評価方法について,物理的観点に基づき改良を図る.
これらを整理すると以下のとおりである.①差分解法からのアプローチ,②計算条件・外的 要因からのアプローチは,いずれも津波土砂移動の物理的特性との関連性は低く,数学的側面 に特化した改良方針といえる.一方で,③支配的因子の評価方法からのアプローチは,津波土 砂移動の物理的特性を踏まえて各支配的因子の評価方法等を改良していくため,物理的側面に 特化した検討方針といえる.
図 5-1-1 高橋モデルの高度化の改良方針分類イメージ 浮遊砂濃度移流項の差分解法が十分実現象を評価できていな いと課程する.
②計算条件・外的要因からのアプローチ
計算条件や外的要因の設定に課題があると考える.
・計算メッシュの種類,サイズ ・粗度係数
・粒径
◇数学的側面に基づくアプローチ◇
①差分解法からのアプローチ
高橋モデルを構成しかつ土砂移動に影響を及ぼす因子について,
津波土砂移動特性に対応した評価ができていないと仮定する.
③支配的因子の評価方法からのアプローチ
◇物理的側面に基づくアプローチ◇
5-3
5-2 再現性向上の検討の流れ
高橋モデルの高度化は,前述した 3 つの視点に基づき,これらに関連する因子に着目して改 良を図ることとする.しかし,現時点で課題内容が明確となっている因子はごくわずかであり,
基本的には課題となっているかどうかさえ不明な因子がほとんどである.特に,①計算条件・
外的要因からのアプローチ,③支配的因子からのアプローチは改良の対象となる因子が多岐に 亘るといえる.また,改良を図る因子においては,土砂移動に強い影響を及ぼす因子であるこ とも重要な要素である.すなわち,時間をかけて抜本的な改良を図っても土砂移動への影響が 元々小さければ,特段の精度向上は期待できない.
よって,本研究では,高橋モデル改良の効率化を図るため,本格的なモデルの改良を実施す るのに先立ち,対象因子の感度分析を実施することで土砂移動に対する応答特性を確認する.
感度分析では,物理的観点は考慮せず対象因子の値を大小に変動させることで,土砂移動への 影響を確認し,これが大きい因子においては改良の余地がある因子として本格的な改良に取り 組むこととした.
以下に,高橋モデルの高度化における検討の流れを示す.
図 5-2-1 高橋モデルの高度化における検討の流れ
①.各アプローチにおいて対象とする因子の抽出 ・①地形条件・外的要因からのアプローチ →メッシュサイズ,粒径
・②差分解法からのアプローチ →浮遊砂濃度移流項の風上化 ・③支配的因子からのアプローチ
→飽和浮遊砂濃度,掃流砂量,巻上げ砂量係数 など
②.各対象因子の感度分析
・各対象因子の値を大小変動させた感度分析を実施
・土砂移動量(堆積量,侵食量,堆積率※),土砂移動分布への 影響確認
・土砂移動への影響が大きい因子(支配的因子)の抽出
③.支配的因子の改良
・支配的因子を,最新の知見等を用いて改良を図る.
※堆積率:土砂移動傾向を確認する指標として定義し,堆積量/侵食量として算定
5-3 地形条件・外的要因等の計算条件に着目した再現性向上方策
本節では,高橋モデルの高度化にあたって,地形条件や外的要因等の計算条件に着目して検 討する.ここで,津波に比べて多くの知見を有し,実務面での検討もごく一般的に行われてい る河川洪水での河床変動解析では,再現対象とする土砂移動特性を適切に見極めた上で,現象 を評価できるモデルを採用することが一般的である(例えば,経年的に縦断的な河床変動傾向 を把握する場合は,計算期間は対象区間も考慮し一次元河床変動モデルが用いられることが多 い).しかし,計算モデル以外にも河道内メッシュの種類やサイズ,粗度係数,粒径等の設定に おいても影響を受けるため,これら地形条件や外的要因についても適切に計算に反映すること が重要である.
一方で,津波による移動床計算では,これらの計算条件に対し,精度の高い海底地形データ が不足している,あるいは保有していても精度が不十分な場合が多く,メッシュサイズが粗い サイズに限定されること,海底の粒径に対する情報が不足していること等が頻繁に挙げられ,
これらの計算条件・外的要因については,ある程度の想定条件のもとで実施せざるえないこと も多い.
このため,本節では,上記の計算条件・外的要因が適切に設定されていないことが高橋モデ ルの再現精度の低下を招いていると考え,計算条件・外的要因に着目して高橋モデルの高度化 を図る.
5-5 5-3-1 検討方針
高橋モデルの再現精度に影響を及ぼす可能性のある計算条件・外的要因としては,河川に おける河床変動解析等の事例も踏まえ,計算メッシュの種類,メッシュサイズ,粗度係数,
粒径等が挙げられる.ここでは,各々に対して前述の検討の流れに従い感度分析を実施する ことは可能であるが,以下の理由に基づき感度分析の対象は,①メッシュサイズ,②粒径に 限定した.
○計算メッシュの種類
数値計算に用いる計算メッシュは,これまでに種々考案されており,代表的なものとして デカルト座標系や一般曲線座標系,非構造格子系などが挙げられる(図 5-3-1,表5-3-1参照). これらの計算メッシュは,再現対象の水理現象,計算に必要なデータの整備状況,計算に要 する費用や時間等を勘案の上,適切なメッシュを選定することが一般的である.
ここで,津波を対象としたシミュレーションでは,断層帯を含む広域領域を対象とするこ とが多く,マクロな津波遡上状況を求められることが多いため,デカルト座標系による計算 が一般的である.また,各種データ(地形データ,土地利用データ等)の整備状況等を勘案 し,実務面への適用を視野に入れた場合,デカルト座標系が最も扱いやすいといえる.この ため,計算メッシュはデカルト座標系を基本とし,他メッシュについては検討対象外とした.
図 5-3-1 代表的な計算メッシュ
表 5-3-1 代表的なメッシュの種類と長所・短所
メッシュの種類 長 所 短 所
デカルト座標系
・格子形成が簡便。
・各種データ(標高、土地利用、建物位 置、資産など)との関連付けが容易。
・津波の伝播状況を大まかに把握するのに 好都合。
・複雑な地形特性や港湾構造物、建物形状 等の影響を考慮するのが困難(ただし、
メッシュサイズを細分化することで、ある 程度課題は解消される)。
一般曲線座標系
・格子形成がやや煩雑。
・主要な地形特性、港湾構造物、建物形状 等に沿った格子形成が可能。
・複雑な地形特性や港湾構造物、建物形状 等の影響まで考慮するのが困難(ただし、
メッシュサイズを細分化することで、ある 程度課題は解消される)。
非構造格子系 ・複雑な地形特性、港湾構造物、建物形状
等を取り込むのが容易。 ・格子形成に相当の時間と労力が必要。