④ 世帯主が万一の際に確保が見込める生活費は、配偶者(妻)の職業や収入と、現在保 有する金融資産、不動産などによる。配偶者の職業・収入は、妻が専業主婦志向かど うかに関わる。夫が高学歴である中間層の場合、妻も高学歴の場合が多いが、女性は 高学歴であっても専業主婦願望が強く、また中間層は相対的に高所得であり、夫が高 所得の場合、妻は就業しない傾向がある。
図1 分析の枠組み
凡例
本稿では、以上のような考え方を基本として、財団法人生命保険文化センターが 1976 年から3年ごとに実施している「全国生命保険加入実態調査」の個票データを使用して、
使用可能な項目を中心に次の3点について分析を行った。
(1) 中間層の「必要な生活費」の特徴と動向
(2) 中間層の「万一の際の経済的な不安」の特徴と動向 (3) 中間層の「万一の際の生命保険への依存」の特徴と動向
また、「中間層」は前述の通り、ホワイトカラーの雇用者とし、最後に、中間層崩壊の要 因である「資産格差」を加味して(1)〜(3)の連関分析を行った。
3.中間層の「万一の際に遺族に必要な生活費」の特徴と動向
万一の時の遺族の生活に必要となる年間の生活費を、中間層であるホワイトカラー雇用 者を、管理職・専門職(「W雇上」と表記)、事務職(「W雇下」)に分け、他の社会階層−
農林水産業(「農業」)、自営業・自由業(「全自営」)、労務系雇用者(「B雇」)と比較する と、W雇上は76年以降2000年に至るまで、最も高いランクを維持し、全自営、W雇下が それに次いでいる。W雇上は、所得水準が他より高く、現状の生活レベルを維持したいと いう願望や、子どもの大学進学費用などを確保するために、必要だと思う生活費の水準は 高いまま推移していると考えられる(図2)。
図2 万一の際の遺族の必要生活費(年額)
0.0 100.0 200.0 300.0 400.0 500.0 600.0
万円
農業 全自営 W雇上 W雇下 B雇 その他 合計
農業 169.3 200.6 275.3 280.4 302.4 334.9 352.4 401.8 378.6 全自営 237.4 336.9 347.8 328.2 360.7 442.5 438.7 437.9 449.3 W雇上 235.1 368.5 352.5 384.7 403.6 474.3 525.2 492.2 501.3 W雇下 202.0 305.8 312.9 316.0 365.8 426.6 438.7 439.3 443.0 B雇 179.5 240.4 269.0 273.8 305.7 377.0 393.1 409.8 397.0 その他 182.1 195.3 242.8 227.0 246.0 303.9 312.2 301.8 329.5 合計 201.8 278.4 300.8 300.9 332.9 400.9 417.1 415.9 413.4 1976 1979 1982 1985 1988 1991 1994 1997 2000
4.中間層の「万一の際の経済的な不安」の特徴と動向
万一の際の遺族の生活資金の準備ができていれば不安がなく、準備ができていなければ 不安であるといえる。この準備状況を聞いた質問について、3.と同様に社会階層で比較 をすると、中間層であるホワイトカラー雇用者のうちW雇上だけは、1988年以降は「大丈 夫」が相対的に低下して経済的な不安が増加する。一方、W雇下やB雇は「大丈夫」とす る楽観的な意識が高まる。3.で示したとおり、W雇上は 1988 年以降は必要な生活費を 大きく伸ばしている。バブル経済の初期には、実生活の面でも求める生活水準に対してス トックが追いつかなかったと考えられ、「万一」ついでも同様な結果となったと推測される
(図3)。
図3 万一の場合の家族の生活費(「大丈夫」+「たぶん大丈夫」の割合)
(ただし、1985以前は「十分やっていける」+「十分ではないが多分やって いける」)
40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0
%
農業 全自営 W雇上 W雇下 B雇 その他 合計
農業 75.2 74.0 67.9 78.0 58.9 56.7 66.0 62.5 62.2 全自営 66.4 72.9 68.0 65.8 64.5 66.4 67.6 69.2 74.5 W雇上 70.1 84.0 77.9 74.5 52.9 62.5 61.8 59.4 65.1 W雇下 53.4 62.6 56.7 56.8 74.8 78.0 79.1 77.5 76.7 B雇 48.7 57.8 50.3 50.4 76.6 81.1 80.5 82.8 80.6 その他 61.2 72.6 65.2 69.7 55.0 60.6 62.0 65.4 67.5 合計 60.7 67.0 61.1 61.9 67.3 71.2 72.6 72.6 73.4 1976 1979 1982 1985 1988 1991 1994 1997 2000
5.中間層の「万一の際の生命保険への依存」の特徴と動向
