第 6 章 考察
Ⅱ パワレス状態の女性が希望を引き出された体験
本研究の対象者は、【不安になることもあるが、決断を保証されると心強くなり、行動 を起こすことができる】、【病状悪化で子育てに自信をなくすが、サポートを受けると子ど もに関わりたいという思いを引き出され、子育ての辛い時期を何とか凌ぐ】という体験を していた。精神障がいの成因として、ストレス-脆弱性理論が唱えられているように、精神 障がいを持つ人はストレスにより病状が悪化しパワレス状態に陥りやすいが、本研究の対 象者である母親は、パワレス状態からどのようにエンパワメントされ変化していったのか について以下に論じる。
1.希望を意思表示した後に保証され主体的な行動を支えられた体験
本研究の対象者は、出産や離婚などを決断する前に葛藤があり、パワレスな状態である ために中々決断できずにいたが、最終的には、自分よりも子どもの安全や幸せな成長を願 い、〈大事な子どもを守らなければと思い決断をする〉体験をしていた。精神障がいを持つ 母親は、自分よりも子どものニーズを優先する傾向にあると言われている(Nicholson et al., 1998)が、本研究の母親も同様の結果であった。このことから、パワレス状態ではあ っても、母親は子どもがいることで、母親としての責任感を引き出されたと考えられる。
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本研究の対象者は、出産や離婚を決断した後に意思表示をすると、〈決断した事がうま くいくように周りの人から具体的な援助を受ける〉、〈不安な気持ちに共感し、絶えず大丈 夫と保証され心強くなる〉、〈決断した事を応援してくれる人がいるので次の行動を起こす ことができる〉という体験をしていた。つまり、本研究において多くの支援者は、決断が 実現可能かどうかという視点ではなく、母親の希望を尊重し、母親の力を信じてサポート をするというスタンスで関わっていた。麻原(2000)は、人間には元来、自身と環境をコ ントロールする潜在能力が存在し、相互作用により個人の変化が起こるというエンパワー の概念について説明している。また、西田(2010)は、母親と専門家との関係が構築され ること、共感し分かち合うことが母親をエンパワメントするパートナーシップの構築にな ると述べている。このことから、本研究の母親にとって、自分の決断の正当性に対する承 認・尊重、応援や保証をしてもらえる体験は行動の後押しとなった。自分の潜在能力を信 じ、気持ちを共有し、寄り添ってくれるパートナーがいるという安心感が、パワーを得る エンパワメント体験となり、行動を起こすことができたと言える。つまり、自分がどんな ことをし、どんなことを言っても受け入れてもらえる「空間」を他者との関係の中で体験 することができる時、人はありのままの“自分自身”になれる(諸富, 1997)と考える。
一方、本研究の対象者は、自分の決断に自信がないため、〈決断に対する周りの冷たい 反応で不安になる〉こともあった。支援者は、向精神薬を服用しながら生活をしている母 親には育児能力がないと判断し、母親の病状が悪化することを恐れて、最善と思える決断 を優先して結婚や出産に反対していたと考えられる。つまり、支援者は、母親の希望を尊 重し可能性を信じるよりも、リスク回避を優先するというパターナリズムの発想であった。
このことは、専門家はクライアントを方向付けしようとしてパワーを発揮することがあり、
クライエントだけでなくサービス提供者もパワレスに陥りやすいという報告(Broer et al., 2012)と同様の結果であった。しかし、医療従事者が決定するのではなく、あくまでも本 人が自己選択・決断し、行動をすることで、自分の生活をコントロールできると実感し、
自信を獲得することでエンパワメントされる(Gibson, 1991; Rodwell, 1996)。そこで、
看護師自身がエンパワメントし、相手をコントロールすることを放棄する必要がある
(Dowling et al., 2011)。このことから、支援者から冷たい反応を受けることがあっても、
自己決定し、サポートを受けながら自ら行動を起こすことができた本研究の対象者は、主 体的な行動(西田, 2010)をとり、自分の人生を自分でコントロールできるという自信を 引き出されたと言える。
