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江戸期の女訓書

ドキュメント内 日本礼法論 序説 (ページ 39-42)

第9章 :江戸時代の礼法−3 寺子屋の教科書と石門心学 第1節 寺子屋

第4節 江戸期の女訓書

江戸期となり,寺子屋などでの教科書として,多くの女性への教育書が出版 された.なお,これらは,武家の女のためだけの訓戒ではなく,儒教精神等を 基にした,広く庶民の女のために教えられたものであった.

・「女おんなじつきょう

初刊行は元禄8年(1695)の文台屋治郎兵衛板.和文によって書かれた女子 への教訓書.内容は女性の心持ちの大切さを述べており,忠・考・礼などの教 訓を箇条書きにした代表的な女子教訓書の一つ.女性によって著されている (作・書・挿絵)のが特徴である.「女 」とは,前項で紹介した伝・弘法 大師作の「實語経」に倣って付けられたものであろう.

「品しなすぐれたるが故に尊からず,心ただしきを以って尊しとす.

かたち

うるはしきが故ゆえに貴からず,才さいあるを以もってよしとす.」

「婦人,礼を正しくすれば舅きゅうに義あり,嫁として礼儀なければ父母の名 を下すことあり.」

・「女訓孝教じょくんこうきょう

北越芝藩の尾本先生の著とされる.

「婦人の道は義理の二をよく弁わきまえ,人を先にし己を後にし,夫,舅姑に能く つかへ,兄を敬ひ,織繍紡績の事を勤め,万事倹つつましやかにして費ついでを省き,家内 和同し,召使ふ者を憐み,他人を敬ふは,是庶人の妻の孝なり」と,舅しゅうと, 姑しゅうとめ に仕える法としての礼を説く.

・「女大學おんなだいがく

江戸時代中期から女性の教育に用いられるようになった教訓書である.ここ でいう「大学」とは四書五経のひとつである大学のことを言う.貝原益軒が著 した『和俗童子訓』を元に作られたと見られ,1716年(享和2年)に刊行され ている.全十九条.益軒の妻,東軒が益軒の趣意に基づいて著述したものとも 言われている.

「一,(一)女子は成長して他家へ行き,舅きゅうに仕へるべきものであるから,

男子よりも親の教えをゆるがせにしてはならぬ.父母が寵愛して自由に 育てれば,夫の家に行って必ず気ままに振る舞い夫に疎うとまれ,また正しい 舅の教えを耐え難く思い,舅を恨み誹そしって仲が悪くなり,ついには追い 出され恥をさらす.女子の父母は,自分の教えなきことを言わずして,

舅夫が悪いとのみ思うは誤りなり.これみな女子の親の教えなきゆえな り.」

「一,(二)女は形かたちよりも心の勝れるを善とすべし.心映えの悪い女は心騒が しく,眼を恐ろしく見出して人を怒り,言葉が荒く物の言い方が悪く,

口聞きて人に先立ち人を恨みねたみ,我が身を誇り人をそしり笑い,自 分が人に勝ったという顔でいるのは,みな女の道に違たがえるなり.女はた だ和やはらぎ従いて,貞ていしんに情け深く静かなるをよしとす.

「一,(六)婦人は別に主君なし,夫を主人と思い敬い慎みて仕えるべし.軽 んじ侮あなどるべからず.総じて婦人の道は人に従うにあり,夫に対するに顔 色言葉使い慇懃にへりくだり,和じゅんなるべし.おごりて無礼なるべから ず,これ女子第一の務めなり.夫の教訓あればその仰せに背くべから ず.疑わしきことは夫に問うてその下に従うべし.夫が問うことあれ ば正しく答えるべし.その返答がおろそかなるは無礼なり.夫がもし腹

を立て怒るときは恐れて従うべし.怒り争いてその心に逆らうべから ず.女は夫をもって天とす,返す返すも夫に逆らって天の罰を受けるべ からず.」

「一,(九)言葉を慎みて,多くすべからず.仮にも人を誹そしり,偽りを言うべ からず.人の誹りを聞くことあれば,心に納めて人に伝え語るべから ず.誹りを言い伝えることで,親類とも仲悪くなり,家の中が納まら ず.」

その他,熊沢蕃ばんざん(1619∼1691)の「女じょくん」をはじめ,また「女四番」「女 論語」「内外訓」「女誡」「女かがみ」「女訓抄」「鑑草」「女今川」など,女子訓 書は充実していった.

以上のように,わが国において女子に対するあるべき姿への礼法教育は,家 庭において親から娘へ,また寺子屋において多くの優れた女子訓書によって,

詳細になされてきた.特に「女大學」は大東亜戦争期まで,わが国の女性教育 の規範としてあった.それゆえに,明治維新以降は,先進的な人々には打ち破 るべき因いんじゅんそくの象徴として,その批判の矢面にも立たされていったのであ るが,それでも日本女性の強さと美しさ,気高さと尊さを保ってきた教えで あった.

今日,自由にあふれ,男女機会均等が云われながら,一方でまた様々な異様 な世相も見られる状況に至って,また明確な女子教育の規範が見えにくい現状 を鑑みるに,改めて女子教育において「女大學」に述べられている訓戒を学び なおすべき秋ときではないかと思われる.

日本に生まれた女子に対して,これまでの日本をつくってきた,そしてこれ からの日本を作ってゆくべき「あるべき日本の女子の姿」を教えることが大切 である.またこれは男子にも言えることであり,男子には,これまでの日本を つくってきた,そしてこれからの日本を作ってゆくべき「あるべき日本男子の 姿」を教えることが大切である.わが国においては礼法教育がこれを担ってき たのであった.

第11章:明治維新以降

ドキュメント内 日本礼法論 序説 (ページ 39-42)

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