万一の際に期待する経済的手段を複数回答で聞いた中から、生命保険についてを取りだ し、社会階層別に比較した。中間層を形成するW雇上とW雇下は、1976年以降ずっと他の 階層より上位に位置している。1994年以降は、多くの階層で生保への期待は減少に転じて いるが、W雇上だけは少し遅れ、1997年になってから減少に転じた(図4)。1994年以降 は、生命保険以外の経済的手段についても全体として依存度の減少がみられ、バブル経済 崩壊の影響が出たものと考えられる。W雇上については、バブル期に死亡保障が大型化し たことと(図表5)、4.で示した不安の増加が依存度を維持させたと考えられる。
図4 万一の際の遺族生活は生命保険に期待
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0
%
農業 全自営 W雇上 W雇下 B雇 その他 合計
農業 43.2 41.2 52.8 53.9 67.2 72.0 72.4 66.9 62.0 全自営 55.9 55.8 60.6 61.9 68.6 73.2 75.7 71.7 69.4 W雇上 61.2 61.6 67.5 72.1 74.3 79.1 84.6 85.8 79.4 W雇下 58.3 58.3 64.9 67.7 72.5 82.5 81.8 79.4 78.2 B雇 54.8 52.1 58.7 61.5 68.0 74.7 76.4 75.2 69.5 その他 22.3 22.0 30.5 32.1 44.3 46.4 57.4 51.8 50.8 合計 52.0 50.7 57.5 59.8 66.7 73.4 75.8 72.4 68.0 1976 1979 1982 1985 1988 1991 1994 1997 2000
図5 死亡保障額の平均の推移(万円)
0.0 500.0 1000.0 1500.0 2000.0 2500.0 3000.0 3500.0 4000.0
農業 全自営 W雇上 W雇下 B雇 その他
農業 457.1 464.6 772.0 1070. 1115. 1443. 1733. 1810. 1912.
全自営 859.1 1247. 1757. 1880. 2232. 2879. 3137. 3191. 2850.
W雇上 851.3 1444. 1747. 1985. 2405. 3075. 3438. 3511. 3431.
W雇下 677.4 961.7 1298. 1536. 1994. 2613. 3138. 3084. 2956.
B雇 562.5 776.2 1031. 1257. 1647. 2233. 2495. 2656. 2524.
その他 331.5 325.2 445.5 595.5 804.6 1067. 1097. 1179. 1258.
1976 1979 1982 1985 1988 1991 1994 1997 2000
6.中間層の資産格差と死亡保障ニーズ
ここで使う資産格差に関する項目は、調査内容の制約により、住宅の状況(「持ち家ロー ン無」とそれ例外)、保有金融資産の合計額の2つである。集計ベースで、
・持ち家でローンが無い層はそれ以外(ローン有、または借家)より万一の場合に必要と する生活費が少ないこと
・金融資産残高が 2000 万円以上の層は、それ以下の層に比べ、万一の場合の経済的不安 が少なく、生保への依存も少ないこと
の2点が明らかになった(図表略)ので、必要な生活費と、不安の大きさについて、
(1)必要な生活費(年額)=f(世帯年収、住宅保有状況、仕送りが必要な子供有無)
(2)万一の時の不安の大きさ=g(必要な生活費、配偶者の年収、保有金融資産合計額)
の2つの回帰モデルを想定し、2000年の調査データで社会階層別にパラメータを予測した
ところ、表1、2の通りとなった。
まず、表1より、必要な生活費に関しては、どの階層においても、住宅ローンがないこ とが必要額を下げ、世帯年収の多さ、仕送りが必要な子供の存在が必要額を上げているこ とがわかる。住宅ローンが無いことに関する係数はどの階層であっても有意ではないので 厳密な議論はできないが、W雇上に関しては、他より影響が小さいと推測できる。世帯年 収の係数は、どの階層でも有意であるが、W雇上や全自営については、相対的に影響が小 さいといえる。
表2からは、万一の際の不安の大きさに関しては、どの階層においても、必要な生活費 が不安を増加させ、配偶者の年収や保有金融資産合計額が多いことが不安を減少させるこ とがわかる。金融資産による影響は、中間層であるW雇上,W雇下は、他の階層より小さ い。
以上より、中間層に関しては、住宅や金融資産といった資産格差や世帯年収などが死亡 保障ニーズの要因である「万一の際の不安の大きさ」に影響する度合いは相対的に少ない といえる。したがって、「中流の崩壊」として今後中間層にストック・フローの格差が生じ たとしても、それが直接的に死亡保障ニーズに影響することはないであろう。
表1 万一の際に必要な生活費の予測モデル