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2.子育てを実践しながら学ぶ“援助つき母親業”
本研究の対象者は、〈病状悪化で子どもを育てる余裕がなくなる〉、〈思うように子育て ができない自分に自信をなくす〉体験をしていた。つまり、母親は再びパワレス状態に陥 っていたと言える。しかし、危機状態に陥った母親は、〈助けを求めて何とか辛い時期を乗 り越えようとする〉点が、以前のパワレス状態とは異なっていた。重度の精神障がいを持 つ母親は親権喪失を恐れて、育児困難がある場合でも専門家に援助を求めようとしないと 報告されている(Nicholson et al., 1998; Bassett et al.,1999; Diaz-Caneja et al., 2004;
Khalifeh et al., 2009)。また、重症心身障がい児を養育する母親は、子どもに障がいがあ ることを受け入れることができないためにサービス提供者や行政担当者に働きかけること ができず、孤立して子育てを行っていたという報告があり(Fujioka et al., 2014)、本研究 とは異なる結果であった。
本研究の対象者が危機状態に陥った時に、精神保健医療福祉関係者に助けを求めた理由 として、母親が子どもの生命や健全な成長・発達を優先した事、援助を求めるという自己 決定を行った事の2点が考えられる。ここではその行為における母親の潜在能力という観 点から分析する。1 点目として、対象者が子どもの生命や健全な成長・発達を優先したこ とは、自分が心身ともに限界状態にあること、このままでは子どもを虐待する恐れもある ことに気づく力があったからだと言える。その他に、子どもから逃げたい・楽になりたい という思いもあったと考えられるが、危機状態においてはそれも当然の感情である。見方 を変えれば、他者に対してネガティブな感情を表現する力があったと言うことである。2 点目として、援助を求めるという行動を起こしたということは、その前に自己決定を行っ ていたと推測される。精神障がいを持つ親は、子どもと分離される場合には生活が損なわ れると報告されている(Montgomery et al., 2006;岩根, 2010)。このことから、特に、
子どもを施設に預けざるを得ない母親にとって、助けを求めることは苦渋の決断であった と考えられる。しかし、援助を求めることで子どもと引き離される結果になったとしても、
子どもの生命や健全な成長・発達を優先したことは、母親としての責任という健康な側面 を引き出されたと考えられる。その一方で、危機状態の体験は、自分の限界に気づかされ た体験でもあった。西田(2010)は、自分自身の強みを認知することがエンパワメントを 促進する上での動機付けとなると述べているが、反対に、自分の弱さを知ることは、次に 同じ失敗を繰り返さないために失敗を分析する(安梅, 2004)貴重な体験でもあり、支援 を求める力が育つ(伊藤ら, 2013)体験と言える。
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対象者は、〈育児が重荷にならないように、エネルギーを充電する時間を作ってもらう〉、
〈親身に関わってくれる人がいるから、子どもに関りたいという思いが引き出される〉、〈愛 おしい子どもと一緒にいたいという思いを支えられる〉という体験をすることで、母親は 心身ともにエネルギーの充電ができ、〈元気付けてくれる人がいるので、子育ての辛い時期 を何とか凌ぐ〉体験をしていた。上別府ら(2006)は、精神障がいを持つ女性が親になる ことは、自分がケアされながら自分も子どものケアをするという自他双方向性のケアだけ でなく、自分自身が病を持つ自分をセルフケアしながら子どもをケアするという内向・外 向という側面の二側面があると述べている。このことから、対象者は、他者から支援を得 ることにより内面的な力を獲得(Fujioka et al., 2014)し、子どもに関わりたいという思 いが引き出されたと言える。以上のことから、野中(1997)が、能力が整ってから出産す るのではなく、出産し子育てを実践しながら学んでもらうという視点を、“援助つき母親業”
と呼ぶように、支援者は、母親の一歩後ろから付いていくパートナーとして、母親と一緒 に子育てのプロセスを歩んでいくことが重要と言える。