非標準化係数 標準化係数 t 有意確率
B 標準誤差 ベータ
農業 (定数) 202.360 82.372 2.457 0.015 *
持ち家ローン無 -40.061 75.875 -0.039 -0.528 0.598
家族の合計年収 37.361 7.679 0.365 4.865 0.000 **
別居の子ども・未婚で働いていない 75.984 115.146 0.050 0.660 0.510
全自営 (定数) 363.360 52.294 6.948 0.000 **
持ち家ローン無 -69.569 42.034 -0.095 -1.655 0.099
家族の合計年収 16.165 6.127 0.151 2.638 0.009 **
別居の子ども・未婚で働いていない 0.024 0.040 0.034 0.590 0.556
W雇上 (定数) 334.198 102.661 3.255 0.001 **
持ち家ローン無 -9.449 47.020 -0.014 -0.201 0.841
家族の合計年収 11.870 10.275 0.081 1.155 0.249
別居の子ども・未婚で働いていない 171.049 54.853 0.221 3.118 0.002 **
W雇下 (定数) 277.648 66.106 4.200 0.000
持ち家ローン無 -51.600 40.044 -0.092 -1.289 0.199
家族の合計年収 24.896 7.980 0.222 3.120 0.002 **
別居の子ども・未婚で働いていない 90.542 45.457 0.142 1.992 0.048 *
B雇 (定数) 213.626 62.329 3.427 0.001 **
持ち家ローン無 -45.550 49.323 -0.055 -0.924 0.357
家族の合計年収 33.896 9.176 0.218 3.694 0.000 **
別居の子ども・未婚で働いていない 0.021 0.046 0.026 0.449 0.654
表2 万一の際の不安の大きさの予測モデル
非標準化係数 標準化係数 t 有意確率
B 標準誤差 ベータ
農業 (定数) 3.192 0.141 22.590 0.000 **
年間必要額 0.000 0.000 0.093 1.473 0.142
配偶者の年収 -0.056 0.034 -0.104 -1.638 0.103
保有金融資産合計額 -0.126 0.035 -0.226 -3.573 0.000 **
全自営 (定数) 3.575 0.086 41.374 0.000 **
年間必要額 0.000 0.000 0.084 2.242 0.025 *
配偶者の年収 -0.012 0.019 -0.024 -0.622 0.534
保有金融資産合計額 -0.177 0.021 -0.320 -8.257 0.000 **
W雇上 (定数) 3.447 0.117 29.475 0.000 **
年間必要額 0.000 0.000 0.081 1.864 0.063
配偶者の年収 -0.035 0.022 -0.071 -1.625 0.105
保有金融資産合計額 -0.159 0.025 -0.280 -6.438 0.000 **
W雇下 (定数) 3.341 0.087 38.509 0.000 **
年間必要額 0.000 0.000 0.065 1.933 0.054
配偶者の年収 -0.030 0.017 -0.060 -1.747 0.081
保有金融資産合計額 -0.112 0.021 -0.184 -5.377 0.000 **
B雇 (定数) 3.558 0.072 49.713 0.000 **
年間必要額 0.000 0.000 0.011 0.322 0.748
配偶者の年収 -0.022 0.018 -0.039 -1.187 0.235
保有金融資産合計額 -0.145 0.022 -0.221 -6.724 0.000 **
7.おわりに
二次データの分析ということで、膨大な量の時系列データの分析に取り組み始めたもの の、データの整備ばかりに時間を取られ、肝心な仮説構築、検証のプロセスが疎かになっ てしまった感がある。
しかし、今回は、「社会階層と生命保険の関係」という、マーケティング・リサーチとい う範疇では扱いにくいテーマであったにもかかわらず、既に蓄積されたデータがあったた め歴史的な分析まですることができ非常に有意義であったと思う。また、この経験で、日 ごろ思い描いていたモヤモヤとしていたモデルの一端に触れたることができ、今後のより 精緻な仮説・モデルの構築に向けての第一歩となったことは確かである。
機会を与えてくださりレポート提出まで長時間お待ち下さった、生命保険文化センター の西久保さんに御礼を申し上げたい。
※分析に当たり、東京大学社会科学研究所附属日本社会研究情報センターSSJデータ・ア ーカイブから〔「生命保険に関する全国実態調査」(生命保険文化センター)〕の個票デー タの提供を受けました。